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拝啓、○○に出会いました。  作者: 緋色
一章

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十一等級

 それから二人は一旦、地面に降り立って歩を進めた。

 二人とも身軽だったが、あえて木の枝を跳び移って行くようなことはしなかった。

 跳んでいる間に空飛ぶ魔獣などに出くわすと危険だからだ。

 方向を見失いそうな都度、木に登って方向を修正する。

 幸い、村へは日が暮れる前に辿り着けそうだった。

 そんな中、二人は時折、会話を交わした。

「冒険者と言うと、危険だが自由な稼業という印象があるが、実際はどうなのだ?」

「確かに、そんな一面もありますね。ある程度の範囲で自分の好きなクエスト――依頼を選ぶことが出来ますし。ただ、ある程度の力量までは生活のために選り好みしていられない、という時期もあります。ただ、大きなクエストを達成すればそれに応じた報酬が手に入ります。その報酬で豪遊することを自由と言えば、そうなるかと」

「人それぞれ、と言うことか」

「はい。冒険者に興味がおありですか?」

「多少な。俺は自由が好きだが、食い扶持が必要なことも理解しているつもりだ。ならばどのように稼ぐべきかと思う」

「その戦闘力であれば、十二分に務まると思います。あっという間に上の等級に行けるかと」

「冒険者の力量は、等級と言うもので表されるのか?」

「はい。最初は誰しも一等級から始まります。経験を鑑みられたり、試験を受けて等級を上げていきますね」

「ふむ。ラドニーはどの等級なのだ?」

「わたしは十一等級です。最上は十三等級なので、上から三番目になりますね」

「ほう、大したものだ」

「いえ、それほどでもありません」

 褒められたが、ラドニーとしては顔が曇ってしまう。アイゼンの前で死にかけた身としては、自分の力不足を恥じ入るばかりである。

 そんな気分を払拭するために、ラドニーが首元から引っ張り出したものがある。

 それは紐でつなげられた、金色の金属板であった。首周りにフィットさせるためか、軽く弧を描いている。

「これが冒険者の身の証です。タグ、と呼ばれています」

「十一、と刻んであるな」

「はい。本人の魔力波長が埋め込まれているそうで、色んな照会に使用します。これを特定の魔道具に置けば、冒険者登録時のプロフィールを閲覧することもできます」

「便利なものだな。しかし、等級もプロフィールだと思うのだが、それが隠されていないのはなぜだろうか」

「冒険者同士のもめごとの時に、階級差がすぐさま分かればそれを避けられるからだ、という話を聞いたことがあります。等級差は力量差なので、低いほうは引くわけです。ただ、それが悪いほうに働くこともないではありません。自分より低い階級だと分かれば絡むような輩も、少なからずいるので」

「色々な一面があるのだな」

 感心するアイゼン。

 ラドニーはタグを首元にしまった。

 アイゼンについて、いくつか分かったことがある。アイゼンは意外とよく話すのだ。

 多弁と言うわけではない。むしろ、一言一言は短い。

 話題そのものに興味を持ち、どんどん掘り下げて行くというか、話したいという欲求が大きいのだろう。

 自己紹介の時に「山で鍛えていた」と言っていて、ラドニーは今もってそれを全く信じていないが、人が周りにいない環境にあったのだろうという推測はついた。

 それに、ラドニー自身もアイゼンと話しているのは楽しかった。

 アイゼンは高い見識を持っているのもあってか、打てば響くという表現が相応しいほど会話が弾むのだ。

 アイゼンが知らない事を教えられるのは、楽しいというより快感ですらあった。

 自身より下の等級の者たちに教えるのはただただ面倒なだけだったが、相手次第でこうも変わるものか、と感心しきりだ。

 再度、アイゼンから疑問が投げかけられる。

「クエストとは、どのようなものがあるのだ?」

「代表的なものは、採集、討伐、探索ですね。時々、家の掃除とか家事もクエストとして募集がかかることがありますね」

「家事もか。多岐に渡るのだな。俺と相性がよさそうなのは討伐か」

「まさしく。……あ、ただ、アイゼン様の場合、手加減しないと周りに甚大な影響を及ぼすかもしれません。お強いので」

「大丈夫だ。手加減は得意な方だ」

(嘘だ! ……とも、言い切れない……!? どっちだ!? 今後のために、手加減とはどんなものかお教えしておくべきか!?)

