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拝啓、○○に出会いました。  作者: 緋色
三章

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12/17

決闘

(畜生、アイゼンの奴……!)

 冒険者ギルド前に仁王立ちするバトゥ。

「あの、バトゥさん? せめて扉の前からは、どいてくださいね?」

「わかってらあっ!」

 注意するシズルに、乱暴に言い捨てて扉の横へ移動して仁王立ちを再開するバトゥ。

 バトゥは杖を手にして、完全に討伐クエストの装備だった。額の鉢金も忘れていない。

 バトゥの頬にはあざがあった。昨夜、取り押さえられたときに痛めたのだ。

 そこが話すたびに疼き、忌々しさを倍増させる。

 冒険者ギルド前を掃き掃除しているシズルの表情は冷たい。

 バトゥが昨夜に捕まったことを人伝に聞いて知っているからで、また今朝もよくわからない行動をとっているからだ。

(なんなんでしょうか、この人。アイゼンさんの爪の垢でも煎じて飲んだらいいのに)

 昨日の紳士的な態度のアイゼンを思い出し、内心で愚痴を零すシズル。

 そんなシズルの冷たさとは裏腹に、バトゥははらわたが煮えくり返っていた。

(畜生、仲良さげな姿を見せつけやがって……!)

 冒険者ギルドに向かう途中、見かけてしまったのだ。茶屋で一服するアイゼンとラドニーを。

 またもや、二人一緒のそのさまを!

(くそっ、二人であんな小さな本をのぞき込みやがって。俺への当てつけか……!)

 バトゥが目撃したのはそこからだ。咄嗟に物陰に隠れたから、朝の喧騒に紛れて、声は聞こえなかった。

 密着せんばかりのその光景から、その後の、くるくると表情が目まぐるしく変わるラドニーに、バトゥは眩暈がせんばかりだった。

(あのクールなあんたはどこに行っちまったんだ? なあ、ラドニーさんよおっ!)

