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落とし前

 翌日、アイゼンとラドニーは発つことを村長ベイガンに告げた。

 翌日とはいっても、深い眠りに包まれていた村が稼働し始めたのは昼を過ぎていたので、随分と遅い出立となる。

 ラドニーはダンジョンではぐれた時に旅の荷物を失っていたので、それを補充する時間も必要だったのでなおさらだった。

 補充の際にひと悶着あったこともそれを助長した。

「恩人からお金をいただくなんて!」

 と、店員が強情に言い張り、ラドニーが同じ冒険者が迷惑をかけたのだから、と抵抗する一幕があったのだ。

 適正価格を主張するラドニーと無料提供を主張する店員の間で押し問答が行われ、なんとかラドニーは適正価格まで釣り上げて購入することが出来た。

「寝起きから疲れるな……!」

 そうぼやくラドニー。

 しかし、店員との交渉を終えた後は、さらに村長との交渉が待っていた。

「いいから持って行ってくれ!」

「そんなに受け取れません!」

 村長がラドニーに提示したのは、サーベルボア討伐のためにかき集められた依頼料である。

 そもそもラドニーたちはクエストを受けたわけでもないし、サーベルボアの討伐証明を冒険者ギルドに提示すれば報奨金をもらえる。

 村はサーベルボアや、「烈火の牙」が居座ったことによる被害の復旧で少なくない資金が必要だろう。

 そうラドニーが言っても、村長が納得した様子はなかった。

 このままだと、村長が納得するまで引き止められそうだった。

 困ったラドニーは、サーベルボアを背負い袋に収納していたアイゼンに相談してみた。

「またこの村を訪れた時に、快く迎えてくれれば、それで十分だと思うのだが」

 アイゼンにそう言われれば、村長も村人たちも否やはなかった。そもそも、困らせる事も本意ではないのだし。

(さすがアイゼン様だ。相談してよかった……)

 安堵するラドニー。と同時に、昨夜の胸のつかえが解きほぐされていることに気づく。

 村人たちとの交渉に気を遣わされたということもあるが、純粋な感謝の思いをぶつけられたことも大きかったのだろう、とラドニーは自己を分析する。

(思えば、こういった交流も最小限に済ませてきた気がするな)

 そう、またもや振り返ってしまう。不愛想に、冷たく、事務的に。なるべくクエストを最短で終えられるように。数をこなせるように、と。

 旅支度を終えたアイゼンとラドニーは、門番としての村長と初めて出会った扉の前まで見送られた。

 さすがに村人全員での見送りは憚られたので、村長、酒場の店主夫婦、給仕の女性と少人数での見送りとなった。

 聞くと、給仕の女性は酒場の店主夫婦の娘ということで、娘の危機を救ってくれたアイゼンにはことのほか感謝していたので、そう言った面々になった。

「もう行っちまうのか。冒険者ってのは、慌ただしいもんなんだな」

 もう少しゆっくりして行けばいいのに、そう言いたげなベイガンだった。

「いつもはそれほどではないのですが、用事がありまして」

 代表してラドニーが返答する。

 冒険者ギルドから見れば、ラドニーはクエスト途中で行方不明となっている身だ。

 せめて無事であることを知らせなければ、貴重な十一等級と言うことで捜索隊が組まれるだろう。そうなると、また誰かがゴーレムの部屋に飛ばされるような事態が起きかねない。

