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灰色の世界『暦日灰杜』

――day.1――


 いつものように家を出て、

 いつものように歩き出し、

 いつものように電車に乗る。

 決して代わり映えのしない、とてもつまらない日常。


 時刻表通り規定の時間に停車する電車を数本見送り、遅刻しないギリギリのものに乗車した。

 車両の中頃にある一つのドア。その横が俺の定位置だ。


 走り出した電車は決まった場所に到着すると、すぐさまドアを開いた。

 慣れた様子で乗車してくるのは、会社員や学生ばかり……

 人はみな、決められたレールを歩き続けているだけなのだと、強く実感する瞬間だ。

 ただ日々を積み重ね、時間を浪費するだけの人生。


 ――本当にくだらない、平凡すぎる日常。


 揺られながらふと目に入ったのは、落ち着き無くキョロキョロと周りを見回す少女だ。

 肩に掛かる髪を左右に数回揺らし、学校指定のカバンから本を取り出す。

 四葉柄のブックカバーが付いた本を開くと、それはそれは幸せそうに微笑んだ。


 俺より小さい背丈に、年相応とは言えない幼めな顔立ち。けれど制服は同じ金鈴高校の生徒であることを表していた。

 俺のネクタイと同じ赤色のスカーフから、どうやら同級生らしいことがわかる。

 顔も名前も知らない少女は、満員電車に揺られながら、必死に本の世界に入り込もうとしていた。


 一つ先の駅で停まると、少女は人混みに流されるようにしてドアの側まで来た。

 人と肩がぶつかるような距離まで接近するのは珍しくない。けれどどこか懐かしい気がして、何故か目を離すことができなかった。

 ……他人への興味は時間の無駄でしかないのに。


 俺は今日も、何事も無かったかのように時間を刻み、日々を送るだけでいい。

 何か行動を起こしたところで在り来たりな結果しか生まないことは、過去の経験で分かりきっている。

 意味もなく視線を窓の外へと向ける。


『そうやって他人と関係を作らないから、君はいつまで経っても変われないんだよ』


 耳元で囁かれた戯れ言。

 何年も何年も、俺に取り憑き続ける亡霊によるものだ。

 吐きそうなほどの不快な感情が湧いてくるが、それを押し殺すように深く息を吸った。


『君はどうして、目を背け続けるんだい?』


 窓越しに、俺の背後に立つ亡霊の姿が浮かび上がる。

 とんがり帽子にローブという、童話に出てくる魔法使いの格好。あの時から、何ら変わらない。

 澄んだ瞳が捉えるのは、光を見失ったままの俺だ。


『本当は声が聞こえてるだろう?』


 他人にも自分にも興味はない。

 もちろん、亡霊に対しても、だ……

 だからこそ、彼女の言葉には、戯れ言という表現がしっくりくる。

 それに対する俺の答えはこうだ。


「うるさい」


 単純明快な一言に亡霊は何も返さなかった。

 気づけば周囲からはどこか異質な目を向けられている。

 亡霊と化した彼女の姿は、他の誰も見ることができない。他者から見れば独り言を繰り返す変人なのだろう。

 不審がられるのはいつものことだ。すっかり慣れてしまった。


「ご、ごめんなさい」


 突然そう言ったのは、先程本を読んでいた少女だった。今はもう本に栞を挟んで閉じている。

 不安そうな表情で、縋るように俺を見上げていた。

 何故謝ってきたんだろうか。


「…………」


 俺が冷めた目を向けたからか、怯えたように本で顔を隠してしまった。時折顔を出しては様子を窺っている。

 チラチラと人の顔を見てきて、なんだこいつ……?


