婚約破棄した彼女が死んだ。
敬愛そして我らが
ウェルド・オル・ステラ小公爵様へ
ウェルド様。読みたくないかもしれませんが、それでも読んでくださることを祈っています。
この手紙を読んでいるころ、私はきっと、いえ、私は、死んでいることでしょう。あなたとの日々を今でも覚えています。幸せだったことも、苦しかったことも、愛していることも。憎んでなんかいませんよ。あなたが、本当に愛せる運命の方に会えたのですから。ですが、残念ながら、私は、運命の方に会えなかったようです。小さいころを覚えていらっしゃいますか。あなたにあった日のことを今でも覚えています。
あの頃、私は、母を亡くしたばかりでした。まだ、4歳で母が亡くなったことがわからず帰ってこない母を心配していました。その日は、重要なパーティーで母を屋敷で待ちたかった私は、屋敷を出たことで不機嫌で会場を抜けて、無謀にも屋敷に帰ろうとしました。けれど、迷子になってしまって。そんな時あなたが現れました。泣き出しそうだった私を見てぎこちなく頭をなでてくれたその手を忘れたことはありません。その手があまりに優しすぎて、母を思い出して、私は、泣き出してしまいました。そうしたらあなたは、驚き慌てて、それがおかしくて、笑ってしまったんです。本当は、母が戻ってこない事を心の中では察していてでも認めたくなくて意地になっていた私をあなたが見つけてくれた気がして。きっと泣きながら笑う私は今思えばとても変な顔をしていたでしょう。でもあなたは、そんな私をじっとそらさず見て、そっとハンカチをくださいました。ハンカチならわたくしも持ってるのに。でも、うれしくて受け取ったことを今でも覚えています。
そのあと、婚約の申し込みがあって、それでもあなたのことが忘れきれず、父に駄々をこねたこと、けれどそのお相手があなたと知ってどんなに驚いたか。さらにあなたが公爵家と聞いてあまりのことに嘘かと思って。今思えば、それも幸せでした。あなたが、私のことを覚えてくださって、私を選んでくれて、もしかしたら。もしかしたら、私のことが、その、好きなのではないかと身の程知らずにもそう思ってしまったのです。けれど、あなたに会ったとき、どれだけ緊張していたか想像できないでしょう?あまりの緊張でその日は寝れなかった。そのせいでクマができてしまって、とても恥ずかしかったわ。顔合わせをしている間、ずっと下を向いて顔を隠してたわ。でも、あなたは、そんな私に優しく微笑んでくださったの。その時、思ったの。あなたの婚約者として努力して、ふさわしい存在になろう。そうして胸を張って隣に立てるように。そう思った。
婚約してから一か月に一回あなたとのお茶会が開かれたわね。毎度のごとく緊張してしまった私にあなたは優しく接してくれたわ。毎回面白い話をして私の心をほぐしてくれた。あなたの些細な毎日や勉強のこと、鍛錬のこと。聞けることだけでも幸せだったわ。それで、あなたが、公爵家の重圧について初めて話してくれた時、聞けるだけじゃなくて、あなたのことを理解して支えて差し上げたい。そう思ったわ。居ても立っても居られなくてあなたに、私も頑張りますってそう宣言したら、あなたは、あの時のように晴れやかに笑ってなら僕もまだ頑張れるといった。それから毎日の授業も頑張って少しでも手伝えることはないかと努力し続けた。あなたと秘密を共有できた感じがしてとてもうれしかったわ。秘密といえば、昔、私の屋敷の秘密の庭でかくれんぼしたとき私が迷子になってしまったことを覚えてる?私が紹介していたのにいつの間にか出口がわからなくなってしまってまた泣いていたら、あなたが、大丈夫だって力ずよく言ったの。それで根気強く歩いて行ったら本当に出口に出れたの。あなたには、不思議な力がきっとあるんだって思ったわ。