 それを正直に言えないので、やや言葉を濁すような物言いになってしまった。

「娘を助けて下さり、ありがとうございました」

「またお越しくださいね、アイゼンさん」

「そのつもりだ。この村の食べ物も葡萄酒も美味かったのでな」

 酒場の夫婦の礼、給仕の女性の熱のこもった懇願に、アイゼンは飄々と答える。

 なにやら危機感を覚えたラドニーは、一つ咳ばらいをすると、アイゼンを促した。

「それでは、お元気で。何かあれば、冒険者ギルドを頼ってください。名誉挽回の機会を頂ければと思います」

「今度はあんたたちみたいな冒険者にお願いするよ」

 ベイガンの苦笑と村人たちの笑顔に見送られ、アイゼンとラドニーはジェガンニの村を後にした。



 向かうは北西、ラドニーが拠点とする、ドゥーナの街である。

 そこまでは徒歩で四日ほどだ。

 アイゼンがラドニーから受けた説明によると、森を抜けるのに半日、そこからは平原を行くそうだ。

 今からだとぎりぎりで森を抜けられ、平原で野宿と言うことになりそうだった。

「十一等級と言うのは、単に熟練と言うわけではなかったのだな」

 やがて、歩くだけでは退屈になったのか、アイゼンが昨夜のことを思い返して言った。

「あ、はい。言っていませんでしたね。冒険者ギルドは訳ありの人間が多く集まります。その中にはやはり素行の悪い者もいます。もちろん、街などで悪さをすれば法で裁かれますが、それ以外の場所、例えばダンジョンや、今回のジェガンニのように、官憲の目が行き届かないケースがあります。そのような場合のために、十一等級からはある程度の権限が与えられています」