 俺は他人に干渉するつもりはないし、ましてや関わりを持った覚えもない。

 ただ坦々と、流されるままに生きていき、一人で寿命を迎えて死すつもりなのだ。後悔を繰り返さないため、孤独なままでいい。


『さっきから思っていたのだけれど』


 また亡霊が口を開く。俺にしか姿が見えないことをいいことに好き勝手に喋り出し、四六時中迷惑している。

 ジト目をされたところで、何も考慮することなどない。


『亡霊とは失敬だな。ボクにはきちんと常磐(ときわ)(さくら)という名前があることを忘れたのかい?』


 忘れていない。忘れられるわけがない。

 名前だけじゃない。共に過ごした思い出も、その時々で見せてくれた表情や仕草、それに――


『なら、この口癖も覚えているかな?』


 予測できていたはずなのに、耳を塞ぐことはできなかった。

 それどころか、金縛りにあったかのように身動き一つとることが許されない。

 俺が壊れてしまうのもお構いなしに、残酷にも桜はその言葉を告げる。


『――君のセカイは、何色だい?』


 その台詞を耳にした途端、目の前が真っ赤に染まった。


「あ、ああ………………」


 鼻を鉄が錆びたような臭いが支配し、手には深紅の飛沫がこびりついている。

 洗っても洗っても落ちることはなく、むしろ濡れた部分から広がっていく感覚さえあった。

 俺の贖うべき罪が、得体の知れない恐怖と共に染み渡っていく。


 ――やくそくやぶりはうみのなか~♪


 頭では『ローレライの歌』が俺を煽るようにガンガンと響いていた。

 視界が歪み、意識が揺れ、身体が自分のものではないかのように重たい。感覚が鈍り、まるで夢と現の狭間に迷い込んだようだ。


 ――な~いてさけんでしずんでく~♪


 どこからともなく聴こえてくる愉しげな歌声が、俺の焦燥感を掻き立てる。

 床に落ちた帽子、乱れる髪の毛、倒れる少女。近くにはとどめを刺せと言わんばかりに、床に真っ直ぐ突き刺さった包丁があった。

 あの時の言葉が、うわ言のように口から零れ落ちる。


「弱者は、強者に虐げられる……人を助けることなんて、出来ない……」


 顔も知らない誰かが告げ、無理矢理押し付けられた価値観。それが目の前で実証されようとしている。

 まだ息がある少女へと包丁が向けられる。


 ――ことばのう~みにのみこまれ~♪


 必死に何かを叫び、泣き喚くが、もはや耳には届かない。不快なノイズとしてシャットアウトしていた。

 少女の顔を、ゆっくりと尖った影が覆っていく。

 目を背けたいのに、金縛りにでもあったかのように固定されたまま動かない。


 ――もくずとなぁってきえてゆけ~♪


 振り上げた手が、少女に向けて振り下ろされる。

 ズブズブと刃が肉に飲み込まれていく中、少女は俺に対して――


「うわああああああぁぁぁぁっ!!」


 頭が締め付けられるように痛い。

 胸が張り裂けそうなほど苦しい。

 身体が燃え盛るように熱い。

 人間に囲まれ、吐き気が込み上げてくる。


「ちがう、ちがうちがうちがう……ちがうっ!!」


 俺の声が、心からの叫びが、周りの言葉を一瞬にして呑み込んでいく。

 同時に、人々が俺を避けるようにポッカリと穴を空けた。

 膝を付き、息も絶え絶えで今にも倒れ込んでしまいそうだ。だというのに、桜は追い討ちをかけるかのように淡々と呟いた。


『君は、本当に弱いね』

「……っ……は、ぁ…………はっ」


 息を整える時間もなく、電車のドアが開いた。

 異常な光景を目にしたからか、人々は驚愕したまま凍りつき、静寂の時間だけが過ぎていく。

 誰も降車しようとはしない。


 俺はよろめきながら、逃げ出すように電車を降りた。

 腰が抜け、思わずホームでしゃがみ込む。

 幸いにも降車する人は少なく、ゆっくりと呼吸を整えられそうだ。

 ドアが閉まり、発車のベルが鳴った。次の駅を目指して走り去っていく。


「あの」


 その場で電車を見送ったのは、どうやら俺だけではなかったらしい。

 視線を上げると、なるほど。電車で本を読んでいた人物だった。


「ありがとうございます」

「…………は?」


 苦情ならばわかるものの、感謝される謂れはない。


「あなたのおかげで、私は余計な言葉を聞かずにすみました」


 こいつは何を言っているんだ? 全く理解できない。


「言葉とは、その人自身の心ですから」

「あっそ……」


 どこか自慢げなのは、自分が聡明なのだと自負してるのだろうか?

