想定外の日
ドゥーナの街の北には、ハクネという大きな森が広がっている。
さらに北に行くと森は大きな湖に面し、そこに近づけば近づくほど凶暴な魔獣が徘徊する。
森の浅い地域は比較的安全で、初心冒険者は薬草採取。
初心を脱した頃はもう少し深い地域で討伐クエスト、と段階を経て経験を積むには丁度いい場所である。
「フラン、こっちオッケーだよー!」
「わかったわ」
フランことフランベールは、パーティメンバーのティカの報告に、やっと安堵のため息をつけた。
つばの広い黒い帽子、黒いローブ、鈍色の杖のフランベールは、魔法使い以外に見られることはない。
まだ二十歳であり、銀縁眼鏡がよく似合う理知的な彼女は、パーティ「青の剣」のリーダーとして気苦労が多い日もある。
今日がそんな日で、予想外の出来事に遭遇したのであった。
まだ浅い地域のはずなのに、本来いるはずのない蜂型の魔獣がいて、予想外の苦戦を強いられた。
帽子はそのデザインが魔力的防御を生み出しているため、少し周囲を視認しにくい。そんな帽子の下から視線をあげると、先ほど報告の声を上げたティカの姿。
彼女は足場にしていた太い枝から飛び降りると軽やかに着地し、肩にかけた弓を整えなおした。
「ティカ、矢はもちそう?」
「うーん、正直こころもとない」
ティカはフランベールと同い年だが、ショートカットということもあり面立ちは幼い。
それに似合うようにいつもは明るく元気な彼女だったが、背負っている矢筒の軽さも手伝って陰っていた。
そこに、剣と革鎧といった軽戦士の装いで近寄ってきた人物がいる。
「フランの姐さん」
「姐さんはやめてと言ったでしょ、ダイン」
「こりゃ失敬。討伐部位、集め終わったっすよ」
まるで三下のようだが、悪びれずに頭をかくダインと呼ばれた男に、いやそうに眉をひそめるフランベール。
パーティ内ではお約束のやり取りに少し元気を取り戻したティカの目に、最後のパーティメンバー、ザンゴが歩いてくる姿が映る。
ごつい体格の彼は重そうな鎧と盾を扱う重戦士であり、常に眉間に皺が寄っている強面でもある。
ともすれば不機嫌と見られるザンゴはフランベールに報告する。
「周囲はもう大丈夫そうだぞ、姐さん」
「そのやりとりはもう終わったわよ!」
思わず怒鳴るフランベール、何のことか不思議そうなザンゴ、やれやれと肩をすくませるダイン、けらけらと笑いだすティカ。
一見、同年代とはわからない彼らの、いつもの空気であった。
「もー、機嫌なおしてよ、フラン」
「ふんっ。散々笑っていたあなたが言っても説得力ないわよ。それはともかくっ」
鬱憤を晴らすようにフランベールが杖の石突きで地面を突くと、軽薄な空気は自然と重くなる。
ティカが頷いた。
「引き上げるに一票だね」
「ああ。ヤバい気がする」
ザンゴが続くが、ダインは名残惜しそうにした。
「ちょっともったいないっすけどねえ。……まあ、命あってのなんとやら、ってやつで」
