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緑色の若葉『暦日灰杜』

 ――day.1――


『いいのかい?』


 青白い月明かりに照らされながら、窓辺に座る桜が問う。

 囁くような優しい声音と、カーテンに妖しく浮かぶシルエットに、心臓がドクンと大きく脈打った。


「いいって、何がだ?」

『気付いてるくせに、君はずるいなぁ』


 抱えた膝に顔を埋め、うっとりと恍惚の表情を向けてくる。

 部屋の中でも外さない帽子のつばにより、人形のような整った顔に影が落ち、どこか不気味な印象を抱いた。


『彼女はただ君に居場所を与えたかっただけ。他意は無かったと知っている……だから、君は後悔している……』


 今日の桜はいやに機嫌が良い。それこそ、俺が白詰と出会ったことを祝福しているかのようだ。


「怖い、のかもしれない……」


 か細い声で、自信なさげに呟く。

 久しく機能していなかったせいで、俺は自分の感情に名前を付けることができなくなっていた。

 けれど、何かが自分を脅かすような気持ちがして、心が落ち着かずにソワソワとした感覚。恐らく、これが恐怖なんだろう。

 一歩踏み出せば何かが終わってしまうような予感に打ち震えている。


『君が封じた感情の蓋をこじ開けるのが、まさかボク以外の人間になるとはね……』


 しみじみとした様子の桜は、どこか切なげに目を伏せる。


「どうしたらいいのか、自分でもわからない」

『それは、ボク以外と関わることをやめてしまったからかい?』

「……ああ」

『なら答えは簡単じゃないか』


 俺と目を合わせることなく、桜はその答えを提示する。

 

『もう一度――』




 ――day.2――


 終業を告げるチャイムが鳴った。

 休み時間に入った途端に、俺は授業で使わなかった頭をフル回転させる。


「白詰詞のことを調べたところで、どうなるってんだ」


 持ち主がいない隣の席の机に腰掛け、桜がクスクスと笑った。


「……いや、あくまでそれは理由だったな」

『わかってるんじゃないか』


 俺は頭の中で昨日の桜の言葉を反芻していた。


「もう一度、他者との絆を信じろ、か……」

『そう。ボクらと同じ絆を紡ぎ、他者を信じることが目標さ』


 心のどこかに引っ掛かりかけた言葉を飲み込み、俺は大きく溜め息を吐いた。鼓動が速くなっている気がする。


「とにかく、今はどうやって白詰のことを調べるかだよな」

『闇雲に探るのは骨が折れるだろうからね』


 不思議と今日の桜は機嫌が良く、楽しそうに足をパタパタと揺らしていた。

 普段が大人びていた分、こういう面を見ると年相応に感じる。

 俺にとって不可解な人間はもう一人。白詰だ。


「どうしてあいつは俺の居場所なんて……」


 動機を知ることなんてできない。俺は俺で、白詰ではないのだから。

 でも、俺を救おうとしてくれたことは本当なのかもしれない。


『大丈夫』


 俺を安心させるように、桜は優しく語りかけてくる。


『白詰詞。彼女は信頼できるはずだよ』

「……俺も、そう思う」


 自分で自分の言葉を疑った。

 まさか桜とアイツ以外の人間を心から信じられるなんて……アイツって誰だ?


