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拝啓、○○に出会いました。  作者: 緋色
三章

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今はまだ、それだけで

 ベッドの上で横たわるターニャは、静かに寝息を立てていた。

「眠らせただけよ。この人は、あくまであんたたちとの勝負のためにご協力願っただけだから。誓って、他には何もしてないわ」

「勝負ときたか。ずいぶんと強引にお膳立てしたものだな?」

 ラドニーがジェラを睨んだ。声音には棘どころか剣が潜んでいる。双剣は鞘には納めているが、いつでも抜ける様に気は張ったままだ。

 ようやく普段のペースを取り戻せたのか、ジェラは肩をすくめた。

「性ってやつね。自分の作品がぶっ壊されたんだもの。そのまま黙っていられるわけないじゃない? わからせてあげないと悔しいし、女が廃るわ。……ま、結局、わからせられたのはこっちだったけど」

 爪を噛みそうな表情になるジェラ。

 対して、アイゼンは意外そうに返す。

「そうか? 俺はあのゴーレムに勝てる気はしなかった。ラドニーのおかげで何とかなったが。そう言えば、あの時はありがとう、ラドニー。助かった」

「い、いえ、わたしの方こそ、助けていただきました。ありがとうございました」

 唐突に褒められて、頬が熱くなるラドニー。

(こ、これが仲間、これが対等……! いいな、いいぞ、これは! 頼り、頼られる! いいなあ、これ!)

 得意の熱操作に気が回らないほど、心地よい体温の上昇に身を任せてしまうラドニー。

 それを急停止させられたのは、ジェラの訝し気な視線に気づいたからだ。

 咳払いしつつ、体内の熱を追い出そうとするラドニー。それを完了しないまま、ラドニーは再度問う。

「あのダンジョンの……なんといったか。そう、マテリアルゴーレム。あれもお前の仕業か?」

「仕業ってのがよくわかんないけど、マテリアルゴーレムもあたしの作品ね」

 面白くなさそうにジェラが言う。

「……? よくわからない返答だな。あれがお前の作品というなら、あのダンジョンはお前が関わっているのだろう?」

「ああ、そういうこと? 別にあたしは、あのダンジョンを創ったわけでも管理しているわけでもないわよ。あのダンジョンの主人に、マテリアルゴーレムを納品しただけよ。時々、メンテナンスには行ってたけど」

 そのジェラの物言いに、ますます違和感を膨らませるラドニー。ジェラは少女で、十代前半にしか見えない。

「……あのダンジョンのゴーレムは、配置されて長い年月が経っているようだった。アイゼンの見立てではお前は大した創造主とのことだが……いつ造ったのだ、あのゴーレムを?」

 ようやく、ラドニーの言いたいことに気づくジェラ。それまで、何を聞かれているかわからなかったのだった。

 その時、静かに壁際に佇んでいたロゼッタが唐突に口を開いた。

「ジェラ様、こんなちんちくりんなんですけど、こう見えて五百歳くらいなんですよ。そのゴーレム、大分前に納品したものじゃないでしょうかねー」

「誰がちんちくりんよ!」

「五百歳!?」

 ジェラはロゼッタに食って掛かり、ラドニーは驚きの声を上げる。

「この馬鹿! なんだってそんなことをべらべら喋んのよ、このポンコツメイド!」

「ポンコツじゃないです完璧メイドですー。だってジェラ様? 信用を得るためにはある程度の情報開示は仕方ないと思いません?  一方的に色々やらかしたんですから、もう危険はないって思って頂かないと、『やっぱ後腐れないように消しとくか』ってなるかも知れませんし? そうなったら、ジェラ様なんて瞬殺ですよ? 私だって、逃げるの無理っぽいですし。ほら、後始末完璧メイド」

「ホントにべらべらうるさいわね! というか、ちょっとくらいは守りなさいよ!」

「きっとまとめて瞬殺ですよー」

 へらへらと危険な未来を語るメイドに、苦虫を噛み潰すジェラ。

(ようするにこいつ、自分の身可愛さに、あたしを売ってんのね……!)

 いつからか、この流れを予想していたのだろう。だからこそ、取り入ろうとしてわざと自己紹介をねじ込んだ。

 勝って高笑いしてとんずら。それくらいしか考えていなかったジェラは、今更ながらに現状がどれだけ危険かを突き付けられたのだった。

 しかも、ジェラとしては身の安全を図るためにはロゼッタの言う通りにするしかない。

(仕方ないけど……やり方がむかつく……!)