「それが監査や逮捕の権限か」

「はい。もちろん、義務も付随します。不正を見逃してはいけない、不正に手を貸してはいけない、などですね」

「なるほど。高潔な人格が求められるのだな」

 アイゼンは、視線の先にいるラドニーに感心しているようだった。

「……昇格時に、人格の審査は確かにありますね」

 アイゼンの感心に、ラドニーは今でのような嬉しさを感じることはできず、思わず目を伏せてしまった。

 自分が高潔と称されるような存在なのか。

 昨夜から、自分を顧みてばかりだ。

 それを払拭するように、今度はラドニーがアイゼンに質問を投げかける。

「わたしも、聞いてもいいでしょうか?」

「ああ」

「昨晩、アイゼン様が射抜かれようとしていた時のことですが」

 ラドニーも射手が潜んでいることには気づいていた。自分がそうなのだから、アイゼンが気づいていないはずがない。

 そう思って何の注意もせずに自分の役割をこなしていた時、たまたまその場面を目撃してしまった。

 アイゼンが返した矢が、射手の側頭部を射抜くのではなく、ハンマーで殴り飛ばしたような音を立ててぶつかったのを。

「あの矢に何かを仕込みましたか?」

「よく見ていたな」

 言うと、アイゼンは立ち止まって、右の手のひらを掲げた。

 最初は何もなかったそこに一瞬後、半透明のガラスの板のようなものが現れた。

「防御魔法……? しかも、無詠唱?」

「防御魔法は俺の得意分野だ。これを」

 板状だったものが瞬時に丸みを帯び、球のようになる。

「今は見せるために色を付けているが、無色透明のこれを矢じりにまとわせてから投げたのだ。殺すわけにはいかなかったのでな」

「それは凄いですね……!」

 防御魔法自体はそれほど難しいものではない。魔法使いや聖職者と言われる、魔力を事象に変換する者たちにとっては基本中の基本だ。

 魔力を形として固定し、硬度を増すための集中力などを鍛えるためにはうってつけだからだ。

 しかし、アイゼンの防御魔法の凄いところは、その発動の速さと制御力だろう。

 例え戦闘中でも一瞬で、自分が必要とする形状と硬度で発動させる。

 しかも普通、防御魔法は自分の近くで発動させることが前提の魔法で、それを物質にまとわせたまま投げるなど聞いたことがない。

「剣を素手で受け止めた時は?」

「あれはただの身体強化だ。防御魔法は使っていない」

「では、ゴーレムを蹴った時は……?」

「靴底に展開していた。俺は無事でも、ブーツが壊れるからな」

「なるほど……! 応用次第なのですね」

 防御魔法と言いつつ、ちっとも防御には使っていないようである。

 それもまたアイゼンらしい、とラドニーは感心しながら思った。

「だが、普通に防御魔法として使う時もある。このようにな」

「は?」

 アイゼンは一瞬で手のひらの球に膨大な魔力を注ぎ込むと、地面に叩きつけた。球は地面に広がると、幾何学模様が重なった円状となり、アイゼンとラドニーの足元に広がる。

 唐突に、地面の下から何かが唸って迫ってくる気配が二人の肌を刺す。

「アイゼン様、これは!?」

「備えろ。下から何かが来る」

 次の瞬間、それはまさにアイゼンとラドニーの真下から現れた。

 円錐形の岩が回転しながら地面を突き破り、アイゼンの防御魔法に接して火花を散らす。

 その勢いは止まらず、防御魔法ごとアイゼンとラドニーを打ち上げた。

「う……!」

 咄嗟のことに体勢が乱れたラドニーは、傾いた防御魔法の上から零れ落ちそうになる。

 その手をアイゼンが掴んだ。

「投げるぞ、ラドニー」

「っ、はい!」

 自身の魔法だからか、アイゼンは傾く円状の防御魔法にしっかりと足をつけ、体勢を崩していなかった。

 それどころか、ラドニーの手を掴むと、地面から全貌を現すべく上昇を続ける、岩のような何かの進路を避けるような位置に、ラドニーを投げ飛ばす。

 優れた身体能力を発揮して、双剣を抜きながら地面に着地するラドニー。

 その間に、アイゼンは防御魔法を蹴り飛ばし、それを岩のような何かにぶつけていた。

 轟音を立てて爆発する防御魔法。全貌を現した岩はラドニーとは正反対の方向に吹き飛ばされ、地面の上を横滑りしていった。

「防御魔法なのに爆発した?」

「魔法を解除する時に、圧縮していた魔力に指向性を持たせるとああなる」

「器用ですね……!」

 それって防御魔法? と思いつつ、爆発で舞い上がった土煙の奥を警戒する。

 風に吹き散らされた煙から現れたのは、岩で出来た巨大なモグラだった。その鼻先が長大な円錐形になっていたのだ。それは未だに危険な回転を続けており、二人を巻き込まんとしている。

「それでラドニー。あれはなんだ?」

「分かりません。ジャイアントモールとも違いますし、見たことのない魔獣です」

「ラドニーが知らないか。ならば、最大限に注意して当たらねばな」

(どれだけ、わたしを信頼してくださるんですか……!)

 ラドニーが知らないほどの魔獣であれば、脅威に違いない。すぐさまそういう思考に辿り着くアイゼンの言葉は、ラドニーの心に熱を灯した。

 昨夜からざわざわと波立つラドニーの心が、確かな土台を得たかのように静かに落ち着いていく。

(そうだな。今は、注意して当たるべき時だ)

 ラドニーの熱が伝わったかのように、双剣が赤く染まる。

 モグラが身体を起こし、二足歩行に体勢を変える。

『さっすが、あたしのマテリアルゴーレムを倒しただけはあるようね。まあ、あっさりやられても興ざめだけど』

 その声は、モグラから響いてきた。

 発声器官らしきものは見当たらない。しかも、その声は明るい少女のものだった。

「……喋った?」

 外見と声のギャップに戸惑いつつも、警戒を怠らないラドニー。

「もしや、このモグラは魔獣ではなく、ゴーレムか?」

 同じく、臨戦態勢のアイゼンが疑問を呈する。

『へえ、当たり。よく分かったわね?』

 ぎゅいん。ぎゅいん。

 モグラの鼻先が、からかうように止まったり回転したりを繰り返す。

「このゴーレムが? 喋っている?」

 人格と発声器官を持つゴーレムなど見たことも聞いたこともない。戸惑うラドニー。

「いや。俺たちが知っているゴーレムは、昨日のダンジョンのゴーレムだけだ。それがマテリアルゴーレムと言うやつだな? それを『あたしの』と言い、そしてこのモグラもゴーレム。つまり、お前はゴーレムたちの主人、あるいは創造主か。このモグラを介して、どこかで見ているな?」

『……へえ。頭いいのね、あんた』

 少女の声が低くなる。少女の中で、アイゼンの警戒度が上がったようだった。

「そう言うお前は、声の幼さからはかけ離れた叡知を秘めているようだな。立場が主人か創造主かは分からんが、これだけの奴らを従えているのだ。只者ではあるまい」

『なかなか見る目があるわね。頭が良くて、しかも褒めてくれる男は嫌いじゃないわよ?』

(なんだこの会話! なんだかイライラするな!)