脅威度の高い魔獣との遭遇率が高いということは、それだけ討伐報酬も高く、また、希少部位の入手も見込める。それを思ってのダインの発言であった。
フランベールもそれには共感したが、決断は別であった。
「決定ね。速やかに――」
その声は、森の奥から響いた咆哮に中断させられた。
「――狼!?」
ティカが鋭く反応して矢をつがえる。
それと呼応するように、ザンゴが盾を構えて前に出た。
フランベールは電撃魔法の詠唱に入り、ダインは剣を抜くと不意打ちに備えて別方向に気を配る。
はたして、その白い狼は茂みを飛び越えて現れた。
その滞空を狙ったティカの矢が命中するものの、分厚い毛皮にわずかに突き立っただけで動きは止められず、勢いそのままにザンゴに跳びかかる。
盾で狼のぶつかりを阻止した最前線のザンゴの目前には、獰猛な濁った瞳、そして。
「複数だと――!?」
さらに後方に控える白い姿たち。
その内の一匹が、口を大きく開いた。その口腔に光がたまり、フランベールに向けられる。
「姐さん!」
ダインの警戒の声と同時に、光は放たれた。咄嗟によけたフランベールの足元に着弾する。
「『雷霆』!」
体勢の崩れに集中が途切れそうになるものの、なんとか完成させた詠唱が狼のいる一帯を雷で包み込む。
狼たちの悲鳴、焦げる匂い、腰が引ける気配。
それを確認する間もなく、フランベールは叫ぶ。
「撤退っ!」
「了解!」
応えたティカの矢がザンゴに噛みついた狼の目に突き立ち、怯んだところにザンゴが盾、ダインが剣で吹き飛ばす。
狼たちの連携が崩れた隙に、一目散に身を翻す「青の剣」。
「つぅっ……!」
自分も、と駆け出そうとしたフランベールの右足に鈍い痛みが走る。
どうやら光の咆哮の威力に巻き込まれたらしく、思った通りに動いてくれないと判断した瞬間、フランベールはためらわず奥の手を切った。
「『ホントは箒が似合うのに!』」
決めていた合言葉に答え、鈍色の杖が宙に浮く。それに腰掛けたフランベールとともに、杖は滑空し始めた。
鎧の音を響かせて走るザンゴを抜き去り、一歩遅れたフランベールが追いつくのを待っていたティカとダインに合流する。
「ちょ、乗せてくださいっす姐さん!」
「無理言わないで、これ一人用なんだから! 急いで、ザンゴ!」
「お、置いてくなあぁーーっ!」
逃げる「青の剣」。
フランベールは杖を操りつつ、一番後ろのザンゴのさらに後ろに視線を向ける。
白い複数の姿は、こちらを完全に獲物と見定めたようで、その距離を詰めてくる。
そして牽制なのか、時折光の咆哮を織り交ぜてくる。
「うひゃあああーーっ!」
それをすんでで避けるティカの叫びは、どこか気が抜けるものだったが――状況は悪い。
ぎりっ、と奥歯を噛むフランベール。
狼と出会う前に、すでに魔力は半減していた。
牽制として準備していた雷の魔法だったが、強敵と察して咄嗟に魔力を込めて威力をあげ――そこで魔力はほぼ尽きた。
杖に溜めていた魔力も、予め設定していた飛行魔法の起動に使用してしまった。
なのに、目に見える脅威は振り切れず迫りくる。
どうすれば――!
