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拝啓、○○に出会いました。  作者: 緋色
一章

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4/17

冒険者とは

 ジェガンニの村は、かつてないほどのお祭り騒ぎとなり、酒宴が催された。

 サーベルボアの脅威、横暴な冒険者パーティーと二つの苦境に立たされていたのが、一気に解決したのだ。村人たちの喜びは一入だった。

 その酒宴に当然のようにアイゼンとラドニーも招かれ、そこでここ最近の村の様子を聞くことが出来た。

 サーベルボアが目撃されて被害が出たのは五日前で、そこから柵などの自衛手段構築を行い、冒険者ギルドにクエストを発注するための資金を集めるなどして二日が過ぎたころに、「烈火の牙」のパーティーがたまたま立ち寄った。

 一番近い街の冒険者ギルドにクエストを依頼するのに四日、そこから冒険者が派遣されるのに四日。

 それを考えると、たまたま冒険者パーティーが立ち寄ってくれたことはジェガンニの村にとっては渡りに船だった。

「結局、泥船どころか、害獣と変わらなかったわけだが」

 怒りがぶり返したのか、村長ベイガンは、持っていたカップをテーブルに叩きつけた。

 「烈火の牙」は足元を見たのか、法外な値段を吹っかけてきたのだ。

 それでも、いつサーベルボアによってまた被害が起こるかもしれないと思うと、目の前のパーティーにすがるしかなかったのだ。

 もともとサーベルボアによって村人は閉じこもり気味だったが、さらに「烈火の牙」に目を付けられることを恐れ、ほとんど外出をしなくなってしまっていた。

 わずかに、門番として見回りに手を挙げた村長のベイガンがその例外だった。

 そのままでは、村の生産活動が滞ってしまっていただろう。

 今は、もう夜も遅いというのに、子供たちも走りまわっている。ここ数日の閉塞した空気を消し飛ばさんばかりだ。

「ベヘットは、今回のサーベルボアを初めて見たような口ぶりだったな。ということは、偵察すらしていなかったのか?」

「そうだ! あいつら、それすらしていやがらなかった! 準備が整っていないだの、散々もったいぶりやがって!」

 村特産の葡萄酒を味わいながらのアイゼンの呟きに、我が意を得たりと唾を飛ばすベイガン。

 葡萄酒で、ほどよく酔いが回っているラドニーは、もはや爆発寸前だったのだろうな、と思う。

(そのままでは、村人が「烈火の牙」に襲い掛かっていただろう。だが、やつらは腐っても冒険者。太刀打ちは出来なかっただろう)

 そんなところに、アイゼンとラドニーが現れたのだ。思いがけない、サーベルボアの死体と言う吉報を持って。

 そのサーベルボアは、村の中心の広場に横たえられ、ご神体のように篝火で照らされていた。

 村の狩人の見立てだと、このサーベルボアは食用には適さないとのこと。なので、振舞われることもなく今回のお祭りの言わば主賓として飾られていた。

 もちろん、本当の主賓はアイゼンとラドニーである。

 同じ冒険者と言う立場ではあったが、ラドニーは礼儀正しかったので「烈火の牙」とはひとくくりにされず、敬意を持って接されていた。

 アイゼンは給仕の娘を助け、「烈火の牙」のリーダーでもあったベヘットを懲らしめたという話も広まり、もはや英雄扱いであった。

 アイゼンはひっきりなしに酒や料理を勧められ、それを美味い美味いと平らげていく。その飲みっぷり食いっぷりに、村人たちは感心しきりであった。

 中でも、直接的に助けられた給仕の娘はずっとアイゼンに酌をしている。その瞳には感謝以外の気持ちが混じっているように見えて、ラドニーは気が気でない。

(なんだ、この気持ちは。もやもやする。飲み過ぎたか? 違う気がする。なんだこれは……!)

 悩むラドニーを置いて、酒宴は続く。

 「烈火の牙」のパーティーは、すべてアイゼンの背負い袋に詰められた。しかるべき場所に突き出すまでの護送手段としてである。それゆえ、なんの憂いもない。

「生き物もですか!?」

 と仰天するラドニーに対し、

「冒険者と言うのは、便利なもんを持ってるんだなー」

 という感想で村人たちが落ち着いたのは、お互いの経験の差であろう。

 ラドニーは様々な魔道具を見たことがあるので、それらの中に含まれない背負い袋の希少性を知っているためだ。より経験を積んでいるがために驚愕の種が増えてしまうのは皮肉と言えた。

