今朝も朝練がんばりました
そろそろ学校につく。
通学路には、朝練のためにチラホラと正門をくぐる生徒も目に入ってくる。
「由美、練習の事なんだけどさ」
「ん? どうしたの?」
少しまじめな顔つきで由美の方へ視線を移す。
「この件については、学校では秘密な」
「一応聞いておくけど、理由は?」
「この練習の件がクラスの奴らに知られたら、からかってくるだろ? それにもしかしたら俺に気を持っている女子を傷つけるかもしれない」
「なるほど。確かに私に恋心を抱いている大勢の男子たちを悲しませるかもしれないわね。わかったわ」
練習のことは秘密だ。
クラスの女子や同じ部活の女子たちとも普通に接し、ナイスキャラへレベルアップしたら、きっと恋文の一つでも貰えるかもしれない。
そして、放課後屋上へ呼び出されてしまうかもしれない。
今の自分は女子の前だとあがってしまう、本当に情けない。
しかし、由美と練習し、スキルを上げていけばきっと大丈夫。
俺の高校生活は明るくなるに違いない。
「じゃ、朝練がんばれよ」
「うん。晴斗も頑張ってね」
正門をくぐりお互いが朝練の場所へと向かう。
由美は弓道場へ、そして俺はいつもの場所に。
「おはよっす。雄平だけか?」
「おう。まだ少し早いからな。そのうち誰か来るだろ」
体育館には俺ともう一人、雄平しかいない。
しかし、定刻になっても誰も来なかった。
「しっかし今日も集まりが悪いな」
「まぁしょうがないんじゃないか? ほれ、さっさとアップしようぜ」
「朝練は任意だけど、二人ってのもな……」
「一人よりはましだろ? 毎日来るの晴斗くらいだぜ?」
「雄平だってそうだろ?」
「俺が来なかったら晴斗がボッチだからな」
「俺の為なのか?」
体育館内を軽く走りながら、隣を走る雄平に視線を送る。
俺は毎朝由美に付き合って朝練の時間に登校させられている。
しょうがないので俺も朝練に来ているが、雄平以外来ないんだよなー。
「まぁな。うちらは任意だけど陸上とかバスケとか、弓道だって朝練は絶対参加だろ?」
「そうだけどさ。陸上もバスケも弓道もうちの高校は強いからなー」
「ま、俺たちバド部は万年一回戦敗退だけどな」
「いいの、それでも俺はバドが好きなんだってっ」
雄平よりも少しだけ早く走る。
子供のころからバドが好きだったけど、がっつり本気でしているわけではない。
好きなスポーツをしているだけ。雄平はきっと、そんな俺に付き合ってくれているような気がする。
「俺だって、それなりにバドは好きなんだよっ」
俺の横を軽快な走りで抜き去っていく。
雄平は結構何でもできる。別にバドじゃなくてもいいはず。
軽くアップも終わり、ラケットを握る。
「いくぞー」
「はいよー」
体育館内にラケットで弾かれるシャトルの音が響く。
「今日も一緒に来たのか?」
「一緒に? あー、由美の事か?」
「あぁ。お前たち毎朝一緒だよなー」
「しょうがないだろ。あいつが毎朝うちに来るんだからさ。こっちはまだ寝ているっつーのっ」
「毎朝か……。そういえばいつから起こされてんだ?」
「いやいや、毎朝自分で起きているよ。うーんいつからだ? 気が付いたら来てるな。幼稚園の時からか?」
「約十年もお前んちに通っているのか……」
「家が隣だからな」
そんなたわいもない話をしながら朝練の時間は過ぎていく。
雄平との付き合いも長い。小学校からだから、雄平とも十年くらいだな。
みんなあの頃とは変わって、でっかくなりやがって……。
そんな俺も背はそれなりに伸びたし、声も変わった。
できることも増えたし、やりたいことも増えた。
今一番してみたいこと。
それは彼女とデートだ……。絶対に彼女を作って高校生活に華を咲かせるぜ!
「雄平、先に教室行ってるぞー」
「おう、モップ戻したらすぐに俺も行くわー」
先に体育館を出て、教室に戻る。
途中自販機でいつもの缶コーヒーをゲット。
「今朝練終わったの?」
「なんだ由美か」
「なんだとは何よ。私お茶ね」
笑顔で俺を見てくる。
「なんで?」
「彼氏でしょ? 可愛い彼女が朝練を終えてのどが渇いているの。かわいそうと思わない?」
「自分で買え」
と、いいつつ財布からコインを出してしまう。
「ありがとー。彼氏って便利だわ」
「お、お前な……。そんなんじゃ彼氏できんぞ? わりとマジで」
「……そ、そうかな? じゃ、しっかりとお礼を言わないとね」
手に持ったスポドリを自分の頬にあて、上目で俺に微笑みを向ける。
「ありがとね、晴君。大切に飲むね」
そのしぐさに目を奪われる。
おかしい、今までのこいつならこんなセリフは絶対に言ってこない。
『サンキュー、もうけもうけっ』とか言いながら、さっさと教室に戻るはずだ。
これが、練習なのか……。
「大切にせんでいいわ。さっさと飲んでしまえ」
「はーい。でも、感謝はしてるよ?」
「はいはい。ほれ、お前まだ袴だろ? 着替える時間なくなるぞ?」
「おっと、そうでした。じゃ、またあとでね」
由美は弓道部だ。
一年の頃から毎日朝練に行ってる。
本当は俺も朝練をさぼって寝ていたい。
でも、毎日頑張っている由美を見ると、なんだか俺もって思っちゃうんだよな。
だから俺も一緒に毎朝由美と同じ時間に登校している。
別にあいつの為じゃない、自分の健康のためだし、バドが好き──だと思う。
由美の袴姿を眺めながら手に持った缶コーヒーを飲み始める。
何であいつは部活頑張っているんだろ……。
長年の付き合いだが、俺はまだあいつの全部を知っているわけじゃない。
そう思った。
※ ※ ※
モップを倉庫に入れ、体育館のカギをかける。
今朝も結局晴斗しか来なかった。
青山さんと晴斗。
毎朝一緒に登校してくるけど、本当に二人は付き合っていないのだろうか。
長年二人を見てきたけど、正直聞きにくい。
しかも、付き合っているのかいないのか、ものすごい距離感が微妙だ。
幼馴染って枠を超えているような、いないような。
だからクラスの奴らも二人には声をかけない。
誰も聞かないし、聞きにくい。
一年の終わりに同じクラスの女子から晴斗は青山さんと付き合っているのかと聞かれたことがある。
幼馴染だとは答えたが、付き合っているかは答えられなかった。
何気にあの二人は人気があるらしい。
ひそかに恋心を抱いている生徒もいるだろう。
だが、あの二人の関係を見ると……。
晴斗、青山さんと付き合っているのか?
青山さん、晴斗と付き合っているのか?
俺は二人を応援すればいいのか?
それとも……。
小さい頃は気にしなかった。
でも、俺だって大人になり恋愛に興味を持つ。
朝練だって晴斗の為とか自分に言い聞かせているけど、本当は自分のためだ。
自分のために朝練に来ている。
こんな嫌な性格じゃ、晴斗にも嫌われちまうな……。