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水色の雨粒『紫蘭祷』

 ――day.3――


「黙って一緒に来なさいっ!!」


 圧倒的な緊迫感に逆らえるはずもなく、思考が追い付く暇もないままに車へと乗せられた。

 しかも黒塗りで長い外車。いわゆるリムジンって名前で知られる、高級車なんじゃないかな。さすがお嬢様。

 でも館花先輩は僕をどこへ連れていくつもりなんだろう?

 車窓からは外の景色が見えないため、行き先に見当などつくはずもない。


 それに、この立派な口髭を生やした、ダンディな運転手のおじさんは誰だろう。

 おじさんは僕の顔をマジマジと見つめ、時折何かに納得したかのように、しかし涙を堪えるように頷く。

 一方館花先輩は、感慨深そうに真っ黒い車窓に映った自分を眺めていた。空気が暗いから、沈黙が重たい。


「あ、あのー」


 声をかけてみたものの、館花先輩から華麗に黙殺される。

 まあ、存在を無視されることには慣れてるから、今さら傷心にはならないけどね。

 とくにすることもなく、僕は今朝のことを思い出していた。



          ☆☆☆



 まだ日が昇っていないというのに、目が覚めた午前五時頃のこと。

 手狭な六畳一間の部屋。ヒナはまだ二段ベッドの上段で寝息を立てている。

 身体を起こし、部屋を見回すと、相変わらず簡素だなと思った。

 家具は二人分の教科書や参考書が並んだ本棚と、勉強机が一つに、服を掛けるクローゼットがあるだけ。

 最近人気のアイドルのポスターは飾ってあるけど、年頃の男子高校生が隠しているような、ちょっとエッチな本は存在しない。


 元々は僕だけが、ヒナのお父さんが使っていたこの部屋住まわせてもらっていた。

 家族に数えてもらえるのは嬉しいけど、身分としては居候。肩身の狭い思いをしていたところで、僕が寂しくないようにとヒナが押し掛けてきた。

 ユキは保護者の夏目(なつめ)さんと同じ部屋を使っている。


 虫の知らせってやつだと思う。なんとなく嫌な予感がした。

 キョロキョロと辺りを見回すと、勉強机の上でヒナのスマホの画面が点いていることに気づいた。


「こんな時間に、一体誰から――」


 口にしたことで、ある可能性に思い至った。

 ベッドから勢いよく飛び出してスマホの画面を見ると、同じ番号から複数の着信履歴が入っていた。

 気づかなかった原因は、バイト後にマナーモードを切り忘れてたみたいだ。


「ヒナ! 起きてくれ!!」

「……なんっすかぁ」


 梯子を登り、身体を揺すると、ヒナが眠たい目を擦りながら起き上がった。髪がピョコピョコと跳ねており、パジャマが少し着崩れている。黙ってはだけていた布団をかけてやった。


