第2話 故郷へ、そして挨拶へ
2.故郷へ、そして挨拶へ
「目障りなやつめっ。二度と余の前に顔を見せるでないぞ! ツラ汚しがっ」
王様が僕に言う。
王が退席するようだ。ジャラジャラと服についた宝石の音が聞こえる。
いくつかの足音も耳に届いてくる。
「良かったな。王様は寛大な心でお許しになられるそうだ。一生、おれたちに感謝するんだな、うわっはっはっは」
ドレッドの声が後ろの方からこだまのように聞こえてきた。
頭を床に擦りつけたままなのでよくわからない。
きっと、王と一緒に元メンバーたちが部屋を出て行くのだろう。
この場で首を切られても、文句は言えなかったはずだ。
許されたのは、何の役にも立たなかったから。
「ほんっと、役立たずだったね!」
メディバの声が遠くに聞こえた。
ののしられるだけで、「なにもされない」ということほど情けないことはないなと思う。
僕は歯向かうことさえ出来ないと思われたに違いない。
正直に言おう。
僕はこの瞬間、これ以上生きることをやめようと思った。
それでも頭を下げ続けたのは、いくつかの理由からだ……。
しばらくして、うずくまったままの僕の肩が、トントンと叩かれた。
「もう、おもてを上げても構わんよ」
ゆっくり顔を上げる。
ずっと下を向いていたせいか、頭に血が上ってしまったんだろう。クラっときた。
「おおっと、大丈夫か?」
ふらついた僕を抱きかかえてくれたのは、一人の兵士だ。
「お前はなにも悪いことはしてないのになぁ。裏門まで案内するよ」
兵士が僕に声をかけてくれる。
「無用な私語は慎むように! 規律違反で処分対象となるぞっ!」
兵士の上官だろうか。怒号が聞こえて来た。
このメリデン王国は、スマト連邦国に属する五つの国のうちの一つである。
近年になって、それぞれのスマト連邦国周辺で、モンスター襲来による被害が相次いでいた。
魔王が降臨したというウワサもある。
また、スマト連邦を率いるスマト王国の国王レムセルが、魔王の呪いにかかっているという話も聞こえている。
『勇者を国内から集め、パーティを組んで他の世界に転移させる』
スマトの国王により、属する四つの国に勅命がくだされた。
ここメリデン王国。
そして、ポリンピア、ブラシア、ビリングという四つの国。
勇者とはいうものの、これまで戦闘などしたこともない僕が選ばれたのには理由がある。
年齢と産まれた月、そして性別、血液型や名前の文字数なども限定されていた。
該当する者が、国の中で僕しかいなかったというだけのことだ。
「勇者になんて、なるもんじゃないな……わけわかんないとこに飛ばされたらしいしな」
僕を連れている兵士がひとりごとのようにつぶやく。
『転移』というが、より正しくは「逆召喚」という。
神官たちにより魔法陣が描かれ、その上に立つ。魔法陣に魔力を加えることで、全く異なる世界に飛ばす。召喚魔法は、異世界から呼んで来るのだが、その逆という理屈のようだ。
その目的は、魔王に対抗できる真の勇者たちを集めること。
年齢などが指定されたのは、固有スキルを得られるための条件なのだという。
僕たちのパーティは一年ほどで四人とも固有スキルを身につけ、指定されたモンスターを撃退し、帰還した。帰還したら、なぜかわからないうちに、固有スキルである【空気】が消えてしまっていた。
もちろん兵士の言う通り、なにか悪いことをしたおぼえはない。
「おれも平民出身なんだよ。ツラい気持ちはわかるが、こうするのを許してくれ」
兵士は裏口で僕にささやくと、城から外へ蹴り出した。
きっと、さっきの上官の命令なんだろうと思った。いや、もっともっと上なのかもしれない。
「アレクかい?」
城から追い出されて、僕はそのまま家に向かった。他に行くところもない。国の中心である城からは、歩いて二時間と少し。小さな田舎の村だ。
扉を開けた瞬間、母親が声をかけてきた。
「ただいま戻りました」
「おお。無事で! 心配していたんだよ」
母はもともと病気がちで、体が弱い。一日寝ていることも多かったが、今日は普通に起きている。見れば、顔色は前より格段に良くなっているようだ。
「こっちに帰ったと聞いてね、そろそろ家にも来る頃だろうと準備していたんだよ」
「寝てなくていいのかい、かあさん?」
「新しい薬を飲むようになって、ほら、すっかり元気になったんだよ」
そう言って、僕に笑顔を見せる。
転移している間、国が援助をしてくれていたのかもしれないと思った。
台所には、大量の野菜が置いてある。こんなにどうしたんだろう?