 内心通りにまなじりを釣り上げたラドニーは、右の剣を突き付けてモグラに怒鳴る。

「ええい、結局何なんだ、お前は! いきなりわたしたちに襲い掛かってきおって! 一体何の用なんだ!」

『落とし前ってやつよ』

 少女の声が一段と低くなる。その声を燃料としたように、モグラの鼻先が高速回転を再開した。

『さっきも言ったでしょ。あたしのマテリアルゴーレムを倒した。それも、一方的にね。なのに黙ってちゃ、女が廃る』

 それでラドニーは気づいた。先ほどから、モグラの回転する鼻先はずっとアイゼンに定められている。

 アイゼンとモグラの会話で、疎外感を抱いていた気がしたのはそのためだ。

「気を付けてください、アイゼン様! あいつの標的は……!」

「俺だろうな」

『インセクト、起動!』

 モグラの身体から、ばらばらと岩が零れ落ち始める。

 その岩は、落下の途中で虫型に姿を変えて着地する。

 人の二倍ほどの身長を持って何体も生み出されたそれは、赤く輝く宝石のような単眼を持ってはいたが、まったく生命の息吹を感じさせなかった。

「ゴーレムから、ゴーレムが生まれた?」

「インセクト、と言ったな。このモグラは集団展開も可能なのか。興味深い作りをしているな」

「アイゼン様。あのモグラはお任せしてもよろしいですか? あれに、わたしの双剣は効果が薄そうなので」

「任された。なかなか歯ごたえがありそうだな」

『さて、相談は終わったかしら?』

 インセクトゴーレムを引きつれて、モグラが静かに距離を詰めてくる。

『安心なさい。殺しまではしないわ、あくまで落とし前だもの。でも、痛い目にはあってもらうわよ』

「なかなか優しいな」

「優しくないです。あの鼻先とか、どう考えても殺意高過ぎじゃないですか」

 赤を超えて青く染まりだす双剣を構えるラドニー。

 呼気に闘気を交えながら、静かに構えるアイゼン。

『やんなさい、グラウンドモール! あの男をぶっ飛ばせ!』

 どのような機構なのか、足で走っているわけでもないモグラ――グラウンドモールがアイゼンに向かって急激に距離を詰めてくる。

 グラウンドモールに追随するように駆けてくるインセクトゴーレム。

 アイゼンは、いつものように迎え撃つわけではなく、グラウンドモールの横に回り込むことを試みた。

 グラウンドモールの旋回能力は大したもので、アイゼンの動きに追いついてくる。

 だが、グラウンドモールのその動きにインセクトゴーレムたちはついていけなかった。何体かが旋回に巻き込まれて、ばらばらになって吹き飛ばされていく。

『逃げんな! そこは正面から受けて立つところでしょうが!』

「せっかくのご自慢のゴーレムだ。拝見させてもらおうと思ってな」

 魔力を脚力に変換。蹴った地面を爆発させて、アイゼンはグラウンドモールの真横に回り込むことに成功する。

 そこまで来て、アイゼンはグラウンドモールの機動力の種をうかがい知った。

「車輪か。あれを駆使して速さと旋回力を生み出しているのだな」

 グラウンドモールの後ろ脚にあたる部分は関節は少なく、代わりに地面に接する部分はいくつもの車輪となっていた。

 馬車のような、木でできた車輪ではない。大きく分厚く、岩のような材質で出来ていた。しかも、ハリネズミのように外側に向かって突起が生えている。車輪の回転と連動していて、近づけばずたずたにされてしまうだろう。

 その間、ラドニーはインセクトゴーレムの間を駆け抜けていた。

(どうやら、わたしのことは眼中にないようだな。腹立たしいが、それがわたしとのアイゼン様の力量差ということだ)

 そもそも、マテリアルゴーレムに歯が立たなかった自分では、標的となりえない。

(ここは役割分担と割り切って、アイゼン様のモグラ叩きのお手伝いと行くか!)

