第3話 蹴られる、そして助けられる
3.蹴られる、そして助けられる
「それでは行ってきます」
僕は両親に挨拶をした。
スマト王国は北側の一番端に位置する。
ここメリデン王国は南の端なので、連邦の南から北を縦断することになる。
僕の村は田舎なので、いったんお城の近くの町まで行き、馬車に乗る。
小さな村を通っていた時には気づかなかったが、城に近づくにつれ、人の数が増えてきた。
「あいつか?」
「そうらしいな」
やはり、僕の話は国中に広まっているようだ。指をさしながら、なにやらひそひそと話す人がいる。
城の兵士には同情されたが、なぜか多くの人は僕のことを好ましくは思っていないらしい。
メリデン王国は、国王をトップとした貴族たちが支配する国である。
その地位は明確に分けられており、貧富の差も激しい。
馬車は、貴族用の立派なものもある。僕がスマト王国に呼ばれた時は、特別に乗せてもらえた。
だが今回はもちろん、平民用のボロい馬車である。
その時はじめて村から出たくらいなので、馬車に乗るのは二度目だ。
「ガガン、ゴゴン」
貴族用の馬車はほとんど揺れなかったが、今回は振動がものすごい。
油断すると舌を噛みそうなほど。
平民用は道も別なのかもしれない。たしか前の時は舗装されていたと思ったが、石ころだらけだ。
いたっ!
舌を噛んだわけではない。
隣に座っている男が、馬車が大きく揺れるたびに、僕の足を蹴ってくるのだ。
最初はたまたまかと思った。
だが、毎回である。僕が役立たずになった勇者だと知って、わざとやっているに違いない。
文句を言って、さらに難癖をつけられても困ってしまう。
下を向いて、じっと耐えていた。
くそっ。
最初に蹴られてから、何回目かは数えている。これで十度目だ。
いらついてくる。
その時、耳をつんざくような雷の音がすぐそばで聞こえた。
空は、ついさっきまで晴天だった。雷の音をきっかけに、ざーっと雨が降り始める。
どんっと、また馬車が揺れる。
隣の男はまた蹴ろうとして、僕の方に足を伸ばしてくる。体を揺らして、かわす。
空振りしたその足は行き場を失い、そのまま男はひっくり返るように倒れる。
転げるようにして馬車から落ちた。
外はすっかり雨。ぬかるんだ道に、男は放り出される。
服がすっかり泥だらけだ。
馬車が止まる。
「こんのやろお、足を引っかけやがって!」
男がわめいている。
いや、僕は引っ掛けたんじゃなくて、避けただけなんだけどなぁ。
「知ってるか、こいつ。平民のくせに貴族に取り入ろうとして、失敗してトボトボ帰って来たマヌケだぜぇ。性格まで歪んでやがる!」
人々が僕のことをバカにしたような目で見ている理由が、しばらくわからなかった。
貴族にならわかる。いつもバカにされているからだ。
でも同じ平民なのに、どうしてなんだろうと不思議で仕方がなかった。
『貴族に尻尾を振ったが、結局、失敗した』
そんな風に思われているとは、想像もしていなかった。
「どうしてくれるんだ、この服っ! 弁償しろよな! すぐ降りてきやがれ!」
馬車の中の人たちは、見てはいけないものでもあるかのように、そっぽを向いている。
「待て。さきほどから見ていたが、貴様はただ足を滑らせて、勝手に落ちたではないか。この者のせいにするとは情けない」
僕の前に座っていた老紳士が立ち上がり、杖で男を指さしながら言った。
「なんだ貴様!」
「なにか文句あるのかね?」
老紳士の胸元には、星の形をしたバッチがついていた。
叫んだ男の顔が、みるみる青くなる。
「この男は、ここで降りるそうだ」
「なに勝手なことを……」
「もし降りないのであれば、この者にさきほどからしていたことを我が警備隊に話して、別のところへ連れて行ってもらうが、それでもよろしいかな?」
「くっ」
「怒らせたお前のためでもあるんだがな」と、独り言のようにつぶやく声が聞こえた。
「さあ、遅れても詰まらんじゃろ。馬車を走らせてはいかがかな」
老紳士の声で、馬車は再び走り出す。
「こんのやろおおお! 偉そうにしやがって、犬が!」
しばらくしてから、雨の中、ずぶ濡れになっている男の声が聞こえて来た。振り返っても、もう、姿は見えなかった。
「足は大丈夫かな?」
老紳士が僕に話しかけてきた。ずっと見ていたという。だが、僕がなぜじっと耐えているのかが気になって、声をかけなかったのだと言った。
「いえ、その……」
周りの者はすべて、恐らく知ってはいるはずだ。だが、まさか消えてしまった固有スキルの話をするわけにもいかない。
「ありがとうございました」とお礼だけ伝える。
老紳士は「ふむ」と言い、そのまま腰を下ろした。
わずか一時の大雨だったようだ。
さきほどの雷はまるでウソのように、今はすっかり晴れている。
ブラシア国との国境が見えて来た。
馬車はここまで。
検問を通り、ブラシア国に入る。
またそこから馬車に乗り換えて、途中、ビリング国にもまたがりながら、最後はポリンピアの首都にまでたどり着く。
連邦国である五つの国のうち、王国は第一国であるスマト王国と、二番手の強国である僕の故郷、メリデン王国だけ。そこには国境が存在する。
他の国に王はおらず、人々の選挙によって国の長が選ばれている。
軍事力の面ではスマト王国、続いてメリデン王国が高く、他の三国はほとんど軍事機能を持っていない。
その分、三国はそれぞれ農業、漁業、工業に秀でており、自由に行き交うことのできる商業エリアとなっていた。そのため、三国内に国境は存在していない。
国境を警備する兵士に、身分証を見せる。
「ああ、君がそうなのか。ツラい思いをしたな」
兵士は僕の身分証と顔を見比べながら、話しかけてきた。
もうこんなところにまで伝わっているんだな……。
その時、さきほどの老紳士が声をかけてきた。