 腕を組んで考え込むジェラ。右足の貧乏ゆすりが止まらない。

「どうする、ラドニー?」

「そうですね……」

 アイゼンに問われ、ラドニーはジェラとロゼッタに視線を往復させる。

 その会話は主従という割には陰険な部分もあるが、平和裏に終わらせたい意図が透けて見える。

 ジェラはやり込められた形になっているが、その表情を見るに方向性は同じだろう。

 ラドニーとしては、今後ターニャ――家族に危険が及ばなければそれでよい。

 それに、結果的には襲撃だったが、立ち合いのように力量を確かめ合うようなものだったと解釈すれば、まあ、多少は納得できる。

「……ある程度の事情は聞きたいですね。話し合えば、理解も深まるかと。それでも、あまりいい結果に終わらなかった場合は……対応を考えなければならないですが」

「その場合は、俺も協力しよう。今後、ラドニーの身内に危険が及ばないようにするためにもな」

「……ありがとうございます」

「……方針は決まったかしら」

 いらいらを隠せないまま、アイゼンとラドニーに確認を取るジェラ。

 いつでも双剣を抜ける様に入れていた力を抜くラドニー。

「ああ。とりあえず話し合おう。言っておくが、危険なそぶりを見せたら黙ってはいないぞ。アイゼンが」

 指の骨を鳴らすアイゼン。

 笑顔のまま一歩下がるロゼッタ。

 口元を引きつらせるジェラ。

 ジェラは表情そのままに、何とか言葉を捻り出した。

「……とりあえず、他の部屋で座って話さない?」

「……そうだな。それがいいだろう」

 もしもの時、ターニャを巻き込まなくて済む。そう考えたラドニーはジェラの提案を了承した。

 ターニャを横たえた寝室から、リビングに移動する四人。

 四人掛けのテーブルに腰掛ける。

「いえいえ、私はメイドなのでジェラ様の後ろに立ってますねー」

「逃げられる体勢ってわけね? 却下よ」

「ちぇー」

 というやり取りが座る前にあったが、アイゼンとラドニー、ジェラとロゼッタで相対して着席した。

 ラドニーが口火を切る。

「お互い知っているかもしれないが、まずは自己紹介と行こうか。わたしはラドニー。冒険者をやっている。こちらが」

「アイゼンだ。同じく冒険者で、山で修業をした武闘家だ」

「本名はさっきこの馬鹿メイドが漏らしたけど……長いからジェラでいいわ」

「完璧メイドにして淑女、知的、修飾子過多のロゼッタと申しますー」

(やっぱり同席させない方がいいかしら)

 ジェラの脳裏にそんな後ろ向きな考えがよぎる。

 その間に、よろしくもなしにラドニーが口を開く。

「正直、何を聞けばいいのかわからないから、疑問を列挙する形になるな。先ほど五百歳と言っていたが、本当か?」

「まあね、証拠はないけど。いつもは面倒だから、十二歳って言ってるわ。あたしは錬金術師なんだけど、ある事故で不老になっちゃったのよ。五百歳は正直適当だけどね。そんなに正確に数えてらんないわ」

「……その割には口調が」

 面白くもなさそうに語るジェラに、納得しがたい口調のラドニー。

 ジェラは肩をすくめた。

「まあ、信用できぬじゃろうなあ。わしとて、このようなことを話されて、すぐに納得できるようなものではないわ」

 突然、口調を老人のようにしたジェラに、ラドニーが瞳を瞬かせる。

 口角を釣り上げ、ジェラは椅子の背もたれに身体を預け、短いスカートから覗く足を組んだ。

「なんて、年に釣り合う態度を取ってた時期もあったけれどね。しっくりこないのよ、精神が身体に引っ張られているのか、今の口調が一番ね」

「……なるほど」

 一応は納得したようなラドニー。

 今度はアイゼンが口を開いた。

「錬金術師と言ったな。その技で、ゴーレムを作り上げた。ダンジョンで会ったゴーレムもジェラが作った。それは昔のことで、ジェラとダンジョンの主は、武器屋とその客、という関係ということか?」

「端的に言うとそういうことね」

「大分物騒なゴーレムだったがな。危うく、わたしは食われそうになった」

 ラドニーの、抗議と言うには強すぎる視線がジェラに突き刺さる。

 それに、ジェラは鼻を鳴らすことで答えた。

「切られそうになったからって、それを造った武器屋に文句を言うのは筋違いじゃない?」

 言外に、お前が弱いからだ、と指摘されて表情を強張らせるラドニー。

 ジェラの主張に、おかしそうに笑うアイゼン。

「その理屈なら、その武器を壊されたことに腹を立てて襲い掛かってくる武器屋も大概だと思うがな」

「ごもっともですねー」

 アイゼンに指摘されて視線をさまよわせ、同調したロゼッタを睨みつけるジェラ。

「あんたは誰の味方なのよ?」

「わたしは平和の味方です」

 へらっと笑うロゼッタ。

(こいつ!)