『ところで、さっきから後ろの人が君を見ているよ?』


 俺の頭に過った人影を掻き消すかのように、桜はあからさまに話をそらした。


「後ろのヤツ?」


 言われるがまま振り返ると、相手は慌てて視線を泳がせた。


「な、なんすか?」


 動揺を隠せないあたり、桜が言った通り俺を見ていたようだ。目的はわからないが、俺が桜と話している姿に思うところがあったのかもな。

 いかにも薄幸な男子は、今にも消え入りそうになりながらも、確かにそこに存在していた。

 顔を隠さないないためか、前髪をピンで留めている。

 ……聞くだけ聞いてみるか。


「お前、白詰のことを知ってるか?」


 硬直したまま返事がない。それどころか身動きひとつしなかった。

 突然の質問に頭が働いていないらしいが、それは相手の都合だ。


「白詰のことを知っているか?」


 途端に大きく目を見開かれる。

 隣の席で桜が腹を抱えて笑っていた。

 俺の警戒心を解くためか、相手はおどけた様子を見せる。


「家が近所だったんで、小学校から一緒っすけど」

「頼む、白詰のことが知りたい」


 頭を下げていると、ペンが降ってきた。おそらく手から滑り落ちたのだろう。

 拾ってやると、緊張した様子で受け取った。


「あ、ありがとう」


 まるで幽霊でも見たかのような気の抜けた声だ。

 俺が他者のことを知りたがるのがそんなに意外だったんだろうか。それとも拾ってもらえると思ってなかったのか?

 腫れ物を触るような、よそよそしい態度を崩すつもりはないらしい。


「……なんで僕に気付けたんっすか?」

「あんだけジロジロ見られりゃ気付かないわけないだろ」


 実際、刺さるような視線を全く感じていなかったかと言えば、それは嘘だ。

 最近チクチクと針のようなものでつつかれているような感覚がしていた。

 俺に何かあるという確信に至ったのは、あくまで――


「桜が教えてくれたのもあるけど……」


 心の奥底では認めたくないからか、語尾は口ごもってしまった。


「僕が知ってる限りのことでよければいいっすよ!」


 向日葵のような眩しい笑顔を浴びたことで全身の水分が搾り取られてしまい、俺の心はすっかり乾いている。

 太陽に照らされた吸血鬼はこんな気持ちなんだろうか。

 でもなんとなく、顔に貼り付けられた仮面のような印象を受けた。偽物の笑顔と呼べばいいのだろうか。


「あ、でも」


 視線の先は壁掛けの時計だ。針はまもなく始業を告げようとしていた。


「ここじゃなんなんで、昼休みに屋上でいいっすかね?」

「わかった」


 屋上ということは、白詰の話が広まることを恐れているんだろうか。

 自分は自分、他人は他人。自分の痛みですら理解しきれないのに、他人の痛みまで背負うというのは傲慢じゃないだろうか。

 それに人の噂も七十五日だ。いくら言葉が脚色されようと、時間と共に風化していく。そこまで気にすることか?