「着信があったんだ。多分白詰さんからだと思う」

「詞さんから!?」


 眠気が吹っ飛んだのか、握っていたスマホを奪い取られた。素早くタップし、メールを開く。


「トイレに行こうとした途中でユキが倒れたみたいっすけど……怪我はしてないらしいっす」


 無傷に済んで一安心したところで、僕は迎えに行く準備をするために床へ降りた。


「あ、オレも迎えに行くっす!」

「ヒナはバイトで疲れてるでしょ。白詰さんの家の住所だけ教えてくれればいいよ」


 とりあえず連れて帰ってこないと。白詰さんはびっくりしただろうけど、僕らにとってはいつものことだった。

 ユキは場所や場面を問わずに突然眠りについてしまう、眠り病の一種を抱えていた。

 目が覚める時間はまちまちだけど、幸いにも命に関わる症状じゃない。


「ユキの目が覚めるまで、僕が様子を見るよ」

「……じゃあお言葉に甘えて、ユキのことは兄貴に任せるっす」


 どうせ僕は存在感がないから、学校に居ても居なくても同じだし。

 本当は自分で迎えに行きたいんだろうけど、まだ疲労が取れてないのは顔色を見ればわかる。


「うん。安心して寝ててよ」


 表には出さないけど、ヒナはバイト漬けで無理してばっかりだからね。そんな頑張りやさんなところが好きだけど、心配にもなる。


「兄貴に任せるなら安心っすよ。信頼してるっすから」


 寝言のように、聞こえるか聞こえないかくらい小さかったけれど、僕の胸はホッコリと暖まった。


「行ってくるね」

「行ってらっしゃい」


 血ではなく心で繋がった家族を迎えに、僕は家を後にした。



          ☆☆☆



 昼前にはユキが目を覚まし、夏目さんに任せて学校に行った。

 今日はサボろうと思ってたら、学生の本分は勉強だけど、それ以上に役に立つことを学べるからって、強引に家を追い出されちゃったんだよね。

 確かに学校へ行ったら友達ができたし、先輩と後輩という関係も築けた。

 そしてユキのおかげで、白詰さんは僕を忘れないでいてくれて、部活にも入れた。

 家だけじゃなく学校も、僕にとってかけがえのない居場所になろうとしている。それを見抜かれたんだろうな。


 ところが、昼休みに登校した僕は、たまたま出くわした館花先輩に連れられていた。

 腕を千切れんばかりに強引に引っ張られ、校門前に停まっていた車へ押し込まれる。

 助けを求めるように眺めた車窓からは、どこか見覚えのある景色が過ぎていった。


「さあ、着いたわよ」


 館花先輩に連行された先は、明治や大正を感じる佇まいの、由緒ある洋館だった。

 世間知らずだと思っていたけれど、本当に館花先輩ってお嬢様だったんだとしみじみ感じる。

 そういえば、館花先輩には執事もいるんだっけ。まだ見たことないけど。

 中に入ると、ホテルのエントランスと見紛うほどに盛観な玄関が広がっていた。壁には価値の分からない額入りの抽象画が飾られ、柱や階段には花が刻まれている。


「旦那様、お嬢様、お帰りなさいませ」


 数人の使用人達が両脇を固めて道を作り、声を揃えてお出迎えしてくれた。

 まさか映画のような光景を体験できる日がくるなんて思わなかった。


「こっちよ、祷」


 毛の長い上質な絨毯が敷かれた屋内を歩く。芝生とも違う、音を吸収するほどにフカフカな感触だ。

 先を歩いていた館花先輩が、何の装飾も施されていない重厚なドアの前で止まる。


「祷を連れてきたのは、会ってほしい人がいたからなのよ」

「会ってほしい人?」

「ええ。自称、子供を騙した悪い魔法使い」

「え、『魔法使い』って……」


『魔法使い』というのは、この辺り独自の表現だと夏目さんに聞いたことがある。

 昔この辺で誘拐事件があり、まだ小学生の男の子は犯人に唆され、同級生の女の子を刺殺したらしい。

 事件について、世間では様々な憶測が飛び交い、マスコミからも一貫した情報は発信されなかった。

 中には「女の子が自分を殺すように、男の子に命令した」なんて話もあったとか。


 被害者である女の子が魔法使いの格好をしていたことから、『魔法使い』とは『愛する人の人生を歪め、愛する人と離別した者』という意味になった。

