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拝啓、○○に出会いました。  作者: 緋色
二章

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11/17

間違っていない

 翌朝、アイゼンとラドニーは揃って冒険者ギルドに出かけた。

 アイゼンは昨日までと同じ、旅装にグローブとブーツ、背負い袋。

 ラドニーはいつものポニーテールだが、服装はぱりっとしていた。

 普段のクエストで着る服を、ターニャが同じサイズで新しく仕立てたものだった。

 着心地が良く快適だが、相変わらず採寸などされた覚えもないので、少々怖かったのも事実だ。

 だが、その恐怖心も、アイゼンと出かけるということで吹き飛んでいた。

(アイゼン様とお出かけ……! なんだか心が躍るぞ!)

 ポニーテールも、まるで尻尾のように踊っている。

 外見上は平静を装っていたラドニーだったが、見送ったターニャにはお見通しだったらしい。やけに温かな笑顔だった。

 アイゼンは採取クエストがあれば受注。

 ラドニーは、冒険者ギルドに併設された宿に、荷物を取りに行くという用事だった。

 我が家から向かう冒険者ギルドへの道のりは、ラドニーにとっては新鮮だった。

 いい天気もあってか、街もきらきらと輝いているようだった。

(そうだ。アイゼン様と、お話ししないと)

 昨日の夜は、なかなか寝付けなかったラドニーだった。

 というのも、久々に我が家と呼べる場所へ戻ってこれた喜びもさることながら、同じ家にアイゼンがいるということで、興奮気味だったのだ。

 ベッドの上で何度も寝返りを打っては、はにかんでいた。

 ただ、ある時に思ったのだ。

 確かに同じ家にいることになったが、ただそれだけでいいのか? と。

 アイゼンは強い。

 そして、自分は強くなりたい。

 そのために冒険者となり、ずっと一人で強さを追い求めてきたが、とうとう自分の限界を見せつけられた。

 このままではいけない。

 別の方法で強さに磨きをかけないと。

 例えば、自分より強い人間に師事するとか。

 横にいるアイゼンの気配に集中する。

 ぶれない重心。無駄のない動作。圧倒的な存在感。

 自分が束になっても敵わない、その次元の違う強さ。

 それを、なんとしても得たい。

「どうした、ラドニー」

 そんなことを思っていると、不意にアイゼンの視線と鉢合わせた。

 いや、ずっとアイゼンの横顔を見つめていたラドニーに気づき、アイゼンが視線を向けたのだった。

「あ、いえ……!」

 思わず、ラドニーは立ち止まった。

「いえ、アイゼン様はどうやって、そんな強さを身につけたのだろう、と思いまして……」

(な、何を言っているんだ、わたしは? 言いたかったのは、そんなことじゃないだろう?)

 ずっと思っていたことが、不意に口を突いて出てしまった。

 問われた形になったアイゼンは、ラドニーから視線をそらして、顎に手を当てて考えるそぶりを見せた。

 アイゼンのそのまなざしは、どこか遠い過去を見ているようだった。

 その光景に、ラドニーは血の気が引いた。

(やっちゃった……!? わたし、とんでもなく不躾なことを聞いてしまったのか……!?)

「あ、あの、アイゼン様……!」

 何を言うか思いつかないまま、とにかく弁解しようと口を開いたラドニーを、アイゼンは押しとどめた。

「そこに、よさげな茶屋がある。少し、そこで座って話すか」

「は、はい……!」

(お、怒られる? わたし、怒られちゃう? アイゼン様の怒りなんてぶつけられたら、わたし、塵も残らない……!)

 戦々恐々となりながら、先を行くアイゼンについていくラドニー。

 その茶屋は内と外に席がある、こじんまりとした店だった。

 あいにく店内は満席だった。店外の長椅子だけの席に、二人並んで腰を落ち着ける。

 いや、ラドニーは落ち着かなかった。店外で陽光が降り注いでいるのに、自分だけが極寒の地域にいるようだった。得意の熱操作スキルを使うことも忘れていた。

 アイゼンは温かいものを、ラドニーは機械的にアイゼンと同じものを注文する。

 しばし時が流れるが、アイゼンは何も話さない。ラドニーも何も話せず、俯くだけだ。

 注文品が届くと、アイゼンはそれを口にしたが、ラドニーは動けなかった。

(終わった。ああ、終わってしまった。そんなつもりじゃなかったのに……)

