4 伯爵家の人々③
ベリンダやソフィより二つ年上のセオドアは、ベリンダと同じく華やかな金の髪と深い青の瞳を持つ。母親に似て色白で線が細く、クラプトン伯爵家の一員らしく整った容姿をしている。
そのセオドアは、無言で食事を続けながら、時折ちらちらとソフィに目を向けてくる。けれどソフィは足元の床に目を落とし、その視線に気付かないふりをし続けた。
「でもまずは国内に目を向けましょう。ベリンダももう十六歳。来月の夜会で本格的に社交界デビューしたら、きっと婚約の申込みが殺到しましてよ」
「お城の夜会、楽しみだわ」
ベリンダがうっとりと頬を染める。
「準備は整っているんだろうね?」
伯爵が夫人に尋ねた。
「もちろんですとも」
夫人が細い顎をわずかに反らす。
「ドレスもアクセサリーも、最高級のものを注文済みですよ。特にドレスは、イザベル王妃殿下御用達のメゾンで誂えましたもの。間違いはありませんわ」
「青薔薇をモチーフにした、それはもう素敵なデザインなのよ。出来上がりが待ち遠しくって」
ベリンダが声を弾ませる。
「イザベル王妃殿下は、人も物も美しいものを好まれる方。特に薔薇は、専用の薔薇園をお造りになるほど熱を入れておられますもの。美しいベリンダが美しい青薔薇のドレスをまとえば、王妃殿下の目に留まることは間違いありませんわ」
「うむ」
伯爵が満足そうにうなずいた。
「ベリンダ、良い縁を引き寄せるため、我がクラプトン伯爵家のますますの発展のため、王妃殿下に気に入られるよう努めなさい」
「もちろんよ、お父様。そのためにダンスや礼儀作法のレッスンに励んできたんだもの」
ベリンダが自信たっぷりに口角を上げる。
そのとき、それまで一度も会話に入らずにいたセオドアが、「ねえ」と口を挟んだ。
「ソフィは夜会に連れて行かないんですか? ソフィだってもうじき十六歳でしょう?」
その言葉に場がしんと静まり返った。
一拍遅れて、皆の目が一斉にソフィに向けられる。ソフィはビクリと小さく身体を震わせ、ますます顔をうつむけた。忌々しい害虫でも見るような視線は、何度向けられても慣れるものではない。
伯爵と夫人はすぐにソフィから視線を外した。夫人は、嫌なものを見てしまったとでも言いたげに眉根を寄せながらナプキンで口元を拭く。
「……セオドア、馬鹿なことを言わないでちょうだい。国王陛下や王妃殿下の御前に連れて行けるはずがないでしょう、平民の娘を」
「平民と言っても、ソフィはれっきとしたクラプトン家の血筋でしょう? 亡くなった伯父様……父上のお兄様の一人娘なんですから」
腹の前で揃えた手が、すぅっと冷たくなっていく。
(お願い、やめてください。それ以上わたしの話をしないで……)
心の中でセオドアに訴えかける。彼がソフィを擁護する発言をすればするほど、伯爵夫妻とベリンダを苛立たせることはわかりきっている。そして彼らの苛立ちは、そのままソフィに向けられるのだ。
けれどソフィの切実な祈りは届かず、セオドアはなおも言葉を重ねた。
「ソフィは僕とベリンダにとっては従妹なんだし、本当なら養女にしたっていいくらいな――」
新聞をテーブルに叩きつける音がセオドアの言葉を遮り、ソフィの身を竦めさせた。
「いいかげんにしないか、セオドア。あれの父親は、モーリスは、クラプトン家の嫡男でありながら無責任にも家を捨てて駆け落ちしたのだぞ。あのような愚かな男、もはや兄とは思っておらん。おまけに」
静かな怒りをはらんだ伯爵の声に、さらに侮蔑の色が混じった。
「おまけに母親はどこの馬の骨とも知れない女ときてる。フン、どうせどこぞの娼婦か女給にでも引っかかったんだろう。そんな卑しい血筋の娘を、誇り高きクラプトン伯爵家に入れるだと? 冗談じゃない」
両親を侮辱する言葉に、ソフィの全身から血の気が引いていく。
「そうよ。七歳で両親を亡くして路頭に迷うところだったあの子を引き取り、この歳まで育てたのです。なんの取り柄もない子をね。それだけでも感謝してほしいくらいだわ。あの醜い顔を見るだけで怖気が走るというのに、このうえ養女だなんて」
ありえないわ、と夫人が呆れ顔で肩を竦める。
ソフィは、小刻みに震える両手を腹の前でぎゅっと握りしめた。
(醜いって……これは、この顔の火傷痕は……!)
腹の底からふつふつと湧き上がる言葉を、痛いほどに奥歯を噛みしめて押しとどめた。ここで彼らに言い返すことは、ソフィには決して許されてはいないのだ。
「お父様とお母様のおっしゃるとおりよ」
震えながら耐えるソフィを蔑みの目で見据えたまま、ベリンダが言う。
「卑しい生まれの、醜い子。わたくし、この子と血が繋がっていると考えるだけで嫌な気持ちになるの。お兄様は優しすぎるわ。同情なんかしたって、この子をつけ上がらせるだけよ」
「だけど――」
「セオドア」
鋭く叩きつけるような伯爵の声に、セオドアは再び口を噤んだ。
「お前はこの歴史あるクラプトン伯爵家の嫡男なのだ。いついかなるときもその誇りを忘れるな。――お前も、妙な勘違いなどせず身の程をわきまえよ」
最後の言葉はソフィに向けて、厳めしく言い放つと、伯爵は話は終わったとばかりに席を立った。
夫人とベリンダも続いて立ち上がる。
三人がダイニングルームを出て行くのを、ソフィは腰を折って見送った。セオドアだけがソフィの前で立ち止まり、もの言いたげな視線を向けてきたが、彼が部屋を出るまでソフィは頭を下げ続けていた。