今の在りよう
(私の在り方はわたしが決める、か。我ながら、大層なことを言い放ったものだ)
ラドニーは一人、自分の発言を思い返していた。
ラドニーがいるのは、冒険者ギルドに併設されている宿屋の一室だった。
そこは質素な部屋だった。
狭く、ベッドとクローゼットしかない。
クローゼットの中に、ぽつんと一つだけ置いている袋が、ラドニーの荷物の全てだった。
帰って来て、横たわるだけの部屋。
昨日からは自分の家に戻っている。しばらくは、この施設を使うことはないだろう。
そう思っても、別段寂しさは感じなかった。
(よくこんな部屋で二年も過ごしたものだ。ここも、今までのわたしの在り方とやらの一部を占めていたわけだが)
嘆息するだけだった。
(……わたしの在り方、か。どうなりたいのだろうな、わたしは)
それは、目的としているものとは、また違うもののように思えた。目的を果たした、さらにその先にあるもの。そんな気がする。
(今はまだ、見えない。けれど、いつかは見えてくるのだろうか)
いつの間にか、ぼうっとしていたらしい。気づくと僅かに、部屋に差し込む日の光が角度を変えていた。
「いけない、アイゼン様をお待たせしてしまう。今度こそ、わたしがご案内して差し上げないと!」
気を取り直すと、荷物を手に取り、ラドニーはその部屋を後にした。
急いだのが功を奏したのか、アイゼンはまだクエストを受けていないようで、クエストの掲示板の前にいた。
「アイゼン様」
掲示板からラドニーへ視線を移すアイゼン。
「ラドニー。もう荷物の引き上げは終わったのか?」
「はい、滞りなく。アイゼン様は、もうクエストを受けられましたか?」
「いや、まだだ。シズルのお勧めは薬草の採取らしいが、他にどのようなものがあるか気になってな」
「そうなのですね」
再び掲示板に視線を移すアイゼンに気取られぬように、小さく拳を握るラドニー。
(よしっ! 間に合った!)
そうして、ちらりと受付業務を行うシズルに目を向けた。
タイミングを計ったわけではないだろうが、シズルもこちらに視線を向けていた。
ぶつかりあう、ラドニーの熱を持った視線と、シズルの冷淡な視線。
それは一瞬だけの交錯で、次の瞬間には、ラドニーは掲示板へと、シズルは手の中の書類へと興味を移した。
(アイゼン様に何かをお勧めしたり、説明する役目はわたしのものだ!)
(仕事が押してさえいなければ、クエストを斡旋できたものを)
バトゥの逮捕騒ぎのせいで、しわ寄せが発生していたのだった。いつもながらの冷静な表情の底で、バトゥの評価その他色々が下がっていた。
「色々なクエストがあるのだな」
「そうですね。採取、討伐、家事など、混在していますので、ちょっと見にくいかもしれませんが」
「確かに」
ラドニーの言う通りで、解決したクエストのスペースにまた別のクエストを掲示する、という形で、特にジャンル分けをされているわけでもないから、そうなるのだろう。
今は比較的、空いている時間帯で掲示板前にはアイゼンとラドニーの二人しかいないが、これが混む時間帯になると、もっと確認しにくくなるだろう。
「推奨等級などが示されているな」
「そうですね。それがないのは家事クエストぐらいですね。パーティ必須は、家事でも指定されることがありますが」
「チームワークを要する作業などか?」
「はい。引っ越しとかが、それに該当するようですね」
軽く例としてあげた自分の言葉で、ラドニーは気づく。
(なるほど、引っ越しなら人手がいる。依頼人は、腰を痛めた老人など、か? それは確かに、困っていそうだな……)
他のクエストを見てみる。
ジェガンニの村のように、畑を荒らす魔獣の駆除。
緊急と銘打たれた素材の調達。
危険な輸送路の護衛。
どれもこれも、困っている依頼人から出されているクエストだ。
(……こうも、見え方が変わるものか)
今までの自分なら、緊急度の高さ、困難さ、要する時間など、効率に直結する条件に重きを置いていた。
依頼人の心境など、考えたこともなかった。
(……他に無理強いはしないが、気に留めておきたいな)
あまりこだわると、他の冒険者のスタンスにまで口を出しそうだ。あくまで、自分の見方が変わっただけ。そう、戒めるラドニーだった。
そのラドニーの柔らかな口元に、アイゼンは何かを感じ取ったようだった。それは表に出さず、張り出されたクエストを一通り眺めやったアイゼンは、疑問を口にする。
「ラドニーが先日踏み込んだダンジョンらしきクエストは、見当たらないな。もう解決したのか?」
「いえ、再び難易度調査などが行われているので、一旦取り下げられているのだと思います」
「そうなのか。ところでダンジョンは、何をもってクエスト達成とみなすのだ?」
「ダンジョンにもよりますが、ある階層までの踏破、指定されたアイテムの持ち帰り、住み着いている魔獣の討伐、などでしょうか」
ふむふむ、と聞き入るアイゼン。その態度に、高揚感を感じるラドニー。
(これこれ、こうでないと! やっぱり、この役割は誰にも渡せないな!)