 自分が敵わなかったゴーレムを易々と捩じ切る様を思い出し、ラドニーは戦慄した。

 圧倒的強者のアイゼンの手加減と、一般人枠のラドニーのそれではどう考えても差がありそうだった。

 手加減と言う名の暴虐が吹き荒れる前に、何とかすべきか?

 妙な義務感に押されてラドニーが口を開こうとしたとき、アイゼンは唐突に唇に指先をあて、静かにするように促した。

 次いで、がさり、とラドニーにも茂みが揺れる音が聞こえた。

 すぐさま、双剣を抜くラドニー。

「村の方向だな。迂回することもできそうだが、どうする、ラドニー?」

「……向かいましょう。もうすぐ日が暮れてしまいますし、暗くなるとより大きな危険を呼び込みかねません」

「明るいうちに村に着く事が優先、と言うことだな? 分かった」

 こくり、と頷くアイゼン。素直なその仕草を見て、「なんか可愛い……!」とラドニーが内心、身悶えしたのは秘密だ。

 自らは音を立てず、慎重に音の発生源へと近寄ろうとする二人。

 そう動き出そうとした瞬間、茂みが爆発した。

 咆哮を上げ、巨体が飛び出して突進してくる。

「サーベルボア! 横に避けてはだめです!」

 それを見た瞬間、アイゼンに向けてラドニーが叫ぶ。同時に、その突進を斜め上に跳躍して躱すラドニー。

 サーベルボアは猪が変化した魔獣で、通常より大きく発達した体躯と牙、そして脇腹から突き出た湾曲した剣状の突起が特徴だ。

 この魔獣の突進を横に避けると、脇腹の剣の餌食となってしまう。それを知っていたラドニーは、アイゼンにそうしないように助言したのだ。

 アイゼンは、ラドニーのその助言に忠実に従った。

 アイゼンはその場から一歩も動かなかったのだ。

 サーベルボアに激突される瞬間、アイゼンはその牙を掴んだ。

 牙を起点に、縦に半回転するように投げられ、地面に叩きつけられるサーベルボア。

 サーベルボアは、自分の突進のエネルギーを全て、自分の背中への衝撃に変えられて白目をむく。

 その瞬間、ラドニーは飛び乗ろうとしていた木の枝を蹴って、露わとなっていたサーベルボアの心臓に双剣を突き立てていた。

 ラドニーの一撃と同時に、アイゼンの蹴りがサーベルボアの鼻へと突き刺さる。その威力はすさまじく、サーベルボアの頭部が半ばまで胴体に沈み込むほどであった。

 お互いに一撃を見舞った後、アイゼンとラドニーは一旦、サーベルボアから距離を取った。

 やがて、サーベルボアが痙攣して動かなくなると、アイゼンは構えを解き、ラドニーは双剣をしまう。

「……こんなに簡単に倒せてしまうとは」

 ラドニーが深々とため息をついた。

「サーベルボアと言ったか。強いのか、こいつは?」

「強い、ですね。一体で、六等級以上のパーティーでの討伐案件になる魔獣です。個体差にもよりますが、この巨体だともう少し上の等級のパーティーでないと力不足でしょう」

 改めて見ると、巨体と言う表現が相応しかった。この巨体で突進されたら、城壁でも穴が開くだろうと思われるほどだった。

(それを易々と、しかも一瞬の判断で投げ飛ばすとは……!)

「えっと。確認ですが、アイゼン様はサーベルボアを知らなかったんですか?」

「知らん。ラドニーの適切な助言のおかげで対処ができただけだ。しかし流石だな。その助言もさることながら、腹が見えたと認識すると同時に、即座に致命傷を与える行動に移るとは。これが熟練冒険者というものか」

 しきりに感心するアイゼンに、ラドニーは照れと恥ずかしさのあまり顔から火を噴きそうだった。

「いえ、それほどでも……!」

(サーベルボアの不意打ちの突進は、中堅パーティーでも半壊させることがある。初見のそれを凌いで一撃必殺にまで持っていくとか、どう考えてもアイゼン様の方が凄いんだが……!)