 見ていられず、途中で立ち去ってしまったバトゥだったが、やはり我慢ならず、冒険者ギルドの前で待ち構えていたのだ。

 そんなバトゥに、怪訝の中に棘を潜めた表情を投げかけるシズル。

「あの、バトゥさん? なんの御用でしょうか。そんな形相でいられると、どなたも入りにくいので、どこかへ行っていただけないでしょうか」

「人待ちしてんだよ。別にいいだろうが」

「人待ち、ですか……」

 襲撃のタイミングをうかがっているようにしか見えないシズルだった。

 官憲を呼ぶべきか、と考え始めたシズルに気づかずに前方を睨みつけていたバトゥは、くわっと目を見開いた。

「来やがった……!」

「は?」

 シズルがバトゥの視線の先を追いかけると、そこには歩いてくるアイゼンとラドニーの姿があった。

 アイゼンはただ歩いて来るだけだが、ラドニーの表情は訝し気なものへと変わっていった。

 冒険者ギルドの前にいる、バトゥとシズルと言う組み合わせを見たからだろう。

 それに気づいたわけではないが、シズルはそそくさとバトゥから離れた。関係者と思われるのはごめんだった。

「おはよう、バトゥ、シズル」

「……おはよう、シズル。なんだ、バトゥ。また迷惑をかけているのか?」

「俺への挨拶がそれかよっ!? 相変わらず、不愛想だな、あんた!」

「おはようございます、ラドニーさん、アイゼンさん」

 ラドニーの白けた視線に、バトゥはなぜか嬉しそうだった。

 ますます距離を取るシズル。その方向は、アイゼンのいる方向だった。

「アイゼンさん。採取クエストをご所望ですか?」

「ああ、そのつもりで来た」

「おい、ラドニーさんよ。俺はあんたに用が」

「わかりました。こちらへどうぞ」

「あっ!? それはわたしの役目だぞ、シズル!?」

「いえ、受付業務は私の仕事です。ラドニーさんは何をなさりに?」

「くっ……! 荷物の引き取り、だ」

「聞いてんのかよ。俺はあんたに」

「それでは、アイゼンさんのお相手は私にお任せください」

「任せられるか! なんだ、その口元の笑みは! なにを企んでいる!?」

「俺を無視すんじゃねええええっ!!」

 いきなり怒鳴るバトゥ。その顔は怒りで紅潮し、息は荒い。

 そこに向けられるのは、ラドニーの白けた、シズルの迷惑そうな、アイゼンの悠然とした目。他には、往来を行く人たちの、何事か、という衆目である。

「ラドニー。バトゥはラドニーに用があるらしい」

「……そのようですね」

 ラドニーとしてはどこまでも無視したかったが、アイゼンに促されては無下にもできない。

「で、なんだ。手短にすませろ」

「畜生、アイゼンの奴のいうことは聞くのかよ……!」

「聞こえていたか? 手短にと言ったぞ」

 「アイゼンの奴」という言い方に眉が吊り上がってしまったが、何とかラドニーは堪えた。そこを訂正させても、アイゼンはきっといい顔をしないと思ったし、きっとアイゼン自身は何とも思っていないと判断したからだ。

「俺と戦え、ラドニー!」

 杖を構えるバトゥ。ぎょっとするシズル。

 ラドニーの白け具合は加速するばかりだ。それは声にも反映されていた。

「理由は?」

「んなの、あんたのことを確認するためだ。うちのエース、十一等級が腑抜けていないかなあっ!」

「なんだと?」

 挑発的なバトゥに、右の剣の柄に手を添えるラドニー。バトゥと対照的に、ラドニーの瞳は冷えていく。

 何が何だかわからないが、侮られていることはわかったからだ。

「二人とも。往来だぞ」

 シズルが制止する前に、アイゼンが二人の間に割って入った。

「……失礼しました」

 柄から手を離すラドニー。だが、その瞳はバトゥの一挙手一投足に気を配ったままだ。

 静かなラドニーに対し、バトゥの態度は荒々しい。

「邪魔すんなよ。お前には関係ないだろうが?」

「あるとも。俺はこの冒険者ギルドに所属している。その前で決闘騒ぎなどあっては、今後、来づらくなるではないか」

「ごもっともですね」

 頷いて同調したシズルの様子は、依然としてバトゥを責めるような色に満ちている。

「……ちっ」

 一つ舌打ちして、バトゥは杖を地面に突き立てた。そうして、シズルに視線を転じた。

「おい、シズル。演習場に空きはあるか?」

 ない、と言いたかったシズルだが、残念ながら空いていた。それを表情から読み取ったバトゥは、今度はラドニーを見た。

「空いてるとよ。付き合えよ、そこまで」

「…………」

 正直、バトゥの考えを掴みかねているラドニーだった。

 確かにバトゥは粗暴で、考えなしで、喧嘩っぱやくて、問題児と称されるが、そのバトゥにここまで突っかかられる覚えなどない。

 先ほどはつい剣を抜きかけたが、アイゼンの制止が入って、多少冷静になり、思う。

(これはいい機会かもしれないな)

 バトゥにとってではない。自分にとってだ。

「アイゼン様」

「なんだ?」

「立ち合いをお願いできますか?」

「いいだろう」

「ありがとうございます。その際、ご覧いただけますか。わたしが、どのような戦いをするのかを」

「なるほどな。心得た」

 バトゥにとってその会話は、眼中にない、そう言われているのも同然で、ますます頭に血が上る。

 ラドニーにとっては、まったくその通りだった。訳もわからず戦いを挑まれた身としては、バトゥに構う理由がない。

 だが、ラドニーにとっては好都合だった。これからアイゼンに指導を賜る身としては、自分がどんな戦いをするか知っておいてほしかった。

「おい。俺はいらないぜ、立ち合いなんか」

「それなら、勝負は受けないぞ?」

「…………」

 この状況において、アイゼンがいない戦いなど、する価値も理由もない。ラドニーの言うことは当然だった。

 それが、バトゥにとっては面白くない。

 バトゥの沈黙を承諾と見たアイゼンは、シズルに声をかける。

「シズル。演習場と言うものがあるのだな? それを使用するには、何か手続きが必要か?」

 今後、自分も使用することがあるかもしれないので、念のために聞くアイゼン。

「受付に声をかけて頂いて、演習場の鍵を受け取っていただきます。それぐらいですね」

「ならば、対応してもらおう」

「承知いたしました。それでは、皆さん、こちらへどうぞ」

(うう、説明とかはわたしの役目なのに……!)