 と、怒りを覚えるジェラだが、ロゼッタの思惑も理解できた。

 平和裏にやり過ごそうとしているのに挑発してどうするのだ、と言われているのだ。

 状況の悪さに、ジェラは白旗を上げるしかなく、両手も上げてみせた。

「……まあ、悪かったわよ。襲ったり攫ったりして。もうしないわ」

「……ふむ」

 不貞腐れたかのような謝罪だが、それがこの少女の精一杯なのだろう、とアイゼンは思う。

 また、この少女にふさわしいような謝罪の仕方とも思う。

「ジェラ様、そこは土下座ですよ。足組んでる場合ですか?」

「共犯がうるさいわね……!」

 ラドニーもまた、信用まではいかなくても、目の前の主従のやり取りに大分、毒気は抜かれていた。

 結局、このジェラという人物は、自分の負けが気に食わなくて再戦を挑んできただけ。挑むための手順やら手段やらに問題はあったわけだが。

(悪人や、ましてや下種などではなさそうか)

 溜息に色々なものを込めて押し出すと、ラドニーは言う。

「わたしは許そうと思います。アイゼンはどうですか?」

「俺も問題ないな」

「ふしゅー。良かったですー」

 気が抜けたような音を口から出して、ロゼッタが椅子からずり落ちそうな姿勢をとった。

 そんなメイドの態度を横目に、ジェラは思う。

(……まあ、確かに、いい結果ね)

 対アイゼン用のグランガドンゴーレムはうまく機能したとは言え、その後の対応はまずかった。

 熱くなった結果、相手の変更を許すという油断に繋がった。その先に、後腐れなく消されるかもしれない、という危機が待っていたわけだ。

 それを考えると、自嘲を浮かべるしかなく、喉の渇きを今更ながらに強く自覚する。

 髪をかき上げて気分を変えると、一つため息をついてジェラがロゼッタに視線を転じる。

「お茶が欲しいわ、ロゼッタ」

「はーい。アイゼン様とラドニー様も、お飲みになりますか?」

「頂こう」

「……わたしは遠慮しておく」

「えー、そんな、雑巾のしぼり汁とか入れたりしませんよ?」

「そこは普通、毒とかだろう……? いや、いい。余計に飲む気が失せた」

「……あんた、まさか今までにも」

「いやいや、してないですってば」

 色んな視線を置き去りに、ロゼッタは台所に消えた。

「ふむ。少し話をしていいか、ジェラ」

「なによ?」

 アイゼンの声に、びくっ、と一瞬を身を震わせるジェラ。死の幻視は強くジェラに刻まれていた。それは易々と払拭できず、制御できないことに内心、苛立ちを感じる。

 なのに、目の前の男は興味津々といった態度で話し始める。

「せっかく、凄腕の錬金術師が目の前にいるのだ。色々と面白い話が聞けるかと思ってな」

「……まあ、凄腕とはよく言われるわね!」

 アイゼンの一言は、一瞬でジェラを立ち直らせた。

 ふあさっ、と長い金髪をかきあげ、流し目のような視線をアイゼンに投げかけるジェラ。

「見る目があるわね、アイゼン! そういうあんたこそ、凄腕と言ってあげるわ! なにせ、あたしのゴーレムとロゼッタに、あれだけ対抗して見せたのだから!」

 立ち上がり、まるで舞台俳優のように大げさな動作でアイゼンを、間接的に自分を褒める。

 ラドニーの呆れたような視線が突き刺さる。

 対して、アイゼンは素直である。

「うむ、苦戦を強いられた。ロゼッタも手練れだったし、指輪が家に、チョーカーが槍に変じた時は感嘆したぞ。あれもジェラが作ったものか?」

「その通りよ! 材質はおろか、質量まで自由自在! 大! 錬! 金! 術師のジェラ様! とはあたしのことね!」

「それに、俺たちを移動させたあの魔法陣は、発動までの時間がほぼゼロだった。隠蔽の技術があればこそだな」

「そうでしょう、そうでしょう! もっともっと褒め称えるといいわ! 話がわかる男ね、あんた! 前から思ってたけど顔もいいし強いし! 気に入ったわ! どう、あたしの下につく気はない!?」

「させるかそんなことーっ!!」

 ばんっ、とテーブルを叩いて立ち上がったのはラドニーである。

 その目は血走り、吐息が熱気を含まんばかりだ。

 勧誘を中断させられたジェラは、目を細めた。

「何よ。あんた、関係あんの? あたしとアイゼンの話でしょ?」

「あ、あるとも! わたしの仲間だぞ、アイゼンは!」

(い、言ってやった! 言ってやったぞわたし! 偉いぞわたし!)

