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拝啓、○○に出会いました。  作者: 緋色
三章

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リベンジ

「なんて事をしてくれたんだい!」

 ラドニーから取り上げた仮面を、書類机に叩きつけるカタリナ。

 結局、ラドニーの成したことはカタリナに報告されることになり、ラドニーはアイゼンともどもギルドマスターの部屋に呼び出されることになった。

 せっかくのパーティ結成後の初クエストもお預けである。そのせいで、ラドニーの機嫌は大層傾いていた。

「……出来ることをしただけだし」

 口を尖らせて視線をそらしながらのラドニー。

 その隣に腰掛けたアイゼンは、静かにギルド規則書を読み返している。

「だからと言ってねえ……! 自分がしたことを分かっているのかい!?」

 カタリナの興奮は冷めやらない。

「冒険者の二重登録! 前代未聞だよ!」

 それは本来あってはならない事だった。なぜ同じ人物が再登録できないようになっているのか。

 理由は様々あるが、その中で最たる物は、素行不良や犯罪などで資格をはく奪されたものが、再度、冒険者として登録されることを防ぐためである。

 それが破られた。

 冒険者ギルドとしては、とんでもない失態である。

「大丈夫だろう? そうそう、誰にでもできることじゃないだろうし」

「そうかもしれないけれどね、前例が出来たってことが大問題なんだよ!」

 ソファに座っているアイゼンとラドニーに対して、カタリナは部屋を右へ左へと落ち着かない。

「大体、なぜアイゼンまで呼んだんだ。わたしの問題だろう?」

「パーティまで結成したからだよ。ってのは建前だ。今まであんたはそんなことをやらなかった。それが今日になってこの事態だ。アイゼン、あんたの入れ知恵かい?」

 それを聞いて考えるアイゼン。その彼が返事をするより早く、ラドニーが立ち上がる。

「アイゼンは関係ない!」

「じゃあなんだい、あんた一人で謀ったことかい!」

「謀ったってなんだ! わたしはただ、アイゼンとパーティを組みたかっただけだ!」

「なんでここまでして組みたがるんだい! あんたと組みたい奴なんて、それこそごまんといるさね! そこから適当に選べばよかっただろうに!」

「アイゼンが良かったからに決まってる! そんな、適当に選べるわけないだろ!」

「だから、なんでよりによってアイゼンなんだい!」

「それは……!」

 問われ、ラドニーは口ごもる。そして、自分の考えを整理するように、噛み砕くようにしてゆっくりと話し出す。それは、以前アイゼンにも漏らした事だった。

「……わたしが、これまでの冒険者としての道を、ただ自分が強くなるために、雑に消化してきただけだって、気づいたからだ」

 自然、ラドニーの視線が下に落ちた。その告白に、アイゼンは本から顔を上げ、ラドニーを見やる。

 カタリナは、先を続けることを促すように、沈黙を守っている。

「クエストの影に隠れた、困っている人たちの存在を無視して、ただただ自分のために消化してきた。確かに強くはなれた。でも、それには限界があって。そんな時にアイゼンに会って。自分より、アイゼンは強くって。アイゼンは、困っている人たちのためにその強さを使いたいって。わたしは、そんなアイゼンに強さを教わりたくて。アイゼンと一緒に、最初からパーティとしてクエストをこなしていければ、もっと強くなれるかもって。……わたしがこれまでクエストとかで雑に扱ってきた人たちに、少しでも丁寧に接することが出来たらって……やり直せたらって」

「……あんた」

「……ただ、やり直したかっただけ、なの、かも」

 罪を告白するようなラドニー。その姿に、カタリナは二の句が告げない。

(……まだ十六歳だったか。突っ走ってしまうのも、無理はないのかねえ……。それに、「少しでも丁寧に」、か。……それには、あたしらへのことも含まれていそうだねえ)

 そうなら、どれだけ嬉しいか。

 また、若さ全開で自分の感情を表に出してここまで語ってくれたことも、素直にうれしい。

 だが、それは義母と娘の話で、ギルドマスターと冒険者としてであればまた別の話となる。

「あんたの言いたいことは分かった」

 ため息交じりのカタリナに、ラドニーが弾かれた様に顔を上げる。それを打ち消すように、カタリナは言うしかなかった。

「けれど、今回の事は見逃せないよ。二重登録。それはあっちゃならないことだ」

 そのカタリナの言葉に、再びラドニーの視線が落ちそうになる。

「カタリナ。一つ質問があるのだが」

「……なんだい?」

 カタリナは問いかけてきたアイゼンに、苦々しい表情を向けた。彼の手には、依然としてギルド規則書がある。

「なぜラドニーは責められているのだ?」

「あ、あんたねえ! 聞いていて分からないのかい!? 冒険者の二重登録なんて前代未聞なんだよ! これが見過ごせるもんかい!」

「だが、二重登録してはいけない、出来ないなど、ギルド規則書には書いていないぞ?」

「……はあ?」

 かくん、とカタリナの顎が落ちた。

 アイゼンは、手にしていたギルド規則書をカタリナに差し出す。

「だから、ギルド規則書には、同一人物が二度登録してはいけない、などは書いていない。一度登録し、犯罪歴などで冒険者資格をはく奪された人物は、二度と登録できない、とあるだけだ。ラドニーはそれには該当しないが?」

 心底不思議そうに、アイゼンが問う。

 カタリナはアイゼンが差し出した規則書を受け取る気にはなれなかった。その内容は、暗唱できるほど頭に入っている。だから、アイゼンの言う事は認識は出来たが、その頭脳は理解を拒んだ。