「『青の剣』、こっちだ!」
その時、鋭い声がフランベールの焦燥を断ち切った。
思わず振り向くと、逃げる先の木々の間から、印象的な赤が見えた。
それは、背中まである赤いポニーテール、腰の後ろに収められた、交差する二本の剣。
「ラドニー先輩!?」
フランベールの驚きとティカの喜びの声が重なる。
その声の先にはもう一人、黒髪の人物がいて、手から光の球を放つ動作が目に映る。
光の球は、木々と逃げる「青の剣」の間を不規則な軌道を描いて飛び、最後尾のザンゴと狼たちの間で、刃のような欠片をまき散らして破裂した。
「ギャンッ!?」
欠片となった光は、狙い過たず狼たちの頭、首、腹部といった急所に突き刺さり、勢いそのままに跳ね飛ばす。
――そしてそのまま、起き上がってこなかった。
「……は?」
すべての光の欠片が無駄なく狼たちを掃討し、かつ、味方の誰にも被害を出さなかったその緻密な魔力制御。
それに理解が追いつかないフランベールは、呆然と口を動かすしかなかった。
「な、なにが起こった?」
脅威がいつの間にか消え去ったことに気づいたザンゴの疑問は、まさにフランベールのそれ。
いつの間にか、降りた杖を支えに立っていることにも気づけなかったほどだった。
「助かったー!」
「つ、疲れたっす」
ゴール、とばかりにフランベールの近くに倒れこむティカとダイン。少し離れたところで座り込むザンゴ。
次いでフランベールが目にしたのは、先輩冒険者ラドニーの苦笑であった。
「……手を出すまでもなかったですね」
「もしかして、何か間違えたか?」
「いえ、最善だったかと」
ラドニーと会話を交わすのは、最近なにかとギルドで話題になっている黒髪の新米冒険者、アイゼン。
憧れの先輩ラドニーの周辺に、急に現れた男。
そうと認識した瞬間、フランベールは眉が吊り上がるのを自覚した。
ラドニーファンを自認するフランベールは、それに我慢できず――。
「ラ、ラドニー先輩! 助けてくださって、ありがとうございました!」
と、自分を売り込みにかかるのだった。
フランベールは、勢いよくラドニーに近づこうとしたものの、痛む足はそれを許さず。
「アイゼン、フランベールの治療をお願いできますか?」
「わかった」
ラドニーの言葉を受けて、アイゼンは前に進み出た。
その視線がフランベールの足から瞳に移動する。
その、まるで遠慮なく見つめてくる視線に、フランベールは圧された。
「な、なに?」
「足元に近づくが、構わんか?」
その確認に、フランベールは虚を突かれた。
自分はローブ姿で、それは足元まで達している。しかもブーツを履いていて露出はない。
しかし自分は女性で、そこに近づこうとしている相手は男性。
嫌悪や羞恥を考えて、あらかじめ確認してくるとは。
(む、むう。なかなかの気遣いね。……だからと言って、ほだされたりはしないけど)
フランベールは警戒を抑え込まれつつあるのを自覚し、頷いて許可を出した。
アイゼンはそれを受けて、ゆっくり静かに膝をつき、フランベールの足に手をかざす。
その手が仄かに輝き、そして消える。
「終わったぞ」
膝をついた時と同じように、ゆっくり立ち上がって遠ざかるアイゼン。
「……え?」
あっという間の出来事に呆然としつつ、フランベールは半信半疑で足を動かした。
なんともない。
(う、嘘。こんな早くに治せるものなの? あの時の光の球の制御といい、どれだけ腕が立つの……!?)
まさに常識外、という驚きを隠せないフランベール。
「あ、ありがとう」
それでも礼は忘れない。
アイゼンは何でもない様子でそれを受け取る。ラドニーは他の「青の剣」のパーティメンバーに視線を投げかけた。
ティカ、ダイン、ザンゴは倒れ伏した狼たちに、興味津々に近づいていた。
「他のメンバーは問題なさそうか、フランベール?」
「は、はい。ありがとうございます。おかげさまで、助かりました」
ラドニーの確認に、ようやくフランベールは現実に追いつけた。