ふと受付を見ると、シズルの姿が見える。
なにやらこちらを窺っているようで、無表情で目を細めていた。
(ふふん! 存分に羨ましがるがいい!)
内心が隠せず、口元が緩んでしまうラドニーだった。
「それで、どのクエストを選ぶのだ?」
「いえ、今はわたしの条件に合うクエストがないようなので、また別の機会にします」
「そういうこともあるのだな」
ラドニーの言う条件とは、今回は推奨等級のことであった。ラドニーは十一等級で、下は八等級、上は十二等級までのクエストを受注可能だが、今は張り出されていなかったのだ。
「そういうこともあるのです」
「ならば、時間はあるというわけだな」
「あ、はい。そうですね」
ラドニーの答えに一瞬考えこんだ後、アイゼンはラドニーに視線を移した。
「手合わせてみるか?」
その問いに、ラドニーは髪の毛が逆立つのを自覚した。
それは怖気か緊張か、それとも武者震いからか。
問うたアイゼンはいつも通りだ。
それが、逆に非日常を感じさせる。
ラドニーは、ごくり、とかろうじて喉を動かして懸念を表明して見せた。
「……クエストの受注は、よろしいのですか?」
そう一段落つけないと、落ち着けなかったのだ。
「別に急ぐわけでもない。それに、さっき見せてもらったのだ。鉄は熱いうちに打て、と言うからな」
手合わせの場所は、フォーンゴーン邸の庭となった。
とんぼ返りの形となったわけだが、ラドニーとしてはアイゼン相手にどんな無様な姿を見せてしまうかわからなかったので、自宅の庭が良かったのだ。
他では誰に見られるかわかったものではないし、冒険者ギルドの演習場にはまだバトゥがいるかもしれなかったからだ。
バトゥの言動はラドニーには気持ち悪いの一言で、最低でも今日はもうバトゥには会いたくなかった。
フォーンゴーン邸の庭は下級貴族にしては広く、また、すべての区画が花壇というわけではなく、一部は拓けたままとなっていたのも、ラドニーには都合が良かった。
その庭でアイゼンに相対するラドニーは、久しく感じたことのない緊張感に包まれていた。
十歩ほどの距離を置いて佇むアイゼンは静かだというのに。
(指先が震える。いつ以来だ、こんなの)
呼吸が浅いことに気づく。
その原因がなんなのか、ラドニーは皆目判断がつかない。
滴る冷や汗を袖で拭う。
それを準備完了と見て取ったか、自然体で淡々と開始宣言するアイゼン。
「始めるか」
「お願いします……!」
双剣を順手で抜き放つラドニー。
応えるように、アイゼンは静かに構えた。
その一挙手一投足を見逃さないように、じりじりと間合いを詰めるラドニー。
ラドニーは瞬きをした。
目を閉じ、開くまでの一瞬で、アイゼンは足音も気配もなく、ラドニーの視界から消えていた。
疑問を感じるより反射でその場を離れたのは、これまでのラドニーの経験からだった。
たんっ、とラドニーの背後で、アイゼンの足の裏が地面を叩く音がした。
ラドニーは避ける体勢のまま、視界の隅でそれを見た。
ただ足を踏み鳴らしただけのようなアイゼンだったが、その動作はラドニーの太腿を背後からへし折る意図を持って放たれていた。
静かな動きだったが、途方もない圧力が籠ったそれが当たっていれば、自分はそこで戦闘不能になっていただろう。
その最悪の想像を置き去りにする速さで、ラドニーはアイゼンに向かって突進する。
最速を乗せた全力の双剣をアイゼンに放つ。遠慮など考えない。目の前の人物は、自分の力など到底及ばないのだ。
(だったら、遠慮なく胸を借りるまで!)