だんだんと背が伸びて学園に入ったとき、私やっとあなたの役に立てると思ったの。実を言うと、あなたがわたくしに妹みたいだって言ったから学園であなたと対等になりたいって張り切っていたの。でも、それは多くは空振りに終わってしまったわ。うまくやれるはずなのにあなたを前にするとどうしてかいつものようになれなくて毎日が反省会だったわ。とても苦しかった。いつかあなたに愛想をつかされてしまうって。でも変わらず私に接してくださったから、ゆっくり少しずつ頑張っていこうと思えたわ。でも、わたしはまだなんだか怖くて恥ずかしくてあなたを避けるようになっていったわ。今思えば、ばかなことをしていたわ。あなたに会わなければあなたの役に立てるから、対等になれる。いつしかそんなまがった考えを正当化し始めたの。母の死を頑固に受け入れなかった昔のように。あなたを避けてたら対等になれるはずなんてなかったのに。でも、あの頃はそれが一番だと思ってしまった。
ある日、あなたが平民のある方に付きまとわれて困っているなんてうわさを聞いていてもたってもいられなくてその方に真実を聞きに行ったの。それ以前に他の方からも相談されていたし、皇太子殿下の婚約者様が苦しんでいるのも見ていたから。でもあの方は、そんなことはなくてかわいらしくて、力強くて、まぶしい私なんかとは全く違う方だった。あの方にとって怒ってもいいはずの失礼な質問に冷静に対処して私をいさめることもなかった。立場上、謝罪することができずこっそりとお詫びの品物を送ったときは、私の立場を理解してくださっているようでこっそりと感謝の手紙も送ってくださった。うわさや、自分の価値観、心の奥底にあった考え方を恥じたわ。それからその方とはあまり話はしなかったけれど、お互い尊敬の念をもって接していたわ。皇太子殿下の婚約者様にもわかった事実を伝えて、あの方の誤った噂を止めるぐらいしか私にはできなかった。身分の違いがどれだけ大きいのか身をもって思い知ったわ。もう実現するのを見ることもかないませんが、せめてわたくしができる範囲で改善できることはしようそう決意しました。
それからすぐのことでしたね。卒業パーティが開かれたのは。あなたは、私にもうこれ以上は我慢できない。婚約破棄しよう。そう言いました。あまりのショックで何もすることができませんでした。けれど、うすうす気づいていたのです。エスコートがなかった時点で。もともと私から避けたのに避けられるというのはこんなにも苦しいことだと気づきました。だからもう終わりにしよう。そう言ってくださった気がしたのです。それから、あなたがあの方をまぶしそうに恋しそうに見ているのに気が付いて理解したのです。この人にふさわしいのはあの方だと。妹である私より、私のように努力し、私よりも力強いあの方だと。ですから、わたくしは最後との仕事と思ってせめてあなたとあの方を精一杯応援しようと。私の心の底にあった本当の気持ちに目を背けて、隠して。自分からあなたに婚約破棄をするべきだと思ったのです。これからのお二人のために。でも、私は、やっぱり弱いままで泣いてしまいそうで結局自分に手いっぱいでした。あなたに婚約破棄しましょうといったとき、心が張り裂けそうで、つらくて、それでもあなたのことを愛してしまっている。どうしようもない女だと気づいたのです。お別れの言葉も言えずそのまま貴族としてあるまじき行動で会場からも学園からも逃げてそのまま気づけば屋敷まで帰ってきていました。そこで、応接間にいる父の会話を聞いたのです。私は、取り違えられた子であったことに。正確に言えば、誘拐された本当の子に代わってこっそりと連れてこられた隠し子。母は、自分の子がいないことに耐え切れず、わたくしを探し出したのだと聞きました。まだ、私が赤子だったこともあり、その真実は誰にも知られませんでしたが。本当の子の行方はひそかに捜索されとうとう見つかったのだそうです。そして、その子は、あなたの愛する、あの方でした。自分をこれほど恨んだことも、世の中の運命をこれほど恨んだこともありませんでした。すべてが崩れ去っていくようで未来がもうないように感じせめて、自分を生んだ母に会いたいその一心で衝動的に支度をして家を出てしまいました。対して時間もかからず、私は会話で聞いた自分の母の家を見つけました。けれど、そこには幸せそうな私に似た女の人とその家族と思われる夫と子供がいました。衝撃でしたが、村の人々に聞いて回るにつれて私の生みの母は、双子を妊娠していたと知りました。