 桜は机からひょいっと降りると、俺の傍らに立った。


『やはり気になるんだね。周りの言葉に心揺れることは、君には無いことだから』


 ――それは嘘だ。

 昔は確かにそうだったかもしれないが、今は……白詰と出会ってからは違う気がする。


「席につけ! 授業始めんぞー!」


 教師が教室に入ってきたことで、反射的に黒板の方へと身体を戻した。


『本当に、あの子が現れてから変わった……』


 白詰と出会ってからの変化は、自分でも認識できている。

 俺は人への興味を少しずつ取り戻し、同時に感情を取り戻そうとしている。

 幸か不幸か、それは失われた過去や桜と繋がっているような気がしていた。



          ☆☆☆



 昼休みになり、言われた通りに屋上で待っていたのだが――


『どうやら、すっぽかされたみたいだね。約束破りは海の中だったかな?』

「それはあくまで『ローレライの歌』の歌詞だろ」


 空になった弁当箱を包みながら、俺は思わず溜め息を漏らした。

 当て付けのように桜が『ローレライの歌』を歌い始める。

 記憶の蓋をこじ開けようとする不快な雑音だが、昨日とは違って聞き流せる。店内BGMのようにフェードアウトしていた。


「それにしても、無駄な時間だったな」


 やはり他者と関わる時間は無駄に労力を消費するだけだ。

 徒労に終わったのだから、もう白詰を探らなくとも桜も文句はないはずだ。

 俺が心を閉ざそうとしていた時、屋上の扉が勢いよく開かれた。


「暦日! 待たせてすまなかったっす!」


 飛び込んできたのは、ワックスで髪型を整え、制服をラフに着崩している男子だった。

 活発で外向的な印象を受けると同時に、どことなく記憶に残りにくい印象を受ける。


「問題ない」

「改めて自己紹介させてもらうっす」


 ――キーンコーン。

 もうすぐ始業であることを告げる予鈴が鳴り響いたが、気にする様子はない。


「授業、出ないのか?」

「出席なんて僕にとってはどうでもいいことっすから」


 俺にとっても出欠は重要じゃない。それよりも白詰を知りたいという好奇心の方が勝っている。


「僕の名前は紫蘭祷。さっきも言った通り、一応白詰さんとは小学生からの関係っすね」

「一応?」

「えーと……僕は、人の記憶に残りにくい体質なんすよ……」

「なんだそれ?」


 人を忘れるなんて本当にあるのか?

