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銀色のカケラ



 私は、どんなお兄ちゃんでも愛せると思うの。たとえイカでも。



 ドドーンと闇をきり裂く火柱があがった。

「きゃぁーー!」

 ズズーンと灰色の塊が落下した。

「うわぁあああん!」

 車のクラクションと子供のなき声で、深夜の街は喧騒につつまれた。


 上空にはかがやく物体、地上にはおぞましい影。

 20XX年の夏。東の空は海老のような朱色にそめられた。



 リリリリンと羽音が心地よい、クーラーをガンガンにかけた部屋のなか。お風呂上りの少女が、えびせんと牛乳をしたためながらPCゲーム『お兄ちゃんはエビ怪人ω』をプレイしている。

『オレのことが……好きなのか……?』

「好き」


「住民のみなさんはすみやかに避難を」

 モニタ画面をみていたら避難速報が流れた。外はまだ静かな深夜ニ時。

「んっ……しょっ」

 災害用リュックに入れようと、少女は勉強机から何かをとりだし、目をほそめた。

「五、四歳か……」

 男女が釣竿を手に笑ってる写真。首からそれぞれペンダント。


「まだいたの? えさこ?」

 母が部屋のドアをあけた。

 びくんと、海老のようにのけ反り最小化。

「……」

「ど、どこへ?」

 母の投網にひっかかり車の後部座席で跳ねたえさこ。首から下げている――半分欠けたコインのある――銀色のペンダントを握りしめながら問うた。

「決まっているだろう。関東以外は被害が少ないらしい」

 運転席の父がこたえる。田舎へ行けるのか。

「……」

 少女は白Tシャツに学校ジャージと、色気ゼロの避難コスで、肩よりすこし長い髪を、海老のように高く結いあげていた。

 腰とお尻に自信あり。胸は少々心もとない。

『エビ、エビエビエビフリャー!』

 とつぜんケータイが鳴った。父が不審な顔をする。

 確認してスリープ。

「教えなきゃよかった」

 クール系女子は、窓に肘をあて外をながめた。キッと目じりの上がったキツめの……やさしい顔。

 人からは『男っぽい』と言われる。『中身がオッサン』だと。

 心外。

 それから、何か大切なことを忘れている気がする。でも思い出せない。

「早く!」

 巣穴ににげこむ魚のように助手席へかけこむ母。その直後、ズズーンと地鳴りがきこえ、左手のコンクリート塀のおくに、真っ黒い異形の頭部がゆらめきながら出現した。それは黒ヒゲを上下させ、表をまわって悠然とむかってきた。

 あたりに、けたたましい警報音が鳴りひびく。

「早く、早くうぅううーー!!」

 母親の悲鳴とともに、飛び跳ねる海老のごとく敷地を出、闇をきり裂き小さくなってゆく車。その後方で天が赤くそまり火の手があがった。



 或る、はれた夏の夜。海にたたずむ魔法の杖に灯がともる。

「落ちるなよ?」

「……」

 月がのぼる堤防灯台のたもと。コンクリート矩形の先端で、釣り糸をたらす少年がふりかえり、その眉根にシワをよせた。ザザーンとテトラポットで四散する波のせいで聞こえないふりをする。

 照明にてらされた堤防は、闇のなかでもはっきりと足元に散らばるオキアミが確認できた。釣り人の残したエサだが、それを拾って先端へもっていく。

「エビ。もうないでしょ?」

「エビちゃうぞ。それ」

 エサの枯渇に直面するうっかり男を救ってあげたのに、いちいち揚げ足をとってくる。

「いって!」

 エビを投げつけ、肩をいからせながら灯台のたもとへ腰を落とした。コンクリートの段差へ。

「ふん! いいじゃん別に。ボウズでもさ」

「…………」

「ボウズ」

 そのとき、水中から光輝く何かがあらわれた。ゆっくりと。

「!?」

「え?」

 空の月のよこ。同様に光るそれに、目をうばわれる。

「うっ……!!!」

「えさこ!!!」

 不意になにかの衝撃をうけた。

 力がぬけて立ちあがれず、そのまま闇へとおちてゆく。ま、待って。

「……」

 ――気がついて顔をあげると、そこはしんと静まりかえり、ただ星々のきらめく暗く深いおおきな海が広がっているだけだった。頭上の月はいつもどおり何事もなくそこにいる。

 男児はそれ以来、顔を見せない。

 それから10年。地球は未曾有の大災害にまきこまれた。

「絶対……、ゆるせない……」

 少女はペンダントをつよく握り締めた。あの光は、それだったのだ。



 関東の事件と時をおなじくして或る施設内も、深夜であるにも関わらず騒然としていた。

「聞いたか!? 東京方面」

「恐れていた事態だ……」

「こっち来るそうやで首都機能」

「ウチも本部になるってさ。LL再編成だ」

 地下の搬入口は、人やトラックがせわしなく出入りしている。その施設の門塀には『国際地球防衛軍日本支部UEDJ』の表記。

「大阪の時代がきたでー」

「は?」



 白いモヤのたゆたう黒い海の波止場。日本海に面する港町に一台の自動車があらわれた。

「船で?」

 まだ魔の手がのびていないのか、薄明かりのなか辺りは静寂につつまれている。埠頭には乗船をまつ人々の長い列。

「新幹線も高速道もダメなんだって」

 助手席の母がこたえる。

(沈没するよぉ。えさこ沈没……)

 車のまま乗船するのか、家族はそれに乗ったまま。

 えさこは震えながら後ろをふり返り、運転席に問うた。

「どうなったの?」

「自衛隊やUEDJが出張って、化物とドンパチやってんだ。東京のど真ん中。無事なわけあるか……」

「これからどうなる?」

「大丈夫、いままでは防げてた」

「でも……」

「それに秘密兵器がある……らしい」

「秘密兵器?」

「あぁ。心配はいらないさ」


 あたりが白みだしたころ、まだ仄暗い山中からギャアギャアと鳥のむれが啼きわめき飛びたった。まるで地震の前触れのように、天をうめてゆく。

「変態みたい」

「え?」

「私につきまとう」

 えさこは耳に手をあてて防いだ。

「うるさいってこと」

 それを追うように稜線から巨大な影が姿をあらわし、黒い側面に光をはなった。それから何かが空中へ舞いあがりズズーン、ズシーンと埠頭へおりたった。

「わぁああああーーっ!!」

 少女の車のすぐわきで、暗色の物体が四つほど、のっそりと起きあがる。山のような巨体。体長はそれぞれ三メートルほど。

「グギャァアアアーー!!」

「ひぇええええーー!!」

 静かだった港は、にわかにけたたましいサイレンと悲鳴につつまれた。

 それをかき消すかのように、衝撃とともに眼前の車がひしゃげて弾けた。

「わぁああっ! 出ろ!! みんな!!」

 前方の車が怪物にふみ潰され、そのありえない光景にえさこは海老のように跳ねた。

 とにかく必死でドアをあけ、外へまろび出た。 

 ドドーンと、背後で爆発。つぶされた車が炎上する。

「うっ……あっ……」

 駆けだして五メートルほど先、大きな影法師があった。

「グゲッ……」

 頭からながい髪をはやし。

「ま、まずい……」

 朝日に照らされた、その胸元には、何かが輝いていた。

「!!?」


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