覚醒の兆候と記憶
エンデは、娼館に戻らなかった。
街から去り、行く当てもなく飛ぶ。
何日も飛び続け、疲れたエンデは山の中に降りた。
そして、眠りに就いた。
エンデは、夢を見た。
「ずっと一緒にいたかったけど・・・・・ごめんね」
涙を流しながら、微笑む女性。
「我が子よ、どうか、強く」
子供の頭を撫でた男性。
2人は、魔法陣の際に立つ。
「始めよう」
「ええ」
男性と女性は、魔法陣に魔力を注ぎ込む。
そして、赤子が魔法陣の光とともに消えた。
『禁忌』の詠唱。
エンデには、何故か理解出来てしまった。
━━もしかして、これが僕の・・・・・
エンデは、夢の中で、そう考えた。
何日眠っていたのだろう・・・・・
エンデは、誰かに揺すられて、目を覚ます。
「あっ、生きていたんだね。
良かったぁ」
そう言って、微笑む少女【ミーヤ】。
「僕、どうして・・・・・」
エンデには、ランデル家を崩壊させた記憶が無かった。
あれは、怒りに触れ、覚醒した魔力の暴走。
エンデの持つ力には間違いは無いが、
あの時のエンデは、ある意味、意識を失っている時と同じ状態だった。
その為、何をしたのか、何故ここにいるのかも、わかっていない。
「貴方、名前は?」
少女は、エンデの顔を覗き込む。
「僕はエンデ。
コルドバの街に住んでいるんだ」
「コルドバの街?」
「うん、それより、ここは何処なの?」
見渡す限りの木、そして、目の前には川。
道らしきものも無い。
辺りを見渡すエンデに、少女は告げる。
「ここは、『イオンの森』。
私達、山猫族が暮らしている山だよ。
因みに、私はミーヤだよ」
エンデは、少女を見つめる。
頭から生えている茶色と焦げ茶色の斑模様の耳。
そして、同じ模様をした、人には無い長い尻尾。
彼女は、亜人と呼ばれる種族だった。
娼館で働く者達の中にも、亜人はいたので、驚きは無い。
だが、初めて見る種族。
思わず手を伸ばし、尻尾を掴む。
娼館にいた頃は、咎める者がおらず、亜人達の耳や尻尾は、触り放題だった。
その為、エンデにとっては、いつもの行動。
「キャ!」
驚き、声を上げるミーヤだが、
エンデは、お構いなしに、触り心地を楽しむ。
「フサフサして、気持ちいいね」
10歳の少年に、下心など無い。
単純に、触り心地を楽しんでいる。
しかし、真っ赤な顔をしているミーヤ。
「ふぁ!!!」
エンデの両手が、尻尾の付け根へと迫っていた。
更に、付け根へと迫るエンデの両手。
「ふぁぁぁぁぁ~」
気の抜けた声を出し、その場にしゃがみ込んでしまった。
エンデは、尻尾から手を放す。
「ミーヤ、大丈夫?」
真っ赤な顔をして、震えるミーヤ。
「あのねぇ・・・・・気軽に、女の子の尻尾を、触っちゃダメなんだからね!」
真っ赤な顔のままエンデを睨みつけた。
「ごめんなさい。
でも、フサフサで、気持ちよかったんだ」
「馬鹿・・・・・」
小声で呟くミーヤだが、
顔は、より一層赤くなっていた。
その後、謝罪を行ったエンデを連れ、ミーヤは、里に向かう。
山の中を、スイスイと歩くミーヤ。
その後を、必死に追うエンデ。
「ちょっと、待ってよ!」
「遅いと、置いて行くわよ」
そう言いながらも、チラチラとエンデの様子を伺っていた。
暫く進んでいると、目の前に開けた土地と、家屋が見えて来た。
「あそこが、私の住んでいる里だよ」
里の手前で足を止め、エンデを待っているミーヤ。
そこに、山猫族の男達が集まって来た。
男達の視線は、エンデから離れない。
どう見ても、歓迎しているようには、思えない。
その時、男達の間をすり抜け、老人が現れた。
「あっ、長!」
老人をミーヤは、『長』と呼んだ。
山猫族の族長【ムーア】が、ミーヤに近づいた。
「ミーヤ、わかっておるな」
『〇〇してはならない(掟の内容)』。里に住む者が、知らない筈がない約束事。
ミーヤも、分かっていたが、見逃して欲しいと、頼み込む。
必死に、食い下がるミーヤ。
「うん・・・・・でも、エンデは、ここが何処かも分からないんだよ。
それでも、放って置くの?」
「仕方あるまい、それがこの里の『掟』じゃ」
「長・・・・・」
ムーアの前に進み出た【ヒューイ】。
「小僧、そういう事だ。
ここから去れ!」
突き放すように、話し掛け、エンデを睨む。
此処まで連れてきたミーヤが、2人の間に割って入り、食い下がる。
「1日だけでも、いいから、里においてあげてよ」
「駄目じゃ、『掟』を破る事は出来ん」
ムーアは、そう言い残し、後の事をヒューイに任せて、その場から去る。
「長!」
ミーヤの呼び掛けに、ムーアが振り向くことは無かった。
その場に、っている山猫族の男達。
エンデを取り囲む。
「死にたくなければ、去れ!