 いや、笑顔の奥に隠された、別の感情を含んでいるような印象だった。

 無言で見つめていると、相手は少し小っ恥ずかしそうに目を伏せた。


「あなたの言葉は、一見するととても怖いものですが、人ではなく自分への戒め……だからこそ私は、あなたが怖くありません……」


 満面の笑顔で、祈るように告げられた言葉。だが俺は意味がわからず、距離を置いたままそれを聞いていた。


「私の名前は白詰(しろつめ)(このは)です。今度、ゆっくりお話をさせてください」


 有無を言う暇もなく、白詰は少々浮かれ気味にホームを駆け降りて行った。


「なんだ、あいつ……」


 背中を見送りながら独りごち、近くのベンチに腰かける。ニヤニヤと笑いながら、隣に桜が現れた。

 今さら拒むことも出来ず、諦め混じりのため息を吐く。


『なかなか可愛い子だったじゃないか』

「興味ない」

『そのまま恋でもしてしまえばいいのに』


 途端に桜はつまらなそうに頬を膨らませた。

 そうは言われても、恋愛感情なんて無駄だ。あくまで繁殖行為を助長し、種を絶滅させないための補助的機能でしかない。

 日常を送るだけの俺には必要ない。

 桜はそんな思考を読み取ったのか、新しい話題を振ってくる。


『学校はどうするつもりだい?』

「行かなくていいだろ。どうせ授業なんて、同じことの繰り返しでしかないんだ」


 時計の針が坦々と、決して変わることなく時間を刻み続ける度に考える。

 どうして未来へ進むだけで、過去に戻ることはないのだろう、と。


 生を終えた人間は、やがて吹けば飛ぶ灰となってしまう。死に逝く人間は数知れず、この世界は煤けていく一方だ。

 昔は鮮明だったはずの世界が、今では灰色しか存在しない。目に映っている全てが、フィルターがかかっているかのように濁っている。


『君の人生は、まるで君の名前に縛られているようだね。モノクロに色褪せた、人々が寄り付くことのない灰色の(もり)……』

「消えろ」


 亡霊を追い払うように手を振るが、彼女はにこりと笑いながらそこに居座る。


『ボクは消えないよ。それは君が一番よくわかっているはずだ。もっとも……』


 唇が触れ合いそうな距離の中、するりと細い指が俺の胸を撫でる。


『意識出来ているかは別として、ね』


 手を払うと、俺は途端にそっぽを向いた。楽しげな笑い声だけが耳に届く。


「……学校に行けばいいんだろ。しばらく黙れ」


 学校へ向けて歩き出すと、桜は満足そうに微笑んだ。

 こいつは、俺に何を望んでるんだ……



          ☆☆☆



 学校に着くと、すでに授業は始まっていた。黙って席についたところで、教師は注意することもなく板書を続ける。

 生徒の一部はこそこそと陰口を話しているようだ。


「今日、電車の中で急に奇声あげたんだって」

「やっぱり怖いね、あの人……」


 普通なら目の前で呟かれれば、腹を立てるのかもしれないが、俺は特に何も感じなかった。

 陰口とは本音と虚偽を交えつつ噂として流しているだけ。悪意などなく、純粋に興味を語っているだけだ。

 気にするに値しない。するわけがない。


 教師の話も反復ばかりで飽き飽きしている。

 退屈しのぎに窓の外を見上げると、空は雲1つ無い清々しい青空が広がっていた。


「暇だ……」


 ポカポカと暖かい日差しが入り込むが、居眠りをするつもりはない。眠ってしまえば、また悪夢を見そうだからだ。

 仕方なく教師の話へと耳を傾け、特に使いもしない教科書を開いた。


 パラパラと、ページを捲ってゆく。

 すると、あるページに視線が釘付けになった。

