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【書籍化・コミカライズ】私の魔法使い(長編版)  作者: 中村くらら


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19 宮廷薬師の助手

 宮廷薬師アルマの助手になり、ソフィの生活は一変した。


 アルマの朝は早い。


「薬草はね、日の出の直前――夜と朝との狭間に収穫したものが一番薬効が高いんだ」


 そう言ってまだ薄暗い中、笊を手に、家の周囲に広がるハーブ園に繰り出していく。


 一通りの収穫を終えると、朝食をとる間もなく、大きな籠にあれやこれやと薬草入りの遮光瓶や化粧瓶を詰めて家を出る。向かう先は白薔薇宮の中心、王族が住まう場所だ。

 驚いたことにアルマは、王妃イザベルの専属薬師を務めているのだという。


「別にアタシじゃなくても、王宮には他に有能な薬師が何人もいるんだけどね。……イザベル様がご結婚から十年近く御子を授からなかった話は、お前さんも耳にしたことがあるだろう? イザベル様のご懐妊は別にアタシの手柄ってわけじゃないんだが、ようやく御子を授かったのはアタシの薬草のおかげだと、あの方はおっしゃってね――。そろそろ隠居して森で暮らしたいと言うアタシを引き留めて、この家と仕事を与えてくださった。アタシに身寄りがないもんだから、案じてくださってるのさ。義理堅い御方だよ」


 毎日、イザベル王妃の起床直後と就寝前に私室に参上し、その日の体調に合わせた薬や薬草茶を処方するのが、アルマの主な仕事なのだそうだ。


 「月の出ているうちに現れ、夜明けとともに姿を消す」という『魔女』の噂は、どうやらこのアルマの日課が少し歪んで伝わったものらしい。


「別に、昼の間は家に引きこもってるってわけじゃないんだけどね。お前さんと初めて会ったのも昼間のことだったろう? まぁでも、朝と晩にイザベル様のところに行く以外は、この家で気ままに過ごしてることが多いのは事実さね」


 その言葉のとおり、アルマは一日のほとんどを、この作業場兼住居とその周辺で過ごしていた。

 ただし「気まま」というのは謙遜で、常に何かしら動き回っている。その全てに、ソフィは付いて回った。


 朝食を終えたら、まずは薬草園の手入れ。水をやり、雑草を引き抜き、肥料を与え、間引く。アルマの手つきは常に丁寧だった。


「植物ってのは、人間や動物のように動くことができないだろ? 冷たい嵐に見舞われようと、灼熱の太陽に焼かれようと、はたまた虫に群がられようと、芽の出た場所で耐えるしかない。だから生き残るために特別な力を身に付けるようになったんだよ。アタシ達薬師はそんな植物の力を利用させてもらってるってわけさ」


 昼食を挟んで午後は、収穫した薬草の加工。

 あるものは採れたてを使い、あるものは窓辺に吊るしたり笊に広げて乾燥させる。

 乾燥した薬草は、用途に応じてそのまま保管するものもあれば、鋏で小さく刻むもの、すり潰して粉状にするものもある。


 アルマは口調こそぶっきらぼうだが、ソフィへの教え方は丁寧だった。

 まずは自ら実演して見せ、続いて、真似をするソフィの手元をじっと見守る。「うん」とアルマがうなずくたびに、ソフィの心は小さく浮き立った。


 ソフィにとって特に物珍しく、心を惹かれたのは、加工した薬草を用いての薬作りだった。


「薬草が持ってる特別な力を取り出す方法は、いくつかあってね。抽出方法によって取り出せる薬効が違ってくる。これは火にかけて煮出すやり方。できた煎剤は湿布にしたり薬草風呂にしたり、いろんな使い道があるよ」