「いや、だから! こんなこと本当はあり得ないんだよ! それが出来ちまった、やっちまったから、頭を抱えているんだろう!?」

「規則にやってはいけないと書かれていたら、ラドニーもしなかったと思うが?」

「いや、書くかいそんなもの! 出来るわけないもんを!」

「では、やはり規則にはないという事だろう? 故に最初に戻るが、なぜラドニーは責められているのだ?」

「それは……!」

 今度はカタリナが口ごもる番だった。

 アイゼンのいう事は単純である。

 規則に、やってはいけないと書かれていない。書かれていない規則を守れる訳がない。

 ラドニーはそこまで考えていなかった。ただ、魔力波長を変えれば一等級から冒険者を始められて、アイゼンとパーティを組める、それだけだ。若気の至りとも言える。

 それがギルドマスターとしてのカタリナの逆鱗に触れた訳だ。

 今更ながら、カタリナの立場を危うくしてしまったことに、身が縮まる思いのラドニー。

 それでも、アイゼンの言う理屈に縋りつきたい気持ちもある。

 すなわち、破るべき規則がそもそもなかった、と言う理屈に。

 自然、ラドニーの瞳が縋るような光を灯す。

 頭が下がっていた。

「……お願い、します。認めて……欲しい、です」

 そうやって訴えかけてくるラドニー、単純な理屈を全面に押し出してくるアイゼン。いや、アイゼンは主張していると言うより、淡々と疑問を述べているだけだろう。

 その二正面作戦にやられて、カタリナは混乱を極めた。

 情状面からも、理屈の面からも反論の余地がない事を悟らされ、残るは冒険者ギルドのメンツだけ、とより掛かるものが他になかったからである。

「……あーーーーーっ!! 頭を上げな! 分かった! 今回の件、ラドニーに非はなし! 冒険者登録もパーティ登録も問題なし! それでいいんだろう!?」

「カタリナ……!」

 ヤケクソなカタリナの叫びに、ラドニーの表情が輝く。カタリナの手を取ると、額に押し付けて、再び頭を下げる。

「本当に、ありがとう……!」

 その様を見て、満足げに頷くアイゼン。

 そんなアイゼンを見て舌打ちしかけ、深い感謝の念を伝えてくるラドニーの体温に意識を持って行かれた。

 やがてそこに浮かぶのは。

「仕方ないねえ」

 とでも言うべき笑みだった。

 ただし、ギルドマスターとして、締めるところは締めないといけない。

「で? どういう絡繰で二重登録なんて出来たんだい」

 それだけは聞いておかなければならなかった。

「それは……」

 ラドニーは説明した。

 魔力波長で人物を判定しているなら、その魔力波長を変えれば別人判定されるのではないか。

 アイゼンに聞いた魔力波長操作にヒントを得て、それを実行してみせた経緯を。

「やっぱりあんたが一枚噛んでたのかいっ!」

「違うぞ! 考えついたのも実行したのも、全部わたしだ!」

 庇うでもなく、ラドニーは前に出る。

「分かってるよ! あたしとしては、一言くらい言っておかないと気が済まないんだよ!」

 そして、カタリナとしてはここからが本題である。

「あんちたち。その方法を他の誰にも教えていないだろうね?」

 その確認に、アイゼンもラドニーも頷いて肯定を返した。

 それを受けて、やっとカタリナは安堵の溜め息をつく事ができた。

「……そうかい。なら、ひとまず安心と言うところかね。あんたたち、今後、そのやり方を他に教えたり漏らしたりしてはいけないよ。分かったね?」

「分かった」

「カタリナには世話になっているしな。俺も承知した」

 そのアイゼンの返答を聞いて、カタリナの背中を冷や汗が滑り落ちた。

(世話になったからあたしの言い分を聞く、ともとれるね。てことは、そうでなければ聞く必要はない……とすると、冒険者の二重登録が横行していたかもしれないって事か。……腹に抱え込んだのは一か八かだったが……今回ばかりは吉と出たわけかい)

 今後も、アイゼンへの態度は考慮せざるを得ない。それを再度認識して、内心深いため息をつく。

「……以上だ。今後も、軽率な行動は慎むようにね。特にアイゼン! ラドニーに変なことを教え込むじゃないよ!」

 ギルドマスターとして締めるつもりが、ラドニーの義母としての主張が出てしまったカタリナだった。

「失礼な! 変な事なんてなにもないぞ!」

「変な事とはどんなことだ?」

「……変なことは変なことだよ! 以上だって言っただろ!? とっとと退室しな!」

「ふむ。まあ、分かった。失礼する」

「その前に、マスクを返してくれ、カタリナ」

「……ほらよっ!」

「うわ、危ない。なんで投げるんだ」

「余裕で受けとめておいてよく言うよ!」

「カタリナ、あまり興奮すると身体に悪いぞ?」

「誰のせいだと思ってんだい!」

 アイゼンとラドニーは、興奮状態のカタリナに追い出された。

「……ふうう!」

「……ラドニー嬢の言う様に、あまり興奮なされない方がよいかと」

 会話の間中、壁と一体化していたかのように沈黙を守っていたカロロフが、椅子を持ってきて腰掛けるように促す。

 自分を制御して、やっとのことで椅子に深く腰掛け、背中を預けてやっと深呼吸出来たカタリナ。

「まったく」

「心中、お察しします」

「社交辞令はいいよ」

 複雑な表情のカタリナ。

 彼女としては、頭が痛いことである。

 今回、実際に騒動を起こしたのはラドニーだが、その発端はアイゼン。

 アイゼンはトラブルの種にもなっているが、同時にラドニーへいい影響を与えているようにも見える。

「……まあ、そういう年頃と言えば、そうなのかもねえ」

 独り言ちたカタリナの声に、別の机で作業を開始していたカロロフが訝しむ。

「……なんのことでしょう?」

「ああ、いや、なんでもないよ」

 芋づる式に、今朝の出来事を反芻してしまったカタリナ。

 衝撃が多すぎた出来事だったが、その中でもやはり、ラドニーの態度が鮮明に思い出された。

(……あんな顔、見たことあったかねえ……)

 「出来た」と言って食堂に飛び込んできた時の、ラドニーの嬉しそうな微笑み。

 その表情の理由は先ほど知れた。

(その相手はアイゼンときたもんだ。まったく、トンビに油揚げとはこの事さ。だが、あの子も年頃。惚れた腫れた相手と、家族相手では違うのかねえ……)

 少し寂しくは思うが、それでもやはり、娘の変化は嬉しかった。

(けど、さすがに子供はねえ……まあ、ラドニー自身は、自分の心情がなんなのか、まだ理解していないようだがねえ)

 アイゼンと出会った時と同じようなことを思うカタリナ。

(このままアイゼンとの交流を放置するか、制御するか。はたまた断ち切るか。このあたしとしたことが、まだ判断がつかないとはね。……そもそも、制御なんてできるもんかい?)

