お互いの呼び方が変わりました
幼馴染の由美と恋人練習の話をする。
相変わらずベッドに転がっている由美はだらしがない。
「なぁ、これからどうすればいいんだ?」
「そうね、とりあえずお互いの呼び方を変えてみるのは?」
かれこれ十年以上の付き合いだ。
お前とかあんたとか、お互いをお互いに適当い呼び合っている。
「呼び方か……。お前は俺のことなんて呼ぶんだ?」
「それ、私のこと『お前』って呼ぶの禁止。私はあんたのこと『晴斗君』って呼ぶことにするから」
いやいや、お前今俺のこと『あんた』っていったよな?
「はいはい。じゃぁ、俺は由美でいいのか?」
「由美か……。なんかしっくりこなわね。お互いあだ名で呼ぶのは?」
「あだ名? そんなものないぞ?」
「今から作るのよ。さぁ、シンキングタイムよっ」
ベッドで寝ながら目を閉じる由美。
まるでそのまま寝てしまいそうな感じがする。
本当に考えているのか?
ポクポクポクポク、チーン。
由美の目がカッと開き、俺をにらんできた。
「晴君。うん、晴君ってどうかしら?」
「お前に言われると何か恥ずかしいんだが……」
突然変な風に呼ばれ体がむずむずする。
「だから、何で私の事お前って呼ぶの!」
むくりと起き上がった由美はそのまま俺の目の前まで歩み寄り、両頬をサイドに引っ張る。
「い、いふぁいんだけふぉ」
「なんて言っているのかわからなーい。で、私の事はなんて呼ぶのかしら? いい呼び名を期待しているわ」
ポクポクポクポク、チーン。
「ゆーふぁん?」
「はい? あ、ごめん。このままだとちゃんと発音できないわね。もう一度いいかしら?」
サイドに伸びきった頬を元に戻し、もう一度呼んでみる。
「ゆーちゃん。これでいいか?」
「この年でちゃんつけとか、ないわー。却下、再考願います」
「なんでだよ。なんでもいいだろ?」
「そんなことない! 大切なことですよ、晴君だって私に『晴君』って呼ばれてちょっとは意識するでしょ?」
確かに。呼び名が変わっただけなのにちょっとドキッとしてしまった。
「うーん、じゃぁ由美りん?」
「……センスないわね。本気で考えているの?」
「考えてるよ! じゃぁ、もう由美のままでいいじゃないか」
「しょうがないわね、晴君のセンスを考えたらまだましな方ね」
なにこの言い方。あんまりじゃないですか?
「はいはい。で、お互いの呼び名が決まったところでこの後は?」
「そうね、どうしようか……」
「考えていなかったのか?」
「晴君だって考えてよ、これは互いの将来がかかっているんだからねっ」
いつになく、真剣なまなざしで俺を見てくる由美の熱意。
そうか、お前もそんなに彼氏が欲しいのか。
わかる、わかるぞ! 俺だって彼女が欲しいからな!
「わかった。急には出てこないから、お互いの宿題にしよう。また明日すり合わせしようぜ」
「そうね。そんな急にはいい案出てこないしね。じゃぁ、私はそろそろ帰るね」
「おう。じゃ、また明日な」
由美は読んでいた漫画本を棚に戻し、ベランダの窓を開ける。
「じゃ、おやすみ。寝る前にライムで連絡してね」
「は? なんでだよ」
ライムとはメッセージを送れるスマホのアプリだ。
おそらくスマホを持つ全員がアプリを使っているといっても過言ではない。
俺はもちろん、由美も両親もクラス全員がこのアプリを使っている。
「寝る前のおやすみ連絡は必須でしょ! 絶対に忘れないでよね!」
「はいはい、わかったよ。寝る前に送るよ。じゃぁな、落ちるなよ」
「大丈夫よ。何年通ったと思っているの」
ベランダに出て行った由美はそのままベランダ越しに隣の自分の部屋に戻っていった。
玄関を経由するよりも近いし早い。もう何年もベランダ経由で俺の部屋に来ている。
この日はさっさと風呂に入り、布団に潜り込む。
明日も学校だ、課題も終わっているし安心して夢の世界に旅立てる。
あ、由美にライム送らないと……。
寝る前の日課ができてしまった。なんだかめんどくさいな。
いや、これは彼女ができたときの練習。彼女のを想えばきっと毎日の連絡は苦にならないはず!
練習だ、練習あるのみ!
『おやすみ』
ぽちっと送信。
これであいつから返信が来れば問題ない。
が、五分経っても十分たっても既読にならない。
おかしい、風呂でも入っているのか?
結局三十分たっても既読にならなかった。
※ ※ ※
──ピピピピピピ
スマホの音で目が覚める。
うっすらと目を開けると、なぜか人影が目に入る。
「あ、起きた?」
「なぜお前がここに?」
制服を身にまとった由美が勢いよくダイブしてくる。
「おっきろー!」
「ぐぅえ!」
朝一で変な声が出た。
「お、お前何してるんだよ!」
「モーニングだいぶ。起きた?」
「起きてる! そんなことしなくても起きてる! 重い!」
「あ、失礼! なにそれ! 重い? 重くないでしょ? 彼女にそんなこと言わないよね!」
あ、そうだった。恋人練習していたんだっけ。
「えっと。重くないよ。うん、重くない。起こしてくれてありがとーなっ!」
と、俺はかぶっていた布団を由美にかぶせる。
はーすっきり。
「あ、やめてよっ。髪が乱れるじゃん!」
「髪? お前いつもと同じだろ? 何もしてないじゃん!」
「してる、今日はしてるの!」
なんだと、こいつが朝から髪をいじってきたのか!
ゆっくりと布団を戻し、由美の顔を見てみる。
「……? 何が変わってるの? いつもと同じじゃね?」
「ちがう。ここ見て、ほらここ」
よーく見るよ、サイドに細い三つ編みっぽいものが見える。
ふーん、確かにいつもはしていないね。
「うん、見た」
「……で? それで?」
笑顔で俺を見てくるってことは、何かを期待しているってことだね?
「あー、よくお似合いで。つか、いつまで俺に乗っているんだよ。邪魔」
「ひどい。せっかく早起きして頑張ったのに……」
「はぁ、なに潤んだふりしてるんだよ。早く出ていけ、俺は着替える」
「せっかく起こしに来たのに、邪険にしないでよ。ほら、彼女っぽいでしょ?」
「多分彼女だったらベッドにダイブはしないと思うぞ」
「そ、そうかな?」
「そうだ。玄関でおとなしく待ってろ」
由美はしぶしぶ部屋から出ていき、玄関に向かって歩いていく。
まったく、朝から騒々しい。
玄関の方からは母さんの声が聞こえてくる。
「由美ちゃん、晴斗起きた?」
「はい! ばっちりと起こしました!」
いやいや、一人で起きていますから!
つか、母さんも勝手に由美を部屋にいれるなよ!
朝からドタバタ。こんな日かこれから続くかと思うと、肩が重くなる。
「由美ちゃん朝ごはんは? 一緒に食べていく?」
「いいんですか! 遠慮なくいただきます!」
……。おい、お前はそれでいいのか?
お互いに恋人練習するんじゃなかったのかよ!
「晴斗こないし、先に食べてていいわよ」
「では、いただきまーす!」
こうして俺の一日が始まろうとしていた。