生き人形は夢を見る
変態で偏屈。爺ちゃんの評価はそんなものだ。
「否定はしないけどさ」
思い出すのは、初めて知ったサンタクロースという存在を、興奮気味に爺ちゃんに話したときのこと。
確か、枕元に靴下を置いておくと、子どもが欲しいものをプレゼントしてくれるって。そこばっか強調して爺ちゃんに伝えたんだったな。
当日は靴下を準備してワクワクしながら眠りについた。ちなみに、他にクリスマスらしいことは何一つしていない。何か特別な行事をした記憶も無いんだから。
みんなから「かわいそうに」と言われるけれども、当の本人は何も気にしちゃいなかった。楽しいと感じることも、今から思えば他の子と相当ズレていた。
あの祖父あって、俺がいる。俺も、相当変わっている。
ああ、それでクリスマスの話だ。次の日の朝、何を見たと思う?
「靴下には裸の女の子が一人」
ひと目で人形と分かるが、それはとても精巧にできていた。この歳で持ち歩いてたら、さすがに俺も変態扱いされる。
幼すぎて性に目覚めていない俺は漠然と「サンタの趣味、爺ちゃんと一緒か」と思ったものだ。
「寒そうだったから、布テープをぐるぐる巻いたんだっけ」
ミイラ女の完成。
それを持って無邪気に遊ぶ俺を、なんとも言えない表情で見ていた爺ちゃんを思い出す。
そう、その人形を靴下に突っ込んだのは爺ちゃんだ。爺ちゃんは人形作りを生業としていた。
ちょっとズレてはいたが、サンタを信じる俺のことを想って行動してくれたのだ。
爺ちゃんの作品は世界中で称賛されていた。「リビングドール」、つまりは「生き人形」。芸術家として、ちょっとした有名人だった。
「もうちょっと早く知ってればなぁ」
一度、爺ちゃんに怒りをぶつけたことがある。爺ちゃんのせいで、俺は馬鹿にされるんだと。
その時のことを、ずっと悔やんでいる。もう、謝ることもできない。
「さて、と」
実家は埃っぽかった。帰省の度に掃除してたのに、すぐに汚れる。
「あんなに元気だったのに。ポックリと逝っちゃってさぁ」
大学を選べなかった俺のせいだが、爺ちゃんの死に目に会えなかった。未だに亡くなった実感がない。
葬式で涙が出なかったときは、自分に怒りすら生まれた。でも、誰もいない家を歩くと寂しさが襲うことに安心する。
「ここは入れてもらえなかったからな」
俺は、生前爺ちゃんが仕事場にしていた倉の前に立っていた。
遺産の整理とか、知り合いの弁護士に任せている。爺ちゃんが名指しで遺言を託した相手だから信頼している。
その彼に、「ここはあなただけしか入れてはいけないと言われています」と伝えられたら開けるしかないだろう。
「うわっ」
思わず声をあげた。掃除なんてしたことがなかったのだろう、塵が舞う。
何体か、作りかけの人形があった。完成品しか見たことがなかったけど、それは「生き人形」らしくない。なんというか、モノという感覚が強い。
「仕上げが凄いんだろうな」
文字通り、魂を込めていたのだろうと、ここで作業する爺ちゃんの姿を想像しながら歩いていった。
一番奥にたどりつく。机の上に、大きな桐の箱が横になって置かれていた。それは、異質な存在感があった。
「開いてる」
本来なら触れてはいけないものな気がする。しかし、蓋が開き気味で放置されてると好奇心を刺激されて仕方ない。
「触っていけないもの置いてないだろ」
どこか後ろめたい気持ちもあったが、ズレている蓋に手をかけ、上にゆっくりと持ち上げた。
その瞬間、俺の目は驚きで大きく見開かれる。
「え、コレ、もしかして人形?」
見た目は10代前半の女の子。全く乱れずに伸びている長い黒髪に、真ん丸の瞳。体を包む和服も清らかだった。
その肌の艶が、あまりにも生々しくて事件を疑ってしまったほど。
