配下
『黒い塊』の中に入ると、霧がかかっていた。
「気を付けて、しっかり私の後をついてきてね」
ルンは、皆に声をかけると、迷いなく進み始める。
周囲を警戒しながら、後に続くエンデたち。
暫く進み、目が慣れてくると、少しだが足元が見えた。
薄っすら見える足元には、大地のようなものが見えるが、
その左右は、真っ黒で何も見えない。
━━━あっ、そうだここ・・・・・
エンデには、見覚えがあった。
『嘆きの沼』
今、エンデたちは、沼の真ん中を歩いているのだ。
周りからは呻き声のような声が聞こえてくるが、ルンは気にする素振りも見せない。
「あの時は気が付かなかったけど、『う~う~』五月蠅いところなんだね」
「いえ、私がいた時は、こんな事は無かったのですが・・・・・」
「そうなんだ。
なら、今日は何で?」
「それは、エンデが来たからだよ」
突然振り向いて、声をかけるルン。
「僕のせい?」
「そうだよ、君はこの沼の主みたいなものだからね」
「僕が・・・・・」
「まぁ、正確には、君の父、魔王ベーゼが主だけどね」
ルンは続ける。
「ここは、ベーゼの領地の一部だったんだよ。
だから、君の魔力に反応して、声を上げているんだ。
魔王の帰還を歓迎しているんだよ」
「魔王の帰還って、僕は人族だよ」
「いやいや、君は気付いていないのかい?
今の君の姿、完全に悪魔だよ」
「えっ!?」
エンデは、自身の手を見る。
人族の手と違い、爪は伸び、肌の色も変わっていた。
「これってもしかして・・・・・」
「主様の姿ですが、完全に悪魔です」
驚きもなく、淡々と告げるホルスト。
━━━ああ、またあの姿になったんだ・・・・・
セグスロードとの戦いで見せた、精悍な顔つきで、角を生やした成人の姿。
魔王ベーゼと瓜二つと言われたあの姿になっていたのだ。
「この地の瘴気にあてられたら、その姿になるのも当然の事よ」
ルンの言葉に『ウンウン』と頷くマム。
「そっかぁ、それなら」
「あ、主様!」
ホルストを抱きかかえると、エンデは翼を広げ、空へと上がる。
「これなら、道を外すこともないし、ルンの速さにもついていけるよ」
「・・・・・そうなんだけど」
何故か、浮かない表情のルン。
『やっちゃった・・・・・』と言わんばかりにマムも頭を抱えている。
「2人とも、どうしたの?」
「確かにそうだけど・・・・ただ・・・・・」
ルンは、地上に向かって指を差す。
エンデが翼を広げた為、エンデの魔力が『嘆きの沼』にばら撒かれた。
それは、魔王ベーゼと同じ魔力。
その魔力を強く感じ、
『嘆きの沼』で眠っていた配下の者たちが、主の生還を歓迎するために目を覚ます。
魂を亡くしていた者たちの中に隠れていたベーゼの配下たち。
次々に、沼から這い上がる。
「えっ!
