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出会ってしまいました!

 その男は、唐突に表れ、唐突に意識を取り戻した。

 自らが瞼を開いていることを確認し、二、三度瞬きを繰り返す。

 そうして自身の身体を見下ろすと、ようやく生の実感が湧いてきたのか、男は一人呟いた。

「……おう。成功したのか」

 声を発する、その声を自分で耳にする。そのことでようやく覚醒できたのか、機敏な動作で、これもまた唐突に表れていた足元の背負い袋から手鏡を取り出した。

 鏡に映る自分の顔をしげしげと眺めやると、顎をなでつけ、満足そうに頷く。

「うむ。設定どおり、人間の男、青年前。転生は大成功のようだな」

 常人が聞けば、ぎょっとする内容を呟いた。

 男の外見は人間の男で普通の旅装だが、顔は精悍で目つきはやけに鋭く、笑えば鋭い犬歯が口元からのぞく。

 背は同じ年頃の男子より高いが、黒い瞳、黒い髪で、その辺りは平凡の部類に入る。

 だが、転生。

 本人だけは満足そうに頷いているが、聞かれれば狂人かと思われただろう。

「……これ自体は喜ばしいことだが、さて、ここはどこだ?」

 ひとしきり眺めやった手鏡をよけると、視界に広がるのは瓦礫の山だった。

 広く、天井は高いが、それもまた所々が崩落しており、いつ生き埋めになってもおかしくない状況であった。

 だが、その状態で相当な年月安定しているのか、壁や天井、床は苔むしていた。

 普通の苔ではないのか、それが仄かに発光していたので、男は視界の悪さに苦労せずにすんでいた。

「想定していた座標とずれたか。ふむ。名はアイゼン。山で武闘家として鍛えていた世間知らずだったが、大海を知るため世に出た。金やら装備やらは、途中、山賊どもを返り討ちにして、迷惑料代わりに頂いた。……と、すぐに人に会うことを想定して設定を考えていたのに、あまり意味はなかったか」

 足元の背負い袋を拾い上げ、埃を払うと背負ってあたりを見渡す。

「行動の自由はあまりないようだが、探検をする自由はありそうだ。これはこれで、なかなか面白そうだ」

 男――アイゼンは好奇心で頬が緩むのを自覚したが、それは本人だけで、ほかの人間が見れば、犬歯をむき出しにして捕食しようとしているようにしか見えなかった。

 アイゼンが改めてあたりを見回すと、ここは大きな部屋だったらしい。崩落が激しすぎて元が何の部屋だったのかは分からないが、外開きの石の両扉が一つあったので、そこから外に出てみることにする。

「むん」

 指先のないタイプのグローブに包まれた手を扉に添えて、軽い調子で扉をこじ開けるアイゼン。

 扉と床が盛大に擦れる音が響き渡り、廊下への道が開いていく。

 だが、その光景を他人が目にしていれば、仰天しただろう。

 その扉の分厚さは一抱えほどもあるほどで、しかも石でできていた。長らく放置していた影響で傾いていたのか、同じく石でできている廊下を削りながらその扉を押し開いていく様を見れば、人間の膂力かと目を疑っただろう。

 自身がそんなことを思われる行為をしているとはつゆ知らず、廊下に出たアイゼンは「ほう」と感嘆の声を上げた。

 長い廊下の壁には規則正しい間隔で魔力光が灯されていた。

「相当な年月が経っているようだが、魔力が保たれたままか。そうか、ここは――ダンジョンか」

 ダンジョン。

 地下空間などが溜まった魔力で変質し、害を、あるいは富を放つ場所のことである。

「座標設定がダンジョンに引きずられたということか。この廊下だけを見ればそのような影響力を持つほどのダンジョンとは考えにくいが……」

 アイゼンが考察を始めた瞬間、彼の感覚に引っかかるものがあった。

 廊下の魔力灯などとは比べることもできないほどの強大な魔力の発生。それが彼の興味を引いたのだ。

「無機質な廊下などより、よほど面白そうだ」

 獰猛な笑みを浮かべると、彼はそちらの方向へと駆け出した。



「ふうっ……!」

 ラドニーは一人、苦戦していた。

 目の前の、自分の技がすべて通じない巨体に。

 同年代の女子より背の高い自分の、優に四倍はあるその巨大さ。

 ゴーレム。

 魔力で動くその巨体だが、その大きさに似合わず動きは俊敏で、今も対城壁用の破砕槌のような左腕を叩きつけて来ている。

 それを大きく避けるラドニー。紙一重で避けては、その巨体が巻き起こす風圧に巻き込まれてしまうので、より体力を消耗するような避け方しかできないのだ。

 そうして避けて、駆けて、ゴーレムの足首に狙いを定める。

 鉈のような双剣に熱を注ぐ。

「はああ!!」

 一瞬で白い炎を纏ったそれを、全力でゴーレムの足首に叩きつける。

 轟音が上がったが、それは彼女が先ほどから聞いていた音であった。

(ここも駄目か! どこなら通じる!?)