 それとも俺みたいに他者と壁を作る人間ばかりなのだろうか。

 人は内輪ならば個々に対して親身になれるが、見知らぬ人間は全て同じに見えてしまうものだ。一歩でも引いてしまえば、忘却される可能性は高い。


 俺自身も、桜と猫、白詰、紫蘭くらいしか認識できてない。

 ……いや、もう一人いたような気もするが、まるで記憶に靄がかかっているかのように思い出せない。


「僕は昔から白詰さんのことを、それなりに近い距離で見ていたわけなんすけど」


 紫蘭は淡々と話を切り出す。記憶に残りにくい、忘れられるという話については、あまり触れられたくないのだろう。


「少なくとも、小学生低学年の頃はまだ、言葉に怯えてなんてなかったんす」


 小学生という単語が、俺の中でわだかまる。原因は単純明快だ。


『ボクらが出会ったのと、同じ時期だね』


 俺は桜を黙殺し、紫蘭の話に耳を傾けた。すると、紫蘭は何かを誤魔化すように笑った。


「白詰さんは昔から成績優秀だったんすけど、運動音痴でおっちょこちょいなとこもあったりしたんすよね」


 成績優秀というのは意外だが、あのほんわかとした雰囲気から、ドジを踏みやすいという点は想像に難くない。その後にあわあわオロオロと慌てている姿すら目に浮かぶ。


「でもそれを十分に補えるくらい、誰に対しても優しい人――」


 分け隔てなく誰にでも優しくするというのは、実はとても難しい。人には好みだけではなく、相性というものもあるからだ。

 紫蘭の表情が暗くなり、急に空気が重たくなる。


「だったんすけど……お父さんの葬儀で学校を休んだ数日後、ひさしぶりに登校してきた白詰さんは、言葉に触れることを極端に嫌がるようになってたんす……」

「どうして急に?」

「なんでも、お父さんが白詰財閥の当主だったらしく、甘い蜜を吸おうと、白詰さんにまで胡麻をする人達が跡を絶たなかったみたいで……」


 白詰財閥は、確かこの近辺の学校を運営している財閥だったはずだ。

 政治的なものに興味がない俺でさえ耳にしたことがあるということは、かなりのお嬢様だろう。


「世間知らずの箱入り娘か」


 紫蘭に聞こえないようにそっと呟く。


「お父さんが死んだことによる手のひら返しが尋常じゃなかったみたいなんすよ。まるで存在を否定されてるような感じだったって話っす」

「?」


 浮かんだ疑問を一旦飲み込む。


「白詰さんは耳を塞いだものの、自分の発する言葉でさえ刃に感じ、喋ることも無くなったらしいんす」


 嫌なものは見ない、聞かない、言わない。どれだけ徹底していても、ストレスは消えない。

 きっと、白詰の心はゆっくりと摩耗していったんだろう。


「光明になったのは、すごく単純なことだったんすけどね」


 そう言って紫蘭は寂しげに遠くを見つめた。


「僕の言葉は、いくら伝えても届かなかったのに……たった一人の女の子が、白詰さんを変えたんす……」


 届かぬ雲に手を伸ばすように、人魚が陸の世界に憧れを抱くように、祷の表情は愁いに満ちている。


「その女の子って?」


 紫蘭は何かを考える素振りを見せたものの、柔らかく微笑んだ。


「とっても素直で可愛い、僕の大切な家族っすよ」


 それはまるで萎れた花が水を与えられ、再び花咲いたようで、無理矢理作られた笑みではなかった。

 歯痒い思いを抱えながらも、本当にその女の子の存在が愛おしいようだ。

 不思議と、俺の胸がとくんと高鳴る。


「?」


 胸を擦っても理由はわからなかった。


「どうしたんすか?」


 今度は、鳴らない。


「なんでもない……」


 心にポッカリと穴が空いたような虚無感に苛まれる。何かに満たされたいと思うこの感覚は、空腹にも似ている。


『もしかして、君は今……』


 桜は何か言いかけたものの、きゅっと唇を結んだ。

 チラリと視線をやるが、わざとらしく顔を背けられてしまう。


「暦日?」


 俺が沈黙したからか、心配そうに紫蘭が見つめてくる。


「表情豊か、なんだな」


 自分で自分の発言に驚く。

 同時に、それが失言であったと悟る。


「……こんなのはただの仮面。僕の心を守るために貼り付けた、偽の顔でしかないよ」


 紫蘭は口の端を無理矢理上げながら、眉間にシワを寄せる。

 両に下ろされた腕は微かに震えていた。手のひらに爪が食い込んでいる。

 不甲斐ない自分に憤りを感じているような、本当の自分に気付いてもらえないことを悔やんでいるような、悲しみに暮れているような……


 どれだけ推測しても、感情を失った俺は表情の裏にある心には届かない。

 それでも声を絞り出す。俺が思った言葉を、思ったままに伝えるために。


「たとえ仮面だとしても、感情を知らなければ表情を作れない。君は、人に寄り添えるんだな」


 他人の気持ちがわかるということは、つまり――


「紫蘭は俺とは違う。人の痛みを分かち合える人間なんだろ」


 俺には逆立ちしてもできそうにない芸当だ。

 俺は、桜達の想いと痛みを踏みにじってしまったから。


「だから、自信を持っていいと思う。何年も歩いて、ふと振り返った時……その痛みは、誇りになっていると思うんだ……」


 俺の言葉に、紫蘭は顔を綻ばせた。


「言葉って、こんなにも心を暖かくしてくれて、希望の光に変わるんだね……」


 再びトクンという謎の音が鳴り、胸にじんわりとした熱量が広がる。


「こ、暦日??」


 ぎょっとした顔を向けられ、はてと首を傾げる。

 そんなにおかしなことを言ったつもりはないんだが……

 視界に映っていた桜の瞳から、ポロリと雫が溢れていた。なんで泣いてるんだ?