なにこれ?」
驚きを隠せないエンデ。
頭を抱えるマム。
『もう、知らない』といった素振りのルン。
そんな中、沼から這い上がった1人の悪魔が、エンデの前で膝をついた。
「ベーゼ様、ご帰還おめでとうございます」
「えっと・・・・あの・・・・・」
「あの時、他の魔王に牽制され、
助けにも行けず、ただ見守ることしか出来なかったことをお許しください」
「その・・・・・」
「ですが、今後は、しっかりとお守り致しますので・・・・・」
「ちょっと、待っててばぁ!」
「は!?」
悪魔の言葉を、なんとか中断させることができたエンデ。
「あの・・・・水を差すようで悪いんだけど、僕は、ベーゼじゃないよ」
「えっ!?」
続々と這い上がっていた悪魔たちの動きが止まる。
視線がエンデに集まる。
「お言葉ですが、そのお姿と魔力は間違いなくベーゼ様のもの。
執事をも務めたこの私が、間違えることなどありません!」
「そうかもしれないけど・・・・・」
エンデは、ルンに助けを求める。
『仕方がない』とばかりにエンデに近づくルン。
「久しぶりだね【ゴージア】」
「精霊女王様、ご無沙汰しております」
「うんうん、久しぶり。
やはり、みんなここに隠れていたんだね」
「はい、隠れていたというより、この沼で、眠りについておりました。
ですが、ベーゼ様の魔力を感じ、こうして、眠りから目覚めた次第でございます」
ゴージアとルンが話をしている間に、這い上がって来ていた悪魔たちは、
ゴージアの後ろに並び、ゴージアと同じように膝をついて待機している。
「全員が姿を消したと聞いたときは驚いたけど、ここまでするなんて・・・・・
君たちの忠誠心には、頭が下がるよ。
でもね、この子は、ベーゼではないんだ」
「ですが・・・・・」
「うん、言いたいことはわかるよ。
でも、本当に違うんだよ。
まぁ、全く関係ないわけではないんだけどね」
「それは、どういうことでしょうか?」
悪魔たちは、一斉に顔を上げ、ルンに視線を集中させる。
「彼の名は、エンデ。
魔王ベーゼと天使ノワールの間に生まれた子さ」
「な、なんと!!」
『天使との間の子だと・・・・・』
膝をついて待機していた悪魔たちの間で、ざわめきが起きる。
流石に、悪魔と天使の間に出来た子だと聞けば、誰だって驚きもする。
しかし、ゴージアだけは違った。
「そうですか、やはりノワール様との間に、お子を儲けておられたのですね」
「あまり驚かないんだね」
「はい、私は存じておりましたので」
「そうなんだ。
だったら、話は早いね」
「はい、エンデ様の白い翼の意味も理解することが出来ましたので」
「それで、この後、どうするんだい?
歪な子として始末するか、それともこのまま見逃す?」
ゴージアは、首を横に振る。
「やはりエンデ様には、新たな魔王として、この地を治めて頂きます」
「は?」
「えっ?」
「この地に残って頂き、ご帰還を盛大に祝い、この地を治めて頂こうかと・・・・・」
「ちょっと待って、それ本気なの!!!」
「ええ、勿論です。
ここにいる者の総意で御座います」
「他の魔王が黙っていると思うの?」
「いえ、それなりの騒ぎもあるでしょうが、今度は必ず、私どもがお守りして見せます」
━━━ああ、これ本気だわ・・・・・
ゴージアたちは、既にエンデを次期魔王として認めている。
このまま放っておけば、先に進むことは難しい。
だが、ルンも譲る気はない。
「今は無理よ。
人間界に連れて帰る約束もあるし、この子の意見も聞いていないわ。
あなたたちだって、無理強いするつもりは無いんでしょ」
「それは勿論。
ですが、出来る限りの努力はさせていただきます」
「努力ねぇ・・・・・」
悪魔の努力なんて、碌な事ではないと思うルン。
ルンは、エンデに耳打ちをする。
「このままだと、あいつら引かないよ。
それで、提案なんだけど、たまに顔を出すことは出来る?」
エンデなら『黒い塊』を出せば、いつでもここに来ることが出来る。
それがわかっているからこその提案。
「うん、せっかく目覚めたのに、このままだとなんか悪いし、たまにならいいよ」
「わかった」
ルンは、ゴージアに向き直る。
「人間界の事もあるし、色々とやることがあってさ、
すぐには無理だけど、顔を出すくらいなら出来るって」
「今は、それで構いません。
人の寿命は短いもの。
その後でも、お戻りいただけるのであれば、
私共は、お待ちしております」
「物分かりがよくて助かったよ。
じゃぁ、そういう事で・・・・・・」
ルンたちは、動き始める。
しかし・・・・・
「お待ちを」
「ん?」
「どちらに向かわれるのでしょうか?」
「精霊界だよ」
「左様ですか・・・・・」
ゴージアは立ち上がる。
「ここは、悪魔のテリトリー。
精霊の方たちだけでは、何かと不便でしょう。
ですので、途中まで、私共がお守り致します」
ゴージアはルンの返事を待たず、合図を送ると、
悪魔たちが周りを囲み、隊列を組んだ。
「それでは参りましょう」
ゴージアを筆頭に蘇った悪魔たちは、精霊界との境界までの案内を始めた。
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