 ゴーレムが体勢を立て直す気配を感じ、身を低くして走り抜ける。

 その頭上を、ゴーレムの尻尾が通り過ぎて行った。その間際に、彼女の赤いポニーテールが削り取られる。

 圧倒的な防御力、そして熱耐性。その前に、何度目かのクリーンヒットはまたしても阻まれた。

 ゴーレムは今だ無傷。

 だが、ラドニーは全力の一撃を何度も繰り出し、大きく疲弊していた。

(まずい……! 防がれ続けて、焦っている! どうすればいい!?)

 鍛え上げられた冷静さが自己を正しく分析する。だが、その冷静さは答えを導き出してはくれない。

 逃げ場はない。最初にこの空間に捕らわれたとき、それは真っ先に確認した。

 ならば、再度の全力の一撃を持って、どこかの壁をこじ開けるか?

 だが、どの壁のどの箇所が一番脆い? そして、壊したとして、はたしてその先は逃げ場に通じているのか?

 もし、狙った壁が分厚過ぎて、一撃で破壊できなかったら?

 焦燥から逃げ腰に転じてしまったラドニーは、せっかく詰めた距離を自然に開けてしまっていた。それと気づいた時には、ゴーレムは次の行動を起こしていた。

 ゴーレムの腹部が横に割れた。大きく開いた奥に見えるのは回転するいくつもの刃だった。

 そうして、ゴーレムは今まで握りしめていた右の拳を開いた。拳と言っても、親指と人差し指の二本のそれ。そこに捕らわれればもはや脱出は不可能だろう、と思わせる。

 ラドニーの背筋を、おぞましいまでの悪寒が貫いた。

 捕えて、食らおうとしている。

 そうとしか見えなかった。

「う、く」

 ラドニーの理性は崩壊寸前になった。それを支えたのは、両手の剣の重みだった。

(死ねるか。死んでたまるか。生きて帰るんだ)

 迫りくる右手をよける。だが、やはり疲労が足に来ていたのか今までのような動きは出来ず、ゴーレムの右手に双剣を叩きつけると同時に飛び退るしかできなかった。

(しまっ……!)

 自分がゴーレムの左手側に避けてしまったと気づいた時には、まさにそれが迫っていた。すでに攻撃を放ってしまった双剣では防御に間に合わない。

(せめて、魔力で身体強化……!)

 なお、生きようとする意志は全力でそれを行った。

 次の瞬間、ラドニーが聞いたのは、自分の全身がひしゃげる音だった。

 ゴーレムの拳は、ラドニーの必死の防御を易々と貫き、弾き飛ばした。

 壁に叩きつけられたラドニーは、自分の視界が真っ赤に染まったのを確かに見た。

 それが自分の口から吐き出された大量の血液だと、最後の冷静な部分で判断できた。

 首から下の感覚がなくなった。身体が勝手に、壁際に凭れかけさせられた人形のようにずり下がる。

 双剣も、取り落とした。

 最後の支えが今、尽きた。

(ああ。死んだ)

 身体は動かないのに、目も耳もまだ生きていた。耳はゴーレムの歩行音と腹の刃の回転音を運び、赤い瞳はそれが確かであると脳裏に焼き付けてくる。

(為さねばならないことも為せず、死ぬのか)