これは、脅しではないぞ!」
ヒューイの言葉に反応し、
武器を手に持ち、エンデと向き合う山猫族の男達。
10歳の男の子を相手に、大勢で取り囲み、武器を手にする大人達。
一発触発の雰囲気の中、ミーヤは、エンデに話しかけようとしたが、
後ろから、伸びてきた手に阻まれた。
振り向いたミーヤの先には、父であるバグズの姿があった。
「お父さん・・・・・」
首を横に振り、諦めなさいと伝えられた。
ここに連れて来たのは、ミーヤ。
それは、エンデを助ける為。
しかし、その行動のせいで、エンデは、危険に晒されている。
父親に捕まえられ、身動きの取れないミーヤ。
「エンデ、ごめん。
本当に、ごめんなさい!
逃げて!」
泣きそうな顔のミーヤに、エンデは、『ニコッ』と笑顔を見せる。
その後、エンデは何も言わず、再び山の中に戻って行った。
再び、1人になるエンデ。
方角もわからないまま、山を彷徨う。
そんな時、考えるのは、夢の中の出来事と、ここにいる理由。
エンデが覚えていたのは、『黄金郷』での母との別れまで。
その先の記憶が無い。
ランデル家を、屋敷もろとも屠った事は、記憶に無い。
「僕は、どうしてここに・・・・・
それに、あの夢は・・・・・」
夢とは思えない感覚。
エンデは、そんな事を考えながら、山を彷徨う。
すると、偶然にも川を発見する。
この山に初めて降り立ち、ミーヤと出会った場所から、あまり離れていない所なのだが、
本人が知る由もない。
日も暮れ始めていた為に、ここでの野宿を決める。
娼館にいた時、アイシャ達から魔法を教わっていたおかげで、
火には苦労しない。
それに、ロニーからも、野宿の仕方や、山での生活の仕方など
多岐にわたり、教わっていた。
エンデは、今夜の寝床を確保すると、次に食事の準備に取り掛かる。
「何か、探さないと・・・・・」
辺りを見渡す。
しかし、木と草が生えているだけ・・・・・
知識はあるが、食べられる草の見分けがつかない。
仕方なく、薄暗い中、川に潜る。
━━あっ!
いた!・・・・
水の中を優雅に泳ぐ魚の群れ。
エンデは、急いで川から上がると、距離を取る。
「えっと・・・・『雷よ・・・・』」
伸ばした右手から、放たれた魔法は、水面を貫く。
魚は感電し、水面に浮かび上がった。
「よし!」
小さくこぶしを握り締めた後、魚を回収した。
「これで、今晩のご飯が出来た!」
木の枝に、魚を突き刺して火で焼く。
香ばしい魚が焼けた匂い。
エンデは、焼き上がった魚を頬張る。
「塩でも、あればいいのに・・・・・」
そんな事を思いながらも、食事を終えたエンデは、寝床代わりの木に登った。
そこから、夜空を見上げる。
「本当に、ここは何処なんだろう・・・・・」
知らぬ間に、エンデは、眠りに就いていた。
そして、再び、夢を見る。
前回と同じように、エンデだと思える赤子を、愛おしく抱く女性。
「ノーラ、そろそろいいか?」
夢の中の男の声。
女性の名前をノーラだと知る。
そのノーラの背には白い翼。
声の主である男性には黒い翼、しかも6枚。
「ベーゼ、貴方は、もういいの?」
男の名前は、ベーゼだと知った。
ベーゼも、愛おしそうに、我が子を見つめている。
そして・・・・・
「ああ、大丈夫だ。
別れは済ませた」
夢の中で会話をする二人の姿は、物語に出て来る悪魔と天使に似ていた。
エンデは、懐かしいような不思議な気持ちになる。
恐怖や違和感、そんなものは、何もなかった。
エンデは、気付いていない。
寝ているエンデを守る『魔力の繭』の存在を・・・・・・
その日の深夜。
『魔力の繭』の光に誘われるかのように、エンデに近づく男達がいた。
不定期投稿ですが、宜しくお願い致します。