 親としては、好ましい変化が続けばいいと思う。

 ギルドマスターとしては、危険度をまだ推し量れないでいる。

 ラドニーの訓練相手として力量を発揮しているようだが、その程度で、危険とされている振る舞いはまだ行っていないからだ。

 引き込んだ割りには特に成果もなく、判断材料どころかトラブルが増え、カタリナの頭の痛いところだった。

「で、バトゥはどうなったんだい?」

「とりあえず、シズル嬢の指揮でその場にいた冒険者で取り押さえ、懲罰房に放り込んだとのことです」

「十一等級と十等級が、揃いも揃って……」

「ですが、有能です」

「分かってるよ」

 片や色ボケ、片や錯乱。ギルドの屋台骨がぐらつく理由としては十分である。

「とりあえず、バトゥはしばらく放っておきな。頭を冷やす時間が必要だろうしね」

「承知いたしました」

 その時、書類整理を行っていたカロロフが眉をひそめると、それを行わせた書類を手にカタリナに歩み寄る。

「ギルドマスター、これを」

「なんだい?」

 何の気なしに書類を受け取ったカタリナだったが、次の瞬間、口元が引きしまる。

「……村の住人が全員消失。村も焼かれた、か。あの事件に似ているね」

「はい」

 言葉少なく、カロロフが頷く。

「王国からの依頼か。事前調査を念入りに……慎重にね」

「はい」

 気負った様子もなく頷くカロロフ。

 彼が部屋を出ていくと、カタリナは深く椅子に腰掛けた。

(最近、事件が増えている。王都近くでも大規模な魔獣災害が起こったと聞く。きな臭いねえ……)

 そこでふと思うのは、最近増えた居候のことである。

(変化の連続が偶然であることを祈るよ)

 ギルドマスターの悩みは尽きない。



 ギルドマスターの部屋を出て仮面を装着し、新米冒険者アカゲとそのパーティメンバーアイゼンとして意気揚々とクエストを受注しようとしたところ、受付業務が一時停止していた冒険者ギルド。

 尋ねると、とある冒険者を取り押さえるために受付が荒れてしまったため、午前は片付けに手一杯で受付業務が回らないそうだ。

「何故そんなことに!」

 憤る仮面の剣士に、口元をひくつかせたシズルは詳しい説明をする気も失せて、盛大に端折って説明した。

「バトゥさんのせいです」

「またか! ろくな事をしないな!」

 それで説明および納得できてしまうところが、バトゥのラドニーとシズルへの印象というものだった。

 出会って日の浅いアイゼンはそれで納得出来るわけもなく、近くにいたカエデに問いかけた。

「バトゥはどんな様子だ?」

「……ええっと。先ほどまでは錯乱していたようでしたが、今は落ち着いているみたい、です」

「錯乱」

 顎に手を当てて考え込むアイゼン。

「話が伝わるようなら、悩みがあるなら相談に乗ると言っておいてほしいのだが」

「えっ!? あ、は、はあ。はい」

 思わぬ要請に戸惑うカエデ。

(あんな奴を気にかけるなんて……!)

 その優しさに胸を詰まらせるラドニー。

(あなた方が理由なんですが……!)

 心中で突っ込むシズル。

「とりあえず、今は片付けの邪魔にもなるし、引き上げましょうか、アイゼン」

「そうだな。それではな、シズル、カエデ」

 そうして二人は冒険者ギルドを後にした。

 二人の姿が扉の奥に消えると、カエデはがくりと肩を落とした。

「……どっと疲れました」

「まだ片付けと午後の業務が残っていますよ、カエデ」

「うう、早退しちゃダメですかあ?」

「……気持ちは分かりますが、手が足りません。手伝って下さい」

「うう、分かりましたあ……」

 二人はため息混じりに業務に戻った。

 受付嬢二人に多大なダメージを与えた二人はと言うと、連れ立って冒険者ギルドの通りを歩いていた。

 仮面は荷物に仕舞われ、アカゲはラドニーに戻っている。

「しかし、いつになったら俺はクエストをこなせるのだろうか」

「本当ですよね! 全く、バトゥは何をしているんだか……!」

 自身もパーティとして何もできず、苛立ちを露わにするラドニー。その矛先は鋭く、バトゥへと向かうばかりだ。

 目的地も特に決めず歩き出す二人。

 ふと、アイゼンが思い出したように口を開いた。

「そう言えば、もう魔力波長を操っていたな。あれは見事だった」

「ありがとうございます……!」

 唐突に褒められて、ラドニーの背筋が伸びる。

(やったやった! アイゼンに褒められた!)

 冷静な態度と裏腹に、内心では飛び跳ねて喜んでいた。

「すいません! まずは魔力を抑えるところから始めるべきかと思っていたのですが、そちらの方が先に出来てしまいました!」

 ラドニーとしてはそれは思うところだった。最初に教わった事をないがしろにして、別のことをやっていたのだから。

「何を謝る事がある。順序などどうでもいいとまで言う気はないが、出来る事を増やす事が肝要だからな」

「恐縮です……!」

 ラドニーの畏まった態度を見て、アイゼンは苦笑を浮かべた。それを見て、ラドニーはまたやらかしてしまった事を悟る。いっそこの際に言ってしまおうと、ラドニーは早口を自覚しながら話し始める。

「あの、アイゼン! わたしのこの態度の事ですが……!」

「うむ」

「今はまだこんなですが! わたしも仲間でありたいと思っていますので! 多めに見て頂けると助かります……!」

 あえて頭は下げない。ラドニーのその態度に、アイゼンは苦笑を濃くした。

「すまんな。いらん努力をさせてしまっている」

「いえ! やりたい努力ですから!」

「……そうか。ありがとう」

 ふわり、とした笑みがアイゼンの表情を彩る。

 自身の心を射抜いたその笑みに、ラドニーは努力の価値を知った。

(頑張るぞ! わたしのためにも、アイゼンのためにも!)

