第4話 連邦警備隊、そして到着
4.連邦警備隊、そして到着
馬車で出会った老紳士は、連邦警備隊の者だと名乗った。
僕は知らなかったのだが、スマト連邦全体を警備する役目としての、連邦警備隊という組織があるのだという。
さっきのお礼も、あの場ではきちんと出来ていなかった。
いまさらだが、何度も頭を下げる。
次の馬車が出るまでかなり時間があるので、食事でも一緒にしようかと言ってくれた。
国境近くには、いくつもの料理屋がある。
「ここはどうかな?」
そう言って指さしたのは、どう見ても高級そうな店構えをしていた。
「持ってるお金では、足りそうにないんですが……」
「いや、わしのおごりじゃよ」
悪いですよと言う僕の背中を押すようにして、老紳士は店に入る。
「あら、いらっしゃい。珍しいわね。お二人ですか」
年配女性のウェイターが、テーブルに座るとすぐ話しかけてきた。
僕を見て、驚いた顔をする。
「もしかして……?」
やはり僕の話は、顔とともにすっかり広まっているようだ。
だが、メリデン王国の人たちとは、正反対の反応だった。
「あなたね。いいわ、なんでも好きなものを食べてらっしゃい。お店のおごりよ」
「ほっほっ。わしがおごろうかと思ってたが、わしの分までタダとはついとるわい」
「あなたの分は別よ。ちゃんとお金、払ってねっ」
「なんと!」
二人の掛け合いに笑ってしまった。
今までギスギスした中を通って来たせいもあるのだろう。余計におかしかった。
「貴族だ、平民だという垣根があるとな、どうしてもおかしなことになる」
ウェイターに注文をしたあと、僕に話しかけてきた。
貴族という制度があるのは、二つの王国だけ。他の国ではそういう身分制はない。
勇者パーティは、メリデン以外の国ではまだ戻っていないが、他のどの国でも、旅立った者たちを尊敬しているはずだと言った。
「たとえ、スキルがなくなってしまった君だとしても」
やはり僕のことを知っていて、助けてくれたようだ。
改めてお礼を言う。
老紳士はメリデン王国で一仕事を済ませ、これから故郷であるポリンピアに戻る途中だと教えてくれた。
「連邦警備隊ともあろう人が、なんで平民用の馬車になんて乗ってたんです?」
地位もある人なら、貴族用のに乗っててもおかしくないのに。
「まぁ、これも警備の一つだからのぉ」
そう言って、高らかに笑った。
料理の名前などよくわからなかったので、全部お任せしてしまった。
出てきたのは、いわゆるフルコースと呼ばれるものだ。
最初にスモークされた白身魚。
エレムという海の魚だというが、聞いたことはない。さすが海に面しているブラシア国である。
アルマスという実から取ったオイルが掛けられているが、少し辛みのある味で食欲が出る。
アルマスのオイルは、パンにつけても美味しかった。
続いて亀から取ったという透き通った黄金色のスープ。臭みはまったくなく、とても濃厚で、舌にまとわりついてくるようでもある。
次は巨大なエビと野菜を焼いたもの。野菜は、僕は知らない名前のものだったが、噛むとほんのりと甘い。上に掛かっている少し酸っぱいソースをつけて食べると、また別の食べ物のような感じがした。
肉は、羊だという。モンスターの羊では、もちろんないそうだ。
魔物の羊を一度食べたことがあるが、臭くてとても固かった。
だが、これは口の中で噛まなくても溶けてしまいそうなほど柔らかい。
どれも美味しかった。
「まだ子供だと思ってたが、テーブルマナーは完璧だな」
老紳士が僕に言う。
それは、そうだ。
転移先で、何度も食べさせられた。
そう。フルコースというと、どうしても思い出してしまうことがあるのだ。
追い出されたパーティの黒魔導士の女性、クレシアがフルコースが大好きで、転移先でも食べたがり、出してくれる店を一日中探したことがある。
見つけた時にはとても喜んでくれて、探した甲斐があったと思ったのだが、今となっては思い出したくもない出来事の一つである。
もう忘れようと、食べながらずっと考えていた。
そんなことを考えなければ、きっともっと美味しく食べられたんじゃないかと思う。
さっきのウェイターさんが大きなワゴンを引いてくる。
そこには、色とりどりのお菓子やアイスクリームが並んでいた。
「どれでも好きなもの、好きなだけ食べてらっしゃい。サービスよ」
せっかくの好意なので、いくつかお願いした。
「それっぽっちでいいの? 遠慮しなくていいのよ」
ウェイターさんはそう言ってくれたが、もうお腹いっぱいですと断る。
いや、それは決してウソではない。
もう、おなかがパンパンだ。
「さて、そろそろ馬車が来る時間かな。ご同行させていただくよ」
老紳士は会計を済ませ、店から出る。僕も後を続いた。
どうやら本当に、僕の分は無料だったようである。
そこからの馬車の旅は、快適だった。
蹴られることも、もちろんない。
馬車で一緒になった人たちも優しい。食事も、ずっと老紳士が振る舞ってくれた。
「おじいちゃ~ん!」
ポリンピア国を走っていた時のことだ。沿道で小さな女の子が手を振っている。
「おお、元気でおったか」
「孫じゃよ」と教えてくれた。このポリンピアに住んでいるらしい。
とにかくかわいくてなぁ、と目尻が落ちそうなほどに緩んでいる。
「ほら、お魚さん! ママ言ってたよ~。おじいちゃんが帰ってきたらごちそうだって。またね~!」
そうかいそうかい、と老紳士の目はさらに緩む。
女の子は手に、自分の顔ほどもある大きな魚を抱えていた。
魚か……。思い出すことがある。
「僕のスキルなんですが、実は簡単に手に入れちゃったんです」
「ほう、どんな方法だったんだい?」
パーティのメンバーは全員、戦闘中に獲得した。頭の中に、ものすごい勢いでイメージが湧き起こって来たらしい。
だが僕の場合は、そんな大げさなものではない。
「実は、魚を買いに行った時だったんですけど。その魚を受け取った瞬間だったんです。すうっと体が浮きあがる感じがして。で、あとで調べたら、ゲットしていたんです」
「なるほど」
「こんな方法だから、たいした固有スキルも使えないし、戻ったら消えちゃったのかもしれないんですけどね」
「あ、いや。固有スキルは、育ちが関係しとると聞いたことがある。そんなに落ち込むことはなかろう」
老紳士は僕をなぐさめるように言ってくれた。
ポリンピアを抜け、スマト王国の国境に着く。
馬車を降りた瞬間に、老紳士と僕は、槍を手にした屈強な兵士たちに囲まれた。
兵士たちの表情が恐い。僕の心臓が急に高鳴る。
なにかしてしまったのか?
いや、やはりスキルのことか? 悪い予感しかしない。
「お連れいたした。道中、すべて順調だったとお伝えなさい」
「はっ!」
老紳士の声に、兵士たちが敬礼で答えている。
なんだ、なんだ? どういうことだ?