寂しくなんて
瀬戸内海の漁港にたたずむ灯台のたもと。
波が打ちつける防波堤の上。傷ついた怪人へよりそう者がいた。
「大丈夫? ンギソ」
イカは恍惚とした面持ちで海をみている。
子供らがおどろいて釣竿をほっぽり出し逃げてゆく。怪人らは意に介さない。
「放っておけ、そんな役立たず」
見下ろす影が、腕をくんで冷たく言いはなった。
「みんなで協力しないと」
ブタ怪人は困った顔をあげて、続ける。
「あのLLを相手に出来るの? 新入りのキミだけで」
「うるせぇ! この馬鹿野郎が地球人を追いかけて、こんな西方くんだりまで、のこのこやって来なければ、今ごろ一人は殺れてたはずだ!」
トリ怪人が怒鳴りつけてきた。
ブタの全長は二メートル程度、一方のトリは三メートルちかくある。
「そ、それはどうかなぁ……。さっきンギソが言ったように、まずは人間に紛れて、情報を収集してもいい気が……」
ドガーンとトリ怪人が地団駄を踏んだ。
「早くぶっ殺さねぇと! オレ達の命が!」
「……。騒ぐとまた見つかるよ」
「相手も手負いだ! 次は殺れるさ!」
そのとき、ンギソが起き上がってブタに言った。
「すまないヒース」
「もういいの?」
イカの切断された手足は、ようやく再生されている。
「オラニス、少しだけ待て」
ンギソは憤懣やるかたないトリ怪人のオラニスを諭した。
「いくら貴様のランクが上で、オレ達の隊長であったとしても、これ以上の独断は許されねぇぞ!」
「オラニス、言葉を……」
イカに無礼な言動をするトリを、ヒースは諌める。
「うるせぇ! お前はオレよりランクが下だろが!」
「……」
「とにかく、こんな馬鹿についていけるか!! 行くぞヒース! オレは処刑などされたくねぇ!!」
「はあっ、はあっ、はあっ」
お昼ごろ。誰もいない住宅街に少女の影。
街中を走り回っていたら、とうとう学校の近くまで来てしまった。
そこに、もう一つの影法師がやってきた。
「お? 天路じゃねぇか?」
教師に見咎められる。しかも運悪くジャージ姿の体育教師。
「お前、学校を休んでいるそうだな?」
まっ黒に日焼けして、脂ぎった顔で近づいてくる。
「馴染めないのか?」
「!」
こちらを凝視した。
汗だくの少女は白Tシャツにホットパンツ。
「何か、トレーニングでもしてるのか? 手伝おうか?」
胸や脚をジロジロと見てくる。
「け、結構です……」
だが、二の腕を掴まれた。
「とにかく、学校を休んじゃ駄目じゃないか」
「!!?」
彼は、二の腕と胸のあいだへ、手をさし入れてきた。
「やっ、やめてください!」
目が赤くギラついている。
「ん? おら、寝転べよ。ジョギング頑張りすぎだから、そのへんにしとけ。ストレッチ手伝ってやる」
肩や腰にふれられ、倒されそうになる。
「要りません! はなしてぇっ!!」
濡れた脚をつかまれて思わず振り払った。
「ひぇええっ!」
すぐにその場を後にする。
「こら! またんかッ! 天路ッ!!」
数百メートル駆け学校の裏手へきた。
あれは一体何だったのか。異様な顔をしていた。
疑問に思い、ふと目の前のビルに眼をむける。すると上半身は汗で濡れそぼりブラジャーが透けてしまっていた。
「!!」
「あれ? 天路さん?」
コンビニで声を掛けられた。クラスメイトの不良が五人ほどたむろしている。
「!!!」
「おぉ?」
みな一様に、汗まみれの脚とスケスケの上半身に目をこらす。
思わず腕でかくした。
「くっ……」
「お前って、顔怖いけど、めっちゃ可愛いな」
「ど、どういう意味!?」
気が強そうだが美人という意味のようだ。
「オレと付き合ってくれよ」
「はぁ!?」
胸を隠す右腕に、触れられる。
「やめてぇっ!」
「な、何だよ」
男性ホルモンの塊のようなぶ厚い肌に、ニキビのぼこぼこがある顔。
「かっ、鏡みたことないの!?」
「あぁっ!!?」
こういうときに出る。日頃の口の悪さ。
「怖いこと言わないで!!」
「て、てめぇ!!!」
えさこは逃げだした。相手は傷ついた。
(ごめんなさい……)
オレンジの夕日が沈むころ。
大阪の住宅街のやや古びた家へ入ってゆく女がいた。
「た、ただいま……」
「お帰り」
台所から声。
メイドの浅木が珍しく料理を作っているようだ。
「お兄ちゃんは?」
えさこは、最近毎日いっている言葉を吐いた。だが、その返事はいつもの通りだった。
「ご飯は?」
「いらない」
「えぇえええーー!!」
本当に料理を作っていた。焦げ目のある。
(ごめんなさい……)
自室へもどると、壁に目をむけた。
七月中旬から「X」印が六つ付いているカレンダー。
「いなくなって、もう三日……」
床のカバンを蹴って、ベッドへ倒れ込んだ。
「何だよ……」