「だからって何よ。あんたの仲間のままでも、あたしの下にはつけるでしょ」

「悪いが」

 その静かな声はラドニーとジェラの喧騒を突き破り、動きを停止させた。

 恐る恐る、二人の視線が向くのを待ち、アイゼンは続ける。

「俺は誰かの上に立つ気も、下につく気もない。勧誘なら、他を当たってほしい」

 まるで鉛を飲まされたかのように、ラドニーとジェラは二の句が告げない。

「残念ですねー。後輩さんができるかと思いましたのに」

 その空気に易々と割り込んできたのは、お茶を用意して戻ってきたロゼッタであった。

 テーブルの各自の席の前に、湯気が立ち上るティーカップを置いていく。その仕草は滑らか、かつ繊細で、メイドとして技術に遜色ないことを窺わせた。

 四人分のそれを見て、ラドニーが話題を転じる様にロゼッタに問いかける。

「……わたしはいらないと言ったはずだが」

 そんなラドニーの様子は気にせず、着席するロゼッタ。

「まあまあ、そう言わずに。完璧メイドのお仕事をご堪能下さいな」

(やけに完璧メイドにこだわるな)

 ラドニーはそう思いつつ、気を取り直して着席する。見ると、ジェラも座りなおしてティーカップを手にしていた。その表情が微妙なのは、先ほどの雑巾絞りの下りを思い返しているからだろう。

 アイゼンは一人、迷いのない動作で茶を口にする。

「美味い。銘柄などは知らんが、ロゼッタは茶を入れるのが上手なのだな」

「いやー、そんなに素直に褒められると照れちゃいますね」

 本心からの照れからか頬を染めるロゼッタの手には、他のとは違って一回りは大きそうなティーカップがあった。

 アイゼンが注目したのは、そのティーカップではなく、先ほどまではなかった首元に光るチョーカーである。

「ふむ。こうして見ると、そのチョーカーは違和感がないな。まさかそれが武器になるとは、誰も夢にも思うまい」

「あ、気づきました? いつも着けてるので、ないと変な気分になっちゃうんですよ。なので、お茶を入れに行くついでに、取ってきました。これ、完璧メイド衣装に合うように、私がデザインしてジェラ様に作っていただいたんですよ。可憐な完璧メイドの私を、よく引き立てる素敵アイテムでしょう?」

「確かに。加えて、品もある。ロゼッタによく似合っているな」

 軽口に直球を投げ返され、それはロゼッタの内心に深く突き刺さった。

「ほあ」

 ロゼッタは目を丸くすると、妙な声を出して薄紅色に染まった頬に手をそえた。そうして、ジェラに耳打ちする。とは言っても、その音量は周りに聞こえるほどであった。

「ジェ、ジェラ様。この方素直すぎます。調子が狂うというか、なんか来ると言うか。私の運命の人なのでしょうか」

「あんた、チョロ過ぎない?」

 ためらいつつもようやく、喉の渇きを潤せたと思ったらこれである。ジェラの辟易な声に重なって、ラドニーが不穏な空気に包まれる。

「……やはり、後腐れなく消しておくか」

(こいつは敵だ。放置しておくとまずい)

 双剣に手を伸ばそうとするラドニー。

 小首を傾げ、不敵な笑みを浮かべるロゼッタ。その手は、アイゼンが褒めてくれたばかりのチョーカーに添えられている。

「えー、できます? やめておいた方がいいんじゃないですかあ?」

「お茶の席だぞ、二人とも」

「まったくね。人の家で何を始めるつもりよ、あんたたち」

 普段通りのアイゼン、ジト目のジェラ。

 ジェラの視線はともかく、静かにただ茶を嗜むだけのアイゼンに、ただならぬ重圧を感じるラドニーとロゼッタ。

 結局、二人は前のめりな姿勢を改めるしかなかった。

 ただし、牽制までは止められなかった。

「……次はない」

「えー、どうしましょうかねー」

「…………」

「…………」

 アイゼンの手前、黙る二人。ただ、ラドニーは茶に手を付けず冷たいまなざしのまま、ロゼッタは満面の笑みだが目の奥は笑っていない。

 そんな空気に、ジェラは肩をすくめる。

「……なんだか興ざめね」

「ふむ。今日はお暇するとしようか。ご馳走になった」

「お粗末様でしたー」

 打って変わって、アイゼンには朗らかに返すロゼッタ。その光景に、ラドニーの眉が吊り上がる。

 アイゼンはラドニーのその様子に苦笑すると、ジェラに視線を転じる。

「ジェラ。先ほどの話だが」

「さっき? なんだったかしら」

「下につけという話だ。それは聞けんと言ったが、知人として接することはやぶさかではない」

「……アイゼン?」

 戸惑いの声を上げたのはラドニーだった。

 ジェラはきょとんとし、ロゼッタは「おおっ」と喜色の声を上げてそわそわしだした。

「……あの、アイゼン、それは」

 ラドニーには抵抗があるようだった。もっとも、アイゼンの人間関係に口出しをしたいわけではない。ロゼッタのアイゼンを見る目が気になるので、あまり近寄ってほしくはないのだった。

