子爵家の過去
道すがら拾われたエンデは、馬車に乗ったまま、門を潜った。
馬車の中で、自己紹介を終えた。
2人は、予想通りの貴族だった。
男性が、【マリオン ヴァイス】子爵家当主。
女性が、【ルーシア ヴァイス】、マリオンの妻だった。
エンデが自己紹介を終えると、マリオンが問いかける。
「エンデ君は、この後の事、決まっているのかい?」
「ううん・・・・・」
首を横に振る。
ホッとした表情になるマリオン。
そして、提案する。
「ならば、今晩は、私達の屋敷に泊ればいい」
「えっ!・・・・・」
エンデが、屋敷に誘われたことに驚いていると、
マリオンの提案に、ルーシアが笑顔で同意した。
「それは、いいわね。
もう、これは決定よ!」
そう言うと、対面の席から移り、エンデの隣に座りなおす。
そして、ギュっと抱きしめた。
「ずっと、いていいのよ・・・・・・」
呟くルーシア。
マリオンは、その光景を優しい目で眺めていた。
平民街を抜け、貴族領に入る。
馬車から覗く外の街並みは、大きな家ばかりで、
入り口には、門兵が立っている。
ランドル家の騒動は、記憶に残っていない為、
初めて見る貴族街に驚き、固まったまま眺めていた。
ルーシアが、不思議そうに問いかける。
「エンデちゃん、どうしたの?」
「大きい家ばかりで・・・・・・」
「フフフ・・・・・私たちの家は、もっと大きいわよ」
ルーシアが、笑顔で答えた。
馬車に乗ってから、ルーシアは、ずっと笑顔を絶やさない。
子爵であるマリオンも、その光景を微笑ましく感じていた。
暫く進むと、馬車が止まる。
そこには、他の屋敷より、二回りほど大きな屋敷が建っていた。
「ここが、私達のお屋敷よ」
御者が扉を開け、マリオンが降りる。
続いて、ルーシアは降りると、その場でエンデを待った。
ルーシアは、降りて来たエンデの手を引き、屋敷に向かう。
入り口には、2人のメイドと黒服を来た男【ヨシュア】が、待機していた。
一瞬、エンデを見て、驚いた表情を見せたが
気を取り直して、一礼をした。
「旦那様、奥様、お帰りなさいませ」
ヨシュアに続き、メイド達も頭を下げる。
「変わったことは、無かったか?」
「はい、何も問題は御座いません」
「そうか・・・・・」
マリオンは、エンデを前に連れ出す。
「この子は、エンデ君だ。
当分、屋敷に滞在するので頼んだぞ」
「畏まりました」
再び一礼をし、頭を上げたヨシュアとメイド達の顔は、
何とも言えない表情をしていた。
「さぁ、中に入りましょ」
ルーシアに、手を握られ屋敷の中に入って行く。
ルーシアは、メイド達やヨシュアに任せず、自らが屋敷内を案内した。
そして、ある部屋の前で止まる。
「今日から、ここがあなたの部屋よ」
「えっ!?」
開かれた部屋の中には、机やベッドにカーテン、全てが揃っていた。
まるで、エンデが来る事が、分かっていたかのようだった。
「疲れたでしょ、お風呂に入ってくるといいわ。
着替えは、そこのタンスに、入っているから」
『後でね』と言い残し、ルーシアは、部屋から出て行った。
「では、参りましょう」
エンデは、メイドの案内に従い、浴室に向かう。
浴室に到着し、脱衣場で服を脱いでいると、
少し離れた場所で、案内をしてきたメイドも、服を脱ぎ始めていた。
「え・・・・・」
娼館で生活していた為に、過激なスキンシップには慣れている。
しかし、母様以外とは、一緒にお風呂に入ったことは無い。
メイド【イレーナ】と目が合う。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いえ・・・・・」
先に衣服を脱いだイレーナが、エンデに近づく。
「脱がせましょうか?」
「だ、大丈夫です・・・・・」
慌てて衣服を脱いだエンデ。
メイドに手を引かれ、浴場に向かう。
「先に、体を洗わせて頂きます」
イレーナは、ヘチマのスポンジを使い、エンデの体を洗う。
「大人しくしていてくださいね」
母様以外に、体を洗われる事に、恥ずかしくなり、
借りてきた猫の様に大人しくなっている。
「はい、次は前です」
イレーナの顔を見る。
━━前は・・・・・
言葉にしかけたが、イレーナの行動の方が早く、
クルっと、向きを変えられた。
「え、あ、・・・・・」
「大人しくしていてくださいね~」
そう言って、エンデの体を洗う。
エンデの体を洗った後、イレーナは、自身の体を洗い始めた。
その頃、イレーナに促されたエンデは、湯船に浸かっている。
気持ちよく湯船に浸かっている時、エンデは、夢の事では無く、
この親切な子爵家の事を考えていた。
━━なんか、不思議だなぁ・・・・・
ボ~っとしているエンデの横に
体を洗い終わったイレーナが入って来た。
「何をお考えなのですか?」
イレーナの質問に、湯船に浸かり、気が緩んでいるエンデは答えた。
「僕は、この街に来る前に、2人と出会ったんだ。
だから、お互いに何も知らない。
それなのに・・・・・」
しばらくの沈黙の後、イレーナが口を開く。
「これは、独り言です」
そう告げた後、話し始めた。
マリオンとイレーナの間には、2人の子供がいた。
男の子と、女の子、弟と姉。
【エヴリン】と【マッシュ】。
2人は仲が良く、いつも一緒に遊んでいた。
しかし、ある時、エヴリンが所用で抜けている時に、
事件が起きる。
1人で遊びに出かけた【マッシュ】だったが、
何時まで待っても、帰って来なかったのだ。
マリオンとルーシアは、兵を動員して、街の隅々までマッシュを探した。
しかし、捜索の甲斐無く、マッシュの行方は、わからなかった。
それから3日後、スラムのドブ川で、
仰向けで死んでいるマッシュが発見された。
悲しみに暮れるヴァイス家、それに関係のある者達。
マリオンが、壇上に立つ。
「私は、我が子を殺した者を、絶対に許さない!
だから、どうか、この私に力を貸してくれ」
子爵家当主が、平民や部下達に頭を下げた。
「旦那様・・・・・」
あり得ない光景・・・・・
この日から、今まで以上に、捜索に加わる者達が増えた。
だが、2年の月日が過ぎても、証拠となるものの発見には、至らなかった。
その中で、唯一発見されたもの。
それは、マッシュが発見された場所より下流で、
ゴミや動物の死体などが溜まっている場所に
流れ着いていた靴だけだった。
イレーヌの目にも、薄っすらと涙が浮かんでいる。
「その子が生きていれば、今年で10歳になっていました」
「僕と、同じ・・・・・」
イレーヌは驚き、エンデの顔を見た。
「そうだったんですね。
お顔や背格好だけでなく、同じ年齢だったとは・・・・・」
「その人、僕に似ているんだ」
「ええ、とても・・・・・・」
イレーヌは、そう言いながらエンデに抱き着き、そっと呟く。
「お帰りなさいませ・・・・・・」
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