王都 襲撃者
日を追う毎に、ヴァイス家に対する圧力が増す。
買い物に出かけても、中々商品を売ってもらえる店が見つからず、
やっと見つけたところで、翌日には、その店にも侯爵の圧力がかかり、
売って貰えなくなっていた。
そんな状態だったので、ジョエルが、ゲイルドの街から、食料を取り寄せように手配をした。
しかし、王都に運搬している最中、その荷馬車が襲われ、荷物を奪われた。
命からがら逃げ伸びたジョエルの部下の証言によれば、
服装こそ、汚れた物を着ていたが、その口ぶりから、
『盗賊とは、思えなかった』と証言した。
当然、この事は、王都の警備隊にも伝えられたが、
チェスターの息のかかった兵団長が、この事件をもみ消し、報告を上げなかったのだ。
その事をエンデ達が、知る由もない。
しかし、時期などを考慮すれば、自ずと、誰の仕業かは見えてくる。
「たぶん、侯爵の手下の仕業だよね」
「ええ、間違いないと思うわ」
『息子一人の為に、なぜそこまで?』と思ってしまうが、貴族は、プライドで生きている。
その為、侯爵の跡取りが晒した失態を消す為には、
ヴァイス家に、それなりの報いを受けてもらわなければ、示しがつかないのだ。
侯爵の命令により、ジョエルの屋敷には、食料はおろか、誰も近づかない。
当然、王都で雇った者達も、侯爵の圧力により、屋敷から去って行った。
食料や品物が屋敷に届かなくなり、既に7日。
ジョエルの屋敷を監視しているチェスターに雇われた冒険者【ビルド】は、
例の荷物が襲われた一件から、こちら、
屋敷から、誰も出ていないことを確認している。
出て来ても、庭までだった。
それなのに、屋敷で生活している者達の様子に、変化が見られない。
健康そのもので、飢えている様子もない。
「食材は、尽きている筈なのに・・・・・」
疑問に思ったビルドは、チェスターに報告する。
何時まで経っても、困った様子もなく、謝罪にも来ないヴァイス家。
監視者からも、困った様子はないとの報告。
「どういう事だ!
食料は、完全に絶ったはずだ!」
チェスターは、出来る限りの手を尽くし、宰相へも、報告が上がらないようにもしている。
その為、エンデ達には、食料を算段することは、無理だと思っている。
しかし、ジョエルの屋敷には、何の変化も見えず、飢えている様子もない。
ここにきて、この街で雇われた者達を、屋敷から引き上げさせたことを悔やんだ。
━━どうなっているのだ・・・・・・
この状態を、あまり長く続けると、いずれ、宰相の耳にも届く。
そうなれば、不利になるのは、チェスター達。
盗賊まがいの事をして、荷物を盗んでは、いくら貴族でも、許される筈が無い。
王にも宰相にも、知られる訳には、いかない。
早急の解決を望むチェスター。
しかし、状況に変化はない。
その為・・・・・
「監視する者を増やせ!
