第6話 戦闘、そして気を失う
6.戦闘、そして気を失う
「なに、ぼーっと見てるのよっ、戦って!」
ステラ姫がこちらを向いて言う。
僕は、トリエッティの顔を見ながら、無言で指さしてみた。
ぶんぶんとトリエッティが首を振る。
「おにいちゃんでしょ、はい、これ!」
手には剣が握られていた。その剣を受け取る。
「神器じゃないけどね。うちに伝わる王剣ジュスタスよ」
「そうなんだ……って……」
僕?!
「がんばって~!」
右後ろに、他のゴブリンとは大きさの違うものが、突然現れた。大きな剣を持っている。
兵士が前線で隊列を組んでいるが、それとは関係のないところに現れた。
まだ逃げ遅れている人が大勢いる。
「ぐわぁげげげげげ!」
今まで影も形もなかったのに、急に現れたって、こいつも瞬間移動か?
その時、巨大なゴブリンの前で、小さな女の子が倒れた。
この子、どこかで見た気が……。
あっ!
護衛してくれた老紳士のお孫さんだ!!
ゴブリンは、倒れている女の子を睨みつけ、剣を振り下ろす。
「ああっ!」
僕はとっさに声を出した。
その瞬間、ゴブリンの周りに雷の檻が現れ、振り下ろした剣が弾かれる。
「グギギギギギ?」
この技は、見たことがある。
クレシアの固有スキル【雷磁結界】だ。かつて見た時より、柱の太さが細いが、間違いない。
檻はやがて小さく縮まっていき、巨大なゴブリンを包み込む。
「グボオオオオオオオオオオオオッ!!」
断末魔とともに、黒焦げになったゴブリンは、砂埃を巻き上げながら倒れた。
巻き上げられたホコリが、徐々に収まってくる。
後ろから三つの人影が現れた。
「また虫けらと出会うなんて、人生最悪の日だわ」
クレシアだ!
横にいるのはドレッドとメリバ。そう、僕が追い出されたパーティ・メンバーである。
クレシアたちが助けに来てくれたんだ!
「しょせんゴブリンはゴブリンだな。こんな兵士ごとき殲滅できんとは、いやしいモンスターだ。平民と同じく役に立たん」
「まぁ、バカが集まったところで、しょせん役立たずよ。王様からいただいた『ヤツ』を放ったから、すぐここも壊滅できるでしょ。なんで居るのか分からないけど、虫けらまで見ちゃったんで、気分が悪いわ。戻って、早く次の作戦に移りましょ」
クレシアは僕を睨みつけながら言い、三人は背中を向けて去っていった。
助けに来てくれたわけじゃないのか?
「さすがね! ここは任せてっ! 奥に、妙なのがいて、妹が苦戦しているようだわ。お願い!!」
お、お願いって?!
「助けてくれて、ありがとうございました!」
目の前で女の子が頭を下げている。老紳士の孫娘だ。いや、僕はなにもしてないんだけどな。
服についた泥を払ってあげた。
「さあ、早く逃げて。おにいちゃんは、こっちよ」
トリエッティがまた、僕の手を掴んだ。
再び目の前の景色が変わった。
なんだこいつは?!