 思うものの、緩む口元を制御するのに必死で、それ以上の言葉が出てこないラドニー。

「それで、ラドニー。こいつはどうする?」

 改めて、しげしげとサーベルボアの死体を眺めやるアイゼン。初めて見る魔獣のせいだろうか、興味津々と言う風情である。

「放置していけばいいのか?」

「あ、いえ。サーベルボアは普通の猪と違って、森の環境を荒らしたり、近隣の住民に被害を与える魔獣で、見つけたらクエストとして受けていなくても討伐が推奨されています。その場合でも、討伐を報告すれば脅威度に応じた褒章が支払われます。討伐の証明として、その名の由来でもある脇腹の剣を持ち込むのですが……」

 言いながら、ラドニーはその部位を見やる。

 その脇腹の剣は大きかった。優に成人男子の身長ほどの長さもあり、また、重そうであった。

「わたしはここまで大きいサーベルボアは見たことがありません。持ち帰るのは、ずいぶんと大変かと」

「ふむ。他の部位はどうなのだ? 討伐の証明としてではなく、狩りの成果としての話だが」

「牙は調度品、内臓は薬品の原料になったかと。肉が食用に適しているかどうかは、個体差がありますね」

「さすがラドニー。良く知っているな。ならば全部持っていくとしよう」

「え」

 ラドニーは、巨大な猪が背負い袋の口に吸い込まれていくのを、異次元の出来事のように眺めることになった。

「よし」

「よしじゃないですよ、もう……!」

(せっかく慣れてきたところなのに……!)

 ラドニーは木に寄りかかって、目の前で起こった常識外の出来事を忘れようとしていた。

「どうした、ラドニー。大丈夫か?」

「大丈夫じゃないです……!」



 アイゼンと、しばらくして落ち着いたラドニーは村へと向かった。

 サーベルボアのことがあったから警戒しつつではあったが、それ以外に遭遇したのは野生の獣ぐらいで、アイゼンとラドニーの気配を察知すると逃げていった。

 そうして、日が傾く前に無事にたどり着いた村は、獣除けのためだろうか柵に囲われていた。

 村の入り口も丸太で作られた扉となっており、自衛能力の高い村であることがうかがえた。

「あんたたち、森から来たのか!? よく無事だったな!」

 門番らしき壮年の男が、柵の内側からアイゼンたちに呼びかけてきた。その表情は声と同様に焦りと驚きで彩られていた。

 その様子に顔を見合わせるアイゼンとラドニー。

「わたしが話してもいいですか?」

「任せる」

(任された! 頑張るぞ、わたし!)

 全面的な信頼を得て、何を頑張るかも把握せずに意気込むラドニー。しかし表面上は冷静に問いかける。

「旅の者ですが、道を見失ってしまって、ここにたどり着きました。ここはなんという村ですか?」

「ジェガンニだ! とりあえず入んな、旅の人! もうすぐ日が暮れる!」

 言いながら、門番の男は扉を開けてくれた。しかしその様子は落ち着かず、切羽詰まっていた。

(ジェガンニ。わたしの拠点、ドゥーナの街の南東にある村か。徒歩四日ほどだったな)

 ようやく現在地を把握できたラドニー。どこか張りつめていたものがほどける感覚を覚える。

 自分の所在が不明なままと言うのはやはり不安だったのだろう、とラドニーは自己を分析した。

 そしてさらに思う。

(それを意識せずにいられたのは……)

 共に扉をくぐる、もう一人の人物に思いを馳せる。

(まあ、意識する暇もなかったがな!)