 唇はわずかにしか動かない。

「いや、だ」

 彼女にできるのは、そうした首から上の身じろぎと、考えること。だが、それもいつまで持つのか。

 だからだろうか。いつもは絶対にそうしないことを、魂が訴えかけた。

「だれ、か」

 ゴーレムが迫る。

「たすけて」

 その瞬間、ラドニーの隣の壁が、無理やり扉を作るように爆発した。

 それに警戒したのか、ゴーレムの歩みが止まる。

「……?」

 必死で意識を繋ぎとめるラドニーの耳が、足音をとらえた。重厚そうな足音。とても丈夫なブーツだったら、こんな足音を響かせるだろうか。

 だが、その重厚さが、意識を揺り起こすようであった。

 そうして、その足音の主は、ラドニーの横に並んだ。

「ふむ?」

 今度は、上から声が降ってきた。ラドニーは首は動かせず、よって、その人物が誰なのか、確認することはできない。

「……死にそうなようだな。とりあえず、治したほうがいいか?」

(馬鹿な)

 ラドニーの冷静な部分が否定した。内臓も、背骨も重大な損傷を受けているに違いない。今、意識を保って生きているのが不思議なくらいだ。どんな高名な治癒術士でも、これを癒せるものか。

「『全てを癒せ』」

 だというのに、その人物の声は、そんなラドニーの否定を覆した。

 ラドニーの身体が光に包まれる。その光は、すでに冷たくなりかけていたラドニーの身体を芯から暖めた。

 それだけではない。全身が軋みを上げている。だがそれは、身体を正常な状態へと戻そうとする軋みであった。

「実際に治るにはまだ時間がかかる。安静にしていろ」

(馬鹿な)

 先ほどと同じことを、ラドニーは驚愕を持って繰り返し思った。

 ぴくり。

 指が動く。

 首が可動域を取り戻しつつある。だから、彼女は前に進みだそうとしているその男を見上げることができた。

 その男は、背負っていた背負い袋を床に降ろし、重厚な足音を響かせて彼女の前に出ようとしていた。

「まっ、ぐっ、ごほ! ぐふっ!」

 男に声をかけようとして、血溜まりが喉を塞いだ。それを吐き出し、必死に呼びかける。

「やめろ! あいつには、どんな攻撃も通じない!」

「ほう」

「逃げろ。殺される前に!」

 まだ身体はうまく動かない。呼びかけることしか出来ないのが歯がゆい。まだ、双剣を手にもできない。

「ふむ?」

 男は、強大な敵を目の前にしているというのに、悠然とラドニーを振り返った。

(……!!)

 その黒曜石のようにな瞳に射抜かれ、ラドニーは身体を震わせた。

(……なんだ? なんだ、この男は……!?)

 魂まで覗かれているような気がした。ざわざわと、胸がうずく。これは、治癒の最中の影響なのか、ラドニーには分からなかった。

 そうして自身の感情に戸惑っている間も、その男はその瞳でラドニーを突き刺していた。

 ゴーレムは動かない。まるで、今現れた男にどのように接していいか分からないように。

「助けてと言ったではないか。だから、助ける。それだけだ」

「……そっ」

 ますます訳が分からない。聞こえるはずがない。届くはずがない。

 なのに、その声に応えたというのか。

(……お前は一体、なんなんだ……!!)

 ラドニーのその感情を合図とするように、男はゴーレムに視線を向けて歩き出した。

「……あ」

 視線を外され、ラドニーは、力が抜けたと同時に心に何かが去来したのを自覚した。それは喪失感だと、この時、ラドニーは気づくことができなかった。

 その間、男はゴーレムに近寄り、ほどなくして歩みを止めた。そして、武闘家のように、身体の左側をゴーレムに向けて構える。

「待たせたな。今の俺がどれほど戦えるか、試させてもらうぞ」

 好戦的な黒曜石の瞳に射抜かれ、ゴーレムが右腕を振り上げた。それはあたかも、我が身を襲う恐れを振り払うかのようであった。

 掴みかかってくるゴーレムの腕を紙一重で避けようとする男。

 それを予想して、ラドニーは叫ぼうとする。紙一重では駄目だと。腕が巻き起こす乱流に飲み込まれ、動きを乱されてしまうと。

「安静にしていろと言ったぞ」

 ラドニーが叫ぼうとしているのを察したのか、男は静かに忠告する。

 乱流の中だというのに、なぜだかその声は真っすぐに届き、ラドニーは喉元を押さえつけられたかのように、叫びを飲み込むしかなかった。

 ゴーレムの腕を躱し、明らかに乱流に飲み込まれているはずの男は、足を床に縫い付けられているかの如く、微動だにしなかった。

「ふんっ!」

 それどころか、片足を地面から離し、ゴーレムの右肘の外側に回し蹴りを見舞った。

 隕石が落ちるような音がした、とラドニーは後にその瞬間を振り返った。

 その隕石が、ゴーレムを吹き飛ばしたかのように、ラドニーには見えた。

 実際にあったことは、男が、ゴーレムを直線的な軌跡を描いて蹴り飛ばし、壁に激突させた。

 それを把握できたのは、ゴーレムが激突した壁が轟音を立てて砕け散る様を目にしたからだ。

(はああああっ!?)