人の背丈の五倍ほどもあるだろうか。でっぷりとした、でかいカエルなのだが、全身がワニのように固いうろこで覆われている。
上下に飛び跳ねながら目から光線を放ち、長い舌を振り回している。
そのカエルの前には、白い綿のシャツに水色の短パンを履いた、短い髪の女の子。
光線と舌を器用にかわしながら、銃を撃っている。
弾はカエルの堅い皮膚にはばまれていた。ダメージは与えられていないようだ。
「マレッタ姉ちゃん!」
トリエッティが女の子に魔法をかける。
女の子の動きが、さらに早くなった。
「【速度向上】ありがとう!」
マレッタと呼ばれた女の子が叫んだ。
カエルの動きが止まった。
やっつけたのか? そう思った瞬間、カエルの全身から、黄色く濁った液体が吹き出した。
その液体は、まるで意思があるかのように、触手のごとく女の子を包み込んでいく。
「きゃあああ」
銃を持った手、そして短パンからのぞくスラリとした足をからめとり、持ち上げる。
そのまま全身を締め付けているようだ。
カエルの目玉がクルリと動いた。
大きな口が、ゆっくりと開いていく。
「【水滅奔流】!」
女の子が叫ぶ。カエルの右手から、大量の水が川のように勢いよく流れる。
「だめよねぇ……」
激しい水の流れが消えた後には、さきほどと変わらぬ姿のカエルがいた。
「固有スキルでも、水魔法無効の敵には効き目ないわね」
横にいたトリエッティがつぶやき、僕の顔を見ながら叫ぶ。
「おにいちゃん、お願い!」
僕は剣を持った手に、力を込める。
さっきの巨大なゴブリンに襲われた女の子もそうだが、目の前で人が襲われているのに、なんにも出来ないなんて、イヤだ。
前のパーティの時だって、見よう見まねだけど、なんとかモンスターを倒せたじゃないか!
とにかく、女の子を捕まえている触手を切ればいい。
僕は一歩踏み出した。
ふっと体の奥が、温かくなる。
その熱はやがて、温度を上げながら全身に広がっていく。
気づいたら僕は、宙を飛んでいた。
「ギュワワワワワワワワワン!」
勢いよく僕は、頭から地面に叩きつけられた。イテテテテ。
振り返ると、銃を持った女の子は地面に倒れており、その先にトリエッティの姿がある。
踏み出した時からほんの一瞬の出来事だと思う。
かなりの距離を、またたく間に移動していた。
これってトリエッティの【時現移動】?
いや、違う。
カエルの全身から現れた触手のようなものは、跡形もなく消えている。
そう。これは前に見たことがある。
ドレッドが使っていた固有スキル。
「【流星技剣】?!」
立ち上がり、再び剣を構える。
カエルの目がこちらを向いた。ギョロリとしたその目からは、感情は感じられない。だが、僕に狙いをつけ、倒そうという意思を強く感じた。
さっき地面に叩きつけられたときに、肩を痛めてしまったようだ。
激痛が走っている。
構うもんか!
僕はカエルに向かって一歩、踏み出した。
再び全身が熱くなるのを感じる。
また僕の体は宙に浮き、加速度をつけてカエルにぶち当たる。
もし【流星技剣】なら、こんなヤツ、敵でも何でもないはず!
勢いよく飛び出した。
だが、……くそっ。
僕は硬いうろこに阻まれ、弾き飛ばされてしまった。
同じパーティにいたので、もしかしたら見ているうちに使えるようになったのかも。
そんな風に考えもしたが、現実は、そうはいかないようだ。
「アーくん、ボクが敵のスキを作るよ! 【水滅奔流】!」
倒れていた女の子が魔法を唱える。
アーくんって、確かに子供の頃はそう呼ばれていた。いやいや、それに女の子なのに「ボク」ってなんだろう。
一瞬、そんな疑問が頭の中に浮かんだ。浮かんだ疑問がぐにゃりと形を変え、文字だの記号だの、絵だのの大量のイメージになり、一気に頭の中に流れ込んできた。
「グワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワン!」
強力な雷が、大量の水に混ざり合いながら大きくなり、敵にぶつかっていく。
最後に頭の中で浮かんでいたイメージが、今まさに目の前で起きている。
バチバチと音を鳴らしながら、激流はしばらく続いた。
そして、全てのものが流された跡に、真っ黒に焼け焦げたカエルの姿が残る。
トリエッティが近づき、ちょんと触れた。
さらさらと砂のように崩れ落ち、風に流されて消えて行く。
「やったぁ! さすがです!」
その言葉が僕の耳に届いくやいなや、ふっと目の前が暗くなった。