 右の剣で腰を溶断、左の剣で単眼を貫き、インセクトゴーレムを次々と倒していく。

 インセクトゴーレムは見た目通り虫のような挙動で素早く、ラドニーを翻弄しようとする。

 だが、ラドニーもこれまでも散々、虫型の魔獣を相手取って来た。想定を上回る動きではなかったし、むしろ機動力では圧倒していた。

 無論、油断はしなかった。そんなことがあれば、後でアイゼンに合わせる顔がないではないか!

 グラウンドモールの右手から鋭い爪が伸びる。

 それが真横に張り付くアイゼンに向かって、横なぎに払われる。

 そのままではアイゼンは、いくつものパーツとして横に裁断されていただろう。

 それをアイゼンは飛び上がって回避する。

 否、グラウンドモールの背中に降り立とうとした。

 その動きを察知したのか、背中から何本もの岩が生え、それがインセクトゴーレムの形へと変わる。

「安易に取りつかせないか」

 右手に防御魔法を作り出し、それを背中に向かって投擲。そして爆発。インセクトゴーレムを吹き飛ばす。

『ちょこまかと!』

 今度は空中のアイゼンに向かってグラウンドモールの爪が振るわれる。

『手足の五、六本は覚悟なさい!』

「俺の手足は、そんなにない」

 板状の防御魔法を作り出すとそれを足場に地面に跳躍し、爪から逃れる。

 代わりに爪がとらえた防御魔法はやはり爆発した。その爆発に巻き込まれ、爪が弾け折れる。

『あーっ! なんてことを!』

 地団太を踏んでいる雰囲気の声がグラウンドモールから響き渡る。

 アイゼンが着地場所として選んだのは、グラウンドモールの真横。先ほど車輪を確認した位置だった。

「とりあえず、足を殺させてもらうぞ」

 もはや爆発魔法の小さな防御魔法の球体を作り出すと、それを指弾として打ち出した。

 狙うは車輪の隙間。

 そこに命中したかどうかも確認せず、アイゼンは再び驚異的な脚力で、今度はグラウンドモールの正面へと飛び出した。

 小さな隙間に吸い込まれたそれは、グラウンドモールの内側からの爆発となり、車輪を外側に吹き飛ばした。それどころか、下方向にも生じた圧力がグラウンドモールを一瞬、浮かび上がらせた。

『嘘! なにしたの!?』

 声の主は、そこまで周りが見えていないようだった。それでも被害状況は把握できるのだろう。声に焦りや驚愕と言った負の感情が混ざり始める。

(あー……。また、可哀そうになってくる展開だ)

 インセクトゴーレムを全滅させたラドニーは、少々テンションを下げて、アイゼンとグラウンドモールの戦いに目をやっていた。

 双剣は抜いたままで警戒は怠っていないが、もはやラドニーには結果が見えていた。

(しかし、アイゼン様の防御魔法は、名前を変えるべきではないだろうか。爆発したり、足場にしたり。形状も自由自在だったか? 意外と言っては何だが、本当に器用な方だな……)

 グラウンドモールの片方の爪は折れ、片方の車輪は大破した。最初の爆発含め、全身はすすけている。だが、その鼻先だけは回転を衰えさせず、未だに戦意を放っている。

 重厚なブーツの音。

 グラウンドモールの真正面に、アイゼンは静かに佇んでいた。

「グラウンドモールと言ったか。昨日のマテリアルゴーレムと言い、よく出来ている。その叡知、もちろん全て理解できたわけではないが、興味深い。声の主。お前か、このゴーレムたちの創造主は?」

『……お褒めに預かり、光栄ね。そうよ。あたしがこの子たちを創った』

 忌々しい、と言った少女の声。

 アイゼンは腰を落とし、身体を傾け、構えを取る。

「最大限の敬意を表しよう。俺はお前のゴーレムを見させてもらった。ならば、お前もとくと俺を見るがいい。全力で来い。まだ、動けるのだろう?」

『……あははっ!』

 笑い声が弾けた。

『あんた、無茶苦茶ね! 一体なんなのよ!?』

 それは、本当に面白がっているような声だった。

「俺はアイゼン。山で修業した、ただの武闘家だ」

『嘘ばっか! あたしは名乗らないわよ!? イイ女には、秘密が多いから!』

(その割に、結構喋っている気もするが……! とりあえず、退避だな……!)

