罠
イレーナから、与えられた服に着替え、応接室に顔を出す。
「お風呂、有難う御座います」
エンデは、お礼を伝えたが、目の前にいる二人の耳には、届いていなかった。
「マッシュ・・・・・」
エンデが着ている服は、マッシュの為に、2人が買い揃えていた物。
エンデがチビだったことが幸いして、サイズが丁度良かった。
涙を流すルーシア。
その横で、ルーシアを支えるマリオン。
エンデは、先程、イレーナから話を聞いていたおかげで、状況が飲み込めているが、
自分を見て泣かれる事に、不思議な気持ちになっていた。
そこに、突然入って来る女の子。
「お父様、お母様、只今戻りました」
「ああ、お帰り」
言葉少なに、涙を流す2人。
エヴリンは、理解が追いつかず、戸惑う。
そんな両親の様子を、不審に思いながらも、問いかけた。
「お二人とも、どうされたのですか?」
「うん、その・・・・・ちょっとな」
言葉を濁すマリオン。
話題を変える。
「それよりも、今日は、客人がお見えなのだ」
そう言って、マリオンは、エンデに近づく。
エヴリンの目も、後を追う。
そして、気が付いてしまった。
「マッシュなの・・・・・」
表情が変わる。
溢れだす涙。
ここで、両親の涙の意味を理解した。
「貴方は、どれだけ困らせれば、気が済むのですか!」
泣き叫びながら、エンデに抱き着いた。
内心、『この人誰?』と思いながらも、無抵抗のまま、好きにさせた。
娼館で過ごした日々が、女性に対する免疫をつけていた。
朝、起きると、誰かが全裸で、エンデの隣で寝ている事など普通の出来事。
スキンシップと言わんばかりに、部屋に連れ込まれる事など日常茶飯事。
そうやって免疫を付けられたエンデは、これしきの事で、動揺はしない。
だが、エヴリンが大泣きし、服が酷い事になり始めていた為、
目配せをし、部屋の中にいるイレーナに、助けを求めた。
━━お願い、助けて・・・・・
意図が伝わったのか、イレーナは、一歩前に、足を踏み出す。
━━やった、助かる・・・・・
そう思ったのも、束の間。
イレーナは、エンデをスルーし、部屋に置いてあるワゴンから
紅茶を二つ準備すると、マリオンとルーシアの前に置いた。
「旦那様、奥様、お茶が冷めてしまいましたので、新しい物をお持ち致しました」
「ありがとう」
「本当に、感謝するわ」
2人から、お礼と感謝の言葉を伝えられ、イレーナは、笑顔で一礼をした。
その様子を、エヴリンに抱き着かれたまま見ていたエンデは思う。
━━イレーナ、僕にも気付いて・・・・・・
そう思っていると、ルーシアが声をかけて来た。
「エヴリン、エンデちゃんが、苦しがっているから離れなさい」
「えっ!?
エンデ・・・・・・?」
「ええ、その子は、エンデちゃん。
街の外で、出会ったのよ」
思わず、エンデを見返すエヴリン。
「貴方、マッシュじゃないの?」
エンデは頷く。
エヴリンは、もう一度、エンデの顔を見るが・・・・・
「え・・・・・嘘でしょ」
あまりにも似ている為に、エヴリンは混乱している。
マッシュは、死んでいる。
なので、生き帰る筈がない。
それでもエヴリンは、エンデから、離れようとしなかった。
エヴリンは、エンデの手を引き、母親であるルーシアの前に連れて行く。
「お母様、この子、私に頂戴!」
「駄目よ、エンデちゃんは、私の物よ」
━━えっ!?
何時から?・・・・・・
そう突っ込みそうになるが、エンデは耐えた。
その理由は、相対しているルーシアとエヴリンのせいだ。
2人は、微笑みながら、話しをしているが、
お互いの目の奥は、笑っていなかった。
「お・か・あ・さ・ま・・・・・・
いいでしょ!