 アイゼンとシズルのやりとりを恨めし気に見つめるラドニー。しかし、アイゼンから話しかけたので、割り込むなど以ての外だ。渋々、歩き出したアイゼンとシズルに付いていく。

 バトゥも、特大の舌打ちをしながら付いて行くしかない。

 冒険者ギルドの裏手に、その演習場はあった。

 昨日、カタリナに連れていかれた試験場の隣にある広場だった。鍵はあったが、それは広場を囲う塀に備え付けられた質素なものだった。

 その鍵を開けて、シズルを先頭に演習場に足を踏み入れる。

「こちらになります。使用が終わりましたら、鍵をかけてお返しください」

「わかった」

「それでは、失礼いたします」

 アイゼンの返答を受けて、シズルは退出した。

 演習場の真ん中に歩いていくラドニー。

「それでは、さっさと」

 始めよう、と振り向きながら続けようとしたラドニーの視界に入って来たのは、一抱えほどもある火の玉だった。それが、一直線にラドニーに向かって飛んでくる。

 ラドニーは半ば反射的に左の剣を逆手で抜くと、その動きのまま無造作に切り上げた。

 剣圧が見えない刃となって、火の玉を真っ二つに割る。火の玉は、火の粉をまき散らしながら、ラドニーの両脇を飛んで消え失せた。

「なんの真似だ、とか言うなよ?」

 ラドニーの視界には、火が燻る杖を構えたバトゥの姿があった。

 ラドニーは何も答えず、右の剣を順手で抜く。

 双剣が、赤い炎に包まれた。

 それを受けて、バトゥが好戦的に唇の端を吊り上げる。

「火双剣のラドニー! その腑抜けた頭に、活を入れてやらあっ!!」

 右手に杖を構え、左手の指先を鉢金に添える。

 バトゥの詠唱が開始される。

 その間、ラドニーは双剣を振るっていくつもの火炎の弾丸を打ち出していた。

 狙いはバトゥ本人と、ラドニーとバトゥの間にある地面だ。

 バトゥを狙った弾丸は、それと同じだけの数の防御魔法に防がれていた。

 これがバトゥの強み。

 主たる魔法の詠唱を行いながら、別の魔法を無詠唱で展開できる。

 だから、攻撃魔法を唱えながら、防御魔法を使えるのだ。

 だが、地面に向かって放たれたラドニーの弾丸は効果を発揮していた。

 ラドニーが背を向けている間に地面に設置していた、雷撃を伴う足止め魔法はすべてその弾丸によって起動され、対象者がいないままに効果を失う。

「『地雷グラウンド・ボルテックス』を潰されたか! けど、もうこっちは準備万端なんだよ!」

 バトゥの杖が、強く地面に打ち付けられる。

「集え、精霊たちよ! 『千象祭臨(サウザンド)』!」

 バトゥの周囲に、いくつもの玉が現れる。それは、火、つらら、雷、岩、風、と様々な属性が入り乱れていた。唯一、共通していることは、ラドニーに向けて、今まさに放たれんとしていることだった。

「あんたが火に強いのは知っている! けど、これだけの属性、一度にさばけるか!?」

「口数の多い奴だ。その間に、詠唱の一つでもすればいいだろうに」

 戦いが始まってから、ラドニーは初めて口を開いた。

 しかも、その場を動かずに。

 それどころか、演習場の壁際に立っているアイゼンを見やり、きちんと見てくれているか確認する余裕すら見せた。

 アイゼンは不意打ちを食らわせたバトゥに何も言うことなく、静かに戦いの趨勢を見守っている。

 バトゥは、ラドニーが自分から意識をそらせたことに歯噛みする。

「油断してんじゃねえ……! 本当に、腑抜けになっちまったのかよ、あんた……!」

「油断と思うなら、それをつけばいい。すでに戦いは始まっているのだろう?」

 ゆっくりと、バトゥに顔を向けなおすラドニー。双剣は、赤を超え、青い炎を噴き上げている。

「はっ……! 手加減してやってんだよ! せいぜい抵抗しろよ、ラドニーさんよ! 食らえ……!」

 浮遊していた属性球は、バトゥの敵意を伴って、様々な方向からラドニーに襲い掛かる。

 一見、それになすすべのないように見えるラドニー。

 それも一瞬のことで、ラドニーは自ら属性球の嵐に飛び込んで見せた。

(破魔眼、起動)

