決着のとき
(あと、一体……)
白い人はそう呟いて身構える。
波止場を埋め尽くした黒は一瞬で消えてなくなった。
朝日が山稜から顔をだし、煙立つ白い埠頭を照らしている。
「ギェエエッ……」
怪人は、間合いよりもわずかに距離をとった。そして長い髪をブルンブルン振りまわして威嚇する。
(離れた……)
エルレイヤーは敵の挙動に気づいて目をこらす。
(電撃に、注意してる……。でも、もう『4』)
白い、左腕のアームウォーマーを確認する。残りの発射回数。
やはり、それは――
(あと、一回……)
ビュッと風をさき、出し抜けにメデューサの髪がのびてきた。
「!!!」
右足へからまる。
とっさに左腕に帯電させる。すると肉髪はサッと引っ込んでしまった。
そして、またブルンブルンと頭上で髪を回転させる。
「グケケケ」
帯電させるとジャンプして余裕を見せる。
(敵の攻撃は触手が主。その中間距離だとやりづらい。だから遠距離か近距離で……)
変身ヒロインは、怪人に向かって斜めに踏ん張るつまさきに、力を込める。
(恐らく近距離だと、それほど速くは)
「!!!」
相手は、考えるいとまを与えず再び向かってくる。髪を上空でふりまわし、何かを撒き散らしている。紫オーラが立ち昇る。
(これは、必殺技!?)
敵は何かの技をだすようだ。
その挙動により、大きな隙ができている。胴体がガラ空き。
(こんなチャンスはない、うかつなやつ!)
どんな技であれ、遠距離から切り裂ける。
(これを倒せば山中の敵も立ち去るはず。大事に取っておく必要はない。これでお終い)
腕をふりかぶった。
「雷の剣!! スパークエッジ!!!」
左腕から、最後の一撃を放出する。
ドドーンという大きな音とともに爆炎が上がる。
「直撃、した……」
「!!?」
だが、それは八方に飛び散り、あたりに炎をあげた。
「なっ、なに!!?」
電撃が、まったく効いていない。
そのまま突進され、弾き飛ばされた。
「ぐはっ!!!」
(いっ、嫌がる……そぶりをしていた……はず……)
意味がわからないが、この怪人には効かないようだ。
「くっ……。騙されたって、いうの……」
その様子を山間から窺っていた他の怪人が、徐々に近づいてくる。メデューサのはるか向こうの山裾。それを確認できた。
(!!! わたしに電撃を撃たせるために――!!!)
小さい怪人と翼の怪人がむかってきている。
「守った……、仲間を」
ともかく早くケリをつけないと。電撃なしで三人は無理。
「!!!」
敵は髪の一本をのばし、間合いの外から襲いかかってきた。すぐに右腕で防いだが、ヘビのようなそれはクルクルとからまって腕に巻きついた。
「くっ……」
髪のさきの凸凹によってか吸いついて、ふり払える様子はない。
剣をもつ右腕がぎりぎりと締めあげられる。
「あぁっ!」
「グヘヘヘ!」
(そっ、そんな……。あとパワーも……互角……!?)
さらに左脚にも巻きつかれる。
「いっ! んぅっ!!」
太ももに粘液まみれの肉髪がからみ上がってくる。
とたんに蒸気を噴出しながらニーソックスが溶けだした。
「んぅっ! あぁああーーっ!!」
髪先からは酸のようなものが垂れており、装甲に穴が開いてゆく。
「くっ、うぅっ!!」
悶える女を楽しんでか、敵が肉髪に力を込めるとそれはさらに太くなった。
(まずい……、外れない。でも電撃は、もう……)
「デヘヘヘヘ」
「!!」
空中に身体が浮く。高々と持ち上げられ、下からあおぎ見られる。
「くっ……!」
そして今度は一気に振り下ろされた。
「うがっ!! くぁっ!」
「あぁっ!!」
右へ左へと、コンクリートに激突させられる。
「ぐっ、あっ……」
背中と腕に激痛がはしり、白い脚がはねあがる。苦悶の声がもれてしまう。
四つん這いになり、起き上がろうとするが、背中に衝撃を受けて、地面に潰される。
「あぁあああーー!!!」
背中に乗った怪人が、後ろ向きで両脚を持ち上げ、無理やり身体を反らされる。『逆エビ固め』のように脚が上がってゆく。
「いっ、あぁぁっ!!!」
大きな胸が地面に押し潰され、上空へ向かう太ももからスカートが垂れ下がり前部が他者に見えてしまう。
「ぁああああーーー!!!」
「グゲェッ」
「いやぁあああーーーッ!!!」
全身に激痛が駆け抜ける。しかし、もう声を上げることしかできない。身体がまったく動かない。つ、強い――
「うっ、あぁっ……」
ぶるぶると腕が痙攣しだし、大粒の汗が肌を濡らす。
(駄目……だめぇええっ……!!!)