ラドニーのそれは、アイゼンに届く直前で光り輝く正方形に阻まれた。その正方形はラドニーの顔ほどの大きさしかなかったが、大きさではなく頑丈さこそが真骨頂だと、ラドニーも承知するところだ。
(打ち破る! 破魔眼起動……!! なにっ!?)
破魔眼と名付けられたそれは、魔力の流れを解析し、弱いところを見出して、そこに自分の魔力を流し込んで、編み込まれた魔力を解体する。
さらに、その動きに抗しようとする術者の魔力構成を邪魔することで、弱め、再構成を許さず、結果、魔を破る。
だが、ラドニーの赤い瞳に映ったのは、ただただ純粋な白い正方形だった。
今までは、どれほど精密に編まれた魔力であっても、絨毯のような網目が点在し、そこを視線の針でこじ開けてきた。
しかし、アイゼンの魔力には、魔力があたかも一つの物体であるかのように密で隙間が全くない。打ち込むべき隙がない。これでは、破魔眼はただ魔力を見るだけの機能でしかない。
(これでは解体しようがない!)
視界の隅で、アイゼンが体重を移動させるのが感じ取れた。
(蹴られる……!)
限界だった。
生存本能がうるさいくらい警鐘を鳴らしていた。身体が勝手に退避行動をとる。双剣から爆発を生じさせ、まるで自爆のように自分をアイゼンから引き離す。
(待て! まだわたしは何もできていない……!)
恐怖で、自分の身体を自分で制御できない。
それでも、ラドニーはどうにか無理やり自分の足をその場に縫い付けた。そうして、次に来るであろう衝撃に備え、双剣を身体の前に立てた。
その双剣の間をするりと抜けてきた右の拳。そこから伸ばされた人差し指の先が、ラドニーの額に突き付けられた。
「…………あ」
ラドニーのすぐ目の前に、アイゼンが立っていた。
ただただ静かに、佇むアイゼン。その表情に色はない。
その空気は、無常に立ち合いの結果を告げていた。
(……一瞬だった)
ラドニーの身体から、どっと冷や汗が流れ落ちる。
(わたしは何をできた? 手加減された攻撃をどうにか避けて、それから……)
双剣が重い。震えが、勝手に腕を下ろしていく。
(それから……剣を振るって……逃げて……)
「ラドニー」
「っ!」
そのアイゼンの声をきっかけとしたのか、ラドニーの全身から力が抜けた。膝をつく。どうにか、双剣だけは取り落とさなかった。
たったそれだけで、ひどく疲労した。
ラドニーは、自分がひどく情けなく、惨めで仕方なく、悔しく思う気力すら湧き起こらず。
――泣きそうになった。
けれど、それだけはしまい、と歯を食いしばって俯く。
それでも、申し訳なさだけはどうしようもなかった。
せっかく時間を取ってもらって、相手をしてもらったのに、この体たらく。
罵倒されても当然だと思うのに、肩に乗せられたアイゼンの手のひらは温かだった。
振ってくる声は、森の雨のように優しい。
「謝るな。息を整えろ。……深呼吸するんだ」
機械的にその指示に従うラドニー。
「そうだ。吸って、吐き出せ。ゆっくりと。どれだけ時間がかかってもいい」
優しい声は、今はとても苦しい。
ラドニーはその苦しさを、ただただ機械的に、アイゼンの手のひらにもたれかかるようにして、無言で押し流していった。
「……みっともないところをお見せしました」
日が頂点に差し掛かろうという頃、ようやくラドニーは言葉を発することができた。
もっとも、その内容はネガティブなもので、全身で意気消沈を表現していたが。
立つ気力もなく、へたり込んだまま、ともすれば頭を地面にめり込まんばかりに下げようとするのを、アイゼンはその都度押し留めていた。
「みっともなくても、生きている」
ラドニーの前で片膝をついたアイゼンは、努めて無表情でそう告げる。
「…………」