 ラドニーは驚愕した。

 自分は死に際の幻でも見ているのだろうか。

 そう思ってしまうのも、無理はない光景であった。

(わたし、同じことしたのに!)

 同じ個所をラドニーも全力で攻撃したのだ。だが、結果は傷の一つも入れられず、攻撃の衝撃で自身だけが後ずさってしまうという結果だった。

(なのに。なのに、蹴り飛ばしただと!? しかも……!)

 男は、蹴りを放った位置から少しも動いてはいなかった。蹴りきった足をゆっくり降ろし、自分の戦果を見やる。

「曲がっただけか。丈夫だな」

 男の言った通り、ゴーレムの右腕は肘から内側に傾いでいた。何事もなかったように転倒から身を起こした後は、手の機構に問題がないか確かめるように、ゴーレムは右手を閉じたり開いたりしていた。

「しかし、掴みかかってきたか。なるほど。捕まえて、腹に放り込む。そういう機構か」

 向き直るゴーレムを見て、男は察した。腹に放り込む意図も。

「何度か蹴り飛ばしていれば折り切れそうだが、それも芸がない」

 男は言いながら軽快に歩き、ゴーレムの斜め前に進み出た。ゴーレムは、男を真正面に捕えようと身体の軸を回転させていく。その動きは、なるべくラドニーをゴーレムの突進に巻き込まないように配慮しているように見えた。

「掴みやすいように、前に出てきてやったぞ。また同じように来るか?」

 不敵な笑みと声。

 観客となるしかないラドニーは、身動きも忘れてその戦いに見入っていた。

(今度は何をする気だ……?)

 思うラドニーの前で、男は先ほどとは違う構えを見せた。左右の手を上下に開く。その構えはまるで、相手に食らいつこうとする上顎と下顎を連想させた。

(まさか……!)

 ゴーレムは再び右手を繰り出した。相手を掴もうとするその動きに対して、今度は男は避けようとしなかった。

 なすすべなく掴まれた――ように見えたが、それは錯覚だった。ゴーレムの親指と人差し指にそれぞれ右の手のひらと左の手のひらを当て、ゴーレムの繰り出す右手に押されて床を滑っていく。それは、ゴーレムの右手と一体化しているような、見事な力の逃がし方だった。

(なんだ!? どうして、あんなことが出来る!?)

 ゴーレムの腕が伸び切った。それでも、依然として男はゴーレムの指に手のひらを当てていた。

 否――。恐ろしいほどの握力で、捕まえようとしていた側を捕まえていた。

「打撃には強そうだが――捩じる方はどうだ?」

 今度は、金属の悲鳴が響き渡った。男の両手が回転し、それと連動するように、ゴーレムの右腕も回転する。

 だが、その回転は曲がった肘からはうまく伝わらず滞留し、結果として――右肘が爆発するように捩じ切られた。

 男の動きはそれだけでは終わらなかった。

 捩じ切った右腕をそのまま持ちながら、ゴーレムの懐に潜り込む。

 そして、思い切り横なぎに振りきった。

 何度目かの轟音が連続して響き渡った。

 一度目の轟音は、ゴーレムが自らの右腕を腹に叩きつけられた音。叩きつけられた衝撃で再び壁に激突した音だった。

(な、え? ねじ、切った、だと?)

 度々の驚愕に、もはや、ぽかんとするしかないラドニー。

 一体どれほどの握力があれば、あんなことが出来るのか。先ほどからそうだが、ラドニーの想像を超える出来事ばかりだった。

「やはり、同硬度なら破壊可能か」

 男は、大きすぎるこん棒のような、手に持ったゴーレムの右腕を眺めやった。無敵と思われた装甲は砕かれ、その下の構造をのぞかせている。装甲とは違った色のそこは、外側とは違って柔らかそうであった。

 次いで、男はうずくまっているゴーレムの腹の部分を見た。

 そこも同じく大きく破砕されており、回転する刃は幾本も折れている。

 腹の内部でいびつな音がするのは、砕けた装甲を回転で内部に取り込んでしまったものの、内部はそこまで硬いものが取り込まれることを想定しておらず、損傷していると思われた。