 ラドニーの赤い瞳が一際、強い輝きを放つ。

 その途端、ラドニーの視線の先にある属性球に変化が生じた。

 風はただのそよ風へと勢いを減じ、火と雷は掻き消え、鋭い切っ先を向けていた岩とつららは制御を失って、明後日の方向に飛び去っていく。

 それを見ても、バトゥの勢いは止まらない。

「織り込み済みだ! だから、全方位からやってんだからな!」

 言う通り、バトゥに突進するラドニーの背後から、別の属性球たちが襲い掛かる。

 ラドニーは、それらを見もせずに躱し、あるいは双剣で打ち払っていく。突進からジグザグへと挙動を変えながらも、徐々にバトゥへと距離を詰めていく。

「まだまだ! そら、追加だ!」

 属性球が新たに生み出される。決して狭いわけではない演習場の空間を、それらが埋め尽くさんばかりの数だった。

 だが、バトゥにも余裕はなくなっていた。魔力の消費がきついのだ。これだけの属性が違う魔法を行使し、また、行使後はそれぞれの属性球を操作しなければならない。集中力も、尋常ではないものが要求されていた。

(ラドニーの破魔眼は、魔力を綻ばせて霧散させる。けど、対象は視界内のものだけだ。こうやって、全方位から攻め立てれば……!)

 ラドニーも、バトゥの狙いはわかっていた。そもそも、同じ冒険者ギルドに所属しているのだ。お互いの手の内は、ある程度は知っている。

(さすが十等級だけはある。だが、この程度では負けてやれないな)

