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23 化粧水作り②

「……全然いい匂いじゃない……」


 作り上げた化粧水の香りを確かめたソフィは、盛大に顔をしかめた。

 甘さと酸っぱさと苦さがごちゃごちゃと混ざり合ったその香りは、心地よいどころか、臭い。仮に肌に良い効果があるとしても、これを肌につける気には到底なれない代物だった。


「どれ、見せてごらん」


 アルマが横からソフィの手元をのぞき込む。出来立ての化粧水に鼻を寄せ、投入した薬草のメモに目を走らせてから、楽しそうな笑い声をあげた。


「あっはっは。こりゃ、ちと欲張りすぎたね。ま、アタシにも覚えがあるよ。あれもこれも入れたくなっちまうんだよねぇ。だけど、薬草はたくさん入れればいいってもんでもないからね」

「難しいものなんですね……」


 しょんぼりと眉を下げるソフィに、アルマは当然と言わんばかりに大きくうなずいた。


「そりゃぁそうさ。薬作りには終わりがないからね。薬師は生涯をかけて……時には師匠から弟子へと代々受け継ぎながら、より効果の高い薬の作り方を探求し続ける。そうやって受け継がれてきた秘伝の製法を、どの薬師も一つや二つ持ってるもんさ」


 ソフィは無言で、壁にずらりと並ぶ薬草瓶に目をやり、それからアルマの節くれだった手に視線を移した。薬草の汁が染みついた皺だらけの手には、アルマの薬師としての年月が刻まれているように思えた。


「アタシも秘伝の製法をお前さんに……と言いたいところだけど、あいにくアタシは化粧品作りにはさほど力を入れてこなかったもんでね。通り一遍のものしか作れない。すでにお前さんにも教えたとおりさ。それをベースに、お前さんの好きなようにアレンジを加えてごらん」

「好きなように、と言われても……」


 思わず弱気な声が漏れる。好きなように、というのが意外と難しいということを、ソフィは思い知ったばかりなのだ。


「なぁに、そう難しく考える必要はないさ。お前さんはすでに、化粧水作りに必要な知識は一通り理解できてる。その基本を押さえつつ、そうだね……心地良いと思う香りを目指せば、いいものが作れるんじゃないかと思うよ」

「心地良い香り……そんなことでいいんですか?」


 なんだか曖昧な話のように思えて、ソフィは小さく首をかしげる。


「おや、香りを侮っちゃいけないよ。香りってのは心に直接作用するからね。そして心と体は繋がってる。好きな香り、心地良い香りは、心にも体にもいい効果を及ぼすはずさ。……お前さん、薬草だとどの香りが一番好きなんだい?」

「一番、好きな香り……」


 ソフィはこれまでに出会った薬草の数々、その香りを思い浮かべる。

 心をほっと穏やかにしてくれる、カモミールティーの優しい香り。

 ミントの爽快な香りは、澱んだ気持ちを一新してくれる。

 摘みたてのローズの、うっとりするような甘く華やかな香り。

 凛としたローズマリーの香りをかぐと、きりりと前向きな気持ちになれる。

 甘いエルダーフラワーやリンデンの香り。

 サラダに鮮やかな風味を加えてくれるバジルやディル。

 好きな香りを挙げればキリがないが、一番と言われると……。


「ラベンダー……です。甘くて清々しくて、気持ちが落ち着きます」

「数ある薬草の中でも、ラベンダーの香りには特に力強さがあるね」

「はい。それに、ラベンダーは亡くなった母が好んでいた香りなんです」

「ほう。ソフィの母さんは、ラベンダーの香水をつけていたのかい?」

「香水だったのかサシェだったのかは、よくわからないのですが……」


 幼いソフィを抱き上げるとき。ベッドで頭を撫でるとき。母からはいつも、ほんのりとラベンダーのいい匂いがしていた。

 と言っても、ラベンダー単体の香りではなく、他の薬草とブレンドされた香りだったらしいと気づいたのは最近のことだ。記憶にある母の香りは、ラベンダーそのものの香りとは微妙に異なっているのだ。

 甘くて優しくて懐かしい匂い。ラベンダーの香りが鼻を掠めるたび、ソフィは親子三人で暮らしていた頃のことを思い出し、温かくも寂しい気持ちに誘われるのだった。

 ふむ、とアルマがうなずいた。


「ラベンダーをメインに据えてブレンドするっていうのは、いい考えだと思うよ。昔から薬や化粧品に重宝されてきた薬草だからね」


 アルマのその言葉で、方針は決まった。

 ベースに使うのはラベンダーの芳香蒸留水。

 そこに、ラベンダーをはじめ、肌に良いとされる薬草のチンキを混ぜていく。

 欲しい効能だけでなく、香りのバランスにも注意を払いながら。


「前にも言ったけど、心と体は繋がってる。明確に肌への効能がうたわれていない薬草の中にも、巡り巡って肌に良い効果を及ぼすものがあるはずだよ」

「なるほど……」


 アルマの助言を受け、改めて薬草辞典を読み込んでいく。


「チンキを加えるときは少しずつ様子を見るのがコツだよ。足すのは簡単だが、入れすぎたのを元に戻すことはできないからね」

「はいっ」


 芳香蒸留水にチンキを加えるときは、ガラスのピペットを使って少量ずつ。チンキを加えたらガラス棒で混ぜて香りを確かめる。その繰り返し。


(肌がきれいになりますように……)


 願いを込めて一滴。


(白くて、なめらかで、肌理の整った肌になりますように……)


 さらに一滴……。


 そうして試行錯誤を繰り返しながら幾通りもの配合を試すうち、あっという間に三ヵ月が過ぎた。


 ガラスの小瓶に最後の一滴を加え、ガラス棒でひと混ぜする。

 ほんのり色づいた液体を両手に取り、そっと顔全体になじませる。すっと肌に染み込むような感覚。たちまち肌が潤ったことが、手の平にしっとりと伝わってくる。

 ふわりと広がる香りを胸いっぱいに吸い込む。静かに息を吐き出し、ソフィは閉じていた目をゆっくりと開いた。


「できた……」


 小さくつぶやいて、ソフィは口元をほころばせた。

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