探偵・バトゥ
業炎の二つ名を持つバトゥは、十等級の魔法使いである。
額を覆う鉢金は魔法の発動を補助する魔道具であり、防具も兼ねている。
冒険時はそれに加えて、杖の形状の魔道具も用いる。
炎の魔法に適性を持つ彼は、通常の魔道具一つだけではその火勢を制御できず、二つ以上の魔道具を必要とするのだ。
ともすれば欠点ともなりうる炎適正だが、彼はそれをうまく使いこなして、今の地位にいる。
そのバトゥは、苛立たしさを感じさせる足取りで、街中を歩いていた。
(どこ行きやがった、あいつら?)
一旦はシズルのとりなしもあって引き下がったバトゥだったが、やはり我慢できずに冒険者ギルドへ戻ったのだった。
だが、その時にはすでにアイゼンとラドニーは冒険者ギルドを立ち去っていた。
と、バトゥは思っていたが、実際にはまだアイゼンとラドニーはギルド内にいて、カタリナたちと会話中だった。
バトゥはシズルにアイゼンとラドニーの所在を訪ねたが、ギルドマスターとの会話に乱入されても面倒だと感じたシズルは、すでに立ち去ったと告げたのだった。
そうして、当てもなく歩き回る羽目になったバトゥである。
(よく考えたら、二人一緒なわけねえか。どっちかだけでも見つかりゃ御の字なんだが)
思わず苦笑したバトゥだったが、すぐさまその認識は塗り替えられた。
遠くに、特徴的な赤いポニーテールと、黒い髪の男の二人連れが見えたのだ。
間違いない。ラドニーとアイゼンだ。
(二人一緒だと!? マジかよ!)
その二人は、通りの屋台で串焼きを買っているようだった。
頷くアイゼンに何かを話しかけるラドニー。
何を言っているかはここからは聞き取れないが、その様は、バトゥからは和気あいあいに見えた。
(畜生、マジか。なんで一緒に行動してやがる。しかも、なんて笑顔だ! ラドニー、あんた、本当にどうしちまったんだ!?)
バトゥの知るラドニーは、無口で、不愛想で、冷徹で、だれにも頼らずに過酷なクエストを成し遂げる、孤高の存在である。
決して、同年代の男に、はにかむような笑顔を見せたりはしなかった!
(これも、あのアイゼンのせいか。結局あいつ、どこに滞在する気だ? 問い詰めて、ラドニーに何をしたか、白状させねえと……!)
バトゥは思いがけない幸運に感謝し、後をつけることを決めた。そうすれば、最終的に宿などに行きつくはずである。そうして、アイゼンの滞在先を突き止めるのだ。
背後でそんな陰謀が渦巻いているとは露知らず、ラドニーは買った串焼きに舌鼓を打っていた。
雑な味付けの串焼きだったが、殊の外、美味しく感じる。
それは、隣にいるアイゼンがやけに美味しそうに頬張っているからだろうか。
もしくは、アイゼンが自分の分も一緒に買ってくれたからだろうか。
(多分、その両方なのだろうな)
と、滅多にしない買い食いをしながらラドニーは思う。
「ここが屋台などが出ている通りですね。休日はもっと多くの屋台が出て、歩くのも苦労するぐらい混雑します」
「ほう。ならば、休日にまた来よう」
(目を輝かせるアイゼン様は、なんだか可愛らしいな)
先ほどアイゼンに聞いたが、年齢は十六歳らしい。
「は?」
と思ったが、そういう設定なのだろうな、となんとか飲み込んだ。
本人がそういうのだから、と改めてアイゼンを見ると、確かに納得はできた。
普段の言動をなんとか忘れ去ってアイゼンの外見だけ見ると、年若く、言われた年齢通りだ。
だから、表情が柔らかくなる時に、可愛いと感じる瞬間もあるのだろう、と気づいた。
(でも、わたしと同じ年か。なんだか嬉しいな)
一人ほくそ笑むラドニー。
「大通りを抜けたら、図書館があります。王都にも勝る蔵書ということで、多くの人が訪れますね」
「図書館か」
一際、アイゼンの瞳が輝いた。
(あ、すごく興味がありそうだ)
「少し、立ち寄ってみますか?」
「そうしよう」
乗り気のアイゼン。
それに押されるようにして、二人は図書館に立ち寄った。
「ほう、これは素晴らしい」
アイゼンは図書館の意匠にも感心したが、中に入るとより一層その色を強めた。
本の匂いが充満した空間に、大量の本棚が規則正しく整列している。また、利用者が多いものの、みな、礼儀正しいのか静かだった。
「本がお好きなのですか?」
「好きだ。自分の知らない知識を得られるしな」
「そうなのですね」
自然、二人とも小さな声で話すことになる。
「クエストは採取から始めようと思っている。丁度いいから、資料を探してみようと思う」
「それでしたら、こちらだと思います」
クエストに関しての知識を求めて同じようなことをしたことがあるラドニーは、アイゼンを案内した。
その二人を、本棚の影から凝視する姿がある。
(くそう、イチャイチャしやがって。俺だってあんな会話、したことねえぞ……!)
バトゥであった。
適当に本棚から拝借した本で顔を隠し、こそこそと本棚の間をかいくぐってアイゼンとラドニーの近くまで来たのだった。
(しかも、採取の資料だと? それをラドニーが案内してる? 十一等級なんだぞ、俺より上なんだぞ、ラドニーは!? 無駄遣いもいいところだろうが!)
隠れるバトゥの聴覚は、二人の会話を拾い続ける。
「こちらです」
「色々あるな」
「この近辺だと、この本が参考になると思います」
「すまんな。世話をかける」
「いえ、わたしが好きでやっていることですから……!」
(好きで、だとお……!)