 真っ赤になってしまった顔を背けつつ、ラドニーは拳を握りしめたのだった。

「あのー、よろしいでしょうか、お二人様」

 いつの間にか、人の少ない通りを歩いていた二人に、横合いから話しかけて来た者がいる。

 フード付きマントを目深に被り、顔は半分しか見えず、溢れた髪は薄水色。マントの裾から覗くのは丈の長いメイド服のようだった。

 その声は女性のようであった。

「ご用があるので着いて来ていただきたいのですが、ちょーっとお時間ありますか?」

「何者だ?」

 不穏な気配に、ラドニーは代表して聞く。その右手は剣の柄を握っている。

 アイゼンは何も言わないが、その視線は油断なく、マントの人物を観察している。

「うーんと、いわゆる不審人物なのですが。あなた方を連れてこいと言われていまして、それを果たせないと、少々メンドイ事になってしまうので、ご足労願えないでしょうかー」

「自分で不審人物を名乗るか。それに素直に着いてこい? ふざけているのか?」

「ふざけてませんよー? そんなことのために、誘拐までしませんし?」

「……なに?」

 ラドニーの声に険しさが混じる。アイゼンも、観察から戦闘へと意識を切り替えていた。

「わ、やめて下さいね? えーと、お名前は知らないですけど、髪の長いお家のメイドさんですかね? 預からせて頂きましたー」

 フードから覗く唇は弧を描き、どこか、からかうような言葉を紡ぎ出す。

 ラドニーは自分の血の気が引くのを自覚した。家の、髪が長いメイドに心当たりは一人しかいない。

「ターニャの事か……!?」

「あ、そうそう、そんなお名前でしたね」

 抜剣しそうになるラドニーの肩を抑えた者がいた。アイゼンだ。

「誘拐したとの事だが、それを証明出来るか?」

 肩をおさえられたことと、はったりの可能性があることに、ラドニーは一時、冷静を取り戻す。

 フードの人物は肩をすくめた。

「出来ませんねー」

「お前……!」

 激昂しかけるラドニー。

「でも、誘拐していないとも、証明出来ません」

 この状況では、誘拐の立証は出来ない。

 だが、少しでもターニャに危険があるとすれば、ラドニーにはそれは耐え難かった。

「……目的はわたしか?」

「両方ですが、どちらかと言えば」

 フードの人物が、アイゼンへと身体ごと視線を向けた。

「俺か。ならば、どこへでも行こう」

「アイゼン!?」

「ターニャには世話になっているのでな」

 ラドニーは、奥歯が砕けよ、とばかりに歯を食いしばる。

 自分の家族を人質に、アイゼンの自由を損ねる相手を、とても許す事は出来ない。

「なら、わたしも行きます。ターニャは、わたしの家族です」

「ご納得頂けたようで、なによりですー」

 ラドニーの態度に臆すことなく、あっけらかんと言うフードの人物。

 その態度に、ますますラドニーの柳眉が吊り上がる。

「落ち着け、リーダー」

「……アイゼン」

 その声に、冷や水を浴びせられたラドニー。

「すまんな。この事態を招いた俺が言う事でもあるまいが、言わずにはいられなかった」

「いえ。心に沁みました」

 そのやり取りに構わず、フードの人物は路地裏へと続く道に足を踏み出した。着いてこい、との無言の催促だった。

 アイゼンとラドニーは、それに従うしかない。だが、ラドニーの思考は先ほどとは違って冷たく冴えていた。

 フードの人物の後に続きながら、アイゼンと潜めた声でやり取りを交わす。

「あいつは両方と、アイゼンとわたしが目的と言いました。ですので、アイゼンだけが原因ではないと思います」

「なるほどな、確かに。とすると、思い当たる節がある」

「はい。限られますね」

 その瞬間、二人の直下に輝く魔法陣が現れた。

「何っ!?」

 ラドニーが驚愕の声を発した瞬間、景色が塗り変わっていた。

 二人は、フードの人物と一緒に違う場所へと運ばれたのだった。

「気配を全く感じなかった……!」

「俺もだ。恐るべき隠蔽術、そして発動の速度だな」

 ラドニーは双剣を鞘走らせた。アイゼンも軽く戦闘の構えを取る。

 改めて周囲を見渡す。

 午前だったはずなのに、空は夜に染まり、星が瞬いている。だと言うのに、視界は明るく、行動に不自由は感じない。

 乾いた大地は全方向に地平線となり、果てを見通させない。

「何だここは……!?」

「違う世界にでも飛ばされたようだな」

 現実感のないことに、視界の中にぽつんとベッドが見えた。そこに横たわっているのは。

「ターニャ!」

「動かないでちょうだい。今はまだ、ね」

 唐突にベッドの脇に現れてラドニーを制止したのは、金髪碧眼の年端も行かない少女であった。

 ひらひらとした装飾が多い服で着飾っていた。短いスカートから伸びる脚は、年に似合わないほど艶かしい。

 赤い唇が勝気な表情を酷薄に見せていて、腕を組んだ仁王立ちが似合っていた。

 両手に幾つもの指輪をつけているのが印象的だった。

 ベッドに横たわるターニャの存在が、ラドニーの足を縫い止める。アイゼンも、状況がまだ掴めないので迂闊に動けないでいる。

 フードの人物は少女にゆるゆると歩み寄り、不審に見せていたフードを取った。

 その姿はフードの隙間から見えていた通りメイド服姿の、十代後半に見える女性だった。フードを取った仕草に続けて、アイゼンとラドニーに華麗にお辞儀をしてみせる。艶やかな薄水色のボブカットが、紺色のメイド服に映えている。