 内部構造を傷つけられたゴーレムは、最初のような機敏な動きはもはや取れないようだった。内部が軋むような音を上げ、再び体勢を整えたが、その様は深手を負った獣のようだった。

 男は、手に持っていたゴーレムの右腕を、もはや用済みとばかりに放り投げた。

 そうして、再び構える。口角を上げ、犬歯をむき出しにする。その瞳は、いまだに好戦的に輝いていた。

「さて。次はどこを捩じ切ってもらいたい?」

 その発言に、ゴーレムが怯えで身体を震わせたように見えたのは、ラドニーの錯覚だったかどうか。

(は、はは)

 もはや笑うしかないラドニー。

 そこからはもはや、最初からそうだったように一方的で、解体作業とでも呼ぶべきだった。

 いなされ、掴まれ、捩じ切られ、徐々にその体積を減じていくゴーレム。

 命を脅かされた相手だったというのに、その様はいっそ哀れで、ラドニーは見ていられないほどだった。

 五分もたたず、ゴーレムは全身をばらばらにされてしまった。

 それに飽き足らず、残った仰向けの胴体部の上に陣取り、腹に両手を突っ込んでいる男。両手の先からは、ぎしぎし、とこれまで通りの物騒な音が聞こえてくる。

「あ、あの。もうその辺で、いいのでは……?」

 気づけば、ラドニーは男に近寄って声をかけていた。

 なんだか、ゴーレムが可哀そうになってしまっていたのだ。もう許してあげて。そんな思いさえ抱いていた。

「む?」

 今気づいた、とばかりに体勢を変えずにラドニーを振り返る男。

 その瞳に射抜かれ、ラドニーの背筋は自然と伸びた。今まで出会った、どんな猛獣や魔獣よりも怖い。素直に、ラドニーはそう思った。

 しばし男はラドニーを確認するように見つめた後、再び足元のゴーレムに目をやる。

「ふんっ」

 そうして、男は解体作業の続きとばかりに、ゴーレムの腹から何かを取り上げた。

 ぶちぶちっ! そんないやな音がラドニーまで届く。

「わたしの話、聞いてました!?」

 思わず叫んでしまうラドニー。

 それを気にすることもなく、ゴーレムの胴体部から飛び降り、ラドニーの傍に降り立つ男。

 突然近寄られ、思わずラドニーは後ずさってしまった。

 そんな彼女の態度に構わず、男は手に持った丸い物体を掲げて示してみせた。

 その丸い物体の直径は、成人男性の背丈の半分以上はあり、重そうに見える。

「これだけは放置しておくわけにはいかなかったのだ」

「……と、言いますと?」

「これはこのゴーレムの核だ。放置していれば、これを起点に復元していた。先ほどまでの強さとはいかなかっただろうがな」

「復元……!?」

 その言葉に、先ほどまでの可哀そうなどという思いは彼方に吹き飛んだ。またあれが目の前に現れるなど、脅威でしかなかった。

「それよりも俺は、安静にしていろ、と言ったはずだが?」

「あ」

 目を細められて、ラドニーは怒られたように感じて身を竦ませた。

「下手をすれば、内臓がおかしな繋がり方をしていたぞ」

「なんですとっ!?」

 言われ、慌てて自分のお腹を抱え込んで見下ろしてしまうラドニー。先ほどのゴーレムの腹のようになっていないか、寒気が走るほどだった。

「さっき確認したから大丈夫だ。完治している」

「そ、そうなのですか」

 ほっと溜息をついたラドニーだったが、男がまだ目を細めたままなのに気づいて、気圧されてしまう。なぜ? と思ったが、頭を全力回転させて、最適と思われる答えをひねり出した。

 恐る恐る、男を見上げながら言ってみる。

「え、と。言いつけを破って、申し訳ありませんでした」

「よろしい。せっかく拾った命だ。大事にせよ」

 目を細めるのをやめて口角を上げた男の態度に、正解を知る。

 と同時に、自分を顧みる。

(と言うか、なんでわたしはこんなにへりくだっているんだ!? おかしいだろう! いや、おかしくないか! だって怖いんだ! 結局、なんなんだ、この男は!)