 そんな『魔法使い』に当てはまりそうな僕の知り合いといえば、心当たりはただ一人。動揺で、胸がざわつく。


「何年も会っていないのならすぐには思い出せないかもしれないけれど、彼があたしの執事よ」


 開かれたドアの向こう側に見えたのは、死んだように眠る一人の青年だった。

 夜空のように暗い髪が片目を覆い、鼻筋の通った端整な顔立ちは、体調不良のせいで肌が一層白く見える。

 昔の面影が残っていたから、誰だかはすぐにわかった。

 館花先輩から『魔法使い』という言葉を聞いた瞬間、頭を過った相手だ。


 近付くとうっすらと甘い匂いが香った。

 柔軟剤でも香水でもない。これは僕が生まれた家の庭にも植えられていた、この人の名前と同じ花。

 様々な想いや感情が渦巻く中、なんとか名前を絞り出す。


「し、お……にぃ……」


 烏間(からすま)詩恩(しおん)。僕が子供のころ、近所に住んでたお兄ちゃんだ。

 しお兄だけは僕をいつも見守ってくれた。

 僕が悪いことをすると、怒って叱ってくれた。

 孤独に膝を抱えて泣いていた僕を慰めてくれた。

 幸せを分かち合うように、隣で一緒に笑ってくれた。

 みんなに忘れられ、存在に気づいてもらえない僕を見つけてくれた。

 ……そんなしお兄には何も言わず、僕はしお兄の前から突然姿を消した。


「うぅ……ぐ……」


 浅い呼吸でうなされるしお兄をただ見ているだけではいられず、優しく手を握る。


「館花先輩、しばらく二人きりにしてもらえるかな?」

「……わかったわ」


 ドアが閉まり、部屋には僕としお兄の二人だけ。

 ベッド脇に置かれた椅子を引き寄せ、顔を覗ける位置に腰掛ける。


「僕ね、しお兄と別れてから色々なことがあったんだよ」


 相手が眠っていてもおかまいなしに、僕はこれまでの道筋を語り始めた。


「あの日家を飛び出した後、しばらくは公園で野宿してたんだ」


 心配性なしお兄には、あんな生活を見られなくてよかった。きっと連れ戻されてしまってたと思う。


「家出したばかりの僕は、自分が生きることに対しての執着がなくて、飲まず食わずなまま、いつしか空腹すら忘れてた」


 いくら存在に気付かれなくても、家では僕の分のご飯は必ず用意されていたし、飲み物も大量に保管してあった。

 空気であることが当たり前の生活だったけれど、それすら懐かしいと思うほど、あの頃は人が恋しかったんじゃないかな。


「生きている意味なんて見いだせなくて、今にも餓死しそうだった僕を、近所のお兄さんが助けてくれたんだ」


 生きる術を教えてくれたあの人は、僕と同じように、透明になって世界に溶け込んでいた。

 取り残される僕と違って、自分から一人を選んでるように見えたけれど……なぜだか僕には話しかけてくれたんだ。


「家出して一ヶ月くらい経った頃にね、僕のことを見つけて、家族になろうって言ってくれた人達がいたんだ」


 誰の目にも写っていないと思っていたから、僕にとって妹の存在は光明だった。


「でも、最初になんて言ったと思う?」


 答えの返らない質問を投げ掛けながら、当時を思い出して笑う。


「なんでみんなには見えないの? いるのはわかってるのに、なんでしらないふりをするの? って」


 どうして僕が人の記憶に残らないか……いや、存在を無視され、いないものとして扱われているのか……


「本当は知ってたんだ」


 しお兄がわざわざ魔法なんてかける必要はなかったんだよ。

 だって公然の秘密は、嫌でも耳に届いてしまうものだから。

 僕の生まれた家に、地元の人達は関わるのが怖かっただけ。『触らぬ神に祟りなし』ってやつだ。

 認識されなければ、いないものと同じ。さざ波を立てないために僕を置き去りにし、やがて存在を忘れる。

 けれど何よりも辛かったのは、誰からも無視されることでも、みんなが壁を壊してくれなかったことでもない。


「両親は出来損ないの僕に見切りをつけて、家でも居場所がなくなってしまった」


 家の中はもちろん、学校や商店街を歩いていても、僕を見てくれる人はいなかった。