 金髪碧眼の少女は、メイド服姿の女性に不満そうな視線と声を投げかける。

「ご苦労様。手筈通り……とは行かなかったようね。アイゼンだけでいいと言ったはずよ?」

「ぶー、褒めてくださいよ。頑張ったんですよ? でもこのお二人、ぜんっぜん別行動してくださらなくって。アイゼン様だけ連れて来れなかったんです」

 緊張感の高まるアイゼンとラドニーの前で、軽口を叩き合う二人。

「その声、聞き覚えがあるな。ゴーレムの主人か?」

 アイゼンの視線が金髪の少女を射抜く。

 それに応えるように、少女は金髪を撫であげて、不敵に微笑んだ。

「覚えてなさい、と言ったでしょう? その約束、果たさせてもらうわ」

「確かに、俺も覚えておくとは言った。だが、無関係の人間を巻き込むのは感心しないな」

「ごめんなさいね? 確実に場を整えたかったから、ね。招待状代わりと思ってくれると嬉しいわ」

「なぜターニャだった? 俺とは直接、関係はないだろう?」

「少し観察させてもらったわ。あんたは素直でお人好しみたいね? だから、近くの人でも十分、釣れると思った。その、ターニャさん? になったのは、出かける頻度が多かったからよ」

「そうして、攫ったのか?」

 今度は、ラドニーが口を開く。冷静に、双剣の握りを確かめながら。

 少女はアイゼンから視線を外すと、流し目のようにラドニーを見やる。

「結果的にはね? 少し眠ってもらっただけだから、そこは安心してもらっていいわ」

 口元に浮かぶ笑みといい、妙に色気を感じさせる金髪の少女だった。

 メイド服の女性の方は、この会話の途中から、欠伸を噛み殺すかのようにしている。

 アイゼンが、ラドニーが冷静である事を確認しつつ、金髪の少女に言う。

「俺はこの場に来た。ターニャを解放してもらおうか」

「いいえ、まだよ」

 金髪の少女が、左手の小指に嵌められていた指輪を抜き取った。指輪は一人でにベッドの向こう側の地面に弧を描いて飛ぶと、赤い屋根の小さな一軒家に変じる。

「指輪が家に……!?」

 驚くラドニーの目の前で一軒家の扉が開くと、そこにターニャが横たわるベッドが空中を滑って入って行く。

「ターニャ!」

 無情に扉は閉まり、家は指輪の姿を取り戻す。指輪は、放たれていた猟犬が戻るように、金髪の少女の指を再度、飾り立てた。

「これで、あんたたちは全力を出すしかなくなった」

 ラドニーの瞳に、冷徹な光が宿る。

「勝って、その指を切り落とせばいい、という訳か?」

「これはあたしにしか使えないわよ? 解放して欲しければ、あたしの心を折るほどの勝利を収める事ね。こいつ相手に」

 腰のポーチから、手のひらに収まるほどの小瓶を取り出す金髪の少女。

 蓋を開け、瓶を逆さまにすると、どぼどぼと土色の粘液が滴り落ちる。その量は明らかに小瓶に収まる量を超えていた。

 やがて、傅くような小山が出来上がる。それは、ぶるん、と震えて巨躯を見せつけた。

「またゴーレムか!? 馬鹿の一つ覚えのように!」

 構えるラドニー。その横で、アイゼンも同じく構える。

 そんな二人、いや、ラドニーに視線を向けて、つまらなさそうに金髪の少女は言う。

「あんたの相手はこいつじゃないわよ」

「えー、もしかして私ですかあ?」

 欠伸を噛み殺していたメイドの少女が、眠そうな表情で返した。

「そうよ。何を楽しようとしてんのよ? お客様をもてなすのが、あんたの仕事でしょ?」

「うー、メンドイですのに」

 言いながらも、ラドニーに向かって気怠げに歩み始めるメイドの女性。

 武器を持たない素ぶりから、アイゼンと同じように格闘主体かと身構えるラドニー。

「しょうがないですねー。ではでは、可憐なメイドのショータイム」

 メイドは首元のチョーカーを、かちり、と外した。

 チョーカーは、瞬時に洗練された姿の銀色の槍へと姿を変える。

 ラドニーは、先ほどからの何度目か変化に、もはや感覚が麻痺していた。

 ただ、その重そうな両手槍を軽々と扱うその姿から、油断ならない相手だと認識するだけだ。

 メイド改め、槍のメイドとなった彼女は、へらりと笑う。

「とくとご覧頂き、とっとと退場してくださいねー」

「抜かせ!」

 金髪の少女は、髪をかきあけて笑う。

「さあ、リベンジよ! せいぜい抗うことね! 行け、グランガドンゴーレム!」

 その声で、戦闘の火蓋が切られた。

 グランガドンゴーレムはアイゼンへ、槍のメイドはラドニーへとそれぞれ襲い掛かった。

「風通し良くなったらごめんなさいですよー」

「ちっ……!」

 軽口と共に繰り出された槍先はそれに似合わぬほど鋭く速く、風を巻き込みラドニーに迫る。ラドニーは双剣でそれを受け流す。

(重い! 言うだけはある!)