 その現れ方と言い。

 強力な癒しの力を使ったことと言い。

 計り知れない戦闘力と言い。

 その何事にも臆さない態度と言い。

「本当に、なんなんですか、あなたは!?」

 気づけば叫んでいた。

 ラドニーからすればいい加減に確かめたい、先ほどからの大きな疑問である。

 幻のような光景ばかり見せられて、ラドニーの常識は崩壊していた。

 返せ、私に常識を! 

 そう、魂が叫んでいた。

「俺はアイゼン。山で武闘家として鍛えていた世間知らずだ」

「嘘だ!」

 間髪入れず、ラドニーは叫んでいた。

 こんな人物が出来上がるなど、その山は一体どんな魔境か!

 大体、武闘家と言いながら魔法も使っていたではないか!

 なぜだか、そんな与太話を嬉しそうに話すアイゼンとやらに、腹立たしくなるラドニー。その感情そのままに言い募る。

「それを、どうして嬉しそうに話すんです!?」

「いや、せっかく考えていた設定を、ようやく話す機会に恵まれたのでな」

「設定って言いましたか、今!? やっぱり嘘なんじゃないですか!」

「おっと、つい。間違えた。久しぶりに人と会えて話せたのが嬉しかったのだ、という事にしておいてくれ」

「後付け……!」

 ラドニーの疑問は氷解するどころか山積みになり、感情は高ぶる一方であった。

 駄目だ、構っていられない。

 色々な意味で危険なこの人物から、一刻も離れなければ、意味もなく息切れするばかりだ。

「と、とにかく! 命を助けてもらったことに礼は言いますが、今はここを出ることが先決なので! わたしは、ここで失礼いたします!」

「出口は分かるのか?」

「……わ、わかりません!」

(ええい、どれだけわたしの心を挫くのだ、この男は!)

 男の素直な質問に、盛大に静止させられるラドニー。

(さっきからなんだ。なぜ、わたしの心はこうもかき乱される?)

「だが、言わんとすることは分かる。俺も荷物をまとめて、出口を探すとしよう」

 ゴーレムの核を持って壁際に歩き出す男の言葉に、ラドニーはようやく気づくことが出来た。

 後ろの腰の鞘が軽い。いつもそこにしまわれているはずの重みがない。

 大事な双剣がない!

 瞬間、ラドニーは駆けだした。男を追い越し、先ほどまで自分が凭れるしかなかった壁際に膝をつく。

「あった。良かった……!」

 不覚にも取り落としてしまった双剣。それはそのまま、そこにあった。

 震える手でそれを取ると、いつもの重みが腕を通って伝わってくる。

(ああ。生き延びた。いや、助けられたんだ)

 目前の死を、退けてもらった。この上なく、強引に。

 なぜ、それを忘れていたのだろう。

 ラドニーの胸を満たすのは、ただただ、感謝の思いだった。

 立ち上がり、双剣を鞘にしまうと、ラドニーは追いついてきた男に向き直った。

 その男は、自分の背負い袋に、その背負い袋の体積の四倍はあろうかという、ゴーレムの核をしまうところだった。

 何事もなく、背負い袋に吸い込まれるゴーレムの核。

(んん? なんだ今のは?)

 目が点になるラドニー。

 男は、背負い袋を拾い上げると肩にかけた。

「よし」

「いえ、よしじゃないでしょう!?」

 またこれか! どれだけ常識破壊すれば気が済むのだ、この男は!

「ゴーレムの核! ゴーレムの核が!」

「うむ。興味深い物体だったのでな。時間をかけて後から研究したいから、持って帰ることにしたのだ」

「そこじゃないです! どうしてその背負い袋に、それより大きなゴーレムの核が入るんです!?」

「中身を広げている」

「どうやって!?」

「しばし待て。まだ設定を考えていない」

「また設定!? もおおーーーっ!」

 ついに、ラドニーは膝をついてポニーテールの頭を抱えてしまった。

「もういやだ! 誰か助けてくれ!」

「助けが必要か? ならば手を貸すが」

「あなたからの助けが必要なんですよ!?」

 その叫びに、男は心底、不思議そうな表情を浮かべた。

「よく分らんが、落ち着くまでゴーレムの部品を背負い袋に詰めておくか。あの硬度にも興味がある。あの大きさでも、この背負い袋なら入る」

「これ以上、わたしに非常識を見せつけないで下さーーい!!」

 拝啓、親愛なる義母カタリナ! わたしはとんでもない人物に出会ってしまいました!

 ラドニーは内心でも喉でも絶叫した。

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