 これから起こることに想像がつかず、ラドニーはアイゼンとグラウンドモールの対峙から距離を取った。アイゼンの邪魔にならないように、ということもある。

『グラウンドモール! 全力全開! 一点集中! 目の前のこいつを……!』

 グラウンドモールが、爆ぜる前のように自身を縮こませてゆく。

『貫け……!!』

 山が突進した。ラドニーにはそう見えた。

 その山の先端が、今までの倍以上の速度で回転し、大気を、その先にあるものを破砕しようとする。

 アイゼンは退くどころか前に駆けだした。彼我の距離が一瞬で詰まる。

「むんっ!」

 大樹の根のような軸足を中心に繰り出されたのは、裂帛の気合と右足での蹴り。

『ホントに馬鹿なの!? それで何とかなるわけが……!?』

 蹴りと、グラウンドモールの鼻先がぶつかり合う。

 それは一瞬の出来事だった。

 蹴りの体勢のまま、微動だにしないアイゼン。

 押し進むグラウンドモール。

「アイゼン様っ!!」

 押し負ける、そう感じて叫ぶラドニー。

 だが、進んだのは、ぶつかり合った鼻先以外だけだった。

 回転する鼻先に、顔が、首が、身体がめり込んでいく。めり込んでいく傍から、左右に割り砕かれてゆく。

 巨大な建物が倒壊するような音を立てて、グラウンドモールが二つに分かれながら、アイゼンの左右を通り過ぎてゆく。

 横から見ているラドニーには、アイゼンが瓦礫の津波に飲み込まれたかのように見えた。

 だが、俯瞰すれば、船の穂先が波を切り裂くように見えただろう。

 やがて、左右に分かれたグラウンドモールが通り過ぎ、蹴りの体勢のアイゼンが見えた。ラドニーはその様に胸をなでおろす。

 アイゼンの蹴りの先には、いまだ回転を続ける鼻先と、そこから繋がる、わずかに残った中心部分があった。

「……はは。巨大モグラの、三枚おろし、だな……」

 アイゼンの非常識さに慣れていたラドニーでも、乾いた笑いをこぼすしかなかった。

 回転と推進力を失って、鼻先が地面に落ちる。その瞬間まで、アイゼンは蹴りの体勢のままだった。

 足を下ろし、力尽きた鼻先と、そこから伸びる、光が明滅する中枢部分を眺めやるアイゼン。

『……アイゼン。覚えておくから、覚えておきなさいよ』

「覚えておこう」

 中枢部分に宿されていた光は、言葉を残して消失した。



「くぅ~~……!」

 少女は金髪の頭を掻きむしりながら、怒りの唸り声をあげた。

 絶世とも称されるその顔は、赤く苛立ちに染まっている。

 少女が目にしている水晶の板には、自身ご自慢のゴーレムの状況が映し出されていた。

 最初は緑に明滅していた水晶の板は、今は少女の顔色と同じく赤く染まっている。

「なんてこと、完敗じゃない……! マテリアルゴーレムの時もそうだったけど、ホント、一方的……!」

 悔しさのあまり、短いスカートからのぞく足をバタバタとさせるその様は、ただの少女に見えた。

「どうしてくれようかしら……! リベンジは絶対だけど……!」

 水晶の板に白魚のような指を走らせると、先ほどの戦いがグラウンドモール視点で空中に投影される。

 一連の流れを見て、腕を組んで考え込む。

「けど、同じようにやってもきっと勝てないわね。なんなのよ、この人間離れした馬鹿力は? 足が杭にでもなってんの?」

 見返すと、蹴りの軸足は少しも後ろに下がっていなかった。そして、巨大な物体の体当たりを真っ向から受け止める膂力。

「どっちかっていうと、このくそ度胸の方が厄介ね。随分と戦い慣れしてるのね、こいつ」

 映像を一時停止する。

 そこに映るのは、こちらを見据えて不敵に笑う、一人の男。

「よく見ると、結構いい男ね? 言動のせいで年よくわかんないけど、十六、七ってとこ?」

 まじまじと見た後、にんまりと笑う少女。

「次は見てなさいよ。手加減しないんだから、ね」



「また喧嘩を売ってくるのでしょうか」

「次はどんな趣向を凝らしてくるか。楽しみにしておこう」

「はは……」

 乾いた笑いで返すラドニー。

(楽しみか。あのモグラも、わたしの手に負えたかどうか。十一等級と言っても、大したことないんだな……)