 だが、受け流せた。突きで伸びきった身体の横に回り込み、一撃を見舞おうとするラドニー。

「よいしょっと!」

 物理法則を無視したかのように、伸びきった姿勢から槍が振り回されて、ラドニーを巻き込もうとする。

 咄嗟にラドニーは姿勢を低くしてそれを躱すと、丈の長いメイド服から覗く足首に狙いを定めた。

 振りぬこうとした双剣は、今度は地面に突き立てた槍の石突に阻まれた。

 その瞬間、低い位置からさらに横を取ったラドニーは、挟み込むように双剣を振るう。

 だが、そこに槍のメイドはいなかった。突き立てた槍の上部をポールに見立て、そこにつかまって両足による蹴りをラドニーに放とうとしていたからだった。

 ラドニーは蹴りを跳び退って回避した。跳び退ざるを得なかった。空いてしまった距離に、ラドニーは内心、舌打ちする。

 槍のメイドは、躱されて悔しそうでもなく両足を揃えて綺麗な姿勢で着地し、お辞儀までしてみせる。

「……そんな恰好で蹴って来るとはな」

「いやん、覗かれちゃいました?」

 照れもなく、からかうような槍のメイド。

 ラドニーはその様に余裕を感じるしかない。追い込めてもいないし、焦りすら抱かせていない。

(こっちは手数で勝れるだろうが、あちらは間合いで勝る槍。そして、膂力でも勝っているようだ。あんな重そうな槍を、軽々と扱うとは)

 双剣から伝わる衝撃で、槍がどれだけ重いか見当がつく。まともに打ち合えば弾き飛ばされ、かするだけでも骨から削り取られるだろう。

 それでも闘志を失いはしない。双剣に灯された炎がそれを証明していた。

 そこに、甲高い笑い声が響く。

「あははははは! いいザマね、アイゼン!」

「なにっ!?」

 まさかの声に、ラドニーは反射的にそちらを向いた。

 そこには、ゴーレムの右手に掴まれているアイゼンの姿があった。

「余所見厳禁ですよー」

「……っ!」

 ラドニーの目の前に、水色の渦が迫っていた。

 槍の先端に集められた円錐型の魔力が、ラドニーのすべてを削り取ろうとしている。

(破魔眼、起動)

 ゆっくりと動くモノクロの世界の中、槍のメイドの魔力が詳細に見て取れた。槍の先を起点として、細長い魔力が幾本も後ろへ伸び、回転している。

(なら、この先端の魔力を消し飛ばす)

 右の剣が動き、槍の先をかすめる。それだけで、円錐形の魔力は結合を解かれる。

(残るはこの槍。あの動きを思い出せ)

 それは、最初にアイゼンと出会った時だった。自分が死地にある中の、アイゼンとゴーレムの戦いとも呼べない戦い。

 迫るゴーレムの腕を、すんでのところで躱したときの身のこなし。体重移動や動きをまねるだけでは駄目だ。

 あの姿を思い出せ。

 自分が流水になったような感覚。

 ラドニーの身体は、ゆるりと槍の横側へと流れて行った。

 ラドニーの体感時間が元に戻る。

「ふえっ……!」

 槍のメイドからすれば、何が何だかわからなかった。

「やば、やりすぎた」

 と放ってから思った一撃が、見事に回避されたのだ。しかも、回避と連動した斬撃が自分を襲おうとしている。初めて見せた焦りと共に、無理やりな体重移動で逃げるしかなかった。

 その甲斐あってか、ラドニーの一撃は空を切る。

「ふや、ひゃ。や、やりますねー?」

 大きく距離を取って、妙な声音で強がる槍のメイドを尻目に、ラドニーは自身に起きたことを反芻していた。

(なんだ? 反射より速く、破魔眼を起動していた。その中でのゆっくりとした世界……あれは……? ……いや、それより……!)

 今度は不意を突かれないように、警戒しながらアイゼンを横目に見やる。

 ゴーレムに掴まれていた彼はどうなった?

 アイゼンは全身に防御魔法を展開し、自身とゴーレムの手に隙間を作って脱出に成功していた。

 そうして、ゴーレムの脛部分に強烈な回し蹴りを叩き込む。

 それはゴーレムを破壊もひるませることも出来ず、鈍い音と、衝撃の波紋が向こう側へと消えていく光景のみを生じさせていた。

 金髪の少女は、手を叩いて喜ぶ。

「やったやった! いいわよ、グランガドンゴーレム! 思った通りね、アイゼン! あんたは、打撃を吸収する相手に弱い!」

「ふむ。対策を立ててきたか」

 冷静に不利を分析するアイゼン。対して、ラドニーは衝撃を受ける。

(これか! アイゼンが言っていたことは!)

 アイゼン自身も言っていたではないか。殴ったり蹴ったりが本領で、それが効かない相手は困る、と。

 今まさに、それが目の前で起こっていた。

 無敵と思っていたアイゼンの危機。それは、ラドニーの内心に、焦燥のさざ波として広がっていく。

「仕切り直しですよー」

「くっ!?」

 メイドの槍は、先ほどのラドニーの動きを見たせいか、警戒なく間断なく、五月雨のような突きを繰り出してくる。ラドニーはそれに対して、双剣でかろうじて防御するしかなかった。五月雨に、傘としての双剣は徐々に押し込まれていく。

(まずい……! どうする!?)

 ラドニーの背後で、爆発音が響く。

 アイゼンが防御魔法を打ち出し、ゴーレムにあたる瞬間に爆発させたのだった。

「あはは! 無駄よ! グランガドンゴーレム、流体モード! 例え爆発でも、流体はまき散らされるだけ! そして!」

 大地に染みこんだグランガドンゴーレムは、大地の中を移動し、アイゼンの足元、全方位からの津波として襲い掛かろうとする。

「ふっ!」

 真横に蹴りを放ち、空圧で津波の一部分をこじ開けて、津波から脱出するアイゼン。

「ふふふ、あはは! 無様ね! 防戦一方! いつまでもつかしら!」

 高笑いする金髪の少女。その目は興奮で潤み、全身を紅潮させていて、まるで性的快感に酔いしれているようだった。

(確かに、決定打に欠くな)

 再び固体としての姿を取り戻したゴーレムを前に、例え無様と言われようと、アイゼンは冷静な思考を放棄していなかった。

(こういう手合いに効くのはおそらく……。だが、ラドニーは今……)

 そのラドニーは、五月雨の突き、緩急をつけての間合いの操作や薙ぎ払いの対処に苦慮しているようだった。

 焦りながら、ラドニーも現状をなんとかしようと、思考を巡らせる。

(落ち着け、リーダー。そうだ、私はパーティのリーダーだ。パーティとしての勝利のために、何をすべきだ? ターニャを助けるために、どうすべきだ? 悔しいが、わたしは防戦一方で、それはアイゼンも同じ。相性で言えば、アイゼンは打撃主体のこいつに勝てる。そして、あのゴーレムの弱点はおそらく……!)