そう、危機的状況にあり、それを助けられた。
その実感がやっと伴ってきたのだった。
しかし、ラドニーはフランベールの安堵に同調できなかった。
「……しかし、バスターウルフか。なぜこんなところに」
「バスターウルフ!? 七等級相当の魔獣じゃないですか……!?」
フランベールの驚きに、アイゼンが思案げにした。
「察するに、ここいらでは見かけない類の魔獣か?」
「はい、それも他地方です。移動してきたという情報は聞いていませんね……」
「ならば、長居は禁物か?」
「そのほうがいいでしょうね」
打てば響く、というように展開されていくラドニーとアイゼンの会話。
そこに強者同士の連帯感を垣間見て、フランベールは戸惑う。
(な、なによ。ラドニー先輩に馴れ馴れしいわね)
と、嫉妬に焦がれるフランベールには気づかないのか、アイゼンは再度横たわる狼たちを見た。
「報告にはものが必要か。回収してこよう」
「え?」
疑問の声はラドニーとフランベールから漏れた。
アイゼンは一足飛びに狼のもとに近づくと、驚く「青の剣」たちの視線をものともせずに、次々と狼たちを背負い袋へと突っ込んでいく。
ティカが代表したように驚きの声を上げる。
「狼が食べられちゃった!?」
「ア、アイゼン! ほかの人の前でそれやったらダメですって!」
慌てて駆けつけるラドニー。
圧倒的な強者感、不可思議な背負い袋、そして冷静なラドニーを振り回しているような――アイゼン。
「な、なんなのあの人……」
フランベールは、呆気にとられるのだった。
「ハクネにバスターウルフ……ですか」
ギルド受付でラドニーの報告を受けたシズルは、半信半疑の驚きで緑の目を瞬かせた。
しかしそれをすぐさま表情の下に押し込み、考え込んだ。
近くにはフランベールが佇んでいて、二人のやりとりをうかがっていた。
ラドニーとフランベールがここにいるのはパーティリーダーとしてである。
アイゼンは事情聴取やバスターウルフの提供などで席を外していた。
他の「青の剣」のメンバーは、念のための治療や話が長くなるなどの理由で、すでに冒険者ギルドを後にしている。
シズルは胸元まで落ちる緑の三つ編みを、背中に払うことで内心を落ち着けた。
「……わかりました。報告を上にあげるとともに、調査、注意喚起を進言することとします」
「立ち入り禁止になりそうでしょうか?」
受付ができる最大限を口にしたシズルに対し、フランベールの気がかりの声が飛ぶ。
それにシズルは申し訳なさそうにするしかできない。
「それはまだなんとも。できるかぎりのことは考慮いたしますので」
「……そうですか」
ハクネの森は初心から中堅冒険者にとっての活躍の場であり、生活の糧を得る場でもある。
まさに死活問題であり、フランベールの心配も当然であった。
「……も、戻りました」
そこに現れたのは、若干顔色の悪いカエデであった。
アイゼンもそのあとに続いている。
「カエデ? どうしました?」
「いえ、その……ちょっと衝撃的な出来事がありまして」
シズルの心配に何とか返すカエデ。
それを見て、
(ああ、バスターウルフの死体や、それが背負い袋から出てくるところでも直視したか)
と察するラドニー。
受付業務では討伐魔獣の部位を確認することはあるが、魔獣そのものを見る機会はほぼない。
だから滅多に見ることのない、血にあてられてしまったのが大きかったのだろう、とラドニーは推測したのだった。
頭を振って気丈さを奮い起こしたカエデは、ラドニーに目を留めると、おずおずと切り出す。
「あ、あの。今はラドニーさんなんでしょうか?」
「いや、仮面の剣士アカゲだ」
どこからともなく取り出した仮面を、すちゃ、と装着する仮面の剣士ことアカゲ。
乾いた笑い声をあげるカエデ、頭痛をこらえるようなシズル、困惑のフランベール。
通常運転はアイゼンだけだ。
「今回のことは、公言しないほうがよさそうか?」
と、影響を鑑みて気を回す余裕すら持っていた。
