斥侯 開戦
「聞きたいのは、みんなの居場所。
何処にいるの?」
地面に座らされているゲインは俯く。
顔を背け、話そうとはしない。
その態度に苛立つダバン。
「おいっ!」
ゲインの後ろから、ダバンは、声を掛けると同時に、蹴りを放つ。
『ぐはっ!』
前のめりに倒れ込むゲイン。
偶然にも、ゲインの倒れた場所は、エンデの足元。
顔を上げると、エンデと目が合う。
「やはり、話すわけにはいかん。
殺したければ、殺せ!」
「そうかい・・・・・」
ダバンは近づき、地面についていたゲインの手を踏みつけた。
鈍い音と共に、手の甲の骨が砕ける。
『がぁぁぁぁ!』
手を踏みつけたままの状態で、ダバンが問う。
「アンドリウス王国の兵士は、何処にいる?」
あまりの激痛に、額から汗を流し、息を切らすゲイン。
だが、ダバンは、お構いなしに踏みつけている足に、力を込める。
『ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
再び響く、叫び声。
その声を無視して質問を続ける。
「さぁ、言え!
何処にいるんだ!」
その後もダバンは、執拗に痛みを与え、ゲインの心を折りにかかった。
空に、青みが掛かり、夜が明け始めた頃、
両手両足の骨は完全に砕け、地面に四肢を放り投げた形で倒れこんでいるゲイン。
最早、抵抗する気力すら残っていない。
「ゴンドリアに戻る途中に、村がある。
そこに捕えている・・・・・・」
「じゃぁ、そこに案内してよ」
エンデの言葉に、ゲインは驚く。
━━身動きが取れない俺をどうやって・・・・・
声には出さなかったが、言いたいことは、顔に現れていた。
「問題ないよ、僕が治すから。
それで、案内してくれるの?」
『治す』
その言葉を聞き、この痛みから逃れられるならと、『コクコク』と何度も頷いた。
『わかった』と言い、エンデは、右手を患部に伸ばす。
暖かい光が患部を包み込み、見る見るうちに治療されてゆく。
それは、時間を巻き戻すかのように・・・・・・
━━何だこれは!・・・・・
治癒魔法は、この世界にもある。
しかし、ゲインが今まで見て来たものとは全く違う。
ゲインが負った怪我は、重症の部類に入る。
本来、完治には、数日掛かる筈だったのだが・・・・・
「もう、大丈夫だよ」
その言葉の通り、ほんの数分のうちに、完治させてしまった。
だが、エンデが治したのは両足だけ。
「これで、歩けるよね。
また、話さなくなったら困るから」
「いや、そんな事は・・・・・」
必死に否定しようとしたが、エンデは、被せるように伝えた。
「とにかく、案内頼むよ」
そう言い残し、エンデは、テントに向かって歩きだす。
ゲインは、地面に座ったまま、完治した足を眺めた。
━━あいつは、どんな力を持っているのだ・・・・・・
関心より、恐怖が先に襲い掛かる。
━━こんな奴が、あの国にいたなんて・・・・・
━━兵士など、返してやる。
だが、この事実だけは・・・・・・
ゲインは、この事実を国に知らせる事を誓う。
周囲を見渡すと、人の影が見えない。
足が治っている事から、脱走を考え始めたその時・・・・・
「逃げられると、面倒だからな」
突然現れたダバンにより、両足を拘束された。
そして、『ズルズル』と引き摺られ、近くの木に、縛りつけられる。
「ここで、大人しく待っていろ」
欠伸をしながら、ダバンもテントに向かった。
その日の正午。
エンデたちは、ゲインの案内のもと、アンドリウス王国の兵士たちの救出に動きだす。
先頭を歩かされるゲイン。
その後ろに、馬車が続く。
ノルマンが裏切った事で、御者はアラーナが務めている。
太陽が、45度あたりに傾いた頃、ようやく、家屋らしきものが見えた。
「あそこだ・・・・・」
エンデが、想像していた村とは違っていた。
至る所に木々が生え、隠れるように家屋が立ち並んでいる。
道を辿り、ゆっくりと村に近づく。
すると、突然、空から矢が降り注いだ。
ゲインは、わかっていたので、咄嗟に木々の隙間に、身を潜めた。
━━これなら、奴らも・・・・・・
そう思い、潜んでいる場所からそっと馬車の方へ、顔を向ける。
『!!!』
「何故だ!」
ゲインの目に飛び込んで来た光景。
それは、無傷の馬車と、幌の中に隠れようともせず、
待機しているアラーナの姿だった。
「何が、どうなっているんだ!」