 ラドニーの機動力が、さらに上がる。

「なっ!?」

 バトゥの目で追えない早さだった。ゆえに、包囲網を正確に構築できない。先ほどまでは完璧だと思っていたその網に、ラドニーをとらえきれない。

 それでも、背後に現れたラドニーを知覚できたのは、彼が伊達に十等級ではないことの証明だった。

「ぐっ!」

 咄嗟の防御魔法の展開が間に合った。眼前で火花を散らす防御魔法と、ラドニーの左の剣。

 だが、その防御魔法も綻び始める。ラドニーの瞳が光を放っていたからだ。

「ち、く……!」

 苦し気に呻くバトゥの魔力の供給が追い付かず、防御魔法が割れ弾けた。

 剣の柄の先が、バトゥの腹に埋め込まれる。

 身体をくの字に折られながら、バトゥは最後の制御を試みた。運よく、ラドニーの背後まで迫っていた炎の球を、ぶつけるように操作したのだ。

 その瞬間、姿勢を低くしたラドニーに、足を払われた。視界が回転する。

 視界の中で、ラドニーに避けられて自分に向かい来る火の玉が、やけに遅く見える。

「ぐあっ!」

 最後の魔力を注ぎ込んでいた火の玉を食らい、宙で悲鳴を上げるバトゥ。

 そこに、さらに追撃が加えられた。

 足払いの回転を殺さぬまま繋げられた、強烈な後ろ回し蹴りが見舞われたのだ。

「……っ!」

 半ば意識を飛ばし、バトゥは演習場の壁へと叩きつけられた。

 そのまま、手放された杖と同時に、地面に横たわるしかなかった。

「く、か……!」

 蹴りが入った横腹が呼吸を阻害し、呻くバトゥ。

 体勢を整え、双剣を構えなおすラドニー。

 宙を漂っていた属性球は、術者の魔力供給が絶たれ、その存在を解かれて消えた。

「そこまで。勝者、ラドニー」

 響き渡るアイゼンの声。

 それを聞いて、ラドニーは双剣を鞘に納めた。

「ば、……か、な、何を……」

 身体を焦がし腹に手を当てながら、壁に体重を預けながらも、立ち上がるバトゥ。

 戦意は消えていなかった。目はギラギラと輝き、負けを認めていない。

「まだ、だ……! やれるぞ、俺は……! なに勝手に、終わってんだ……!」

 そんなバトゥを、呆れのこもった瞳で、ラドニーは見る。

「立会人のアイゼン様が決着を告げられた。だから終わりだ」

「アイゼン様、アイゼン様って……!」

 奥歯を噛みしめ、拳を痛いほど握りしめるバトゥ。

「ちっくしょおおおーーーっ! あんた、そんなことを言うやつじゃなかったじゃねえかよおおおおーーーっ!!」

 絶叫。

「俺が知ってるあんたは! 一人の男に媚びたりするやつじゃなかった! それがなんだ、今のあんたはーーーっ!」

 ラドニーはそのバトゥの物言いに訳がわからず、声の大きさに顔をしかめたが、一つ思い当たることがあって聞いてみた。

「あー、なんだ。もしかしてだが、お前はわたしのことを好いているのか? だとしたら悪いのだが……」

「あ? なんだそりゃ。そんなわけねえだろうが」

 少々申し訳なく思いつつも、断固断ろうと口を開いたラドニーに返ってきたのは、心外と言わんばかりの口調と表情だった。

 むしろ、「バカかこいつは?」という雰囲気すら漂わせているバトゥ。その態度に、いらっと来たラドニーはその美しいまなじりを釣り上げた。

「だったら、なんなんだ、お前のその態度は。好いている以外に想像がつかない」

「んなワケねーだろ。俺、結婚してるし」

「そうか」

 しばしの沈黙が横たわる。

「いや、そこはアレだろ!? なんだ、結婚してたのかよお前!? とか叫んで驚く場面じゃねえのかよ!?」

「お前のことなんて全く興味ないのに、驚くわけがない」

「ああクソ! あんたはそういうやつだよ昔っから! クールビューティってやつかあああああ!」

 頭を抱えて叫ぶバトゥに、心底訳がわからない、と怪訝そうにするラドニー。

 アイゼンは、そんなやりとりを静かに見ている。

「くそっ! ああ、こっ恥ずかしい話だが、こうなったら言ってやる! 俺の思いの丈をなあああ!」

「いや、別に。もうどうでもよくなってきたし、アイゼン様をあまり待たせたくないし。もう打ち切れ」

「雑かっ! いや、あんたのそういう変化が、俺には許せねえんだ!」

 魂を込めた叫びと共に、バトゥはラドニーを指さした。

「なんだ、アイゼン様アイゼン様って! あんた、いつからそんな乙女になっちまった!!」

「お、乙女? わ、わたしが?」

 冷淡な態度は大きく切り崩された。戸惑いが姿勢を崩し、後ずさってしまうラドニー。

「そう! まるで恋する乙女みたいに、表情でろんでろんにしやがって! あの! 孤高を絵に描いたような冷徹無愛想な火双剣はどこに行っちまったんだあああっ!」

「で、でろんでろん?」

 まさかそんなところを見られていたとは知らず、体温の急上昇を抑えられないラドニー。

 そんな様子がバトゥを更に逆撫でする。

「くそう! あんたわかってんのかよ!? 十一等級の重みってやつを! どれだけ尊敬を集めているか、高嶺の花か! 手を出せねえ美しさっつーか、恐れ多いというか! あんたのストイックさとかに、どんだけの人間が心奪われていると思ってんだ!」

「お、おおう? それはどうも」

 戸惑いから、ぺこり、と思わずお辞儀してしまうラドニー。

「なのに今じゃそんなコミカルな返しまで致しやがって! 親近感持っちまうじゃねえか! 違うんだよ! もっとこう、アレなんだよ! あんな感じに、こう……!」

 熱意が先行して、自分の語彙力が恨めしくなるバトゥ。手で大きさや形を表現しようとするも、どうにもならない様子が見て取れる。

(なんだこれ……。もう帰りたい……)

