006.機巧技師、魔術を知る
「いっそこのまま6層まで降りて、ボスを狩らないか?」
「えっ?」
「お前が魔道具でサポートをしてくれるなら、俺は、このダンジョン程度のボスなら、狩れる自信がある」
真剣なまなざしで、拳をグッと握りしめるサクラ君。
ボス狩り……考えたこともなかった。
なにせ、ボスという存在は、ベテランの冒険者がチームを組んで、ようやくまともに攻略ができるといった代物だ。
これまで、ソロで細々と素材を集めていた僕にとっては、そんな発想すら出てこなかった。
でも……。
今までの戦闘でのサクラ君の強さを思い返す。
彼ほどの技量があれば、あるいはボスとの直接戦闘というのも可能なのかもしれない。
それに、ここは、ネリヤカナヤ島にあるダンジョンの中でも、それほど高難易度というわけでもない。
他の上級のダンジョンに比較すれば、ボスの強さも、かなり控えめといっても良いだろう。
そこまで判断すると、僕は思案顔を上げた。
「サクラ君がそう言うなら……。エルヴィーラさんはどう?」
僕が尋ねると、エルヴィーラさんは、また、目をぱちくりとさせて、こくこくと頷いた。
「そうか、じゃあ、行こう」
そして、また、ずんずんと進んで行くサクラ君。
僕とエルヴィーラさんは、慌ててその背中についていく。
4層を下り、5層に到達しても、サクラ君は相変わらずだ。
速攻で、魔物を狩り、僕に素材を提供してくれる。
下るほどに、魔物も強さを増しているはずなのに、まったく、それを感じさせない。
いや、だが、良く見れば、上層の時と違って、なんだか攻撃する度に手足が光っているように見える。
「サクラ君のそれって……もしかして、魔法?」
「魔法ではない。"魔術"だ」
そう訂正したサクラ君は、僕らにもわかるように拳に仄かに紅い光を纏って見せた。
「身体能力を強化する魔術を使って、攻撃力を上げている」
「す、凄い……そんなことまでできちゃうんだ……!!」
「俺の流派の者は、皆、当たり前にやっていることだ」
「へぇ……」
なんだか感心してしまう。
冒険者というと、皆、我流の戦闘方法を持っているのかと思っていたけれど、サクラ君は何か体系的な武術を学んでいるらしい。
「ち、ちなみになんだけど、魔法と魔術って何か違いがあるの?」
「この前必修の授業でも説明されていただろう」
「あはは、恥ずかしながら、最近は授業中、ほとんど寝ちゃってたんで……」
何せ、ほぼほぼ機巧人形の整備に、構いっきりだったから、授業を真面目に聞いてる余裕すらなかった。
ふぅ、と嘆息しながらも、サクラ君は、仕方ないとばかりに口を開いた。
「魔法と言うのは、魔導士が使うものだ。大気に満ちる魔素とパスを繋ぎ、様々な事象を顕現させることができる」
「うんうん」
魔道具や魔機の製作も行う僕だ。
さすがに、魔法の原理自体はそれなりには理解している。
「対して、魔術は魔素を必要としない。代わりに己の保有する魔力をそのまま効果へと変換することができるんだ」
「体内にある魔力を直接色々な形に変えられるってこと?」
「ああ、だが、魔素という自分の外側のエネルギー源を使う魔法と違って、人間一人の持つ魔力を根源とした魔術には、劇的な効果があるわけじゃない。俺が使えるのは、せいぜい簡単な治癒魔術と身体能力強化程度のものだ」
「いや、それでも、凄いよ!!」
魔素というのは、豊富に存在する場所が限られている。
つまり、効果は大きいが、使える場面については、限定的だということ。
それを使わずに魔法に似た効果を発揮できるということは、汎用性の面で、大きなアドバンテージだと言ってよい。
そう言えば、冒険者達の自由国家ジュノンは、他の国々と違い、広大な国土の中に、様々な環境の土地があると聞く。
だから、こういった魔素の濃淡に関わらない技術が育ったということか。
むくむくと魔術についての知的好奇心が湧いてきた僕が、次の質問をしようとしたその時だった。
サクラ君が足を止めた。
「着いたようだ」
会話に夢中になっていた僕は、進行方向へと視線を向ける。
道の先に、巨大なドームのような空間が広がっていた。
いわゆるボスフロアというやつだ。
「ここにボスがいるはずだ」
「う、うん」
ソロでは戦う気なんて全く起こらなかった僕だけど、さすがに、ここのボスがどんなやつかぐらいは聞き及んでいる。
ごくりと唾を飲み込むと、僕は、槌の柄を握る手に力を込めた。
「基本的に、俺は一人で戦う。危なそうな場面だけ、サポートしてくれればいい」
「わ、わかった」
僕と同様に、エルヴィーラさんもこくりと頷く。
さあ、ボスとの戦いだ。
サクラ君の邪魔にならないようにしつつ、しっかりとサポートができるようにしよう。
少し間が空いてしまいましたが、今日から本格的に連載スタートします。
後々の話の流れを考えて、これまでの話を少しだけ変えた部分がありますが、ご了承下さい。
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