「俺は、この縁を大事にしたいのだ。五百年の研鑽を持つ知恵者と話す機会などそうはないし、その従者の身のこなしも長けている。得難いと思うのだ」

 ジェラはまじまじとアイゼンを凝視した。その真意を測るように。

 ロゼッタはアイゼンの評価に胸を張っていた。

 ラドニーは顔を俯かせて沈黙していた。先ほどまでは敵だったが今ではそうではなく、どこか憎めない二人に対する対応を決めかねていた。

 一度はターニャに危害を加えた相手である。そう簡単に信用はできなかった。

 沈黙を続けるラドニーに、アイゼンは言う。

「それに俺は、この出会いがラドニーの助けになれば、とも思う。色んな交わりを経て、成長に繋がれば、とな」

 弾かれた様に、ラドニーの顔が上がる。アイゼンの瞳が降り注いでいる。そこに、様々な思いが映し出されているようだった。

(……そうだった。わたしに必要なのは頼り、頼られること。人との交わりがないと、それは生まれない。この二人との交わりがどのような力となるかわからないし、ターニャのこともあるから抵抗はあるが……ただ切り捨てるのは、少し違う気がする)

 そこまで思い、ふと思い出す。

(この出会いが、何かを生み出す可能性になるかもしれない。それこそ、未来へとつながる可能性に)

 悩むラドニー、それに対するアイゼンの姿勢に、ジェラも感じ入るところがあるようだった。とんとん、と人差し指で自分のこめかみを叩くと、腕を組んで仁王立ちになった。

「ま、そこまで言われて悪い気はしないし、こっちとしてもアイゼンとの縁は結んでおく価値があると思っているわ。知人というか、ライバルという意味でだけど。次は堂々と対戦を申し込むわ。もちろん、受けてくれるわよね?」

「ああ。俺もまだまだ強くなるつもりなのでな。互いに切磋琢磨できれば、これほどありがたいことはない」

「ふふん。次はこてんぱんにしてあげるわ」

 卓越した強者同士のやり取りを見て、自分の方こそ触発されたラドニーだった。その目が向くのは、すました表情のメイドである。

(互角とは言わない。明らかに劣勢だった。だが……いつまでも、そのままではいない)

「なんだか、熱い視線を感じますねー。私、女同士のそういう関係はご遠慮願いたいんですけど」

「言っていろ」

 ラドニーはそう言って席を立つ。結局、最後まで茶には手を付けなかった。

「アイゼン。ターニャに声をかけてきます。そろそろ起こして帰らないと、みんなが心配しますし」

「うむ、そうだな」

「起きなかったら、これを使うといいわ。気付け薬よ」

「……用意がいいな」

「いい女は準備を怠らないものなのよ」

 なんでもないことのように、ジェラは言ってみせた。



「……ふう」

 アイゼン、ラドニー、ターニャが立ち去った家の中、ジェラはソファに腰掛けて脱力していた。

 ロゼッタも同じソファでだらけていた。メイド服の裾が乱れることも気にせずに。

「疲れましたー」

「……あんたと同じ意見は気に食わないけど、その通りね」

 今更ながら、手の震えが蘇ってくる。

 それは死の恐怖だ。

 不老となって随分と遠ざかっていたはずのそれは、ジェラの根本を鷲掴みにして振り回した。そのまま握りつぶされなかったのは、単なる温情だ。

 今になって、ようやくジェラは首元に手をやって、自分が生きていることを確認できた。

「……負けたことは気に食わないけど、貴重な人脈を得たと喜ぶべきかしらね」

「そうですねー。アイゼン様、また来て欲しいですねー」

「あんた、生活圏内でラドニーを挑発するの、禁止ね。空気が悪くなるわ」

「別に挑発なんてしてませんよ? 口から本音がダダ漏れしているだけです」

「それが挑発になってんのよ。またアイゼンに止められたいの?」

「ほわ」

 びくり、とロゼッタは身体を震わせた。

 アイゼンはただ静かに制止しただけだが、それだけで圧力を感じたものだ。

 例えるなら、山のような巨大な門。それをこじ開けることはできず、例え開けたとしても、そこで待っているのはアイゼン自身。そう感じると、開けるなど思いもよらず、ロゼッタとしては全力で逃げるしかない。