 アイゼンと遭遇してからのこれまでを振り返ってしまったラドニー。驚くやら喚くやら感心するやら恥ずかしいやらだった。どの感情に焦点を当てればいいかさっぱりだ。

 そのアイゼンは、ラドニーの後ろにつきながら、慌ただしく扉を閉める男と、村の様子を観察していた。

 村の中央に向かっていく道の両脇に、まだ火がつけられていない篝火が並んでいるのを見て、アイゼンが門番に問いかける。

「随分と慌ただしいな。何かあったのか?」

「あったさ! 今もだがな! でっけえやつが出たんだ!」

「でっけえやつ?」

 その苛立たしげな声に、ラドニーが訝しむ。

「ああ。なんとかボアーってやつだ。一匹だが、そいつに畑を荒らされた。怪我人も何人か出た。幸い、死んだもんはいなかったが……!」

「それなら、俺たちが倒したが」

「……はあ?」

 淡々というアイゼンと、隣で頷くラドニー。

 その二人を交互に見て、やっと言われたことを理解できたのか、男の額に血管が浮かぶ。

「ばっ、馬鹿言うんじゃねえ! 俺ぁあいつを見たが、あんな山みてえなやつを、あんたらみたいなのがたった二人でなんとか出来るわけねえ! あんたらも、あいつらみたいなほら吹きなんか!?」

「あいつら?」

「あんたらみたいなのはもうざりなんだよ! 出てけ! 親切心出したさっきの俺を、ぶん殴りてえぐらいだ!」

「待って、落ち着いてください。あいつらとはなんですか?」

 アイゼンに掴みかからんばかりの男をなだめるラドニー。それに耳を貸す気配のない男だったが、次の瞬間、その動きが止まった。

 近くの建物の中から微かに、何かが割れる音、そして女性の悲鳴が響いてきたからだった。

「あいつら、また……!」

 男は憤怒の形相で音と悲鳴が響いてきた建物を振り返ると、再度アイゼンとラドニーを振り返った。

「いいか、出て行けよ! 分かったな!?」

 怒鳴ると、建物へ駆け出す男。

「そう言うわけにもいかんな」

「そうですね」

 諾々と従うつもりはなかった。

「あの門番が言ったのはサーベルボアだろうな。それはもう俺たちが倒した」

「なのに、まだ村の中で何かが起こっています。事情が分からないので何ができるかは分かりません」

「だが、見過ごせんな」

 まったく、アイゼンの言う通りだった。そして、こんな時だというのに、同じことを思うのに嬉しさを感じているラドニーだった。

「おい、やめろ!」

「ああ?」

 建物の扉を蹴破るようにくぐった男の静止に返って来たのは、酒臭い吐息だった。

 建物は村の酒場だったのだろう。テーブルや椅子、カウンターなどがあった。小さな酒場だったが、憩いの場を思わせる内装だった。

 だが、今やそれは無残なものだった。

 床には皿や料理がぶちまけられていただけではなく、給仕の女性が床でうずくまっていた。

 カウンターにいる夫婦らしき男女は、そんな光景に顔を青くしながらも怒りや悔しさが隠し通せていない。

 その状態を作り出しているのは、この酒場のただ一人の客だった。

 その客は、金髪の剣士風の装いをしていた。今は剣ではなく空の酒瓶を片手にし、今にもそれを給仕の女性に振り下ろさんばかりだった。

「何をしようとしていた!」

「ああ? 見てわかんねえのかよ。この女が、酌を断るからよ」

 門番の男の怒声に、酒精で顔を赤くした剣士の男は素振りの動作を見せる。

「こうしようとしてたんだよ!」

「いやあっ!」

 頭をかばって蹲っていた女性に酒瓶が振り下ろされようとした時、それを軽く受け止めたものがいた。

 いつの間にかアイゼンが剣士と給仕の女性の間に割って入っていたのだ。

 その動きは、ラドニーですら気が付けないほどだった。

「お? あ?」

 剣士の男は、酔っているせいもあってか、何が起こったか分かっていないようだった。

 そしてそれは、いつまでも衝撃が襲ってこないことに戸惑う給仕の女性も、カウンターの夫婦も、門番の男も同じだった。

 アイゼンは呆気に取られて力の抜けた手から酒瓶を抜き取ると、それをそっとテーブルの上に置いた。

「お、おお?」

 酒場に足を踏み入れていたラドニーは、門番の男を押しのけ、一緒に扉の前から離れた。その際に、いきなり押されて戸惑う門番の男には構わず、扉を開けっ放しにするのも忘れない。