返ってくるのはラドニーの無言であった。その瞳は自分の膝の上で握りしめた拳を見るばかりで、先ほどから上を向くことはない。
アイゼンは、少々強引な手を使うことにした。ラドニーの両の頬を手で挟み込むと、無理やり視線を上げさせたのだ。
「ひうっ……!?」
今度こそ愛想を尽かされた、怒られる、そう感じたラドニーは小さな悲鳴を上げた。
だが、その怯えた視線の先にいる彼は、ただただ苦笑いを浮かべていただけだった。
至近距離で、黒と赤の視線が重なる。
「え、あ……」
頬を包む温かさ。
黒曜石のような瞳。
優しい表情。
そのすべてが、ラドニーの内心を、陽の光で埋め尽くしていくようだった。
それを可視化するかのように、ラドニーの顔に血が上っていく。
瞳に光が戻っていく。
ラドニーの身体に力が入る。右手が持ち上がると、自分の頬に添えられた、力強い手に触れる。
(え、ええーーーーーーーー!?)
内心パニックに陥ったラドニーは、口をぱくぱくとさせるしかなかった。
それを確認したアイゼンは、ほっとしたように声を漏らした。
「俺も通った道だ」
「…………え?」
頭にも血が上っていたラドニーは、その言葉の意味を測りかねた。
「手も足も出ない相手に出会って、必死に逃げた。結構あった」
「け、結構ですか」
「そう、結構。その度に、みっともなく逃げた。そして、無力感に打ちのめされたものだ」
ラドニーの顔に生気が戻ったのを見届け、アイゼンはゆっくりと両手をラドニーの頬から外そうとする。
思わず、離れ行こうとしていたその手を、ラドニーは掴んでいた。
驚いたように目を瞬かせるアイゼン。自分の行動に戸惑うラドニー。
「あ、や、これは、その……!」
慌てつつも、手を離すということに意識が行かないのか、ラドニーはさらに戸惑う。
最初は驚いていたアイゼンも、おかしくなって口角を上げた。
「元気になったようで、なによりだ」
「は、はい……! ご迷惑をおかけいたしました……!」
アイゼンの両手を握りつつ、その両手に額を当てる様に謝罪するラドニー。多分に、赤くなった顔を隠す意味も兼ねている。
「さっきも言ったが、謝罪は無用だ。どうしてもと言うなら、それを最後にな」
「は、はい……!」
まだまだ申し訳なさやら恥ずかしさやら色々渦巻いている内心を、ラドニーはぐっと飲み込んだ。
これ以上は、余計に困らせるだけだとわかったからだった。
そうして少し落ち着くと、アイゼンの手をずっと掴んだままだったことに気づいて、慌てて解放した。
「わっ、わっ……!」
「深呼吸だ」
「は、は、はいぃ……!」
またラドニーは深呼吸を勧められることになった。
ややあって落ち着くと、ラドニーは、今度は感謝のため、頭を下げた。
「お手合わせ、ありがとうございました」
「うむ」
アイゼンは頷くと、ラドニーの赤い瞳を見つめた。
その視線に、胸が高鳴るラドニー。
「ラドニーの瞳は、力を持っているのだな」
「あ、はい。破魔眼と言います」
「破魔眼。魔力の流れの認識と阻害を行うようだな。それでバトゥの防御を崩したのだな」
「はい。アイゼン様のそれには通じませんでしたが」
思わず苦笑してしまうラドニー。先ほどまではまるで歯が立たなかったことに消沈するばかりだったが、今となっては逆に笑えてしまう。それが少しばかり、自分でも意外だった。
「その視線は、確かに俺の防御壁を通じて感じ取れた。なるほど、あれが刺さればまさに蟻の一穴。魔力の崩壊を促すだろう」
魔力は意図した形に編まれてこそ意味を成す。それが崩されては防御は成り立たず、攻撃は空を切るだろう。
「アイゼン様の魔力はまさしく一枚の壁のようで、付け入る隙がありませんでした」
「魔力の制御にはいささか自信がある」
言うと、アイゼンは手のひらを掲げた。