「頑張ります。そうじゃないと、とてもとてもメンドイことになりそうですので」

「そうして頂戴。巻き込まれるのはごめんよ」

「というか、私の方こそジェラ様に巻き込まれた口なんですけど? ラドニー様だけ止めておけばいいってことだったんじゃないんですかー?」

「あんたが無闇に吹き飛ばしたりするからでしょ。引きつけておけばよかったのよ。そうすれば入れ替わりのタイミングなんて生まれなかったと思うけど?」

「ぶー。言うは易しですよーだ」

 拗ねたようにソファに寝転がって、足をバタバタさせるロゼッタ。裾が捲れ上がって、あられもない姿を晒しそうになっている。

 人目があるならともかく、二人だけだから、まあいいか、と咎めないジェラ。

 一息つけると、改めて先ほどの客たちに思いを馳せる。

 いや、正確にはただ一人。アイゼンという人物についてだ。

「山で修行した武闘家ね。見え透いてる感じね」

「ですよねー。山で育ったドラゴンって言われた方が納得です」

「そうね。深入りすると食べられるかしら?」

「んー、穏やかな方っぽいので大丈夫じゃないですかねー」

「あんたの目からはそう見える? 手酷くやられたみたいだけど」

「あんなの、絶対手加減されてましたよー。本気出されてたら、家ごと木っ端微塵じゃないですか?」

「家ごとどころか、あたり一帯、盆地にされそうね」

(魂に違和感があったけど、そこに秘密があるのかしら)

 多くの薬品、鉱物、生物などに親しんできたため、ジェラはその本質がなんとなく感じ取れる。もっとも、それが出来なければ精密なかけ合わせで錬金を行うなど不可能なのだが。

 アイゼンという肉体に、得体のしれないものが重なっている。

 そう感じたのは直接触れられた時だった。それ以前は、表面上の穏やかさや、驚嘆すべき魔力制御でごまかされていたと、今なら言える。

 そんな事実もあって、アイゼンという人物には興味が尽きない。

「まあ、話が通じるのが救いかしらね」

「そうですねー。きっと私たちみたいに奇襲はしてきませんよね。正々堂々、『やはり消そうと思う』って歩いてきますよ」

「やめてよ! 想像しちゃったじゃない!」

「わは、私も鳥肌立ちました。やめやめ、人生終了の未来予想はあっち行け、です」

「あんたが言い出したんでしょ!」

 ぎゃあぎゃあ言い合って、寒気を振り払おうとする二人だった。



 まだ眠らされた影響が残っているのか、眠そうなターニャをフォーンゴーン邸まで送り届けた後。

 アイゼンとラドニーの姿は、庭にあった。

 すでに日は傾き、夕日の色と影が長く、庭を覆っている。

 ラドニーはターニャの部屋を見上げた。その姿が見えるわけではないが、今日の出来事はそうさせるに十分だった。

 結局、ターニャは自分が攫われたことを覚えていなかった。

 ロゼッタに嗅ぎ薬で眠らされ、そのままジェラの家に運ばれた。

 目が覚めた後は、立ち眩みで倒れそうになっていたターニャを運び込んでいたと説明したのみにとどめた。

 その辺りはジェラとロゼッタも説明を合わせたので、違和感は持たれていないはずだった。

 最初からターニャを穏便に返す手はずだったことが、その説明からもうかがえた。

 徹頭徹尾、ターニャを眠らせる以外の危害を加える気はないことの証左だった。

 そこだけは、ラドニーもジェラとロゼッタの配慮に感謝するところである。

「振り返ってみれば、なんだか摩訶不思議な一日でした」

 ターニャの部屋を見上げたままの、どこか上の空のラドニーに、アイゼンは頷く。

「そうだな」

 朝食時のラドニーの発言、バトゥの待ち伏せ、ラドニーの冒険者登録と叱責、パーティ結成。

 ターニャが攫われたこと、そしてリベンジと言う名の邂逅。

「手練れと予想はしていたが、それを易々と超えてくるあたり、研鑽が窺えるというものだ」

「そうですね……。私も、あそこまでの技術を持つ錬金術師には、出会ったことはありません」

「チョーカーが槍に変わる、指輪が家に変わる、果ては違う世界に飛ばされる、か。なかなか得難い経験だった」

「おまけに、家の外に出ようと玄関をくぐったら、今度は違う世界ではなく、路地裏と来ました。一体、なにをどうしたらそうできるのか」

 「どうやって帰ればいい?」との問いに、「普通に帰ればいいわよ」と返され、首を傾げつつもその通りにしたら、フォーンゴーン邸近くの路地裏に出たと来ては、驚嘆するやら感心するやらだった。

「転移の技術が応用されているのだろうな。素直に戦いを挑んでくれたからよかったものの、その気であれば、有無を言わさず海中や火口に放り込まれていたかもしれん」

「確かに……」

 ぞっとする話だった。それでも、アイゼンは大丈夫なんだろうな、とラドニーは思ったが。

 ラドニーを見るアイゼンの瞳は、どこか心配そうに揺れていた。

「すまん、ラドニー」

「アイゼン?」

 急な謝罪はラドニーの視線を引き下ろした。

「ターニャのことだ。俺の事情に巻き込んでしまった。やはり、謝らなければならないと思ってな」

「……ああ」

 ラドニーは納得し、首を横に振る。

「いいえ。それを言えば、禍根はわたしから始まっています。ジェラのゴーレムから助けていただいた、あの時から。だから、ターニャを巻き込んだのは、わたしとアイゼンということになると思います」