 自分が何を聞かされているのか、もはや意味不明なラドニー。意識が現実逃避し始めていた。

「つまり、偶像であれ、と言いたいのか?」

「そう、それだああああああああ!」

 我が意を得たり、とばかりにその人物を指さすバトゥ。

 その先にいたのは、ラドニーの横に立ったアイゼンであった。

「アイゼン様? バトゥの言っている意味がわかったのですか?」

「なんとなくな。バトゥはラドニーに、憧れたままの在り方でいて欲しいらしい」

「迷惑な話ですね」

 嘆息するラドニー。バトゥは、そのように否定されて悔しいやら、アイゼンに心境を言い当てられて恥ずかしいやら、表情を決めあぐねていた。

 ラドニーは、もう一度嘆息すると、バトゥを冷たい瞳で睨みつけた。

「わたしの在り方はわたしが決める。お前がどう思おうと勝手だが……それを、わたしに押しつけるな」

 その言葉に、バトゥは我知らず気圧され、背中に壁を感じた。

「それでは、もう行くぞ。アイゼン様、お時間を取っていただいて、ありがとうございました」

「気にすることはない」

 そう言い、アイゼンはバトゥに注意を向けた。

「俺はバトゥに少し話がある。先に行っておいてくれ」

「え? あ、はい。わかりました」

(何をお話しするおつもりだ? 気にはなるが、出しゃばってはいけないな。しかし、アイゼン様にお時間を取っていただけるとは、羨ましい奴だ……!)

 戦いの中でも見せたことのない鋭いまなざしを向けてしまうラドニー。

 それを受けて、「そうそう、これだ!」となにやら満足そうなバトゥ。

 その態度に少し気持ち悪くなり、ラドニーはアイゼンに一礼してその場を逃げるようにして後にした。

 一人の残ったアイゼンを、睨みつけるバトゥ。

 ラドニーにはああ言われたが、変化の原因であろうアイゼンに対しては、また別の感情が沸き起こる。

 怒りだ。

 誰に何と言われようが、感情を制御できるはずもない。

「ラドニーを偶像でなくした俺が、憎いと言わんばかりだな」

「どの口が言いやがる……!」

 ぎり、と歯を食いしばるバトゥ。拳を握りしめ、落としていた杖を拾い上げる。

 が、前のめりになった瞬間、バトゥはまさしくその手のものを反射的にただの杖として使ってしまった。

 身体がふらつき、杖で支えるしかなかったのだ。

「大丈夫か? ふらついているぞ」

「……ちっ」

 ぐうの音も出ない。ただただ、睨みつけるしかない。だが、その目に映した相手は、面白そうにこちらを見返すのだった。

「今、戦うか?」

「…………」

 問われ、バトゥは押し黙るしかなかった。今の状態を鑑みて、頭のどこかが冷静に悟ってしまったのだ。無理だと。

 そうして、もっと深い部分で、わかるしかなかった。

 最善であっても、今は勝てない。この男は、強い。

「……今じゃねえ。だが、いつか必ず、てめえにも挑む」

「ふむ」

 アイゼンは口角を上げて笑った。そうして、バトゥに手をかざす。

「『癒しの風』」

「……なっ!?」

 暖かな温もりがバトゥを包み込む。痛み、疲れが急速に引いていくのを自覚する。重かった杖がいつも通りに軽々と扱えたから――それを思わず地面に突き立てた。

「てめえ……! ふざけてんのかよ……!」

「なに。その気概に、敬意を表しただけだ」

 もう、すでに痛みはなく、疲れもない。まさか一度の魔法で最高の状態まで回復させるとは。

 だからこそ、先ほどよりはっきり感じ取れる。目の前の男には、どう足掻いても勝てないと。

「俺は逃げも隠れもしない。いつでも受けて立つ」

 悔しさを全身で表現している姿を、アイゼンはその黒曜石のような瞳で映し出す。その獣のような精神を焼き付けるように。

「それではな、バトゥ。楽しみに待っているぞ」

 背を向け、立ち去るアイゼン。その姿を、バトゥは見送る。その壁の高さを改めて認識するように。

 アイゼンの姿が遠くなるまで見送って、バトゥは血を吐くように呟いた。

「ぜってー勝つ。なにがなんでも、ぜってーにだ……!」

 ラドニーを変えてしまったことも、もちろんある。だが、それ以上に。

「俺より強えなんて、ぜってー気に入らねえ……! 勝つ! 勝ってみせらあ!!」

 人知れず、そう吠えるのだった。

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