「もしも僕に声をかけてくれる、僕を認知してくれる人がいてくれなかったら、生きていなかったかもしれない」


 誰にも自分を自分だと認めてもらえず、名前を呼んでもらえない。僕の居場所は家のせいで全て奪われてしまったんだ。

 惑わされずに関わってくれたのは、しお兄と名前も知らないお兄さん。それに今の家族である夏目さん、ヒナ、ユキくらいだった。

 こうして名前を挙げると多く感じるけれど、幼少期に僕と話してくれたのは、片手で数えられるほどの人だけだ。


「ねえ、しお兄はどうして僕に話しかけてくれたの? 僕のことをどう思ってたの?」


 ずっとずっと聞きたかったけれど、面と向かって聞くことは憚られた質問。――いや、違う。ただ僕が臆病だったんだ。

 単なる同情による行動だったらと考えると、心が折れてしまいそうだった。


 しお兄の持つ真実の全ては、現在という一本の道へと繋がってるはず。

 僕は今しお兄が何を思ってここにいるのか知りたい。

 逃げ出した僕は罵声を浴びせられても、再会を喜ばれても、悲嘆ですがり付かれても受け入れる。

 人と心から向き合うって、きっとそういうことなんだと思う。


「教えてよ、しお兄……」


 顔を覗き込んでいると、しお兄のまつげが揺れた。


「ん……」


 夢の中で微睡むように、ボーっとした瞳がうっすらと開かれる。


「おはよう、しお兄」

「……いの、り?」


 水にたゆたうかのような、不確かな声で名前を呼ばれた。熱で潤んだ眼差しが、深く心に突き刺さる。

 言葉なく離別した罪悪感、自分の存在に対する肯定への欲、嫌悪を抱かれる恐怖、再会の喜び……様々な感情が渦巻く中、しお兄がクスリと笑った。


「コロコロと表情が変わるのは相変わらずなんだな」


 笑顔の奥に潜んだ感情は掴みどころがないが、昔を懐かしんでいるのだけはわかる。

 いや、もしかしたら夢と混同しているのかもしれない。

 唐突に手を引かれ、体勢を崩してしまう。上半身がしお兄の上に覆い被さってしまった。

 すぐにどこうとしたけれど、両手でがっしりと抱え込まれる。


「祷を助けるために、ずっと捜してた……」


 しお兄から伝わる熱と、欲しかった言葉を貰えた高揚感で、頭がクラクラしてくる。


「ごめん、祷」

「……どうしてしお兄が謝るの?」


 謝らないといけないのは、むしろ突然失踪した僕の方だ。


「自分がこの家に住み込みで働き始めたのは、祷を見つけた後、一緒に暮らすお金を貯めるためだった」


 今度はしお兄が自分語りをする番だ。しお兄の胸を押して放れると、先程の椅子に座り直した。


「一緒に?」

「ああ。でもお嬢様に仕えているうちに、お嬢様を放っておけなくなってしまった」


 しお兄は変わらない。昔から、一度始めたことは終わるまで必ずやり通す。

 根が真面目だから、責任感が強くて面倒見がいい。困ってる人を前にすると、見て見ぬふりはできないんだ。


「きっかけはとある社交界へ付き添った時。肩書きばかりに目を奪われた大人達に囲まれ、ウサギのように縮こまった小さな背中が、祷の姿と重なった」


 肩書きばかり見られることの辛さは、僕にも痛いほどわかる。

 館花先輩は友達と一緒にいても、どこか寂しそうにしていた。それは上っ面だけで様々なレッテルを貼られていたからだろうな。

 肩身が狭い印象に共感を抱いた。

 たったそれだけの理由で、僕は――


「そっか。僕は心のどこかで、館花先輩は僕と似ていると思って……それで話を聞いてみようと思ったんだ……」


 しお兄は「ふふっ」と小さく笑う。


「それがね、実際は祷と違ってお嬢様の神経は図太かった。好きな人への執着心が人一倍だったり、庶民的な生活に興味があるからと一人で町へ赴いたりしていたんだよ」


 箱入り娘と呼ぶにはいささか威勢が良すぎるかもしれない。行動派ってすごい。


「お嬢様は我が儘で傲慢で大雑把。その癖、ロマンチストかと思えば、ただのポンコツだったりする」

「……しお兄、本当は館花先輩のこと嫌いなの?」

「いや、好きだよ。マイノリティであることに気後れることなく胸を張る姿には憧憬を抱いてる」