 今までにも、ラドニーはグランガドンゴーレムと同じような手合いを見てきた。

 だから、弱点は推測できた。

(そうだ。それなら……!)

 一際、強力な槍の突きに吹き飛ばされてしまったラドニー。

 ゴーレムの拳をあえて受けることで距離を取るアイゼン。

 二人は丁度、背中合わせに位置した。

 ラドニーは、槍のメイドに視線をやりながら呼びかけた。

「苦戦していますか、アイゼン」

「ああ。ああいう相手に、俺はすこぶる相性が悪い」

 アイゼンには見栄などない。

 そうと分かっていても、素直に話してくれることがラドニーには心地よい。

「アイゼン! わたしたちはパーティです!」

 槍の薙ぎ払いを防御するも、そのままこらえきれず横に吹き飛ばされてしまうラドニー。アイゼンとの距離が開いてしまう。

「……そうか。仲間だったな、俺たちは」

 劣勢だというのに、アイゼンの口元がほころぶ。

 円錐形に変じたゴーレムの右腕が迫りくる。それを防御魔法で阻むも、衝撃を逃がしきれずに後ろに吹き飛ぶ。ように、アイゼンは見せかけた。

 ラドニーも、槍の鋭い突きを防ぐものの、また後ろに吹き飛ばされる。ように、見せかけた。

 吹き飛ぶ二人が、空中でぶつかり合いそうになる。

「ラドニー!」

「アイゼン!」

 振り向きざま、二人はお互いの手を伸ばす。アイゼンはラドニーの手首をつかみ、そこを支点にくるりと回る。そうして、吹き飛ばされた勢いそのままに、二人はその立ち位置を入れ替えた。

 アイゼンの前には槍のメイド。

 ラドニーの前にはグランガドンゴーレム。

「な……!?」

 ぎょっとする少女。

(この組み合わせは……まずい……!)

 その焦燥が、思わず足を踏み鳴らすという行為で表現された。

「ちょっと! 相手を変えるのは反則よ!?」

 その態度にラドニーは確信する。

「なるほど、わたしが相手では分が悪いと? そうかそうか、自慢のゴーレムとやらも、実は大したことはないのだな!」

「ば、馬鹿にしてえ!? そんなわけないでしょ! いいわよ、大丈夫なんだから! 行けえ、グランガドンゴーレム! ついでにロゼッタ!」

 勝ちを確信して興奮した状態でされた挑発。頭では理解しつつも、不利を認められない。

 対してロゼッタと呼ばれた槍のメイドは、今にも逃げ出したいという心境を隠しもせず、表情をひきつらせた。それどころか、口にもしてみせた。

「や、あの。あなた様のお相手はとてもメンドそうなので、ご遠慮願いたいです」

「だが、ロゼッタとやら。主人はああ言っているぞ?」

「やる気は別なのですよ。うう、こんなのをお相手しないといけないなんて、契約外労働もいいところです」

「よければ、後で進言してみようか?」

「よろしくお願いしますですよー」

 やる気のなさとは真逆に突き出された鋭い槍を、拳で迎撃するアイゼン。

 突き出された拳と槍は、そのまま力比べのように拮抗する。

(背中を預けて戦うなんて、久しぶりだ、本当に)

 歓喜に打ち震える。

 それが、犬歯をむき出しにした、好戦的な笑みに変わる。

 友も仲間も、いつか失った。

 その現実が辛く切なく、それはやがて逃避へと変わった。

(いつか、ラドニーにも話さねばなるまい。だが、今はまだ)

「……もしかして、考え事、してます?」

 むっ、とした様子のロゼッタ。水色の魔力の高まりが、槍の先端に集まろうとしている。

 あたかも、不満が力へと変わろうとしているようだった。

 その様子に、アイゼンは僅かに拳を押し進めることで応える。

「そちらも思う事が多そうだがな。この機会だ、大いに吐き出して見るといい」

 きょとん、としたのも一瞬。眉を下げて、ロゼッタは力が抜けたような顔をした。

「……そう言うの、メンドイんですけどね」

 裏腹に、槍の先端にはますます光が集まって行く。

「お給料あげて下さ〜い!」

 爆光が広がった。



 剣から炎を発生させる。いつもは剣にまとうだけだ。

 それでは短く、ゴーレムを両断するには足りない。

 イメージする。剣にまとった炎を伸ばす形に。

 はたして、炎はラドニーの意思のまま、赤熱した長い剣を体現した。

(そうだ、わたしには足りなかったんだ)

 アイゼンに任されたゴーレムを見上げる。

(頼り、頼られるということが。それを考えなかったことが視野を狭くしていたんだ)

 振り上げられる拳。それを掻い潜って切り上げる。読み通り、というべきか。バターのごとく、ゴーレムの腕は切り落とされた。

(やはり、打撃には強いが、熱には弱い!)