極小の光の粒がその手に溢れ、ラドニーとアイゼンの顔を仄かに照らしだす。
それぞれがゆっくりと、統率の取れた軍隊のように整然と並び、一つの正方形を形作る。
先ほどラドニーの一撃を完璧に防いだ板。それが目に見える形で構成された。
「……なんて、圧縮率」
呆然とした声が、ラドニーの唇から零れ落ちる。
防御魔法は、そこに込められる魔力の量ももちろん大事だが、編み込み方が大きく質を左右する。
脆い材料で雑に建てた家はすぐに倒壊し、頑強な材料で緻密に組まれた城砦は頑健だ。
あえてゆっくりと構成された手のひら大のそれが、どんな戦力も寄せ付けないほどの城砦であることが、ラドニーには感じ取れた。
緻密。
その一言に尽きる。
その前では、自分やバトゥの魔力構成はざるに等しい。
「まず言っておくと、俺はそれほど器用な方ではない」
「はい?」
意外過ぎる言葉を聞いて、ラドニーはその通りの返答をしてしまった。
ラドニーの視線の先のアイゼンは、至極真面目な表情である。
「今朝も言ったが、最初は満足に戦力になれなかった。幸い、少しは防御には適性があったようでな。戦いの最中、それは徐々に磨かれていった」
聞くにつれ、ラドニーの表情にも真剣な色が差していく。
「防御に使う魔力を、何とか治癒にも使えないかと模索したものだ。ただ、無理やりに転用しようとしてもうまくいかなくてな」
こくこく、と頷くラドニー。
自分も同じようなものだ。炎だけではやがて行き詰まる。そう考えて別の属性や戦い方などを模索していた時期もあったが、自分の適正は炎に偏っていたため、断念したものだ。
「そこで、まずは魔力に徹底的に向き合ってみることにした。魔力とはなんだ? どこから生まれる? なぜ色々な現象を起こせる? どうやって鍛える? 多くするには? 自在に操るには?」
頷きを力強くするラドニーは、いつの間にか正座で姿勢よくアイゼンの話を聞いていた。
アイゼンの疑問は、広く様々な公共機関で研究されていることである。
生物には魔力を発生させる「魔臓」と呼ばれる器官があることは、すでに知られている。
それは多くの場合、心臓に重なるように配置されている。物体ではなく、魔臓自体が魔力の塊で、肉眼では見えない。
「俺には学がなかったのでな。それらの自問の多くは解決できなかった。ただ、ここに」
アイゼンは自分の胸を指さした。
「魔力の源があり、それが防御や癒しを生み出し、また、多くの可能性をも生み出すという事実があるだけで十分だった」
「……多くの、可能性」
ラドニーの瞳が、アイゼンの、そして自分の胸に向かう。
頷くアイゼン。
「ならば、その可能性に賭けよう。そうして、俺は純粋に魔力を操作する鍛錬を重ねた」
アイゼンの手のひらの上の正方形が形を解き、六角形、円錐、軍隊のような縦列。様々な形へと瞬時に変わる。
ラドニーの瞳は、その光景にくぎ付けになった。
(……美しい。どんな芸術品よりも)
その魔力の色、形、動き――そしてなによりも、そこまでに至るまでの、アイゼンの道のり。それがなによりも――。
やがて、魔力は小さな竜巻のように螺旋状となると、昇りながら消えていった。
それを、ラドニーは名残惜しく、アイゼンは追悼のように眺めやる。
「……愚直に鍛錬したおかげか、いつしか魔力は盾となった。そして、自分に満たして纏うことで戦う力ともなった」
「……賭けに勝ったのですね」
「ああ。時には無様に逃げ、運よく生き延びたおかげで、その賭けまで辿り着いた」
ラドニーは、アイゼンの表情を見やった。このような話をさせてしまって、心労となっていないだろうかと。
それは無用だった。アイゼンは、満足げに犬歯を見せて笑っていたのだ。
(……ああ。やはり、優しい……)
先ほど、圧倒的強者に敗れて消沈したこと。