 それは諺のページ。有名な諺の1つ『時は金なり』という言葉が気に入らなかった。

 時間は有限。確かにそうだろう。生き物には寿命という命の終わりがあるのだから。

 だが、同じような日々を繰り返すくらいなら、時間は無限なのと変わらない気がする。


 たとえ記憶が消去されていこうと、たとえ体が悲鳴をあげようと、暮らしに大きな変化が起こることは滅多に無いはずだ。

 それなら俺は、時間なんていらない。

 この時間が終わる術を探し、未来に進むしかないという定められた運命に逆らってやりたい。

 一度立ち止まるか、過去に遡るか。できもしないことを願う。


「……えー、これで今日の授業を終わる」


 教師の言葉と同時に、待ってましたと言わんばかりに大きくチャイムが鳴り響いた。

 生徒達は次々に席を立ち、昼食を取るためにバラバラに散っていた。教室から出ないでお弁当を広げる人がいれば、購買へ駆け込む人、財布を手に学食へ向かう人など様々だ。

 俺はといえば……


『おや? どうやら忘れてきたようだね』


 かばんの上の方に入っているはずの弁当箱が見当たらなかった。

 せっかく作った弁当も、持ってこなければ意味がない。


「……食堂、だな」


 本当は、他人の手料理なんか食べたくはない。けれど機械で調理された購買の食品は、その安さゆえ売り切れていることだろう。

 かといって何も食べなければ、亡霊である桜がうるさくて仕方ない。

 嫌々ながらも学食へと向かおうと席を立つ。


「暦日!」


 名字を呼んできた方へ顔を向ける。

 一瞬誰もいないように思えたが、いかにも影が薄そうな、特徴のない男子が立っていた。教室のドアを指差している。


「誰だ?」

「……白詰さんが呼んでるっす」


 ドアの影から覗き込む少女の姿が目に写るが、全く脳が認識していない。


『君はもっと他人に関心を持つべきだよ』


 はぁ……と、大きな溜め息まで聞こえる。どうやら何処かで会っているらしい。

 とはいえ他人に興味なんて無い。顔も名前も知らないヤツならなおさらだ。


「おーい、そっちは反対っすよ?」


 掛けられた声を無視し、少女がいない方のドアから廊下に出ると、振り返ることなく学食へ歩き出した。


『いいのかい?』


 呆れながら訊ねる桜。だが、これに対する答えはハッキリとしている。


「俺は他人に興味が無い。誰かと関わるつもりもない」


 もちろんそれは絶対的な制約なわけではなく、教師と生徒や家族などの最低限の関係を貫くだけだ。

 友達なんて居なくとも、生活に支障をきたす訳がない。

 グループやカップルのような集団と多々すれ違うが、群れている意味が分からない。

 理解できず、しようとも思わない。

 人は自分のことしか考えない身勝手な生物なのだ。裏切られ、偽られるのが目に見えている。


『随分と強情だね、君は』


 その言葉と食堂に着くのは同時だった。

 俺はただ黙って券売機の日替りランチのボタンを押した。

 出てきたチケットと引き換えにハンバーグ定食を受け取ると、人の居ない学食の隅っこの席を陣取る。


 定食はハンバーグ、白米、味噌汁、サラダがセットになっていた。

 ハンバーグは肉汁が溢れ、オリジナルのデミグラスソースがかけられている。さらに箸で切れるほどに軟らかい。

 味噌汁はしじみが入っており、深みのある貝の出汁が出ているだろう。

 サラダはレタスを中心に、旬の野菜が使われているようだった。香りから察するにポン酢でさっぱりと仕上げている。


 まずはメインであるハンバーグを口に入れた。途端にじゅわっと旨味が広がり、デミグラスソースの甘じょっぱい味がする。間違いなく白米が進むような味だ。