私に下さい!
それが駄目なら、お世話を私に任せて!」
「駄目よ、エンデちゃんのお世話は、メイド達の仕事ですもの。
それに、お世話は私もするから、駄目に決まっているのよ」
「お母様が良くて、私は駄目なのですか!」
2人は、言い争いを始める。
その様子を満足そうに、見つめるマリオン。
「止めなくていいのですか?」
エンデの問いかけに、マリオンが答える。
「ああ、構わない。
マッシュが生きている頃は、ずっとこんな感じだったんだ。
2人共、相当可愛がっていたからね」
エンデもマリオンの様子から、この光景が、
あの事件から見る事の無かった光景なんだと理解出来た。
2人の言い争いの最中、呼び鈴が鳴り、メイドが屋敷の入り口に向かった。
暫くして戻ってきたメイドが、マリオンに耳打ちをする。
「【カーター レイトン】子爵様が、お見えで御座います」
マリオンの表情が変わる。
「溜息を吐き、ソファーから、立ち上がった。
その態度から、カーターが、歓迎されていない客だと理解できる。
マリオンが、応接室から出て行こうとした時、
廊下の方から、言い争うような2人の声が聞こえて来た。
「カーター様、お待ちください。
只今、旦那様をお呼びして参りますから!」
「要らぬ、かつて知ったるマリオンの屋敷だ。
案内など不必要だ!」
自身の屋敷の様に、勝手に歩き回るカーター。
そして、辿り着いた応接室の扉を開く。
「失礼する」
ズカズカと部屋に踏み入ると、
道を塞ぐように、マリオンが待ち構えていた。
「今日は、一体何の用なのだ」
カーターは、用件を伝えようとしたが、そこにエンデの姿が目に入る。
「貴様は、マッシュ・・・・・・?」
様子がおかしくなる。
あまりにも、怯え過ぎなのだ。
その場から、カーターは後退る。
だが、それは、入り口とは違う方向。
直ぐに壁にぶつかり、逃げ道を失う。
カーターは、辺りを見渡すが、助けてくれる者などいない。
そこで、エンデと初めて目が合う。
「ヒィ!」
恐怖に、おののきながらも、カーターは、叫ぶように問いかけた。
「何故だ!
何故、貴様が生きているんだ!
あり得ない・・・・・絶対に信じないぞ!
貴様は死んだ筈だ・・・・・なのに・・・
何故、生きているんだぁ!」
額から、大量の汗を流し、震えるカーター。
誰の目から見ても、尋常ではない。
ゆっくりと歩み寄るマリオン。
「カーター、何を怖がっているんだ?
さぁ、こちらに来て、一緒に座ろうではないか。
そうだ、マッシュも、会うのは久しぶりだろ。
こちらに来て、ご挨拶をしなさい」
マリオンは、敢えてエンデをマッシュと呼び、
カーターから、何かを聞き出そうとしている。
その事に気が付いた他の者達も、話しを合わせる事にした。
「マッシュ、カーター レイトン子爵様に、
きちんと、ご挨拶をするのですよ」
カーターのフルネームを知らないエンデの為に、
ルーシアは、敢えて、そのような言い方をした。
エンデが、カーターに近づく。
距離が縮むにつれ、カーターの顔色が変わる。
そして、後数歩というところで、エンデの足が止まった。
「カーター レイトン子爵様、ご無沙汰しております。
その節は、お世話になりました」
どうとでも取れる言葉で、カーターの出方を伺う。
探索に手を貸したお礼の挨拶とも取れるが、
もう一つ、殺した後始末に、面倒をかけたとも取れた。
思い当たる節が無ければ、捜索で手を貸してもらった事だと考えるが、
思い当たる節の多いカーターは、
後者の殺した後始末だと、捉えてしまった。
「そんなつもりでは、・・・・・」
自身に復讐する為に、蘇ったと勘違いしているカーターは、
余計なことまで漏らす。
「あれは・・・事故、そうだ、事故だったんだ!