骨がミシミシと音をたてるが喘ぐことしかできない。
なす術もなく、痛みとともに別の感覚が生じてくる。
「やっ……やめ……ッ!!!」
おかしい。いけない――
そのとき、ダーンッと大きな音がした。
持ち上げられていた脚が地面へ落下した。
敵は背中から腰を上げ、すぐに向かってくる。次の技をかけようというのか。
「!!!」
全力で脱出した。
低空飛行で地面に転がる。
「…………」
「ぐっ……、はあっ、はあっ!!! うっ!!」
凄まじい攻撃。かろうじて何とか起き上がる。胸からパラパラと石片が落ちた。
(まずい。捕まってはいけない……)
白かったアーマーは透明液でベトベトになり、それが蒸気をはっして装甲を焼き焦がしてゆく。ところどころ溶解され胸の一部は露出している。
ミニスカートのすそも虫食い状態で脚のつけ根まで見えている。ニーソは穴だらけ。
「くっ……。はあっ、はあっ……」
何者なの、この敵――
「グゲゲゲゲ」
メデューサは、こちらの遠距離が尽きたことを悟ってか、飛び退いて、もう近づいてくる様子はない。中距離からいたぶるつもりのようだ。
「はあっ、はあっ……」
(近距離は、苦手なの? でも、またウソをついてたら……)
敵の増援が近づいてくる。
アーマーも侵食されてゆき――それによるMエナジー回復はあるが電撃が撃てるほどの――時間がない。
(どうしよう。また拘束されたら)
奇怪な敵に足がすくむ。こんなの初めて。
ダメージで片膝が地面に落ちた。
「ぐっ……。この上、あと二人……」
「が、がんばれーー!!!」
どこからか声援がとんできた。恐らく肩で息をし玉の汗をかき疲弊しているように見えるのだろう。たしかに消耗が激しい。一方的にやられている。
でも簡単には引けない。地球の運命がある。
力をふりしぼり起き上がった。
敵は間合いの外。
(一体ずつ相手する。拘束と突進には注意……)
「グゲゲゲゲ」
パワーを上げて機動を高める。
(電撃が使えない今、頼りになるのは――あれしかない)
「!!!」
剣を大きく振りかぶった。
その胸を目掛け敵の肉髪が飛んできた。
右前方へジャンプしてかわし、伸びきったそれに剣を振り下ろした。
「グゲェェッ!!!」
果たして思惑どおり、それを幾本も斬り裂いた。
(えッ!?)
だが、敵は髪を一本残しており、それが肉迫してきた。
(あぁッ!!!)
巻きつかれた。右腕に。
何、この怪人――
「!!!」
身体の下から、左足にも生き残りが絡み付いてくる。
「んぁッ!!」
メテオシュートが発動できない。恐れていた事態。
――こんな強いの見たこと。
(し、死ぬ……今度こそ)
目をとじて、右手を開いた。
「わああああーーー!!!」
「シャァアアアーー!!!」
空が、赤く染まった。
振りあげた白い左腕に、黒い棘が刺さっている。
「!!? ぁあああっ!!!」
港の埠頭に、高い悲鳴があがる。
一本の長い棘が伸びていた。メデューサの頭頂部から。
頭の中央にぱっくりと何かの穴があいている。
「なっ……何……!?」
だが、前方にもバラバラと物体が落ちてくる。
――左足に巻かれる瞬間、左手で落ちてくる剣をつかんだ。振り回したそれが、絡まっていた髪をぶった斬った。その瞬間、黒い棘に襲われたのだった。
「ぐっ、あぁっ……」
触手の先がボトボトと地面へ落ち、左腕の棘も引いてゆく。
「うおぉおおおーー!!!」
歓声があがった。相討ちだが、ようやく一撃がはいったのだ。
メデューサはひるみ奇声をあげてニ三歩後退した。
(他とは違う。放っておいてはいけない)
剣をふるって駆け出した。チャンスをのがさない。
(ここよ、燃え尽きてもいい! フルパワーー!!)
「いけぇええーー!!」
(後のことはいい、全力でこれを!!)
残った肉髪がうなりを上げる。身体をかすめて飛んでいった。
迫りくる頭頂部の棘をかわして左へ降り立った。
「!!!」
(負けられない!!!)
右上へ一閃、それを振りぬいた。
液体が噴出する。
ふっとんだ。
怪人の右腕が。
「ウギャッ!」
「おぉおおー!!」
「えぇえええーーいッ!!!」
(思い知れ!! 怪人共!!!)
相手は斬撃をかわすため手をふりあげた。
(わたしは絶対! 負けられないッッッ!!!)
宙へと弾けとんだ。赤いのと黒いのが。
「!!!」
LLソードは伊達じゃない。
「……」
――やった。
その様子を目の当たりにし、近づいていた二体の足がとまる。
メデューサの肉髪と両腕から、真っ赤な鮮血がほとばしる。
あたり一面をどす黒い液体がおおった。
他の、緑色と入り混じる。
「グッ……ウヌッ……」
「はあっ、はあっ、はあっ!」
必死の思いが天にとどき、ようやく事態は好転した。
生き残り、応援している人達の顔にも笑みがもどった。
「やれぇええーー!!!」
「やっちまえぇーー!!!」
彼らの前で、疲弊はしていても美しいエルレイヤーが、剣を肩にかつぐ。スカート裾から脚の付け根まで露になっている。
「あなたの悪事もこれまでよ。地球はぜったい守るから」
悪の怪人が膝をつき正義のヒロインが奥義をくりだす。
決着のとき。
「聖なる光! ラブリーフラーーッシュ!!!」
凄惨な現場に似つかわしくない技が炸裂した。