 美味い。美味いはずなのに……どうしても美味しいと、もっと食べたいと感じられなかった。


『残すことは許されないよ』

「わかってる……」


 金を無駄にするわけにもいかず、仕方なく食べ続ける。正直、食欲はとうに消えていた。


 消費を目的として黙々と食べていると、向かい側に人が座った。顔は記憶していないが、おそらく先ほど教室に来ていた少女だろうと見当をつける。


「暦日さん、朝はありがとうございました」


 朝ということは登校時間だろうか?

 学校に来る前のことなど、すでに記憶から消去されている。通学風景など覚えていたところで、メリットなど何一つ無いからだ。

 無言のまま箸を進めていると、少女は周囲をキョロキョロと見回し、挙動不審気味になっていた。


「ご、ごめんなさい……」


 それ以上の言葉は無く、少女は沈黙した。話されたところで反応するつもりなど毛頭なかったが。

 皿の上のものを全て平らげると、すぐにその場を去った。

 食欲が無くなったのか、少女も何処かへと姿を消した。


『……少しは変わればいいじゃないか』


 廊下の途中で愚痴のように溢した桜の言葉に、俺は心が冷えきっていくのを感じた。自然と、足が止まる。


「お前が俺に、変われとか言うなよ……」


 悔し紛れに近くの壁を殴る。

 桜は止めなかった。ただ隣で、俺を観察するだけだ。


「俺は、いつまでも……変わるつもりなんてない……」


 ――もしも俺が変わってしまえば、君は安心して何処かへと消えてしまいそうじゃないか。


 決して口にすることが出来ない本音。俺はこれからも、君さえ傍に居てくれればいい。

 常盤桜。俺の最初で最後の親友だけが、他人に無関心な俺の興味をくすぐる。君さえいれば、俺は周りと繋がらなくてもいい。


『君は、まだ目を逸らすのか……』


 寂しそうな桜の瞳から逃れるように、俺は教室へと再び歩き出した。


「ごめんなさい」


 その小さな一言は、わりと近くから聞こえた。声がした辺りを素通りするも、後ろをちょこちょこと追いかけてくる気配を感じる。

 黙殺したまま教室に入り、席につく。


「あの! 聞いてください!」


 諦めが悪いらしく、まだついてきていたようだ。

 机の前に立っているため、顔に影が落ちている。


「……何?」


 無愛想に見上げると、少女はびくりと怯んだ様子を見せた。

 それでも勇気を振り絞るように拳を握る。


「私は白詰詞です」

「はぁ……」


 そういえばそんな名前、どこかで聞いたような……?


「私とあなたは似ています……だから、私はあなたを助けたいんです……っ!」


 俺を助けたいと叫んだ少女は、周囲を満たす何かに怯えるように、小さく身体を震わせていた。

 それでも懸命に訴えかけてくることから、その言葉が偽りでないことがわかる。


「誰かの言葉に縛られたあなたの時間を、私が一緒に刻みます……っ!」


 教室が沈黙する中、時計の針が動く音だけが響く。


『気持ちが、少しだけ揺らいでるのかい?』


 信じたくは無い。けれど自分の意思とは関係なく、無意識に心は変化していく。


『どうしてそこまで言ってくれるのか、彼女に興味を持ったんだね』


 そう。桜の言う通りだ。

 俺はあの日以来初めて、人のことを知りたいと――自分のことを知ってほしいと思っていた。


『それでいい……いや、そうでなくては困る……』


 ――カチッ。


 止まっていたはずの俺の心が、一つ――針を進める音がした。

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