もっとよく見張るんだ!」
チェスターの命令で、翌日から、監視者は2名に増えた。
二手に分かれ、屋敷を監視する冒険者。
深夜になっても、その体制は変わらない。
月に雲がかかり、辺りが暗くなった時を見計らい、
屋敷から、静かに飛び立つエンデ。
監視者には、気付かれていない。
屋敷を飛び立ったエンデは、日課である狩りの為、山に向けて飛び立つ。
途中、王都の外の畑に降り立ち、野菜を確保する。
そして、頂いた野菜の代わりに、銀貨を置いて飛び去った。
エンデは、収納の魔法を習得していた。
その為、荷物が増えても困る事はない。
目的の山に着くと、獣を探す。
同時に、荷物を奪った者達のアジトも探していた。
いつものように狩りを終えると、襲撃者探しを行う。
この日は、雲が多く、人間が山や森の中を歩くには、松明が必要だった。
王都への道を監視している最中には、松明を使う事はないが、
アジトに戻る時なら・・・・・・
そう考えたエンデは、上空で待機する。
深夜、月が姿を見せなくなると、辺りは、完全に漆黒の世界。
エンデには、はっきりと見えているが、
監視をしている人間には、何も見えない。
「おい、一旦、戻るぞ」
声だけで、やり取りをした監視者が動き出す。
上空で待機していたエンデの目に、松明の炎が映る。
━━見つけた!・・・・・・
松明の灯りを便りに、人間達の後を追う。
暫く尾行していると、人間達は、山中の村に辿り着く。
家の数は6。
どの家にも、明かりはない。
エンデは、村の周囲を飛んでみたが、田畑はなく、
ここに住んでいる者などいないように思えた。
しかし、監視をしていた人間達は、一軒の家に入った。
家に明かりが灯る。
静かに降りて、家に近づくエンデ。
話し声が聞こえて来る。
「俺達は、いつまで、こうしていればいいのだ?」
「わからん・・・・・
だが、今は、荷物も運び込めん。
連絡が来るまで、待つしかない」
「そうだな・・・・・・」
男達が話をしていると、奥で剣を研いでいた男が呟く。
「・・・・・もうすぐだ」
「「えっ!?」」
「もうすぐだと言ったんだ。
ブライアン様を貶めたガキ共も、そろそろ我慢の限界だろう。
そうなれば、チェスター様とブライアン様に謝罪をし、許しを請うしかない。
食料が無くなれば、時間の問題だろう」
そう告げる男の格好は、どう見ても兵士。
冒険者の1人が詰め寄る。
「【トーマス】の旦那、それより、あの奪った荷物は、どうするのですか?」
「チェスター様にお渡しする。
だが、お前達にも、分け前を渡すように告げられている」
「「おおっ!」」
男達が喜んだ。
その瞬間、部屋の灯りが消えた。
「おい、消えたぞ・・・・・」
「ん、ああ、風でも吹いたか・・・・・」
男が、蠟燭に火を灯そうとする。
『ギャ!』
短い悲鳴と共に、何かが飛び散り、冒険者とトーマスに降りかかった。
少しの間の後、『ドスンッ!』と何かが倒れる音がした。
「おい、どうした?
【ルクス】、返事をしろ!」
明りを灯しに向かったルクスに、もう一人の冒険者が声を掛けるが、返事が返ってこない。
トーマスは、自身に降りかかった液体を手に取り、匂いを嗅ぐ。
滑りのある液体。
そして・・・・・錆びた鉄の匂い。
━━血!!!・・・・・
「おい!」
トーマスは、慌てて冒険者に声を掛けるが、返事が返ってこない。
「クソッ!」
トーマスは、研いでいた剣を、しっかりと握りしめる。
漆黒の闇の中、見えない敵を探すトーマス。
そこに、聞こえてくる声。
「話は聞いたけど、
やっぱり犯人は、あのおじさんだったんだね」
「貴様は、誰だ!」
辺りを見渡すトーマス。
やはり、何も見えない。
「僕は、エンデ。
エンデ ヴァイス」
「は?」
トーマスは、驚きを隠せない。
「例のガキだと・・・・・」
屋敷に居る筈のエンデが、この場にいる。
トーマスには、信じられない。
ジョエルの屋敷には、監視が付いている。
それに、王都を出たなら、報告が来る筈。
しかし、報告など受けていない。
━━このガキ、どうやって・・・・・
様々な疑問が、頭の中を駆け巡り、
エンデに、集中できない。
トーマスは、エンデを近寄らせない為に、剣を振りまわした。
「クソッ、どこだ!
どこにいるんだ!」
暗闇の中、空振りする剣の音だけが響く。
焦るトーマスだったが、他の家で寝ている者達の事を思い出し、大声で叫ぶ。
「敵襲!!!」
その声を聞き、辺りの家に、明かりが灯る。
そして、松明を手に、家の外に飛び出す冒険者達。
窓から入った微かな灯り。
お蔭で、エンデの居場所がわかった。
「見えれば、こっちのもんだ!」
剣を振りかぶり、真っすぐエンデに向かうトーマス。
だが、はっきりとエンデを視界にとらえた瞬間、その異様さに気が付いた。
「翼!?」
背中に生える6枚の翼。
『ニヤリ』と笑うエンデ。
禍々しいオーラ。
気付いた時には既に遅く、トーマスの眉間には、穴が開いていた。
指で飛ばした小石が眉間を貫き、トーマスの命を奪った。
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