私の家が子供を探していると聞いて、私たちを隠したそうですが、私は気づかれてしまい連れ去られてしまったのだと。しかも双子は喜ばしいことではないとわざと一人だけを差し出すようにそう要求していたのだと。生みの母は、自分が私を売ってしまった様に感じ後悔して衰弱して死んでしまったと。そして、私に似た女の人は、私の双子。母亡き後皆に大切に育てられ元気になれたんだ。そう村の人々はいっていました。因果なものです。私も、双子の私も、母親を亡くして一人になったのですから。村人はきっと私の顔で気づいたのでしょう。私が双子であることに。だから親切に教えてくださったのでしょう。けれど、そこには、明確な壁がありました。そこに、私がいられる場所はありませんでした。屋敷に会える気にもなれませんでしたが、こっそりと帰ると父が、ある平民の夫婦と話し込んでいました。どうやら、本当の子であるあの子をわが家に迎えるためあの子の両親と準備をしているようでした。あの子につらい思いはさせたくないと、父はずいぶんと思いやっているようでした。あの子を貴族に迎え入れても、あの子が望むなら、両親とも会えるように、暮らせるようにと。私の話はなかった。私がいなくてもこの家は変わらない。そんな絶望感でした。きっと私は、あの子のことを嫉妬して、でもできなかった。あの子が私よりも優れていても平民であることには変わりがなくだからこそいろいろなことをしてきたのに。父たちは、その壁をこんなにも簡単に解決してしまうことにも無力感しかありませんでした。自分がどれだけちっぽけで必要のないものなのか世界が教えてくれるようでした。それから、なぜか母を恨みました。私をここに連れてきたことを恨みました。母に守られ、村の人に愛された女の人を恨みました。守り切ってくれなかった母を恨みました。そして、簡単に私を超えていくあの子も。守るべきものと思っていた相手が、自分と対等になったことに何とも言えない感情がありました。その名前など知りたくもありません。こんなことあなたに書くのも変ですが、誰かに知ってもらいたかったのです。たくさん悩み恨んだ後、気づいたのです。それでも、母は私を愛してくれました。そのことを覚えています。生みの母も、私のことを守ろうとしてくれていた。それは、少し違う形だけれどそれでも愛してくれていたことでしょう。双子の女の人は、生みの母の愛に守られていたけれど、その母は彼女が赤子の時に亡くなりました。けれど、4歳まで私は母の愛をたくさんもらいました。私を連れ去ったけれど、それでも抱えきれないほど最後まで愛してくれました。あの子は、小さいころ誘拐され母のもとからもらい受けるべき愛から離されてしまいましたが、私は、その分の愛を受けていました。母が亡くなった後は、あなたからたくさんのやさしさをもらっていました。父からもです。そのすべてを享受していながら何も知らず生きていた私を恨んでいます。皆を恨んでしまった私を恨んでいます。最後に、ウェルド様、あなたを恨みました。けれど、それは恨みではなく愛だったのです。自業自得のものでした。あなたから逃げた私には、何もできません。私にはもう何もないのです。何かをすることも何も。ですが伝えたかったのです。私、レティーシャ・リラ・ヴィーンは、こう生きたのだと。生きようと生きた。その証を残したかったのです。わがままであることもすべて知っています。ですが、私は、確かに二人の母に愛されていて、ウェルド様、いえウェルド・オル・ステラ小公爵様、あなたと会って幸せでいて、なにより、あなたを愛した。愛していたんです。私のことを覚えていてほしいなんて書きません。よみ終わった後、この手紙を燃やしてくださってもかまいません。それでも、私は生きました。精一杯。ですが、私は、その行為を裏切ります。私のことは、捜索されているの捜索されていないのか知りませんが、私はもうこの世にいません。ここでお別れです。今までありがとうございました。幸せな夢をありがとうございます。どうか幸せであることをお祈りします。幸せになってください。ウェルド・オル・ステラ小公爵様。
リラとエルシャ、二人の愛を受け幸せに生きた
レティーシャ・リラ・ヴィーンより
その愛をこめて