「……そうだろうか」

 なおも言い募ろうとするアイゼンに、ラドニーはくすりとした笑みで返した。

「リーダーのわたしが言うんです。従ってくださいね」

「……うむ。納得はいかないが、そうしよう」

 あのアイゼンをやり込めたことが嬉しくて、ラドニーは笑みを深くする。

 アイゼンはまだ納得いかない表情だ。それが子供のように見えてしまう。

「こちらからも、ありがとうございます。ターニャを助けられました」

「礼はいらん。リーダーに協力するのは当然のことだ」

「ふふっ」

 思わず、笑い声が零れる。

 アイゼンは軽く目を見張ると、次いで、相好を崩した。

「ラドニーは、そんな風に笑えるのだな」

「え?」

「……すまん。失言だった」

 自分の発言に、やや気まずそうに視線を逸らすアイゼン。

 ラドニーも、そんなアイゼンの態度に、目を瞬かせる。

「……わたしの方こそ、アイゼンがそんな風に目をそらすとは思いませんでした」

「……ふっ」

 アイゼンが笑いを零す。

 そうして、お互いに、くすくすと笑いあう。

 宵闇に、静かな笑い声が融けていく。

 ひとしきり笑うと、ラドニーは居住まいを正して、アイゼンに相対した。

「聞いてもらえますか、アイゼン」

「聞こう」

「ありがとうございます」

 ラドニーは目を閉じて深呼吸して息を整えた。そうして目を開き、そこに、アイゼンを真っすぐに映し出す。

「わたしが強くなりたいのは、復讐のためです」

「復讐か」

「はい。わたしの故郷は、ウドナという村です。そこは十年前、わたしだけを残して、滅びました」

「なぜ滅んだ?」

「一人の吸血鬼に襲われたからです」

 ぐっ、とラドニーは唇を噛んだ。

「月が赤く染まった夜でした。後から知ったことですが、それは吸血鬼が現れる前兆だったそうです。その時に理由はわかりませんでしたが、ウドナは戦士の村。何事かと、村人総出で警戒に出ました。わたしの両親もそれに参加していました。老人子供は一か所にまとめられて、避難していました。わたしもその中にいました。やがて、そいつは月下に現れました。吸血鬼、ブラウ・ガディスン。立ち向かったものの、誰一人敵わなかったようで。……悲鳴が聞こえてくるばかりでした」

「ラドニー」

「聞いてください」

「……わかった」

「わたしは、制止を振り切って避難場所から飛び出しました。そこで見たのは」

 たまらず、ラドニーは自分を抱きしめた。

「たくさんの、倒れた人たちでした。両親がどこにいるかはわかりませんでした。気が付いたら、周りを火の海に囲まれていて、苦しさで気を失いました。気が付いた時には」

 ラドニーは目元に手を当てた。

「もともと黒かった髪と瞳は、赤く染まっていました。炎の適性と破魔眼を得たのはその時です。夢か、と思いたかったですが、背中の火傷のせいで、それも叶わず」

 火傷は未だ癒えてはいない。だからラドニーは、肌を露出する服を好まないし、ターニャのような親しい間柄でないと肌を晒せない。

「両親は見つかりませんでした。それどころか、村の全員……わたし以外、誰も、焼け跡どころか跡形もなく見つからなかったのです。すべてが燃えた村を探し回ってやっと見つけたのは、父ジュークの剣、飛燕と」

 右の剣を抜く。続けて、左の剣を。

「母イスガの剣、流水でした。二本の剣を抱きしめて呆然としていたところを、異常を察知して来た冒険者の一団に発見されたそうです」

 アイゼンが業物と見ていた双剣。それは、両親の形見だったのだ。

「そこからの記憶は曖昧です。気が付いたらカタリナが義母となっていて、この邸にいました。可愛げのない子供だったと思います。碌に声を出した記憶もありませんし」

 ラドニーは自嘲する。

「その時から冒険者ギルドのマスターをしていたカタリナは、家に仕事を持ち込むことも多くありました。そうして、部屋から漏れ聞こえてきたんです。わたしの村を襲ったのが、神出鬼没の吸血鬼、ブラウ・ガディスンだと」