シズルはそのことに感謝しつつも、もっと他のことに気を回せないものか、という思いを飲み込みつつ答える。
「ありがとうございます、そうしてください。時間の問題かとは思いますが、あえて吹聴することでもありませんので」
その視線はラドニーとフランベール、つまりパーティリーダーに向いており、彼女たちは神妙に頷くのだった。
「ええっと、ラド……はうう、やだなあ……ア、アカゲさんとアイゼンさんには、別に通達がありまして」
カエデの表情に大変心外のラドニー。
「何を嫌がることがある」
「言わせないであげてください」
泣きそうなカエデにフォローを入れるシズル。
なにやら理解の色を表情に広げるフランベール。
「……ベテランの新人冒険者が誕生したというのは、本当だったのね」
矛盾する感想がとどめとなり、とうとうカエデは半泣きで受付の奥に逃げ出してしまった。
その前に通達を示したメモを受け取っていたシズルは、ため息交じりにアイゼンとラドニーを受付カウンターに手招いた。
「等級昇格条件を満たしたそうです。二等級に更新するので、冒険者タグをお渡しください」
「なに、もうか?」
意外そうなアイゼン、当然とばかりに胸を張る仮面の剣士。
シズルは心労をため息として吐き出した。
「もう、じゃありません。あれは七等級でも相手が難しく、しかも群れを討伐したんですから当然です。ただ、上がっても一クエストにつき一等級となっておりますので、そこはご容赦ください」
想定外の魔獣との遭遇をこれ以上は口にはできないため、「あれ」としか言えないシズル。
しかし話した内容は端的なもので、アイゼンとラドニーは頷きで返す。
その二人の後ろで、眉をしかめたのはフランベールであった。
シズルの感想はギルドの規則にのっとったものではあるが、裏を返せば飛び級でもっと上の等級になっていてもおかしくない、という事実を示唆している。
それはそうだろう、とフランベールも感情はともかく理屈では納得してしまう。
二人――というよりアイゼンであるが、バスターウルフ討伐は一瞬だった。
しかし、フランベールが力量を感じるにはその一瞬で十分であった。
アイゼンの手から放たれたのは物理的なほどの密度を持つ魔力の球で、その球のコントロール精度と言い、目を見張るものだった。
しかも、球から変じた破片は制御されているとしか思えない速度と命中率で、自分たちでは適わない相手に死をもたらした。
思い返して、背筋が凍る思いだ。
「確かに、そんなことが規則書にも記載されていたな」
「まぐれだった場合に、実力外の等級にならないようにするため、と聞いたことがあります」
「なるほど、よく考えられている」
なのに、タグの更新を待ちながらのアイゼンとラドニーの会話はどこか弾むようで、気負いを感じず――あれは普通だったと言わんばかり。
「あ、あの。ラド――アカゲ先輩は、なぜハクネに?」
仲良さげな間に割り込みたくて話しかけたフランベールは、途中で咎めるような仮面越しの視線にさらされて呼び方を変えた。
(よ、呼びにくい)
そんな内心にかまわず、どこか仮面の剣士は胸を張った。
「初クエストは薬草採取と決まっているじゃないか」
数々のクエストをこなしているはずの十一等級の発言に、フランベールは困惑し、シズルは頭痛を噛み殺すような表情で反応した。
シズルは気を取り直したように咳払い。
「……ちょうどいいので、ラドニーさんとフランベールさんにお伝えしたいことがありまして」
「なんだ?」
と、ラドニーの返事と同時に手荷物にしまわれる仮面。取り繕いもしないその様子に頭痛がぶり返しそうになって、シズルは頭をふった。
対して、自分の名前が出されて、フランベールの背筋は伸びた。
「『青の剣』の方々の研修――昇級試験についてです。以前、不可抗力で中断となった件ですね」
「あれか。アイゼンとわたしが出会うきっかけになった、あの件だな!」
(え、ええ? ラドニー先輩?)