 次の瞬間、空いたその扉を、剣士の男の身体が地面に足をつけないまま通過した。

「げぶああっ!?」

 胸倉をつかまれて勢いよく投げ飛ばされた男は、無様に酒場の前の道を転がった。

 短い回転を終えて、ようやく痛みで現実を認識する剣士の男。

「ひっ、ぐ。な、なん……」

 起き上がろうとする剣士の男の傍に、丈夫なブーツの足音が近づいてくる。

 その足音の主は、剣士の男の傍で立ち止まった。

 そうして、酒場の扉から身を乗り出して戦々恐々としている、カウンター内にいた夫婦、給仕の女性、門番の男に問いかける。

「この男は、その建物内で乱暴狼藉を働いた。相違ないか?」

「は、はい!? はい!!」

 カウンター内にいた男――酒場の店主――は、アイゼンの低い声に、思わず反射的に肯定した。

(アイゼン様、怒ってらっしゃる)

 酒場から出ていたラドニーは、アイゼンの気配にそれ以上は近づけないでいた。

 見たことのない感情の発露に、ラドニーですら冷や汗をかくほどだった。

 アイゼンの言葉の刃は、今度は剣士の男に向けられる。

「ならば、まずは謝罪せよ。それくらい、酒の勢いがなくともできるだろう?」

「あ、か……!」

 怒気のこもった気配にあてられ、剣士の男は顔も上げられない。

 だが、なけなしのプライドを振り絞ったのか、剣士の男は腰を抜かしたような姿勢のままで後ずさってアイゼンから距離を取ると、吠えてみせた。

「て、てめえ! 俺にこんなことしてどうなるか分かってんだろうな!? 俺たちは、この村に出たっていうサーベルボアを討伐するパーティー、『烈火の牙』だぞ!? 分かってんのか!? 見捨てて帰ったっていいんだぜ!?」

 その声が響いた途端、この場にいる村の人間の表情に諦めの色が強く差すのを、ラドニーは見た。

 しかしラドニーはそれには同調しない。その諦めは無意味なものだと知っているし、すべてをアイゼン一人に任せる気もなかったからだ。

(この建物の上か。わたしが対応すべきはそれだな)

 ラドニーはあたりに響き渡る醜い主張に取り合わず、誰にも気取られることなく動き出す。

「誰だか知らないが、てめえのせいで、ここの村人全員が見捨てられて食われて死ぬかもしれないんだぜ!? 正義感振りかざしたばっかりに、ざまぁねえな!」

 静かに冷徹な瞳で見下ろすアイゼンに、勝ち誇るかのような剣士の男。なおも言い募る。

「分かったら、そこを動くんじゃねえ!」

 その瞬間、アイゼンの腕が跳ね上がり、飛んでいる虫を掴むような動きを見せた。

「な……!」

 驚愕する剣士の男の目に映ったのは、アイゼンの手でつかまれた矢だった。

 明らかにアイゼンの頭を貫こうとしていたそれは、その場を動くこともなく阻止されたのだった。

「通信用の魔道具でも使って、仲間に助けを求めたか?」

 剣士の男の顔色が変わった。

 アイゼンは矢を持った手首を翻した。

 たったそれだけの動作で、矢は発射された時とは比べ物にならない速度で飛び出し、二射目を場所を変えて行おうとしていた弓使いの側頭部に金属音のような音を立ててぶつかる。

 矢は突き刺さることもなく、その速さを衝撃に変えて、弓使いの意識を消し飛ばした。

 それが角度的に見えたわけではないが、一人が脱落したと知って剣士の男は舌打ちしながら立ち上がった。

 そして立ち上がりざま、剣を抜く。その刀身は、持ち主の無様さに反して、静謐な光を放っていた。

「くそ、役立たず! だが、まだ……!」

「あと二人いる、か?」

「な……!?」

 剣士の男の驚愕の声を打ち消すように、酒場の屋根から重いものが立て続けに二つ落ちてくる音が響いた。

「うわっ!?」

 それに驚いて飛びのく門番の男。

 門番の男の目に映ったのは、剣士の男の仲間である、意識を失った二人の男女だった。

 次いで、屋根から飛び降りてきたのは、双剣を峰打ちに構えたラドニーだった。

「さすがだな、ラドニー」

「アイゼン様ほどではありません」

(褒められた! 褒められた! 嬉しい!)

