019.機巧技師、機巧決闘に挑む
機巧決闘。
それは、このネリヤカナヤ島において、60年前から行われている機巧人形同士の決闘競技会であり、その目的は学生の技術の研鑽を主としている。
その性質上、運営を担当するのは、学園関係者が主であり、レギュレーションを終えたその場には、見届け人の1人として、僕ら3人を引き合わせたあの人物が立っていた。
「ゼフィリア先生!」
「ついに完成させたのね」
決闘場へと続く搬入通路で、先生は、ゆっくりと歩を進める僕らの機巧人形──カリブンクルスの巨体を見上げた。
「へぇ、あのフレームをこんな風に仕上げたわけね」
「ええ、さすがに結構苦労しましたけど。なんとかギリギリ間に合いました」
先生は、どこか満足げにカリブンクルスを眺めると、今度は、僕へとまっすぐ視線を向けた。
「アリーナから見ているわ。あなた達の本当の実力、是非、私に見せてちょうだい」
「はい!」
僕が返事をし、エルヴィーラさんがこくりと頷く。
サクラ君もコクピットできっと同じようにしていることだろう。
ゼフィリア先生と別れた僕らは、ほの暗い通路を進むと、やがて、明るい光の中へと足を踏み入れた。
天頂から降り注ぐ陽光に、思わず目を細める。
ゆっくりと目を馴らしながら、周囲を見回すと、そこは、頑丈な石畳の敷かれたコロッセウムだった。
決闘場。機巧人形同士が対決するための、巨大な円形状の施設である。
予選である今日は、観客の姿は無く、ゼフィリア先生を含む、運営側の人間が数人と、学生がまばらにいる程度だ。
そして、正面を見れば、もはやわずかばかりの懐かしさを感じるようになったあの機巧人形の姿が見える。
ゴーダンオクサ。トライメイツ"ウォルプタス"時代に僕が整備を担当していた機体であり、それなりに愛着もあった機体だ。
だが、今回は、それが僕の敵になる。
石畳の地面へと足を踏み出したカリブンクルスは、規定の位置に到着すると、その場で静止した。
同時に、僕とエルヴィーラさんは、アリーナから突き出した"司令塔"と呼ばれる部分へと移動する。
そこには、事前にエルヴィーラさんが描いた魔導陣がある。
機巧人形は、魔導士の魔力がなければ、歩く程度の動作が関の山だ。
魔力でパスを繋ぎ、魔素を送り込むことで、ようやく戦闘行為が可能になるのだ。
チームそれぞれに用意された司令塔は、魔導士の定位置であるとともに、機巧技師がパイロットへと指示を送る場所でもあった。
インカム越しに、サクラ君へと僕は話しかける。
「サクラ君、そっちはどんな感じ?」
『気力は充実している。正直、負ける気はしない』
さすがの強気発言に、僕も、安心して、うん、と大きく頷いた。
「あっちもようやく準備完了らしい」
対面の指令室を見れば、制服姿のルチックと、新たなメンバーであろう眼鏡をかけた機巧技師の姿があった。
どうやら、つい今しがたまで、魔導陣を描いていたようだ。
そう言えば、ウォルプタスにいた頃は、魔導陣を描くのも、ほとんど僕がやっていたっけ。
今は、エルヴィーラさんが、手伝うまでもなく、ササッとやってくれるので、本当にありがたい。
そんなことを考えていると、ちょうどアリーナの中央辺り、彼我の指令室の間に設置された審判用のブロックで、青い旗が上がった。
双方の準備が整った合図だ。
「サクラ君、魔力を通すよ」
『ああ』
エルヴィーラさんが、杖の先端をトンっと魔導陣に下ろすと、魔導式が展開され、周囲の魔素がカリブンクルスへと集まっていく。
パスが繋がると、魔素転換炉に火が入る。
瞬間、パス形成のために設置したアンテナや、瞳に光が灯った。
膝をついていた機体が、グッと起き上がる。
無事起動したカリブンクルスは、拳を胸の前で打ち付けると、腰だめに腕を構えた。
同じく、対面では、立ち上がったゴーダンオクサが、背中に携えていた大剣を引き抜く。
まるで騎士の鎧のような、鈍色の装甲がギラリと光る。
『第60回機巧決闘予選大会、第86試合、トライメイツ"ウォルプタス"、機体名"ゴーダンオクサ"対、トライメイツ"モンジュノチエ"、機体名"カリブンクルス"の試合を開始します』
審判の拡声された声が、決闘場に響き渡る。
さあ、あとは、ブザーが鳴れば決闘開始だ。
「行くよ! サクラ君!!」
『ああ!!』
『機巧決闘!!』
「レディ──」
『ゴー!!』
決闘場内に、スタートを告げる声が、高々と響き渡った。
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