夢のような
朝日にてらされ輝く埠頭。立ちのぼる黒煙と無数の影。
その一画に、大小二つの影法師があった。
「う、うっ……」
周囲の喧騒がきえ、波の音だけがのこる。
それは徐々に少女へ近づき、頭髪の一本をのばしてきた。
「うわぁああああああーー!!」
黒くてゴツゴツした岩のような肌。
真っ赤にかがやく燃えるような瞳。
ヘビのように太く凸凹のある髪。
それは、まるでメデューサのような――
「あ……う……! うぁッ!!」
自分の腕が、相手の髪にまかれてゆく。ふれた凸凹にちくちくとした痛み。だが、なぜか妙に温かい。
「……?」
「グルル……」
「え」
「……」
何か、言ってるの?
「!!?」
突然ガガッと何かがあたった。それはよろめき、髪は引っ込んでゆく。
火薬のにおい。
「!?」
「行けぇええええーー!!」
周囲に人だかり。
青い小隊がその怪物へむけ発砲した。空にはローター音が二つ。
「うわぁっ!」
「走れぇええーー!!!」
「そ、そんな……はず……」
そんなはずは……。
メデューサは後方へ飛びのいていった。
「…………」
あたりを見回す。
父母の姿もない。
「お母さ……」
港には、おし潰され黒煙をあげる車、散乱した荷物、あとは四つの化物と兵隊しかいない。
そこに砂埃がまう。上空からの機銃掃射。
怪物が腕をふりあげ防いでいる。ヘラジカのような顔。
「!? 効いてる……? 効いてるの?」
「グギャァアアーー!!」
効果のほどはわからない。
だが、地上の部隊もまけじと攻め、圧力をかける。
「す、すごい……」
火花と煙にまかれ相手はもがく。
別の班が後ろへまわる。
「い、いけー!」
だが、怪物の一体が羽をひろげて空に舞い、小隊の中央へ急降下し兵士ニ人をふみ潰した。
「ぐぁあああーー!!」
「ブベッ!!!」
「危ないッ!!」
声をかけられ、起きあがろうとした。
しかし怪物が羽をひろげ、彼を左右になで斬った。
「ぐわあっ!」
目の前で、胴体が二つにわかれる。
「うげっ!」
「!!!」
他の化物も、なにかを発射した。眼球から空へ。
「うぁああっ……」
兵が血飛沫をあげ潰された。蹴り上げられる者もいる。
爆発音がして見上げると、武装ヘリも落とされる。
「ガギャァアアーー!」
そのはるか上空から、何かが落ちてくる。
白い埠頭が黒いそれらで埋めつくされる。新手の六体ほど。
「ぐ、ぐあぁぁっ……」
攻勢をかけていた小隊は、想像以上にもろく崩れさった。
この怪物だらけの戦場から、一刻もはやく逃げねばならない。でも腰を上げることができない。
「どどどどう……。私、わたし……」
つぎつぎと部隊が到着し、畳み掛けるように重火器攻勢を強めるも、怪物の一体がビームシールドを展開して防いでいるように見えた。
弾もビームも届いていない。
「ぐわっ!」
「ゲェッ!」
シールドを張るカメ怪人。口が伸びる化物もいる。
それらに、つぎつぎと蹂躙されてゆく。
「駄目だぁーー!! 引けぇーー!!!」
少女の前から、消えてゆく。希望の光が。
「ぐわぁああー!!」
後には魔界がのこされた。
「うぎゃぁあああーー!!!」
頭がかじられ、振り回され、ぼろ雑巾のように飛んでいく。
腕がかまれて引き千切られる。
胴体に顔をつっこまれワタを食われる。
バキバキと骨が折れる音。ビィーッと剥がれる皮の音。鉄の臭いがただよってきた。
「いやぁああああーー……」
戦慄の光景があった。
ゲームですらお目にかかれない凄惨きわまる地獄。
泣き叫ぶ声と悲鳴、罵声。阿鼻叫喚の地獄。戦争のよう。
もはや腰がぬけて立ち上がることなど出来なかった。
「!!!」
あろうことか、何体かがこちらに目を向ける。声を上げたせいで。
「うわぁああああーー!!」
近づいてきた。
足をつかまれた。引きよせられる。
腕をとられて持ち上げられた。片手一つで。
「あぁあああ! ゆるしてゆるしてっ! ゆるしてぇえええーー!!」
黒い肌から卵の腐ったような臭いがする。
これは何。この汚い生き物は。
「わぁああーー!!!」
口が迫ってくる。ヤツメウナギのような。
(もう駄目……ごめんなさい)
目をつぶった。
(神さま! 悪いことはしません! もう悪いことはしません! だからだから!!)