 震える内心を押し殺して平静を保つラドニー。

 アイゼン、ラドニーを前に、構えた剣先を震わせる剣士の男。

「な、なん、なんなんだ、お前ら。俺たちは『烈火の牙』だぞ? 七等級パーティーだぞ? 俺たちがなんとかしなきゃ、この村は滅茶苦茶になるんだぞ? 分かってんのかよお!?」

 まるでそれが、一縷の望みでもあるかのように叫ぶ剣士の男。

 ラドニーはアイゼンを見た。それを受けて、アイゼンは頷くと一歩後ろに下がる。

 ここからは自分に任せてほしい、という意思表示だったが、アイゼンはそれを正確に汲み取ってくれたようだった。

(なんだろう、この自然なやり取り!! 心が通じ合ってる!? これじゃまるで、まるで……! って、冷静になれラドニー! 任せてもらった理由を思い出さんか!)

 表面上は冷静に、内心で自分を叱咤するラドニー。その甲斐あって、ラドニーの内心の激流に気づくものは誰もいなかった。

 ラドニーは罪状を告げる裁判官のように、努めて冷徹な声を発した。

「『烈火の牙』。剣士ベヘット、弓使いイズール、魔法使いゼナ、罠師コービーのパーティだな?」

「なっ!? 俺たちのことを!?」

 剣士の男、ベヘットは図星を突かれたように後ずさった。

「冒険者ギルドでは度々、その悪名が挙がるからな」

「悪名、だとお……!?」

「そうだ。お前たちの今回のような件は度々、報告として挙がってきている。依頼者に対する横暴な振る舞い、意図的な達成の遅延、報酬のつり上げなどな。あくまで報告のみで決定的な証拠を今まで残してこなかったようだから、灰色どまりだったが……」

「はっ、今回だってそうだろうが! 俺たちが何をした!? 証拠があんのか!? あるってなら、官憲を連れて来いよ! それとも、お前らに捕縛権でもあるってのかよ!? ええ!?」

「そうだ」

「……あ? は? な、なに言って……?」

 二の句が継げないベヘットに蔑みの視線を向けながら、ラドニーは首元から自分の冒険者タグを取り出して、等級の部分を見せつける。

「十一、等級……!? あの……!?」

 それを見たベヘットの顔色が変わった。驚愕に表情を歪め、二歩、三歩と後ずさった。

「しかも、赤い髪、赤い瞳の、双剣使い……! そうか、あんた、火双剣( かそうけん)のラドニー……!? そんな馬鹿な。こんなちっぽけな村に、なんであんたみたいな奴が……!?」

「わたしのことはどうでもいいが、その様子だと知っているようだな。十一等級からは、同じ冒険者に対する監査権、捕縛権を有していることを」

 ラドニーの赤い瞳が、ベヘットを射抜く。

「十一等級、火双剣のラドニーの名において、お前たちの冒険者の資格に異議ありとみなす。また――」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 ここで割り込んできたのは、門番の男だった。その声と表情は、困惑と焦りに彩られている。

「あんたの立場は分かった! そいつらがどんな奴らで、俺たちが外れをひいちまったってことも! けど、そんな奴らでも、俺たちはあいつを討伐してもらわなきゃなんねえんだ……!」

 言うほどに歯を食いしばる門番の男。不甲斐なさ、仕方なさに自らの奥歯を砕かんばかりだ。それは酒場の夫婦も給仕の女性も同じで、払いきれない苦悩に押しつぶされんばかりだった。

「へ、へへ。ほら見ろ。俺たちを捕縛なんてしたらどうなるか。困っている依頼人を助けるのが冒険者だろう? あんた、十一等級のくせに、それを破るってのかよ!?」

 勝ち誇るベヘットの声を両断したのは、アイゼンだった。

「それはこいつのことか?」

「へ?」

 アイゼンの声に首を動かされたベヘットが目にしたのは、夕暮れ時にも一目でわかる、横たわる巨大な猪の死体だった。その猪のわき腹からは、これもまた巨大な剣が伸びている。

「なっ……! こいつは……!」

「ひいっ……!?」

 門番の男は驚愕して後ずさるだけだったが、給仕の女性は短い悲鳴を上げて酒場の奥に逃げ出し、夫婦は腰を抜かしたように地面に尻もちをついた。

「出してよかったか、ラドニー?」

「はい。丁度、お願いしようと思っていました」

(通じ合ってる!? やっぱり通じ合ってる!! 嬉しすぎてまずい……! 今こそ唸れ、わたしの熱操作スキル! 体温の上昇をなんとかしろ!)