 どんどん沈み込むラドニーを尻目に、アイゼンは語りだした。

「どうやって強くなった、か」

「ぴ!?」

 アイゼンの声はいつもと同じなのに、ラドニーは妙な悲鳴を上げて飛び上がってしまった。椅子に置かれた茶の水面が揺れる。

 そんなラドニーの様子に、アイゼンは笑う。

「運がよかったから、としか言えんな」

「……え?」

 自嘲気味な言葉に、聞き返してしまったラドニー。恐る恐る、アイゼンを見上げる。

 どこか遠くを、懐かしむような瞳の色が、そこにあった。

「戦いがあった。死んだ者も、生き残った者もいた。たまたま、俺は生き残った方に入っていた。そうして、少し強くなった。そうしたら、次の戦いでも生き残って、また少し強くなった。そうして、いつの間にか、強くなっていたらしい、俺は」

 街の喧騒が、どこか遠くに聞こえる。

(なんだ。何を言わせている、わたしは?)

「防御魔法も、自分が死にたくなくて覚えた。必死になれば、案外身につくものだ。応用も効かせられるようになったしな」

(こんなことを、聞きたかったわけじゃ)

「俺をかばってくれた友もいた。自分を優先すればよいのに、それであっけなく死んでしまったが。それが、治癒魔法を覚えるきっかけになった」

(だめだ。こんなことを、これ以上、言わせては)

 なのに、ラドニーの身体は動かない。

 動けなかった。こんなことを言わせて、どんな顔で、何を言えばいいのか。

 ラドニーには、わからなかった。

 なのに、アイゼンの表情から、目を離せない。

「それらが、いつしか大事なものたちを守る手段となっていった」

 アイゼンの口調が、僅かに明るくなる。

「敵を打ち倒し、敵から守り、敵に傷つく味方を癒す。理不尽に殺される弱き者を、守り通す力。振り返ってみれば、それが、俺が欲していた強さだったのかもしれん」

「……だから、アイゼン様は」

 ラドニーの唇が、震えながら言葉を紡ぐ。

「理不尽な行いに、怒るのですね」

「そうだな。それは、我慢ならんな」

 好戦的な笑みを浮かべるアイゼン。むき出しになった犬歯が、想像上の敵を食い殺さんばかりだ。

(……ああ。わたしはなんてことを。どうやって強くなった? わたしは手段を質問した。けれど、どうしてわたしは忘れていたんだ? 強くなった理由にまで、どうして思い至らなかった?)

 後悔しか湧いてこない。意図した質問ではないとは言え、こんなことを言わせてしまうなんて。

「……そんな顔をするな」

 よほど痛ましい顔をしていたのだろう。

 アイゼンが、眉を下げて柔らかい表情を見せる。それは、今まで見たことがないほどの、優しい笑みだった。

「……でも」

「謝らなくていい。どうやら、喋り過ぎたようだ。ラドニーには、きつい話だったか」

「アイゼン様の方が、よっぽど……!」

「過去の話だ。もう、ずっと遠い、過去の話だ」

 アイゼンは瞳を閉じる。その様は、まるで黙祷を捧げているかのようだった。

 次に目を開けた時、そこにはいつもの輝きの黒曜石が戻っていた。

「後悔はない。それが今に繋がり、ラドニーを助けられたのだからな」

(……ああ)

 すとん、と腑に落ちた。

 あの時わたしは、助けを求めた。

 聞こえるわけがない、それに応じたような彼。

 けれど、それは本当だったのだ。

 理不尽から命を救うため、どこからともなく現れた。

 いや、どこからなど、どうでもいいではないか。

 それを成すために、理不尽を払うために、自らが理不尽の権化となるまでに強くなったのか。

 ラドニーは、ようやくアイゼンの本質の片鱗を見たような気がした。

(わたしとは、まったく逆だ。狩るための強さを、自分は追い求めてきた。そのためには、自分が傷つくことすら厭わなかった。誰かを守るのが煩わしくて、一人でいた)

 認めたくない。でも、今までのそれは、やっぱり。

 アイゼンが言う。

「間違っていない」

 その瞳は、真正面からラドニーを射抜いた。

「……間違って、いない?」

「そうだ。ラドニーがどんな人生を送り、何のために強くなったかは知らん」

 それでも、アイゼンは断言する。

「だが、悩み苦しんだはずだ。そうして、考え抜いて、結論を出して、今のラドニーがある。それを、俺は間違っているとは思わん」

「……間違って、いない」

 本当にそうだろうか。

 今まで、色々な物を捨ててきた。

 家でのことがそうだ。

 素直になっていれば、ある程度の折り合いをつけていれば、もっともっと、素敵な思い出が増えていたに違いない。

 あんなに待たせることもなかった。失望させることもなかった。思い悩ませることもなかった。

「……わたしは」

 口が勝手に動く。それは、アイゼンに話させてしまったことに対する、懺悔だったのかもしれない。

「家を出て、冒険者になりました。強くなりたかったんです。そのために、がむしゃらにクエストをこなしました。狩って、狩って、狩って。自分のためだけに、経験を積んで……強くなりたかった。二年です。それ以前も、その二年の間も、家族ともいえる人たちに見向きもしなかった。そんなわたしが、間違っていない、なんて」