その理由を、ゲインは目の当たりにする。
放たれ続ける無数の矢。
しかし、その矢が馬車に近づくと、何かに阻まれ、地面に落ちる。
「また、あいつの仕業か!」
苦虫を嚙み潰したような表情で呟いた。
見ている事しか出来ないゲイン。
兵士たちの攻撃は続いていたが、徐々に、その数が減り始めた。
その原因は、ダバンとエンデ。
敵の居場所を、矢の飛んでくる位置から特定し、次々と屠っていた。
伝令を受け、村に待機していた兵士たちも参戦。
周囲の木々が障害物になり、思った通りの動きが出来ないエンデとダバン。
数の力で、エンデたちを抑え込みにかかる。
「チッ!」
ダバンは、思わず舌打ちをしてしまう。
村から参戦して来た兵士たちは、戦い慣れていた。
木々を上手く使い、エンデとダバンの攻撃を躱し、
反撃を試みながら、一定の距離を保つ。
むやみに、接近戦を挑まない。
そうこうしている内に、上手く隙を突き、ゲインの救出を成功させる。
「隊長、大丈夫ですか?」
「ああ、助かった。
感謝する」
ゲインを肩で担ぎ、村へ引き返してゆく。
その時、シールドで守られている御者台に立ち、エブリンが叫んだ。
「エンデ、いつまで遊んでいるの!?
本気で戦いなさい!」
その声を聞き、エンデは、馬車の方へ振り返る。
エブリンと目が合った。
「やっちゃいなさい!」
エンデは、その声に頷くと、背中から翼を生やす。
「ダバン、馬車に戻って!」
指示を受けたダバンは、馬車へと駆けだす。
そして、到着したことを確認すると、右手を空に掲げた。
『ホーリーランス』
無数の光の槍現れ、空を埋め尽くす。
驚きの余り、動きを止めてしまった兵士たちに、逃げ場など無い。
エンデが手を振り下ろすと、地上に光の槍が降り注いだ。
先程と同じ様に、木々に隠れる兵士もいたが、光の槍は、木をも貫く。
「ヒィィィィィ!」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
叫び声と悲鳴が木霊する。
逃げ惑う兵士たち。
その頃、一足先に、村の家屋まで、辿り着いていたゲインは、
救護班の手により、治癒魔法をかけられていた。
やはり、エンデの魔法のようにはいかない。
けれど、ゆっくりだが、治っていく感覚はあった。
「このままで、終わってたまるか」
腕の感触を確かめながら、呟いた。
その時、扉が開き、1人の兵士が飛び込んで来た。
「隊長!
ご報告します。
このままでは全滅です」
まだ、それ程時間は経っていない。
それなのに、この報告。
「全滅・・・・・だと」
「はい、突然、空に無数の光の矢が現れ、わが軍の兵士たちを・・・・・・
全て、あの少年の仕業です」
━━あのくそガキ・・・・・・
拳を力一杯握り、悔しさを露わにするゲイン。
だが、そんなゲインの態度を気にも留めず、兵士の話は続く。
「あの少年ですが、人族では無かったようです」
「は?」
「隊長が、こちらに治療に向かった後、あの少年から、翼が・・・・・」
「翼だと・・・・・何の亜人だ?
翼があるという事は、鳥人族か?」
「いえ、それが見たことも無い翼でして・・・・・」
「そうか、だが、亜人だという事は、何処かに主がいるかも知れぬ」
━━あの時、ガキが、馬に命令をだしていると思ったのだが、
他にいたという訳だな。
ならば・・・・・
冷静に思い出す。
馬車に乗り込んだ時、男が2人とメイドが2人。
それと、少女。
━━そうだったのか!・・・・・・
ゲインは、エブリンが2人の主だと思い込む。
「ハハハ、まんまと騙されたよ。
だが、これで、こちらも勝機が見えたよ」
歪な笑みを浮かべ、その場にいる兵士たちに、指示を出す。
「2人を馬車から、引き離せ。
その後、馬車に乗っている女を捕えよ」
「女ですか?」
「ああ、馬車には、メイドが二人と少女が乗っている。
その少女こそが、2人の主だ。
もし、それが、間違っていたとしても、人質の役目は、十分に果せそうだ」
この場に、何の取り得もない少女が来ると思えない。
ゲインは、エブリンが2人の主だと決めつける。
そして、治療を終えたゲインも、戦いに参加する為、
家から出ると、生き残っている兵士たちの元へ歩き出した。
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