少々不気味だけれども、おそらく爺ちゃんの作品の中では最高傑作だ。これこそ、まさに「生き人形」。
「ん?」
その人形が抱えるように持っている本が気になった。
「ごめんね」
人形が大事そうに持っているように見えたから、思わず謝ってしまう。かなりの年代物なそれを持ち上げた時、挟まっていた紙がハラリと落ちた。
「とっとっと」
取り逃して地面まで落ちてしまった。しゃがみこんで拾おうとする。
だから、決定的な瞬間を見逃してしまった。
「もうっ! 利通さんっ。掃除できないのなら、せめてしっかり閉めておいてくださいっ!!」
「はいっ!?」
いきなり背中から大声で怒鳴られた。心臓が飛び出そうになる。
恐る恐る振り返ると、声の主が目をゴシゴシとこすっている。
「ゴミがこんなに。私の目、傷つかなくても痛いんですよ」
ようやく痛みがひいたのか。そいつは顔を上げて、こっちをじっと見る。
俺はその間、あまりに不可思議な出来事を前に黙って立ち尽くしていた。
「あれ、利通さん。ちょっと若返りました?」
「俺は利通じゃねぇ。利明だ」
あまりにも緊張感のない声に、俺は引きずられるように自分の名前を答えてしまった。
それが比喩ではなく文字通りの生きている人形、椿との出会いであった。
衝撃の出会いの後、俺は古びた本の達筆すぎる字と格闘していた。
分かったのは人形の作り方が書かれているということ。でも、内容がオカルト過ぎて理解が追いつかない。
「死者の復活? 反魂の術? 人間の骨を原料って」
「信じられません?」
「いや、おまえ見てたら疑うところの方が少ないというか」
ちょこんと横に座っている椿。寝ている時は人間と見間違うほどだったけれど、こうして動いている姿を見ると、滲み出てくる違和感が彼女を人形だと伝えてくる。
一番の違和感は……。そうだな、瞬きを全くしないというところか。
本当であれば気味が悪い存在。
そんな彼女が横にいても平気な理由。それは本に挟まれた爺ちゃんの手紙を見たからだ。
『利明へ。どうか、椿を人間にしてやってくれ』
簡潔すぎる、そんな言葉が俺の心を打った。爺ちゃんが、俺に、何か頼み事をするなんて生涯一度も無かったから。
「私は、流行病で死んだ子どもだったそうです」
椿は自分のことを伝聞調で語っていた。記憶はところどころすり減って、直近のことしか思い出せないらしい。
それだけ、長い間、爺ちゃんの家系に受け継がれて、ずっと生き続けてきたのだ。
「何で、俺はおまえを一度も見てないんだ?」
「それは、私から眠らせてもらいましたので」
爺ちゃんが婆ちゃんと結婚した頃、椿は自ら箱の中に戻った。爺ちゃんと「こんな偏屈者はきっとすぐに一人になる。そしたら、また一緒に人間になる方法を探そう」と約束して。
「俺のせいだな。約束、守れなかったの」
母さんがようやく父さんと結婚できて、俺がすぐに生まれて。交通事故で亡くなった両親の代わりに俺を引き取って、ここまで育ててくれた。
きっと、爺ちゃんは俺を大学に送り出す時はすでに死期を悟っていたんだ。だから、遺言をしっかり残していたし、椿を封じてた本と一緒に手紙を隠しておいた。
ポックリ死んだと思ってたのは俺だけ。なんて、間抜けな話だ。
だから、か。あの短い一言に相当な無念を感じるのは。
横に座っている椿を見る。
俺には無理だとは思うんだけど。
「やれるだけやってみるよ。それでいい?」
「はいっ」
椿は嬉しそうに微笑んだ。やっぱり、その笑い方は少し変で、ぎこちない。
何をしていいかも分からない。何もできずに、椿を落胆させるだけなのかもしれない。
それでも、本当に笑った顔を見てみたいなぁと思ってしまった。
今はそれだけで十分だ。
お題に沿って書くイベントに参加しました。
少し不思議なボーイミーツガールになるのは、作風といっていいのだろうか。