 同性愛はまだ認められてない国がほとんどだ。たとえ両想いだとしても、人並み以上の困難が伴う。

 ……でも、だからこそしお兄は、その前向きさに救われたんだろう。


「しお兄、館花先輩に出会えて良かったね」

「ああ」


 僕と別れてから、しお兄と館花先輩は隣り合わせで歩いてきたんだろう。

 数年の年月を、二人で。

 嫉妬と悲哀の感情が、涙と共に込み上げてくる。


「祷。あの日、あの言葉をもう一度、君に捧げるよ」


 僕の涙を指ですくい取り、あの日よりも大きく成長した、長くしなやかな指が頬に添えられる。


「何があろうとも自分は、祷を――君を忘れない」



 ――day.4――


 それは放課後、部活終わりのことだった。

 誰かと待ち合わせした暦日が下校し、僕らはそれを先回りして覗いた。

 昨日の運命の再会が霞んでしまいそうなほど、衝撃的な出来事が僕……いや、僕らを待っていた。


「何の用だ」


 暦日が待ち合わせした相手は、僕ら二人とは全く関わりのない人だった。強いて言うなら、茶色のセーラー服から雪ノ下中学校の学生ってことはわかる。夏目さんが教員として働いている学校だ。

 吊り上がった眼と自信溢れる表情から、気が強そうな印象を受ける。

 うーん……どこかで見たことがある気がする。


「幼馴染みである吾輩に対して、酷い言い草ではなかろうか」


 中学生にしては古風で、独特の言い回しをする少女だった。自分を「吾輩」って呼んでるし、『吾輩は猫である』を思い出す。

 暦日は心を凍らせたかのように立ち尽くし、鈍色の瞳は少女を映す鏡になっていた。

 少女がやれやれと肩を竦める。


「まあよい」


 小さく息を吐き、続きの言葉を紡ぐ。


「姉上は近くに居るか」


 どう見ても暦日が一人なのに質問するということは、あの子のお姉さんがついてきてる可能性があるってことなのかな。

 でも僕は何度も街中で暦日を見かけたことがあるけれど、一度も誰かといる姿を目にしたことはない。


「……桜は、隣だ」

「そう。吾輩の隣で、貴君の方を向いて驚いている。何故であろうな」


 少女の周囲へ目を凝らすが、誰もいない。二人は何の話をしているんだろうか。

 白詰さんも耳を澄まし、固唾を飲んで見守る。

 曲がり角に潜んでいるとはいえ、バクバクと脈打つ心臓の音が聞こえてしまわないか心配だ。


「俺らが久しぶりに会ったから、だろ」

「否。吾輩達の邂逅を覗く、君の友人がいるからである」


 顎で僕らの居所を示す少女。振り返った暦日と目が合い、白詰さんがあわあわしながら目を泳がせた。

 警戒する猫のように、そろりそろりと少女が近寄ってくる。


「ご友人、彼に何用かね」


 大人びて落ち着いた問いかけが、憧れの対象であるしお兄を彷彿とさせる。年齢と口調はかなり異なるけど。


「暦日と会う約束をする相手がどんな人か気になっただけだよ」

「……ふむ。君らは互いの傷を舐め合うための拠り所が壊れないか、要らぬ心配をしていたのだな」


 この少女には僕らが文芸部へ入部した経緯などお見通しらしい。

 それどころか、三日月のように弧を描いた瞳には、心奥まで覗かれてしまいそうだ。


「吾輩はただの伝言役。彼に言葉の楔を打つ事が役割なのだ」


 少女は視線を絞り、白詰さんを注視する。


「案ずるな。君には向けんよ」


 ようやく少女に肩を並べた暦日は、いつも通り、全てを拒絶するかのように口を閉ざしていた。

 少女は暦日へと向き直ると、何故か目線を少し横へとずらす。


「姉上にも聞いていただきたい」

「……ボクが妹の話に耳を傾けないはずはないだろう?」


 ――あ、まただ。

 時々暦日の口から、別の誰かの声が聴こえることがある。最初は二重人格かと思ったけど、おそらく違う。

 暦日は時々、誰かの言葉を発するスピーカーになるんだ。


「心して聞くことだ。この言伝は――」


 少女が伝言の相手を告げた瞬間、暦日の膝が崩れ落ちた。

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