 剣を握る両手に力がこもる。

「仇だと。殺すと、その時、誓ったんです」

「だから、強さを求めて冒険者になったのだな」

「はい」

 ラドニーは剣を納めた。淡々とした語り口だったが、手は震えていた。激情を抑え込めていなかった。

「なぜ、その話を俺にした?」

 アイゼンのそれは、単純な疑問だった。表情からそれを見て取ったラドニーは、考えながらその答えを口にする。

「……心苦しかったから、です。わたしの事情に、アイゼンを付き合わせてしまうのが」

「……そうか」

 パーティを組んだのも、アイゼンに師事しているのも強くなるためである。

 その強さは復讐のためである。

 その復讐に、付き合わせてよいのか。

 そう思うと、いてもたってもいられなくなった。

 せめて、すべて話さなくては、と思ったのだった。

「ジェラとロゼッタとの関わりを、ひいては人との関わりを大事にして、そして、頼り、頼られることで強くなる方法もある。そんな、考えもしなかった可能性。それを示してくれたアイゼンと、これからも、仲間でありたいのです。でも、もし、アイゼンが、そんなものに付き合わされるのは嫌だ、と言うなら、パ、パーティは」

 それ以上は言えなかった。

 唇が強張り震え、瞳が潤むのを止められない。

(泣いたらだめだ。涙も怒りも恨みも傷も時間も、全部全部、強さへと変えると誓ったんだ。だから、ここで泣いたら弱くなる。全部が無駄になる! だから、泣いたら駄目なんだ! なのに! アイゼンが離れて行くかもって思っただけで、どうして!!)

 ラドニーの頬に添えられたのはアイゼンの武骨な手だった。親指が目元に触れ、そこからあふれ出しそうな物をせき止めるかのようだった。

「すまんな。思い出させてしまったな」

「……アイゼン」

「ありがとう、話してくれて。その話を聞いた上で言うが、仲間でありたいのは俺も同じだ」

「……アイゼン」

「俺の自由を侵していると思ったか? そんなことはない。背中を預けられる仲間と共にいられる、という自由を謳歌しているぞ、俺は」

「……アイゼン」

「復讐は虚しいなど、言うつもりはない。それを為すも為さぬもラドニーの自由だ。だが、パーティを組んでいる以上、無謀と思えば進言くらいはするぞ。落ち着け、リーダー、とな」

「……アイゼン」

 ラドニーにはアイゼンの名を呼ぶことしかできない。それ以外で唇を動かせば、必死で堪えている物が決壊しそうだったからだ。

 困っているような、なのに優しい表情が、ラドニーの視界一杯に広がっている。

 それと、頬に添えられた手から伝わる体温は、ラドニーの奥底をじんわりと温めていく。それと反比例するかのように、決壊寸前の想いは引いて行った。

「……あ」

 今更ながらに、ラドニーはアイゼンの手に気づく。それを自分の手で包み込むと、目を閉じた。

「ありがとう、ございます」

「どういたしまして」

「お願いします。もう少し、このままで」

「わかった」

(ああ、これだけでわたしは無敵になれそうだ)

 正直、体温の上昇が限界に近い。それを自覚しつつも、恥ずかしさが限界突破しようとも、今だけは、としばしアイゼンの体温を堪能するラドニーだった。

「もういいか?」

「失礼しました!」

 慌てて、ずざざ! とアイゼンの手を解放しつつ後ずさるラドニー。

(慣れないな、わたし! いや、慣れたくない! どっちだわたし!)

 幸い、顔の赤さは夜闇が隠してくれていた。かといって、恥ずかしさが減るわけではない。ラドニーは後ろを向くと、顔をぺしぺしと叩いて、体温の上昇をもとに戻そうとする。

 ラドニーの背後で、アイゼンは無言で思案していた。

「アイゼン?」

 そのアイゼンの気配に気づいて、振り返るラドニー。アイゼンは頷いた。

「ラドニーが話してくれたのだ。俺が黙っているのは対等ではないな」

「え?」

「俺の正体だ。俺は」

 そこから先は、ラドニーの手によって塞がれた。

 アイゼンが黙ったのを確認して、ラドニーは手を離す。

「ラドニー?」

「今は、いいです。正直、気にならないと言えば嘘になりますが」

 そこまで言って、ラドニーは頭痛を堪える様な表情で額に手を当てた。

「どこから来たのかとか、背負い袋とか、本当に、正直、雑な設定でごまかされているので、気になるところは色々ありますが!」

「なんだかすまん」

「本当にそうですね!」

 怒ったように言うラドニー。アイゼンは、それに対して、思わず一歩下がってしまった。

「……でも、今はいいんです」

 ラドニーは、今度は困ったように笑う。

「今は、わたしは復讐で手一杯ですから。それが終わってから、ゆっくり聞きたいと思います」

「……そうか」

「はい。わたしはあそこで、山で鍛えた世間知らずな武闘家に出会いました。……今はまだ、それだけで、いいんです」

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