46 揺れる心
翌朝はいつもどおりアルマと共に薬草園に出て薬草達の世話をし、共に朝食をとり、アルマが薬を作るのを手伝った。
そうやってアルマと過ごしたソフィだったが、肝心の話を切り出せないまま昼が過ぎ、ソフィは王妃の化粧とお茶会の給仕の仕事に向かった。
この日のお茶会は周辺国からお祝いに訪れている貴婦人達を招いてのもので、招待客の中にもちろんジークベルトの姿はない。わかっていることなのに、小さく落胆してしまう。
給仕を終え、王宮の廊下を歩いていても、無意識に背の高い銀髪の後ろ姿を探してしまう。今日はまだ一度もジークベルトの姿を見かけていない。初めて薬草園で会った日以来、毎日顔を合わせ、言葉を交わしていたのに。
(そういえば、クラプトン伯爵家のお茶会に殿下を招待しているって……)
ベリンダの勝ち誇ったような顔を思い出す。ジークベルトからは何も聞いていないが、今頃は伯爵邸でベリンダと一緒にいるのかもしれない。
服の上からペンダントに触れる。ほんのわずかに漂う香りではじめに思い浮かべるのは、いつのまにか母の笑顔ではなく、ソフィを見つめる紫の瞳になっていた。
(あの方は、運命の女性を探しにこの国にいらしてるんだもの……)
王妃殿下のお茶会でその話を聞いたときには、自分にはおよそ関係のないことだと思っていたのに、今はそのことが気になって仕方がない。
(見つからなければいいのに。運命の相手なんて……)
そんな身勝手なことを考えている自分に気づき、ソフィは密かにため息をついた。
「ソフィ!」
明るい声に顔を上げれば、笑顔のラナが掃除道具一式を抱えてこちらに歩いてくる。これからお茶会会場の掃除に向かうのだろう。
「なんだか浮かない顔ね。何かあった?」
「あ、えっと……」
咄嗟に何と答えていいかわからず口ごもる。ここ数日いろんなことがありすぎて、自分でも気持ちの整理がついていない。
「そうだ……わたし、ラナさんに謝らないといけないことが……。いただいた白粉の入れ物、壊れてしまって……」
ベリンダに踏みつけられた白粉の入れ物は、スズランの絵に大きな傷がついた上、形が歪んで蓋の開け閉めができなくなってしまった。
ごめんなさい、と頭を下げる。ラナはほんの一瞬悲しそうに眉を下げたが、すぐに「気にしないでよ」と口角を上げた。
「形ある物はいつか壊れるものだもん。入れ物がなくなったって、あたしがソフィに白粉をプレゼントした事実は消えないんだから」
じゃあね、と手を振り、ラナは足取り軽く仕事へ戻っていった。
その後、王妃の化粧を直し、小規模な晩餐会での給仕を終えて、ソフィはアルマの家へと戻った。
しばらくすると、アルマが夜の往診を終えて戻ってきた。
アルマは、寝支度もせずに起きて待っていたソフィに目を留めると、「お茶でも飲むかい」と静かに声をかけた。
「あ、お茶ならわたしが……」
「いいから、弟子はおとなしく座って待ってな」
アルマはソフィを制し、さっさとお茶の準備に向かう。
やがて、優しいカモミールの香りとともに、アルマはテーブルについた。
「それで。何かアタシに話したいことがあるんじゃないのかい?」
アルマの問いかけにソフィはハッとし、それから小さくうなずいた。
「実は……ジークベルト殿下から、弟子にならないかと誘われました。一緒にツァウバルに来ないか、と……」
「なんと……」
アルマが目を丸くして絶句する。それから大きく息を吐き出した。
「……昨日の晩、外で何やら話をしていたのはそのことだったんだね。それでお前さん、何て答えたんだい?」
「少し考えさせてほしいと。アルマさんに相談しなきゃと思って……」
ふぅんと唸り、アルマは目を眇めてソフィを見た。
「だけどソフィ。お前さんの中で、もう答えは決まってるんじゃないかね?」
ソフィは小さく息をのみ、睫毛を伏せた。
「それとも、アタシが行くなと言えばツァウバル行きを諦めるのかい?」
「それは……。だけどわたしはアルマさんの……」
ソフィは口ごもる。
「もしアタシに気を使ってるんだったら、そりゃ余計なお世話ってもんだ。弟子に心配されるほど耄碌しちゃいないつもりだよ。もともと一人でやってたんだ。お前さんがいなけりゃいないで、どうとでもなるんだからね」
軽い口調で言い、アルマはお茶をずずっと啜る。
「……でも、わたしは寂しいです……」
ソフィの声は小さく震えた。アルマがカップを持つ手を止めた。その目がゆっくりと見開かれる。
「アルマさんに助けていただいて、たくさんたくさん教えていただいて……わたし、アルマさんの弟子でいられることが本当に幸せなんです。それなのに、あの方の弟子になりたいって……おそばにいたいって、そう思ってしまって……」
「ソフィ……」
アルマはカップを置いて立ち上がると、しわくちゃの手で震えるソフィの背を撫でた。
「ありがとうよ、ソフィ。そうだね、本当のことを言うとアタシも寂しいさ。だけどね、弟子が巣立つのは嬉しいことでもあるんだよ。……それに、ここから先は、アタシじゃお前さんの師匠は務まらないだろうからね」
ソフィは涙で潤んだ目を上げてアルマを見た。
「……気づいておられたんですか?」
「確信はなかったけどね、もしやとは思っていたよ。アタシは本物の魔法使いを知っているからね」
「……わたし、ツァウバルに行ってもいいのでしょうか?」
瞬きをしたソフィの目から、涙が一粒こぼれ落ちる。アルマが優しく目を細めた。
「行っておいで。辛いこともあるだろうけど、お前さんは薬草のような子だ。困難に耐えて特別な力を得たように、ツァウバルでもきっと花を咲かせるだろうよ。もしどうしても嫌になりゃ、ここに戻ってきてもいいんだからさ」
「アルマさん……っ!」
声を詰まらせるソフィの肩を、アルマが優しく抱いた。