逃げに徹した自己嫌悪。
けれど、それらに対して、アイゼンは何も言わない。
圧倒的強者に対峙して、敗北しながらも生き延びるという、とても貴重な経験を積ませてくれて。
自身もそうだったというのに、それを誇らしげに語る。
ラドニーは自分の体温の上昇を自覚した。
それを慌ててごまかすように、ラドニーは質問する。
「それで、魔力を明かりにしたり、爆発したりさせられるようになったのですね。努力の賜物ですね!」
今までのアイゼンの魔力の使用法を回想するラドニー。そんな回想の中に、一際、驚きをもたらすものがあった。
「あのゴーレムの創造主とやらの魔力波長を模倣できたのも、それらの応用なのですか?」
それはラドニーとアイゼンが初めて会ったダンジョンで邂逅した、ゴーレムのことである。
あの時、アイゼンはゴーレムの創造主の魔力波長を模倣することで、ダンジョンを切り抜けることができたのだ。
ラドニーは魔力波長を変えられるなんて聞いたことがなく、それだけに衝撃だった。
アイゼンは頷く。
「そうだな。だが、種明かしをすると、誰の魔力波長でも真似を出来るわけではない。自分とあまりかけ離れていると、どうあがいても近づけられないこともある。あのゴーレムの創造主にはたまたま合わせられただけだ」
「そうなのですね。双子とかだと同じだったりするんでしょうか?」
「いや、僅かに違うな」
アイゼンは、自分が過去に出会った双子を思い出して答える。
「だから、冒険者ギルドでは魔力波長を登録に使っているのですね……。……っ!?」
その時、ラドニーに天啓が舞い降りた。
(これだ!!)
「アイゼン様! その魔力波長の変化は、わたしもできる様になれますか!?」
「む?」
飛びかからんばかりのラドニーに、僅かに仰け反るアイゼン。
それでも、どこか必死のラドニーに、アイゼンは真摯に応じた。
「なれる、と思う。幸い、ラドニーには破魔眼があるからな」
「え?」
虚を突かれたように、ラドニーは前のめりになっていた姿勢を元に戻した。
「魔力波長は、目に見えるものではない。俺は鍛錬の末に感じ取れるようになって真似をすることができるようになった。言わば、勘や手探りで、だな。だが、ラドニーは魔力を直接、見ることができる。それを活用すれば、会得は早いと思う」
「……破魔眼で」
ラドニーは、自分の目元にそっと手を添えた。
(……これが。今まで、魔力を解体するだけだと思っていたこれが……別の道を切り開いてくれる。これが……可能性)
我知らず、ラドニーは胸元で拳を握りしめた。湧き上がってくるのは高揚。今回は魔力波長の話だが、まだできることがある。それは、更なる強さへの可能性が見えた瞬間でもあった。
「わたしも魔力を鍛えたいです! できれば、まずは魔力波長の変化を! どうすればできるようになりますか!?」
「うむ、そうだな」
そこでアイゼンは、ラドニーの後ろに視線をやった。
「まずは昼食と行こうか。その前に、着替えた方がいいとは思うが」
「え?」
ラドニーはアイゼンの視線を追うように振り返った。
庭のはずれにターニャがいて、微笑んでいた。手にはタオルを持っており、ラドニーの自爆で汚れたアイゼンとラドニーのためのものだろう。
「タ、ターニャ。いつから見てた」
「最初は館の中から見ていた。立ち合いが終わってからあそこに来た」
「あらあら。アイゼン様には、隠しごとはできませんね」
「しゅ、醜態だ……!」
がくり、とラドニーは項垂れた。
次からは誰にも見られない場所でお相手してもらわないと、と思いながら。
読んでくださり、ありがとうございました。
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