バトゥが歯を食いしばる。手に力がこもる。
そんなバトゥを置いて、さらに会話は進む。
「冒険者でも借りられるのか?」
「はい。身元を冒険者ギルドが保証してくれるので」
「冒険者ギルドさまさまだな」
二人が遠ざかる気配をバトゥは感じた。その方向は、図書館の出口方向だ。
(ここから出るのか。追いかけねえと……!)
そんなバトゥの肩が叩かれた。
「ちょっと、あなた」
声をかけられたバトゥが焦りながら振り返ると、そこには図書館の職員らしき男性の姿が。
その男性のこめかみには、血管が浮かんでいるように見えた。
「なんだよ?」
「その本ですが」
「ああ?」
バトゥが手元に視線を落とすと、顔を隠すのに使っていた本が、縦に裂けそうなくらいにぐしゃぐしゃになっていた。
顔が引きつるバトゥ。
「いや、これは……!」
「これは、じゃないでしょう? なんて扱い方をするのですか。それに、怪しい動きをしていましたね? ちょっとこちらへお越しいただかないといけませんね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 今、重要な任務というか、調査中というか、忙しいんだ……!」
逃げ腰のバトゥ、胡散臭い視線を投げかける図書館職員。
「お話はこちらで伺います。なお、最低でもその本は弁償していただきますので、そのおつもりで」
バトゥは逃げ道がないことを悟り、絶望のうめき声をあげた。
「こ、小遣いが……!」
「ちっくしょう、なんて日だ……!」
こってり絞られて、バトゥはようやく図書館から解放された。
しかも、期限付きだが出入り禁止を言い渡されてしまった。
おまけに、駄目にしてしまった本は思いのほか高く、財布に深刻なダメージを受けてしまった。
「それもこれも……くそっ!」
歯噛みするバトゥ。
そろそろ日が傾きかけており、通りは人が少なくなっている。だからこそバトゥの振る舞いは注目されなかったが、そもそも人目を気にしている余裕はなかった。
「結局、アイゼンの野郎の滞在先は掴めなかったか。くそっ。……ん?」
視界の端を、見知った顔が横切った。
「ラドニー!?」
通りの横道から出てきたのだ。ラドニーだけではなかった。アイゼンも一緒である。二人は、バトゥがいる方向とは逆の方向へと向かうようだった。
(まだアイゼンと一緒ってのが気に食わねえが、まだツキはあったぜ。見てろよ、逃がさねえからな)
見られたら尾行失敗だというのに、そんなことを思うバトゥ。
アイゼンとラドニーは、影が長く伸びる道を、時折会話を交わしながら歩いていく。二人は微妙な距離感を保ちながら、歩調を合わせていた。
(くっそお、楽しそうじゃねえか、ラドニー。今まで誰とも、あんな風に歩かなかったじゃねえかよお。頼むから、これ以上くっつくなよ……!)
いっそ血涙でも流しそうなバトゥだった。
二人は街の中央を抜け、違う区域へ入っていく。追うバトゥは、その区画に覚えがあった。
(ん? そっちには宿屋はねえぞ? というか、貴族街に行っちまうじゃねえか!)
街は大きく六つほどに分けられていて、今二人が向かっているのは下級貴族の屋敷が立ち並ぶ区画だった。
(なんでだ!? もう日が暮れるし、滞在場所に帰ってもいい時間なんじゃねえか!?)
二人の行動が読めず、焦るバトゥ。隠れながら二人を追ううちに、いやな予感が胸を焦がす。
(つうか、この方向。まさか……う、嘘だろ。俺の勘違いであってくれ……!)
バトゥの頬を汗が伝う。こっそり行ったことがある。どんな家に住んでいるのか、調べたことがあるのだ。しかし、ここしばらくは帰っていないとわかったくらいで、待ち伏せしても意味はない、と判断した場所だった。
しかし、バトゥの期待は裏切られ、二人の行く先に見覚えのある屋敷が見えてきた。
(ラドニーの家、だとお……!?)
そう、二人はラドニーの家――屋敷の門の前に立っていた。
(まま、まさか、まさか……ここが、アイゼンの滞在場所……!?)
バトゥの脳裏に最悪の可能性がよぎる。
(んなわけねえ……! そんなことがあってたまるか! いや、けど、この時間にここまで来て、何もないなんてことがあり得るのか? まさかラドニー、嘘だよな……!)
「そこの君」
「ちっくしょう、こうちゃいられねえ。こうなったら……!」
「君、聞いているのか」
「カチコミかけたらあ……!」
「やはりか。通報通りだな」
「んあ?」
鬼の形相で、第三者の声を振り返るバトゥ。
そこにいたのは、鎧に身を固めた二人の衛兵。
形相を崩さないままのバトゥの額を、先ほどとは違う意味の汗が流れ落ちる。
自分の状況を確認すると、その顔が引きつった。
「いや、その」
「ちょっと来てもらおうか。何、時間は取らせん。ほんの二日ほどだ」
「いや、その」
「無駄な抵抗はしないほうが身のためだ」
二人の衛兵が交互に語り掛けてくる。
「う、うおおおおおおーーーーーっ!」
バトゥは脱兎のごとく逃げ出した。
「逃げたぞ、追え!」
「ちっきしょう!! なんだって俺がこんな目に! それもこれも、みんなあいつのせいだあああーーーーっ!!」
「何を訳のわからないことを! おい、応援を呼べ!」
甲高い笛の音が、住宅街に響き渡った。