 そんなはずがない。

「そうか。二年で、十一等級か。どれだけクエストをこなしたか、わかるというものだ」

「はい。わたしはそれだけ、自分のためだけに――」

(ああ、もう駄目だ。軽蔑される。どうして、こんなことに――)

 頷くアイゼン。

「ラドニーはそれだけ、人を助けてきたのだな」

「…………え?」

 思いがけない言葉に、固まるラドニー。

 どうしてアイゼンがそういう結論に至ったのか、まるでわからない。

 なのにアイゼンは、当たり前のように続ける。

「言っていたではないか。困っている依頼人を助けるのが、冒険者だと。クエストは、困っている人がいるから出される。ならば、クエストをこなせば、それだけの困っている人が救われる。そうではないのか?」

 かろうじて、ラドニーの喉が動いた。

「……わたしは、そんなこと、一度だって」

 それは、あの村の夜でも思ったことだ。

 今までそんなこと、考えもしなかった。

 だが、アイゼンは言う。

「ただがむしゃらに、困っているものを助けていた。俺には、そう思えるがな。だからこそ、なおさら俺は思うのだ。ラドニーは、間違っていなかった、と」

「……こじつけ、です」

「そうかもしれんな。だが、そうこじつけるのは、俺の自由というものだ」

「……はは」

 思わず、乾いた笑いが漏れてしまう。いや、実際、喉がからからだった。

 ぬるくなった茶を一気に飲み干すラドニー。

 空元気かもしれないが、ラドニーは笑えていた。

「……間違っていた、と思うのも、わたしの自由、です」

「そうだな。それでいいと思う」

 否定しないアイゼン。あくまでも、こちらの意思を尊重してくれる態度に、安堵を覚えるラドニー。

 だからだろうか、茶と一緒に、自分の悩みも飲み下せたような気がした。

「でも、今までの自分を、少しは誇りに思えるようになった、気がします」

 ただ、頷きを返すアイゼン。

「あの、アイゼン様。お願いがあるのですが」

「聞こう」

「わたし、冒険者として、もう一度やりなおしてみたいと思っているんです」

 それは、今思いついたことだ。

「あまりにも雑に歩んできた道を、もう一度振り返ってみたいんです」

 ラドニーの脳裏に、ジェガンニの村での一件が蘇る。

 自分たちが成したその結果が、村人たちに安息を呼び込んだ。

 自分が粗末に扱ってきたものの結果が、そこにあった。

 あれが、守るために強くなった、アイゼンが求めるもの。

 ならば、その道を辿れば、アイゼンの強さの一端を知れるのでは? また、強くなれるのでは? と思ったのだ。

「アイゼン様の、冒険者としての歩みに同行したいんです」

 ごくり、と生唾を飲み込んで、その願いを口にした。

「だからわたしと、パーティを組んでもらえないでしょうか?」

「それは無理だ」

「え、ええ? 先ほど、聞こうとおっしゃってくださったのに!?」

 一蹴され、ショックを受けるラドニー。

「や、やっぱり、先ほどの不躾な質問に怒ってらっしゃる……!?」

 後悔に襲われるとともに、なんだか悲しくなってきたラドニーだった。

 どこかに、寛大なアイゼンならば頷いてくれる、という期待があったのだ。それを裏切られた反動も大きかった。

「落ち着け、ラドニー」

「ど、どうしたら許していただけますか? な、なんでもしますので……!」

「だから、落ち着けと言うに。俺の意思ではない。ギルド規則にあるのだ」

「……え? ギルド規則?」

「昨日、もらったギルド規則書に目を通した」

 背負い袋の横ポケットから、ギルド規則書を取り出すアイゼン。

 ページをめくり、目的の箇所を見つけると、ラドニーに示した。

 その文面に、ラドニーは目を見開く。

「パーティメンバー間の等級差は、三以内に収めること……!?」

「そうだ。ラドニーは十一等級だろう? つまり、最低でも俺が八等級でなければならない」

「そうか、これがあったか……!」

 ギルド規則書を睨みつけてしまうラドニー。

 等級の差は実力の差である。

 あまりパーティメンバー間の実力に差があると、パーティとして機能しづらくなり、クエストの失敗率が高くなる。それは場合によっては致死率に直結する。

 また、低い等級の冒険者の安易な功績づくりにも利用されかねない。

 そのための規則だった。

 頭を抱えるラドニー。

 ギルド規則はすべて頭に入っていたが、ラドニー自身が滅多にパーティを組まないので、失念していた。

 名案に興奮して、色々なものを考慮しない結果だった。