 切り落とされた先は転がると、黒く変色して動きを止めた。

「く……! グランガドン! 流体モード!」

 少女の指示に従い、再び固形から転じたグランガドンゴーレムは、津波のように竜巻のように、ラドニーを飲み込もうとする。

「吹き荒れろ、わたしの炎」

 くるり、と舞うようにラドニーは双剣を薙ぐ。薙ぎは炎の竜巻を生み出し、その身を包み、襲い来る津波を来る傍から蒸発させていく。

 それは、地中から迫りくるゴーレムに対しても同様だった。どの方向からもラドニーに近づけず、いたずらにその体積を減らしていく。

 ラドニーの読みは当たっていた。熱に弱いとは、それは沸点が低いという事でもあった。

「うう……! 退け、グランガドン! 体勢を立て直して……!」

「させるか!」

 ラドニーは炎の壁を解除すると、固形に戻りながら後ずさるゴーレムに向かって駆ける。

 迎え撃とうとするゴーレムを一閃。結果を確認せず、再び切り下す。次いで切り上げ、横に薙ぐ。

「あっ、あっ、ちょっ、やめ、待って、ああっ……」

 ゴーレムを分断するたびに上がる、少女の悲鳴。それを気にせず、最後の一閃。

 すべてのゴーレムのパーツが黒く変色し、転がると、ぐずぐずと崩れ去っていく。

「わ、私のグランガドンゴーレムが!?」

 ゴーレムの討伐と少女の悲鳴を確認したラドニーは、涙目の少女に右手の剣を突き付ける。

「ターニャを返せ」

「うぅ、くっ、こうなったら……!」

 少女は腰のポーチに手を伸ばす。

「そこまでにしてもらおうか」

「……!?」

 背後から肩に手を置かれた瞬間、少女は、自分の首が舞った光景を幻視した。

 それは、背後からの威圧感が、あまりにも自分の力量とかけ離れていたからだ。

 力量差を知覚するよりも早く、生存本能が「死んだ」と誤解せしめた。

 全身の冷や汗が止まらない少女。

 距離がある状態で接することが、どれほど危機感を麻痺させていたか。

 触れるほどの距離に近づかれて、ようやく実感できた。

 少女は、ごくり、と唾を飲み込むと、かろうじて声を出した。

「……ロゼッタは」

「向こうで倒れている」

「立ち上がるのもメンドイでーす」

 存外に明るい声が聞こえてくる。

 しかし、ロゼッタと呼ばれたメイドは槍を投げ出し、ついでにぼろぼろのメイド服姿を地面に投げ出し、精根尽きた様子だった。その表情はあっけらかんとしていたが、アイゼンとラドニーはもはや見てはいなかったし、少女も視線を巡らせることを許されていなかった。

 ラドニーは近づくと、炎で伸びたままの右手の剣の切っ先を、少女の喉元に突き付ける。

 少女のもとに熱気が押し寄せる。冷や汗に混じって、熱による発汗が衣服をさらに重くする。

「もう一度言う。ターニャを返せ」

 鋭い声と視線に、少女の眼に涙が滲んだ。

「わ、分かった。解放するわよ。あたしの負けよ……!」

 心底からの震えが、両手を挙げての降参の動きも妨げる。

 ラドニーはそれだけでは気を抜けなかったし信じられなかった。なにせ、かかっているのはターニャの行方……ひいては命の行方だ。

「その負けを何に誓う?」

 故に念を押す。心を折って、大切な家族を取り戻すために。

 少女は一瞬、目を閉じた。その動きに押されて、大粒の涙が押し出される。涙と汗に濡れていても、そこに浮かんだのは紛れもない気高さだった。

「……誇りに懸けて」

 ラドニーはアイゼンと視線を合わせた。彼は頷くと、少女の肩にかけていた手を離した。同時に、ラドニーも炎を収める。

「はっ……!」

 前後の圧から解放されて、少女は支えを失ったように膝をついた。

(……このあたしが、負けるなんて……!)

 敗北を認めるしかなかった。

 悔しさで内心は溢れているのに、震えで拳を握りしめることも出来ない。

 冷や汗はまだ止まらないし、首がまだついているのか確かめるのも恐ろしい。

「何度でも言う。ターニャを返せ」

「……分かったわよ」

 少女の小指の指輪が宙を飛び、一軒家に変わる。

 その光景をラドニーは当然のことと受け止め、そちらを少女に顎で指し示してみた。

「案内しろ」

「ま、待って。立てないのよ。ロゼッタ、ロゼッタ!」

「はいー」

 少女の呼びかけに答え、メイドの少女は緩慢な動きで身を起こした。

「槍は置いていけ」

 ラドニーの指示が飛ぶ。その慎重さは今、必須のものだった。何せ、まだ危機は続いているのだ。

 ロゼッタは少女に視線でどうするかを問うた。

「……言う通りにしなさい」

「はーい」

 場違いな明るい返事が、あたりに響き渡る。

 その関係性に、ラドニーは目を細める。ただの主従ではない気がしたのだ。

 ロゼッタは無造作に歩み寄ってくると、

「それでは失礼しますよっと」

 と少女を軽々と横抱きにした。

「ちょ……!」

「なにか? ジェラ様と私の身長差だと、こうする方が楽なんで、我慢してくださいね」

「……分かってるわよ」

 理解しつつも、敗北の後の無防備な姿勢に、苦々しい表情を隠しきれない少女。

「名前は、ジェラ、と言うのか。そちらはロゼッタだな?」

 アイゼンの確認に、ジェラは視線をそらし、ロゼッタは暢気にうなずいた。

「正しくは、ジェラフィナージデュームフュッテ・ウィンズスートナージハイドラ様と、愉快で素敵な完璧メイド、ロゼッタですね」

「ばっ……! あんた、何を正直に名乗ってんの! て言うか、どこが完璧よ!」

 抱きかかえられたまま、焦ってロゼッタの肩を叩くジェラ。こちらは誘拐犯にして襲撃犯。その素性を明らかにしてしまうとは、完璧どころかポンコツもいいところではないか。

 その光景に、アイゼンは申し訳なさそうにした。

「そうか、失礼した。 ジェラフィナージデュームフュッテ・ウィンズスートナージハイドラとロゼッタだな」

「よく覚えられたわね!?」

「おおー、初めてです。ジェラ様の名前を一発で覚えた方」

 堂々としたアイゼン、素直に驚くジェラ、目を丸くして面白そうなロゼッタ。

 そのやりとりを見て、ラドニーはようやく、ほんの少しだが気を緩めることが出来た。

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