 わけがわからずにいると、紫蘭がぷっと吹き出した。


「あっはっははは!」


 声を出し、腹を抱えて笑い始める紫蘭。目尻に涙を浮かべるほどだ。

 茫然としていると、目尻を拭って笑みを向けてきた。


「なぁんだ! 暦日も、きちんと笑えるじゃんか!」


 ペタペタと顔を触るが、自分の表情なんて鏡を使わなければ見られない。

 でも、すっかりありのままをさらけ出している紫蘭と共にいるこの空間が、なんだかとても心地よく感じた。

 頬が上気し、桜の涙の意味を悟る。


「……そうか、俺が変わったからお前は」

『うん。実に喜ばしいよ、灰杜』


 あの日、俺は感情という箱に鍵をかけた。

 数年も放置され、錆び付いてしまった鍵を、あっさりと解錠してしまったのは白詰だ。

 けれど、同じように封じられていた表情を引き出してくれたのは、間違いなく紫蘭だ。

 何時間も一緒に居てもいいと感じるこの高揚した気持ちは、きっと……


「あのさ暦日」


 紫蘭が俺へと手を差し出してくる。


「僕と、友達になってくれないかな」


 返事を躊躇い、チラリと桜の様子を窺う。

 振り返った先では、満開に咲き誇る桜のように、凛とした笑顔が広がっていた。


『君の感情に正直になるといい』


 俺の抱いた感情を、桜は見透かしていたようだ。


「……俺も、紫蘭と友達になりたい」

「ほんとっ?」

「一緒に居て……楽しい、からさ……」


 嬉しそうな紫蘭へと、なんとなく口ごもりながら告げる。

 頬が熱くて、紫蘭の顔はまともに見ることができなかった。

 小学生以来の友人という関係が、照れ臭かったのかもしれない。


『おめでとう、灰杜』


 耳元で囁かれた祝福の言葉は、何故か俺の胸に喪失感を残した。



          ☆☆☆



 下校中、地元の住宅街を歩んでいる時のことだった。

 すべり台とブランコしかない小さな児童公園のベンチに、見知った人影を見かけた。

 俺が昨日傷付けてしまった、白詰だ。

 使い古されたブックカバーのかかる本を開き、心此処に有らずといった雰囲気で黄昏ている。

 話し掛けようと公園に踏み込もうとした俺の横を、小さな少女が追い越した。


「コノちゃ~ん!」


 少女はランドセルを揺らし、愛らしい声で呼び掛けながら駆け寄っていく。肌は真っ白で髪は綿毛のようにフワフワしており、人形のようだと思った。

 白詰はパタンと本を閉じると、うっすらと笑みを溢した。明らかに元気がない。

 少女はそんな白詰を慰めようとはせず、話したいことを口にしているようだった。


「雪のやつ、走るなって言ってんのに聞こえないんすかね」


 俺の隣で呆れたように呟いたのは、近所に住んでいる後輩だった。以前、はぐれた妹を保護したことがあり、時々話しかけてくるようになった。


「こんちわっす」

「…………ああ」


 わざわざ挨拶してくれたが、俺は冷たくあしらってしまった。けれど相手は特に気にしてないらしい。

 白詰は満面の笑みで楽しそうに少女の話を聞いていた。少女は身振り手振りを加えて話を盛り上げていく。


「笑ってる……」


 俺の視線を辿り、二人を見ていたことについて何か考えていたんだろう。


「傷付いてる人って、傷口に触れられるよりも、全く関係ないことに気を取られた方が、案外楽だったりするんすよ」


 そう言ってニッと歯を見せて笑う姿に、俺は紫蘭を重ねていた。どことなく雰囲気や喋り方が似ている。

 確証があるわけじゃないけれど、紫蘭の仮面とやらは、こいつが元になっているんじゃなかろうか。


「雪ちゃん、会いに来てくれてありがとうございます」


 白詰の笑顔を見ていると胸が痛み、この場から一刻も早く逃げ出したいと思ってしまった。


「あっ、暦日先輩っ!?」


 名前を呼ばれるが、そのまま黙って走り去った。

 胸が苦しく、息をするのがままならない。汗が一向に止まらない。

 白詰は俺を救いたいと言ってくれたけれど、俺には何もできないことを痛感させられた。

 あいつには助けてくれる人がいる。だから俺は、白詰の側にいなくてもいい存在だ。


 走っている途中で、短い着信音が一つ鳴った。メールが届いたらしい。

 送り主は紫蘭祷。本文はたった一言だったが、俺の心を塗り替えるには十分だった。


『怯えなくても大丈夫、僕も共に進むから。それに――』


 そうだ。今は俺自身が関わりたいと望んでいるんだ。

 これはただの我が儘。白詰の為に何ができるかじゃなく、白詰とどうしたいかを主軸に考えればいい。

 流れに身を任せてたわけじゃなく、自分で考えて行動することを放棄していただけなんだから。


 鞄を漁りながら踵を返す。目当ての物はすぐに見つかった。

 俺の決意を後押ししてくれたのは、紫蘭のメールの続きだった。


『どう行動するかは、もう決まってるんじゃないの?』

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