 火にかけた鍋をゆっくりとかき混ぜながら、アルマが言う。

 大きな鍋の中では、茶色と草色を合わせたような色の液体が、ふつふつと煮立っている。なんとも言えない色と匂いのもとは、数種類ハーブの根や実から滲み出た汁だ。


「水や湯で薬効を抽出する方法で、もっと手軽なやり方もあるんだけど、わかるかい?」

「ハーブティー……薬草茶、ですか?」


 アルマの言葉を一つも聞き漏らすまいとメモを取っていた手を止めて、ソフィは小さく首をかしげる。


「そう。浸出液と呼ぶこともあるよ。薬草茶に使う薬草は、生より乾燥させたものの方が薬効は高い。でもあえて生の薬草で淹れることもある。また違った味わいが楽しめるからね。例えば同じミントでも、乾燥と生とじゃ風味が違うのがわかるかい?」 

「はい。生の方が香りがくっきりしていて……。わたし、生のミントティーも好きです」


 そう言うと、アルマは鍋をかき混ぜる手を止めないまま、にっと口の端を上げてうなずいた。


「好きという気持ちは大事にするといいよ。アタシの経験上、そう感じてるときの方が薬草の効き目は高いもんだからね」


 鍋で煮出す以外にも、アルマは色々な方法で薬を作った。

 ハーブをアルコールに浸けて作るチンキ。

 植物油に浸けて薬効を抽出する浸出油。浸出油とミツロウとで作る軟膏。

 酢やハチミツに浸けたものも、健康維持に役立つのだという。

 そんな説明を聞いているうちにふと、子どもの頃の記憶が甦った。


「……そういえば子どもの頃、風邪をひくと決まって、母がお花の香りのする甘いジュースを作ってくれたんです。あれはもしかしたら……」

「エルダーフラワーのハチミツ漬けかもしれないね。あの薬草は風邪によく効くから。作り置きがあるから、今度飲ませてあげるよ」


 それから、蒸留器で時間をかけて取り出す精油。

 同時に採れる香り高い蒸留水は、化粧水として使えるのだという。


「イザベル様は薔薇がたいそうお好きでね。化粧水にもローズの蒸留水を愛用なさっておいでなんだ。ローズの香りには女性の体調を整える力があるんだけど、それだけじゃなくて、恐れを和らげ、気持ちを高揚させてくれるんだ。王の妃ってのは、そりゃあ気の張る仕事だろうからね」


 芳香蒸留水を使った化粧水に、チンキや浸出油、精油を使った保湿クリーム。

 イザベル王妃のための化粧品を作ることもまた、アルマの重要な仕事の一つだった。毎日、薔薇の香りの化粧品を作り、新鮮な化粧品を王妃に届けるのだ。


 自然と、化粧品作りの手伝いをするのが、ソフィの仕事の中心になった。

 ただし、アルマが王妃のもとに参上するのにソフィが同行することはない。アルマが留守の間、ソフィは自分から進んで、朝は食事の準備や洗濯、夜は家の中の掃除をするようになった。


 アルマは、薬草周りのこと以外にはあまり頓着しない性格らしい。家の中の片付けも料理も、ソフィの方から意見を求めない限り口を挟むことはなく、ソフィのやり方に任せてくれた。

 作業場の隅で物置き台と化していたテーブルの上をきれいに片付け、そこに朝食を並べたときには、


「お前さんのおかげで、何年かぶりにこいつをちゃんとテーブルとして使ってやれるよ」


 と喜んだ。普段は、作業台の端に作った皿一枚分のスペースを、ダイニングテーブル代わりにしていたのだという。


「うん。人に作ってもらう料理は格別だね」


 ソフィの拙い料理を、アルマは目を細めて頬張る。

 誰かと食卓を囲むことはソフィにとって久しぶりのことで、それはアルマにとっても同じようだった。


 もちろん、「実験台」としての役目も忘れてはいない。

 ソフィはアルマから火傷痕の治療を受けることになった。


「火傷に効果のある薬草はいくつかあるんだが……まずは刺激の少ないカレンデュラから試してみようかね」


 毎日、朝と晩、カレンデュラの煎剤を浸したガーゼを、顔の左半分に十分ほど当てる。その後は同じくカレンデュラの軟膏を火傷痕に優しく塗る。


(もしかしたら、この火傷痕が消えるかもしれない……)


 可能性は低いとアルマに言われていても、ソフィの胸はそんな期待でドキドキと高鳴るのだった。


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