 今まで様々なダンジョンに潜り、様々な敵と戦ってきた。それらを踏破、または撃破してきた。

 しかし、ここ二日で立て続けに自分の力の及ばない存在を目にもしてきた。

 アイゼンや、あのゴーレムたちが規格外だと言うこともできるかもしれない。

(だが、単独であれほどの敵に出会ってしまったら? その結果はもう出ている)

 死ぬ。

 改めて考えたその結論に今更、身震いなどしなかった。

(マテリアルゴーレムの時はアイゼン様に助けていただいたが……それは、運が良かっただけだ。このままではわたしは、どこかで力及ばずに死ぬ)

 その未来は、おぞましさよりも、虚無感をラドニーに与える。

(今までも壁にぶち当たってきたが……今回は、とびきり高い壁だな)

「どうした、ラドニー」

「え、あ」

 呼びかけられ、ラドニーは考えを中断した。

 いつも通り、自分を真っすぐに見つめる瞳があった。

 どきり、とラドニーの胸が高鳴る。

 ただ、淡々と自分を見つめてくるような黒い瞳。

 だがもうラドニーは、その瞳の奥に様々な感情があることを知っている。自分を気遣う色が潜んでいることを知っている。

 それが、ともすれば奈落に堕ちそうなラドニーの心を救い上げていく。

 自然、ラドニーは微笑むことが出来た。

「……いえ、何でもありません。それより、何かめぼしいものでも見つかりましたか?」

「魔力の残滓が、マテリアルゴーレムの創造主のものと一致した。あの声の主も自分が創造主だと言っていたが、その裏がとれたくらいだ。後は、俺の理解を超えるものばかりだ」

 グラウンドモールの残骸を調べていたアイゼンは、あまり収穫がないことに落胆もせず、むしろ嬉しそうであった。

 未知の技術に触れられて嬉しいのだろうな、とラドニーは思う。

 意外とアイゼンは探求心旺盛だった。そして、収集癖もあるようだった。

「とりあえず持っていくか。創造主と顔を合わせるようなことがあれば、聞きたいことがいくつもある」

「え」

 グラウンドモールの残骸がアイゼンの背負い袋に吸い込まれていく。

 何度目かのその光景に、もう慣れたと思っていたラドニーは眩暈を抑えきれなかった。

 そこでふと、ラドニーに疑問が浮かんだ。

「あ、あの、そんなになんでもかんでも収納して、大丈夫ですか?」

「む? 大丈夫、とは?」

「中で、もみくちゃになったりとか」

 現在の背負い袋には、ラドニーが把握しているだけで、マテリアルゴーレムの残骸、サーベルボアの死体、烈火の牙の四人、そして今吸い込まれたグラウンドモールの残骸が入っているはずだ。

 かき混ぜられて、お互いに削りあっていないか。中には生き物もいるのに。

「大丈夫……のはずだ」

「はず!?」

「亡き師の遺品で、仕組みは分からないが、入れたもの同士は干渉しないようになっている」

「設定増えた!?」

「設定ではない。事実だ」

「まだ設定を考えついていない、とか言ってたじゃないですか……」

(いや、もし人に見られた場合の言い訳としては十分か。注目は集めるだろうが……)

 頭痛に苛まれるラドニー。

 そんなラドニーの様子はどこ吹く風と、アイゼンはいつも通りマイペースだった。

「日が暮れてきたな。今日はここいらで野宿か?」

「あ、はい、そうですね。このあたりは危険な魔獣も出ませんし」

 あんなゴーレム以外は、と内心付け加えたラドニーだった。

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