 雑な願いに、ラドニーのスキルは正常に答えた。体温の急上昇は防がれた。口元が微かに緩んでいるので、完全に内心を制御できたわけではなかったが。

 だが、ベヘットにはラドニーの表情は処刑執行人に見えたようで、一層、構えた剣先の震えを激しくする。

 対して、門番の男は驚愕の中に喜色を浮かべて、巨大な猪を凝視した。

「間違いねえ……! 俺が見たのはこいつだ! 討伐してくれたのか、あんたたちが!?」

「最初にそう言っただろう」

 何事もなかったかのように、アイゼンが口にする。確かにそう言った。門番の男は、聞くなり否定していたが。

 それを思い出して、門番の男は恥じ入った表情で膝を打った。

 しかし、そこに無粋な、動揺を激しくした声が混じる。

「嘘だろ……!? なんだ、この大きさは。俺が知ってるサーベルボアじゃねえ。大体、どこから出した。さっきまでこんなのいなかったじゃねえか! 幻術か、なんのペテンだ!?」

「ペテンか。このサーベルボアは、わたしたちが討伐した。つまり、十一等級の冒険者がな。その証言と、お前の証言。冒険者ギルドがどちらを採用するか、賭けてみるか?」

「畜生……! 畜生……!!」

「やった、やったぜ。ざまあみろってやつだ! 散々、横暴してきたツケが回ってきやがったな!」

 門番の男は、拳を掲げてベヘットを睨みつけた。これまでの恨みを晴らさんばかりに。給仕の女性は酒場の扉の陰で胸を撫でおろし、夫婦は手を取り合って喜び合った。

「畜生……! こんなバカな話があってたまるか。獲物を横取りされて、ここまでコケにされて……! てめえら、俺と勝負しろ! 本当にこのサーベルボアを倒せる実力があるのか、見せてみやがれ! 俺が勝ったら、こいつは俺の獲物だあっ!」

 もはや酔いは抜けているベヘットの言葉に、その場の一同があきれ返った瞳を向けた。

 それもそのはず、今までのやりとりを振り返れば、実力は雲泥の差だと分かるはずである。そもそも投げ飛ばされ、気圧され、後ずさるしかなかった時点で、勝てる道理もない。もはや、ベヘットは追い込まれて正常な判断が出来なくなっていた。

「ならば、俺が相手をしてやろう」

 ため息をつきながら双剣を構えようとしていたラドニー。その動きを止める様に、アイゼンが進み出た。

「アイゼン様?」

「いいか、ラドニー?」

「……はい、お任せします」

 その目に宿る怒気を前に、ラドニーは静かに応じるしかなかった。

(どうか、やりすぎませんように……!)

 そんな祈りを込めながら。

 再び、アイゼンはベヘットに相対した。

 なけなしのプライドを振り絞ってか、ベヘットは前のめりに剣を構える。先ほどとは違って、その剣先は怒りで震えていた。

 それらを歯牙にもかけず、アイゼンは低い声で語り掛ける。

「ベヘットと言ったか。問うが、謝罪はしないつもりか?」

 一瞬、ベヘットはきょとんとした。何を言われているか分からなかったのだ。

 その反応を、自分の言葉が足りないせいだと受け取ったアイゼンは、さらに付け加えた。

「村人たちに対する謝罪だ。横暴で迷惑をかけたのだろう?」

 その意味が浸透すると、先ほどまでの怒りを塗りつぶすほどの激情がベヘットの顔を赤くする。

「なめてんのか……! 地面に頭をこすりつけるのはそっちの方だ……! てめえ、ふざけてやがるな……! 何等級だ、てめえ!」

「等級でしかものを測れんのか。俺は冒険者ではない。ただの武闘家だ」

「はっ……! だったら……!」

 ベヘットは剣を振りかぶった。

「すぐにただの武闘家の死体にしてやるよ!」

 振りかぶった剣がアイゼンに振り下ろされる。

 金属同士がぶつかり合うような音が響いた。

 アイゼンは振り下ろされた剣を、右の手のひらで受け止めていた。

「な……っ!? 『鋭利化』(シャープ)の付与がされた剣を素手で……!?」

 ベヘットも村人たちもアイゼンの所業に驚いていたが、ラドニーは違っていた。

(手のひらに魔力が集まっている。凄い密度だ。いや、なんらかの魔法を発動させているのか? 矢を返した時も、矢じりになんらかの魔法をこめていた気がする)