おにいちゃん、お兄ちゃん。姿が浮かんだ。
助けてよ。助けてよ!
「お兄ちゃーーんッッッ!!!」
全身に衝撃を感じた。
目をつぶっているのに光が入ってくる。
(死んだ。これで)
痛みなんて感じない。
もう何も感じない。
闇しかない。
「ギェエエエエーー!!!」
だが、眼前の暗闇が二つにわれた。
(!?)
汁がふき上がる。
お尻と肘に痛みを感じた。手がはなれたのだ。怪物の。
「ブゲェエエエッッ!!!」
光が左右に走った。
とびちる液体が視界にはいる。
周囲の化物が、鮮血を噴きだし倒れ伏した。
「ぉおおおおっ!!」
歓声があがった。
(死んだ。怪物が)
たおれた脚へまとわりつく、緑の血。怪物の血。
「な……? 何? 何なの!?」
ゆっくりと起き上がる、白い人。
人?
それが口をひらいた。
「地球の悪はゆるさない!
愛の戦士・エルレイヤー!!」
あたりが静寂につつまれた。突如あらわれた女に、怪人も微動だにしない。
(エル、レイヤー?)
名乗りおわると左腕にバリバリと黄色いエナジーをたたえ一気に放出し、周囲一帯をなぎはらった。
「ギェエエエーー!!」
身体が上下に裂断されてゆく。メデューサとカメが後衛を庇う。
「!!?」
「3」
女はピンクヘアーで、白のラバー状スーツを着込んでいるが、腰はフレアのミニスカート。その下に白ニーソといういでたち。
「こちら38。管区内で戦闘」
『了解』
腕のエアモニターでいずこかと連絡し、それが再び電撃をためて向きなおる。
「グゲェエエッ!!」
ニーソとブーツは一体であり、太ももは丸出し。
いわゆる変身ヒロインであろうか。全身が白く輝いている。
「えぇええーーい!」
その腰のうねり、きわどい太もも、たわわな胸は女のえさこから見てもそそられるほどで、思わず触れたいと思わせる艶めかしさがあった。
「シャァアアアーーッ!!」
トカゲのような怪物が飛躍して雷をかわし、口からビームを吐いたが、それはロングヘアーをたなびかせ後方へ飛びのき上空から電撃をまとった蹴りで逆襲した。
怪物の左半身におおきな穴があき、それは徐々にかたむき爆発炎上してしまった。
「4」
「…………」
えさこは、その女の活躍をあっけにとられて見ていた。
「秘密……兵……器……?」
「ヒゲェエエエーー!!」
ニ三体の怪物が跳躍し、南の山間へ後退した。
だが港にはまだ一体残されていた。メデューサのような怪人が。
「グケケケ……」
「――な、なに、何なの……」
えさこには、まったく意味がわからなかったが、それらは確かにそこにいた。
「…………」
「グゲゲゲ……」
ゲームのようだが夢ではないようだ。
(あと、一体……)
白い女は、そう呟いて身構える。
波止場を埋め尽くしていた黒は一瞬で消えてなくなった。
「ギェエエッ……」
メデューサが、わずかに距離をとった。