脅すだけのつもりだったんだ。
だが、あいつらがやり過ぎてしまったんだ。
私は、後悔しているんだ。
だから、頼む。
命だけは・・・・・・」
床に頭を付けて、命乞いをするカーター。
2年間、手掛かりさえ見つからなかったのに、
エンデの出現で、あっさりと犯人が、わかってしまった。
「貴様が・・・・・」
我を忘れそうになり、思わず呟いたマリオン。
マリオンには、思い当たる事がある。
カーターが、マッシュを殺した理由。
それは、今でも続いているヴァイス家に対する嫌がらせとも関係していた。
数年前、国王から届いた手紙。
それは、新しい街で、領主に任命する手紙だった。
勿論、任命されたのは、マリオンのヴァイス家。
カーターのレイトン家では無かったのだ。
その事実が、カーターには許せなかった。
「何故、ワシではないのだ!」
領地を持たない子爵は、王都に上がった時、肩身の狭い思いをして来た。
そんな立場から、先に抜け出したマリオンが許せなかった。
そこで、誘拐を企んだ。
荒くれ者の冒険者を金で雇い、マッシュを攫わせる。
それを、カーターが助け出し、
マリオンに恩を着せ、言う事を聞かせるつもりだった。
計画は順調に進んでいた。
しかし、マッシュの抵抗が激しく、
金で雇われた冒険者は、思わず、切り殺してしまったのだ。
その為、作戦を変更し、カーター達を精神的に追いつめ、
街と国からの信用を失わせる事に変更した。
マッシュを、スラムのドブ川に捨て
犯人を、スラムの住人達に押し付ける。
そうすれば、マリオンが、スラムに兵を送ると考えたのだ。
その予想は当たり、マリオンは、スラムに兵を送り込み、
血眼になって犯人を捜した。
だが、犯人は見つからない。
見つかる訳がないのだ。
マリオンは、歯止めが利かなくなっており、
兵を、平民達の所にまで送り始めた。
その間に、カーターは、金で商人を味方につけ、
街にマリオンの悪い噂を流させた。
悪い噂と重なり、息子の仇を取る為に、私兵を街中で動かしたことにより、
その噂を住人達は信じた。
悪い噂が蔓延する中でも、カーターは、良き隣人のふりをして、
マリオンに接触し続けた。
気遣うふりをして、
本来、ヴァイス家に与えられた仕事を代わりに受けた。
知らぬ間に、失墜してゆくマリオンのヴァイス家。
思惑通りに事が進み、タイミングを見計らっていたカーターは、
追い打ちをかける為に、手のひらを返す。
今まで、マリオンの代わりに受けていた仕事を、
カーターは放棄し、国へ訴えた。
『ヴァイス家は、領主の話が決まってから、民と街を蔑ろにして、
他の貴族達に仕事させている。
貴族としての責任を果たそうとしない』
そう書かれて国へ送られた訴状には、レイトン家を筆頭に、
他の貴族達の名も綴られていた。
その為、国王は、無視するわけにはいかず、領地を与える話を白紙に戻した。
そして、次に、同じ事をすれば、爵位を降格させると伝えて来たのだ。
カーターは、マリオンを引きずり落とす事に成功した。
だが、これだけでは終わらなかい。
通達のあった翌日から、カーターは、国からの命令だと言い、
マリオンに、無理難題を押し付けた。
立場の弱くなったヴァイス家は、黙って従うしかない。
日を追う毎に、苦しくなるマリオン達。
一度の失敗も許されない。
子爵で無くなる日も近い。
そう思われていた時に現れたのが、マッシュに、そっくりなエンデ。
マリオンの屋敷で、盛大に暴露したカーターは、牢獄に放り込まれた。
同じ爵位を持つ者同士は、裁くことが出来ない。
その為、王都から派遣される者を、待つ事になった
不定期投稿ですが、宜しくお願い致します。