 アイゼンの振る舞いに耐性がついていたラドニーは、その強さを自分にフィードバックしようとしていた。

 アイゼンは受け止めるだけではなく、そのまま剣の刃を握りしめた。それに気づいたベヘットだが、引き抜こうにも全く動かず焦る。

「て、てめえ……!」

「ふむ。振り下ろしはなかなか早かったが、直線的すぎるな。ラドニー。七等級の実力とは、こんなものか?」

「いえ。『烈火の牙』には、昇級試験の時に不正を行った疑いもかけられています。やはりと言うべきか、実力的には六等級ぎりぎりかと」

 自らが所属する冒険者ギルドの恥部を、ため息交じりにさらすラドニー。

 覚えがあるのか、ラドニーの言葉に視線をさまよわせるベヘット。それを振り払い、アイゼンに刃を押し込もうとする。だが、全く動かない。

「ちっくしょう! なんで動かねえんだ!」

「重ねて問う、ベヘット。謝罪の意思はないか?」

「あるわけねえだろうが!」

「そうか」

 アイゼンは剣を掴んだまま前に出ると、ゆっくりと左拳を握りしめて振り上げた。その静かな動きに、恐怖を覚えるベヘット。

「お、おい、よせ……!」

「せめて謝罪があればな」

 アイゼンの左拳が、ベヘットの頬に突き刺さった。だけにとどまらず、ベヘットの身体を二回、三回と地面を横回転させる。

 もちろんベヘットは衝撃の瞬間に意識を飛ばし、さらには奥歯をまき散らした。

 アイゼンは、右手に残された剣をしげしげとながめやった。

「ふむ。なかなか良い剣だな」

「……お疲れさまでした」

「いや、疲れていない」

「そうですよね」

 相手に想定以上の被害が出なかったことに安堵のため息をつきながら、ラドニーはその剣をアイゼンから受け取った。

 剣を横たわるベヘットの腰の鞘にねじ込むついでに、彼の様子を眺めやるラドニー。白目を剥いてぼろぼろだったが、全く同情の念などは湧いてこない。

(再起不能とまではいっていないか。どうやら、おっしゃったとおり、手加減はお得意のようだ)

 ベヘットのことではなく、アイゼンの言う手加減が自分の常識の範疇に収まっていたことに、なにより胸をなでおろすラドニー。もしかしたら地形が変わっていたかもしれない、と思っていたからだ。

 ラドニーは、アイゼンの攻防に呆気にとられていた村人たちに向き直ると、深々と頭を下げた。

「誠に申し訳ございませんでした。同じ冒険者ギルドに所属するものとして、心から謝罪いたします。思うところはあるでしょうが、これで手打ちとしていただけないでしょうか」

「ああ、いや……!」

 謝られ、門番の男は困惑した。酒場の夫婦、給仕の女性は目を見合わせている。

「まあ、こいつらには腹も立つが……だからと言って、あんたを責める気もねえし、こいつらをこれ以上どうこうしようって気もなくなっちまった。このザマを見りゃな」

 門番の男はベヘット達を見下ろす。ぶつけようとしていた感情は、それ以上を上回る暴風に吹き散らされてしまっていた。

「それになにより、村を襲っていた脅威がやっとなくなったんだ! 喜びこそすれ、怒ることもない! おい、お前ら! 他の連中にも知らせるんだ! もう、家の中に閉じこもっていることもないってな!」

「はい、村長!」

 高々と叫ぶ門番の男、それに応えて走り出す夫婦と給仕の女性。

「門番ではなく村長でしたか」

「ああ、名乗りもしていなかったな。村長のベイガンだ」

 門番改め、壮年の村長ベイガンは、そう言って、にかっと笑った。

 迫る宵闇はサーベルボアの襲撃に怯える時間であった。

 ベイガンの笑顔は、もはやそうではなくなったことの合図となった。

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