 村人の中には本当にアイゼンがそんなことを成したのか、疑いの目を向ける者もいた。

 ラドニーは忘れがちだが、アイゼンは見た目は十代後半の旅人風情で、冒険者でもないからだ。

「ならば、試してみるか?」

 というアイゼンの一言で、酒宴で腕相撲大会が開催されたりもした。

 小さな試合会場となった樽の上で、力自慢の村人たちをなぎ倒していくアイゼン。無論、手心は加えたが、アイゼンに勝てるものは一人もいなかった。

「優勝はアイゼン様!」

 優勝者アイゼンと、その腕を掲げる審判ラドニーの光景にさらに湧く村人たち。

 やがて宴がたけなわになると、そこかしこに酔いつぶれたり眠気に負けたりして、その場で寝落ちする村人たちが出始める。そこには大人も子供もなかった。

 村長ベイガンも、テーブルを枕にしていびきをかいている。

 気が付くと、意識があるのはアイゼンとラドニーだけになっていた。

「……今日は、色々ありましたね」

「そうだな」

 同じテーブルで相対し、月を肴に酒を飲む。辺りは静かだ。

 ラドニーにとっては本当に怒涛の一日だった。

 ダンジョン探索からゴーレムとの一戦、そこで生死をさまよい、アイゼンに出会った。

 ようやく脱出できたと思ったらサーベルボアとの遭遇、村での不埒な冒険者パーティーへの制裁。

 ラドニーはやっと一息付けた気分だった。

「酒場の隣に宿屋があるそうで、そこに泊っていいそうです」

「ありがたい」

 この雰囲気では宿屋の人間もどこかで寝落ちしているだろう。勝手に入って勝手に寝ることになりそうだった。

 しばし、どちらも静かに少しずつ葡萄酒を口に運びながら月を眺めていた。まだ寝るには早い。二人とも、そう思っていた。

「あの、アイゼン様は」

「うん?」

「自ら、村人たちの代わりに制裁役を買って出たのですね」

「そんなつもりはなかった。ただ腹が立っただけだ」

「それでも、結果的にはそうなさることで村人たちの留飲を下げました。ただ彼らを捕縛しただけでは、村人たちの鬱積した恨みつらみは彼らへと向かったでしょう。そうなれば、それは私刑として行われ、村人たちが逆に罪に問われたかも知れません。そうなっても彼らは逃げられません。村での生活がありますから。でも、それをアイゼン様がされれば」

 そこでラドニーは、恐る恐る、月からアイゼンの横顔へと視線を移した。

「捕縛などと言う、自由を脅かすものからは身一つで逃げれば済みます。無論、制裁などなかった、派手に転んだだけだ、と報告するつもりなので、そのようなことはなさらないでくださいね?」

「俺が進んで、村人たちの罪をかぶった、と言うつもりか?」

「結果的にはそう見える、と言うだけです」

「ラドニーは想像力が豊かだな」

 月明かりのせいだろうか。ラドニーは、アイゼンが苦笑したように見えた。

「俺は、日々、慎ましく生きている者が理不尽な目に遭うのは好かん。ただ、それだけだ」

 そこでアイゼンは言葉を切り、ラドニーに視線を向けた。不意に目が合い、ラドニーは鼓動を激しくした。

「ラドニー。ベヘットは、『困っている依頼人を助けるのが冒険者だ』と言っていた。それは本当か?」

「え、は、はい。冒険者ギルドの規則にも、そのようにあります」

「そうか。クエストは、困っている者がいるから出されるのだな」

 納得するようなアイゼンの言葉と視線に、ラドニーは急に息苦しさを感じた。その原因が何かを考える前に、アイゼンはまたラドニーから視線を外して言った。

「冒険者か。いいかも知れんな」

 アイゼンの視線の先には、累々と転がる、安らかな寝顔があった。その一つ一つを目に焼き付けるようだった。

「え、あ……」

 なぜだろう。ラドニーの胸が痛んだ。アイゼンと同じように、彼らに視線を向けることが出来ない。

「どうした、ラドニー?」

「……いえ。少し、飲み過ぎたようです」

「……そうか。俺はもう休む。ラドニーも休むといい。さっきラドニーが言ったように、今日は色々あったのだからな」

「……はい。少ししてから、わたしも休みます」

 急に元気をなくしたように俯くラドニーに何かを感じたのか、アイゼンは立ち上がって付け加えた。

「……俺で役に立てるかどうかは分からんが、何かあれば相談に乗る」

 ラドニーは言われたことを確認するように、アイゼンの顔を見上げた。そこには、いつもの悠然とした表情ではなく、困り顔があった。

 それを見たラドニーは、少しおかしくなって、口元をほころばせた。

「……はい。その時は、お願いいたします」

「うむ。それではな。おやすみ、ラドニー」

「はい。おやすみなさい、アイゼン様」

 アイゼンはいつも通り、確かな足取りで村の夜に消えていった。

 それを見送ったラドニーは、椅子の背もたれに背中を預けて、そのまま暗い空を仰いだ。

「……困っている依頼人を助けるのが冒険者……」

 ラドニーの瞳はどこか、うつろだった。

(あのベヘットですら口にしたことを、わたしは、冒険者ギルドの規則に載っていた、という知識でしか知らないのだな)

 瞳を閉じる。

(わたしは、掲示板に張り出された、あるいはギルドから直接に通達されたクエストをただひたすらに、我武者羅にこなしてきた。だが、アイゼン様のように、クエストの裏側を考えたことが、今までに果たしてあっただろうか?)

 自分を顧みる。

(ない。ひたすらの点数稼ぎだった。ひたすら、等級を、名を上げる材料として消費してきた。そこに意味はあった。けれど……)

 なにかが込み上げてくる。

(なぜだろう。今になって感じる、この虚しさは。色んなものを捨ててきたはずだ、目的のために。でもそれは、間違っていた? 分からない……)

 瞼の裏に浮かぶのは、一人の男。

(もしかしてわたしは、常識だけじゃなく、価値観も壊されてしまったのかも知れない……)

 涙が零れ落ちそうになるのを必死でこらえるラドニー。

 月も夜の静けさも、ラドニーを慰めてはくれなかった。

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