生き別れの兄と再会できたと思ったら、それは数日で再びいなくなってしまった。どういうことなの。
顔を手でこすったら濡れていた。
えさこは白Tシャツとブラを脱ぎ捨て、タオルケットで丸まった。洗濯するし。
(うっ……)
暗闇に、いやらしい男共の顔がうかんだ。それを振り払う。
(うっっ……)
今度は、頭の悪いカイヅの顔がうかんだ。それを振り払う。
(こ、こんどは何よ)
それが、いつか見た光景へとかわった。
(大っきい人。おっぱいが……)
「ラブリーフラーーッシュ!!!」
現場に似つかわしくない技が炸裂した。
白とピンクのキラキラをまとった輝く剣。それが踊るように振り下ろされたとき激しい光がはっせられた。赤い液体とともに。
「グェエエエーー!!!」
「待ってぇえええええーーー!!!!」
疲れはて、朦朧とする意識のなか、兄との邂逅が去来する。
「なっ、なに……!?」
振りかぶった剣と怪物との間に、割って入っていた。
「やめてぇええええええーーーー!!!!!」
静まり返った船着場に絶叫がこだました。
腰が抜けて動けなかったが、兄の窮地に心で動いた。
両手を広げ、膝をつく彼のまえで、震える手足で仁王立ちした。
「ちょっと……っ!」
「……」
「ど、どういう――、ガハッ!!」
戸惑っているLLの隙を突き、メデューサが棘を伸ばし彼女の胴体を貫いた。
「まっ! まってぇええっ!!」
踵をめぐらせ兄を抑止した。腕をふりまわし。
「グッ、グゲッ……?」
『No38、他にまかせる』
上空にうかぶ輸送機から、何かが落ちてきてエルレイヤーを包み、飛び上がった。彼女と共に輸送機へ収容され退却していった。
透明な物体であった。
「グルル……」
バシューッと水蒸気が上がった。目の端で。
怪人の方を向き直る。
それが晴れたとき、頭のハゲたオッサンがその場に佇んでいた。
「え?」
ワイシャツにグレーのズボン。どこにでもいる普通の人。
「おぉおおおーーい!!!」
不意に、よぶ声がした。
「えさこぉおおおっ!」
父と母は生きていたようだ。しかし、そんなことより――
「え? えぇっ!?」
――なんでオジサン!?
戸惑うこちらを見て、彼が口を開いた。
「アリ……ガトウ」
「!!? 喋れるの!?」
やや機械音の混じった声に違和感をおぼえたが、確かにそれは日本語を発した。
「そのペンダントは!?」
襟元をつかんで必死で問いただす。
相手は、血の滴る左腕をボリボリと掻いている。
「拾ッタ」
「え――?」
世界が暗転する。
期待は絶望へと変わる。
「拾った……の……?」
オジサンは、何故か優しく肩をポンポンと叩いてきた。
別人であった。
「地球人? 改造された?」
「ワカラナイ」
「記憶がないの?」
「…………」
矢継ぎ早に質問するも、相手は押し黙ってしまった。
「えさこ!」
「お父さん、これ」
「!!?」
その目は、大きく見開かれた。
半分欠けたコイン――
「墨三郎!?」
父は、手足をバタつかせ自分の息子の名を呼んだ。かつて行方不明になった子の名を。
だが、それにしては相手が老けている。自分と同じほどの年齢。
そして血だらけ。顔と両腕が。
「あまり喋れないみたい」
オジサンを代弁した。
「乗れ乗れ! ケガしてるから、お母さんも!」
父は、まだ生きている車を指差した。母は身体に無数の傷があるが、それほど重傷でもないようだ。
船着場には、化物の肉片がピクピクと動いており、兵士の何人かが存命らしく、どこかに連絡を入れている。いくつかの車は炎上し、辺りは粉塵と血溜まり、泣き叫ぶ子供の声で混乱していた。
「はい。向かっています」
車中で父がだれかと通話している。
それを終えると左側をむいた。助手席にオッサン。
「墨……三郎……?」
「……」
「船に乗るつもりだったのか? あの港で何を?」
「わぁあああっ!」
父親が急に――とんでもない――質問をしたが、その返答の前に後部座席から割って入った。
「ねぇ、そのペンダント、どこで拾ったの!?」
「えぇっ!? 拾ったんかい!? アンタ何者だ!!?」
父親は目を血走らせ、この得体のしれないオジサンに質問を重ねた。
「ナニモンだ!!? 息子はどこだッ!!?」
「僕……ハ……」
「どこで拾ったの?」
後部座席から、すかさず介入する。
「ダイブン昔」
「どこで?」
「どこで拾ったんだよ!!!」
「気ガツイタラ 自分ノ 部屋ニ」
呆気にとられて目眩がした。ぐるんぐるんと。
「お父さん! 前! 前!! 前ーーッ!!!」
「うわっ!」
迫りくる岩肌からハンドルをもどした。
「自分の部屋って……アンタ、そりゃ……。お前……」
――アホでもいいの。
「でも……なんでそんなに……老けてんだ?」
アホでもいいから、もう、私を――
「ン?」
まえに垂れている右手を握った。オジサンの。