なのに、尊敬する先輩の半ばはしゃぐような声に、焦燥を感じるしかない。
そんな内心を置き去りに、カウンターでの話は進む。
「中断となった形ではありますが、ラドニーさんの報告と合わせて精査した結果、『青の剣』の方々の昇級は問題なし、と判断されました」
「――や、やったっ」
思いがけない報告に理解が遅れたフランベール。
しかしそれが浸透すると小さく拳を握る高揚となった。
「おめでとう。わたしがいなくなった後の行動も的確だったようだし、妥当な結果だな」
憧れの先輩の祝福もその感情に拍車をかけ、フランベールの内心は天にも昇らんばかりだった。
「なんの騒ぎだよ?」
そんな明るい雰囲気に、訝しげな声とともに足を踏み入れてきた者がいる。
「む、バトゥか」
アイゼンの言う通り、そこにいたのは十等級冒険者にして「業炎」の二つ名を持つ、バトゥであった。
魔法使い然とした服装だが、粗野で問題児のイメージしかない――というのが、この場にいる女性三名のイメージだった。
特にフランベールとしては、水を差された気分になってしまって落差が激しかった。
「あんた、何しに来たの」
「……うげ」
「何のご用でしょうか」
「ひどくねえか!?」
フランベール、ラドニー、シズルと立て続けに否定的な反応を投げかけられて、さすがに抗議の声をあげたバトゥだった。
「冒険者なのだから、冒険者ギルドの受付に来てもおかしくはないだろう」
「ち、ちくしょう。しかも、アイゼンの奴にフォローされるとか」
「何が不服だ。そこは泣いて喜ぶところだろう」
「そこまでしねえよ!?」
双剣に手を伸ばしそうなラドニーの気配に、バトゥとしてはおののくしかない。
そのやりとりにアイゼンは苦笑して、シズルを振り返った。
「シズル、タグの更新はもう終わったか?」
「あ、はい。失礼しました、終わっています。後はクエスト達成報酬と、討伐対象部位買取のお引き渡しになりますね」
アイゼンとラドニーに戻ってくる冒険者タグ。それらは何気なく、あるいは慎重に各々の首にかけられた。
そうして、シズルによって奥から重そうな小袋を運ばれてくる。
それに、バトゥは不審そうな声を上げた。
「なんだ? やけに多くねえか?」
「何も知らないのに、人様の事情に首突っ込むんじゃないわよ、バトゥ」
「やめろ、苦しいじゃねえか」
後ろから覗き込もうとしていたバトゥの首根っこは、フランベールにつかまれて遠慮なく引っ張られていた。
そんな様子を興味深げに見ていたアイゼンは、シズルを確認するように見た。
それを正しく受けて、シズルは頷いた。
「ご夫婦なんですよ、フランベールさんとバトゥさんは」
「なるほどな」
「そうなのか」
アイゼンは納得したようだが、ラドニーは興味なさそうだった。
それに、バトゥは抗議するしかない。
「って、興味なさすぎじゃねえか!?」
「前にも言っただろう、どうでもいい」
「すみません、うちのバトゥが」
「やめろフラン! うちの飼い犬みたいに言うんじゃねえよ!」
「うるさいわね、そう取るのは自覚があるからでしょ? すみません、タグの更新はまた今度お願いします、シズルさん。お騒がせしました皆さん、ほら行くわよ、バトゥ」
「ちょ、ちょっと待てって。俺は俺で用事が……!」
「うるさいって言ったわよ!」
ぎゃあぎゃあ口論しながら、バトゥはフランベールに引きずられていった。
それを見送って、アイゼンは独り言のように呟く。
「仲がいいのだな」
「だといいのですが」
バトゥを夫に持つ年上の後輩のことが少し気がかりなラドニーだったが、用事を思い出したこともあり、アイゼンに向き直った。
「……すみません、アイゼン。少し用事がありまして、先に帰ってもらってよいでしょうか」
「わかった」
「はい。あ、報奨金をお願いしてよろしいですか?」
「預かろう」
そのやりとりを眼前に、シズルはふと思う。
(……これはこれで、夫婦のような会話ですね)
そんな感想を、シズルは抱くのだった。
読んでくださり、ありがとうございました。
よろしければ、下の☆をぽちっと押して頂ければ、作者緋色が泣いて喜びます。
励みにもなりますので、よろしくお願いします。
また、「ストーカー系女子とアンニュイ系男子の攻防戦」という恋愛小説(ラブコメ・シリアス要素・群像劇テイスト)も掲載しておりますので、よろしければぜひ。
https://ncode.syosetu.com/n6993la/