「今日はね、アレクの好きな野菜スープだからね」
まだ、たまに咳き込むものの、炊事も前より苦ではないようだ。
「おお、アレク、帰ったのか!」
父さんだ。
「今日はね、周りの人たちから、いろいろともらってね」
そう言って、肩から下げた肉を見せる。かなり上等のようである。
ウチでこんな肉なんて、今まで見たことがなかった。
これも国が援助してくれたのだろうか。
だとすると……、もう終わりになるのかもしれない。
だが、固有スキルが消えてしまったこと。
つまり、僕が失敗してしまったことは、すでに伝わっているように感じる。
両親は、帰ってきたことを喜ぶばかりで、それ以上のことを聞いてこないのだ。
いつまでも黙っておくわけにもいかない。
それに僕は、今からやらなければならないと思っていることもある。
「お父さん、お母さん。悲しませてごめん。でも、ちゃんと言っておかなきゃならないことがあるんだ」
「固有スキルの件か?」
父親が間を置かずに言った。なんだ、やっぱり知っていたのか。
「うん、消えちゃったんだ。なんでかわからないけど……」
「いやいや。無事に帰って来ただけでも嬉しいよ、アレク。もう会えないかとも覚悟していたくらいだからな」
「そっか。ごめんなさい、父さん。……で、来てすぐなんだけど、スマト王国の王様に、ご報告に行かなきゃと思ってるんだ。実は、行く前にこんな手紙をね……」
スマト王国のレムセル国王の名前で、直々に手紙を貰っている。
今回の命令を受けてくれたことのお礼。
これから待ち受ける苦難についての励まし。
可能な限りの援助をするとの申し出。
最後に、帰って来た時には必ず顔を見せてほしいと書かれていた。
『王様は魔王の呪いにかかってる』
国中で流れている噂は本当かもしれない。
召集された後、スマト城に招かれた際にも、侍従長と呼ばれる者が応対し、王様は顔を見せてはくれなかった。
手紙は、城に行った時に渡されたのである。
学のない平民の僕でも読めるように、簡単な言葉で書かれている。
だが、とても国王が一般の者に宛てて書かれたものとは思えないほど、丁寧な文面だ。
その時に僕は、この国王のことを、とても身近に感じもしたし、きっと立派な人に違いないとも思った。……いや、平民の僕が王様に対して失礼だとは思うけど。
「実はな、薬も食料も、スマト国王から貰ったものなんだ。しかも、村の者全員にだぞ」
父親によれば、ここメリデン王国ではなく、スマト王国からの援助だという。
ただし、母親の薬を除いては月に一回。
父親は、恐らく援助しすぎて生活を乱すことのないようにという深い配慮、すごい王に違いないと言った。
「それで、明日にでも報告に行かなきゃいけないと思ってるんだ」
「もう少しだけ家に居ても、バチは当たらないんじゃないかしら」
母さんはそう言ったが、父さんは、アレクの言う通りだとうなずく。
「しかし立派になったな。きちんと気が回るようになるってのは、大人の証だな」
父さんに褒められることなんて、今までに一度もなかったので驚いた。
「まだ十六歳になったばかりだと言うのに、随分としっかりしたもんだ。やはり、色々あったんだな」
父さんに頭を撫でられる。僕は、涙があふれてきた。
母さんも涙声だった。
スマト国王は、手紙を見る限りでは、きっと立派な人なんだと思う。
書いてある通り、きちんと援助もしてくれている。
だが、たとえそんな人であっても、固有スキルを失った僕だ。
これ以上の心配りをしてくれるとは思えない。
現実に、メリデン王国からは、ひどい仕打ちをもうすでに受けている。
先のことを考えると暗い気持ちになったが、どうなろうとも、約束だけは果たそうと思った。
両親にきちんと話すこと。そして、スマト国王との約束を果たすことだけが、僕の生きる理由だと思っている。