「なんてことだ……!」

 しかも、あまりに自分の等級とはかけ離れた難易度設定のクエストに挑むことも、ギルド規則では禁止されている。

 それは下の難易度のクエストについても同じことで、熟練者が初心者の狩場を荒らさないように配慮されたものであった。

 つまり、ラドニーは単独でも、アイゼンが挑むような等級のクエストを受注できない。

「わたしの等級を七つほど下げてもらうか……?」

 そうすると四等級になるので、ぎりぎりアイゼンとパーティを組めることになる。

「よし!」

「いや、待て。少し落ち着け」

「落ち着けません!」

 今にも立ち上がりそうなラドニーだったが、その表情が一気に泣きそうなものになって、アイゼンを見る。

「そ、それともアイゼン様は、それほどまでに、わたしとパーティを組みたくないと?」

「そんなことはない。ラドニーは頼もしいし、俺からお願いしたいくらいだ」

「アイゼン様……!」

 ぱああ、と後光が差しそうなくらいの笑顔になるラドニー。嬉しさのあまり、顔が紅潮する。

「俺が思ったのは、そんなに簡単に等級を下げられるものなのか? ということだ」

「……確かに」

 アイゼンの冷静な意見に、一気に現実を見せられて、しゅん、となるラドニー。

「通常、等級の降格は、クエスト未達のペナルティや、不祥事を起こした時だけです。普通に願い出たとしても、聞き入れられないでしょう」

「そうだろうな。言っても、カタリナは怒って却下しそうだ」

「……まあ、そうでしょうね」

 容易にその様が目に浮かぶ。

 再び、ラドニーは頭を抱えてしまう。

「では、どうすれば……そうか、冒険者登録をやり直せば、一等級から始まって、アイゼン様と同じ等級に……!」

 もはや当初の目的を忘れ、なんとかアイゼンと同じパーティになることだけを考えているラドニー。

「いや、無理か。魔力波長で同一人物と判断され、登録できなかったはず。くっ……!」

 犯罪などで冒険者資格を取り上げられた者が、再度登録できないようにする仕組みだった。

「八方ふさがり……!」

 項垂れるラドニー。

 とりあえずアイゼンは、長居していることもあって、店に再注文を行った。今度は団子付きのお茶である。

 またもや機械的に、アイゼンと同じものを注文するラドニー。

「……わたしは、どうすれば」

「俺がすぐに八等級あたりまで行ければいいのだが」

「いえ、それでは本末転倒です……」

 項垂れたまま返すラドニー。なんとか、パーティを組む目的を思い出せた故の返答だった。

「とりあえず、保留にしてはどうだ?」

「そうですね……」

 悔しいが、それが現実だった。今はどうしようもない。

 一旦、諦めのため息をついて、届いたお茶をすすることにしたラドニーだった。

 団子を頬張り終えたアイゼンは、ラドニーに一つ提案をしてみることにする。

「ラドニーの家に、庭はあったか?」

「あ、はい。ケニックが手入れをしてくれているようです。それがどうかしましたか?」

 手先の器用なドワーフを思い出しながら、ラドニーが答える。

「ある程度の広さがあるなら、手合わせ程度ならできるかと思ってな」

「おお……!」

 強者アイゼンとの手合わせ。

 ラドニーの心が躍った。それは、どんな魔獣より戦いの経験を積めそうだったからだ。

「おお……?」

 と同時に、その手合わせとやらの光景を想像する。

 そこに映ったのは、アイゼンの一撃で爆散する自分だった。

(いやいやいや、さすがにそれはないだろう! ちゃんと手加減してくださるはずだ! うん!)

 時ならぬ寒気に身体を震わせてアイゼンを見るが、彼はいつも通りだった。

(うん、大丈夫だ! ……そ、そのはずだ!)

「ア、アイゼン様がよろしければ、是非……!」

「わかった。時間がある時にでも、声をかけてくれ」

「はい……!」

 少し不安なところもあったが、少しでも強くなれるなら、その道筋がつくなら、願ったり叶ったりであった。

「あの、何かお礼をしたいのですが……」

「別にいらん。滞在もさせてもらっていることだしな」

「し、しかし……」

「ふむ」

 アイゼンの視線が、ラドニーがまだ手をつけていない団子に落ちた。

「食べないなら、礼代わりにそれをくれ」

「……意外と食いしん坊ですよね、アイゼン様って」

 少しおかしくなって、ラドニーは団子を差し出した。

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