122.機巧技師と出立の日
「…………はぁ」
決勝大会が終わってから、瞬く間に2週間が経った。
大会が終わった後で、しばらくはゆっくりできるかとも思っていたのだが、まったくそんなわけにはいかなかった。
というのも、レンチ先輩やプライヤが言っていた"あれ"である。
"あれ"のせいで、僕らはカリブンクルスを急ピッチで修理しなければいけなくなっただけでなく、その他の準備にも随分と時間を奪われることになってしまった。
その上、大会優勝者として、島の新聞社からの取材なんかの対応にも否応なしに駆り出されることになり、まさに怒涛のような日々だったと言って差し支えないだろう。
「お疲れだな。ビス」
「さすがに限界……」
「お前がそう言うとはよっぽどだな……」
労うように、サクラ君が肩をぐりぐりと揉んでくれる。
あぁ……気持ち良い……。
「しかし、エルは最近どうしたんだ?」
「あ、えっと……どうしたんだろうね」
僕は工房の隅で、椅子に座っているエルを見る。
彼女は、修理の終わったカリブンクルスを見上げるようにしつつも、時折、僕の方をちらちらと見ていた。
その顔は、どことなくムスッとしているようにも見える。
最近ずっとこんな感じだ。
原因は明らかで、先日、僕がプライヤからされたことを見ていたからだ。
あれは、まあ、端的に言って、ほっぺにチューというやつに他ならず、エルからしてみれば、逢引しているように思われても仕方なく……。
実際は、本当にただ、お互いの再戦を誓っていただけなのだけど、プライヤのやつ、なんであんなことしたのか。
最初に出会った時もそうだけど、彼女はこう、どこかパーソナルスペースというものが他の人とずれてる気がする。
「ビスくーん」
「あ、レンチ先輩」
と、そこへやってきたのはレンチ先輩とモモさんだった。
本選大会の後、やることがいっぱいだった僕らと違い、2人は少し余裕ができたようで、一緒に食事なんかに行くことも最近は多いようだ。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはようございます。ビスさん」
にっこりと微笑むレンチ先輩とモモさん。
どこか幸せそうな2人。距離感も妙に近い気がする。
「最近思っていたんだが……」
普段通りの真面目な顔で、サクラ君が宣った。
「お前ら、付き合ってるのか?」
「えっ……?」
思わず、サクラ君の方へと視線を向けた僕は、一瞬後、すぐに再び2人へと視線を移した。
指摘された2人は、あちゃー、バレちゃったかぁ、と言わんばかりに、揃って頭を掻いている。
「えっ、えっ、いつから!?」
「そ、その……決勝が終わって、すぐくらいかな」
と、なんだか恥ずかし気に視線を逸らすレンチ先輩。
え、なに、その表情。初めて見るんですが。
「決勝戦後の打ち上げの時に、ちょっと気持ちが盛り上がってしまったというか……」
語るレンチ先輩の言葉を聞いて、モモさんも赤くなったほっぺを両手で抑えている。
確かに、以前からレンチ先輩とモモさんって、仲良かったもんなぁ。
あのマクラン絡みの事件の時も、無事だったモモさんの手を握って、レンチ先輩は珍しく涙を流していたし。
いや、でも、えー、そうか。
「とりあえず……おめでとうございます」
「な、なんだか、そう言われるのも照れ臭いんだけど、ありがとう」
2人して、軽く頭を下げるレンチ先輩とモモさん。
考えてみれば、この2人も僕達を通じて知り合ったわけで、そんな2人が付き合うことになるなんて、こう感慨深いものがあるなぁ。
そんなことを思いながら、ふと視線を外したその時だった。
エルがこちらを見ていた。いや、見ているのはモモさんだろうか。
その表情は、まさに唖然といったもので、口を半ばまで開けて、幸せそうなモモさんの顔を眺めている。
ちょっと意外な反応だな。エルなら、手放しにモモさんの事を祝福すると思っていたんだけど……。
と、そんなエルと目が会った。
彼女は慌てて僕から目線を逸らす。
うーん、やっぱり逢引クソ野郎と思われてんだろうなぁ……。
「まあ、僕らの事は置いておくとして、ゼフィリア先生から君らを連れてくるように頼まれてね。カリブンクルスも一緒に」
「あー、結構準備早かったですね」
「懸念だった魔素タンクの方も、ノギス君がすんごいものを作ってくれたらしいからね。ばっちりだよ」
「ノギス君が? それは期待できますね」
どうやら、僕らの関知しない部分でも、準備は着々と進行していたようだ。
「ふぅ……」
息を吐くと、僕はこの数か月を過ごした工房の中を改めて眺めた。
魔物素材が満載になったコンテナに、カリブンクルスが立つハンガー。
あの夜、みんなで寄り添って眠ったゴザ。
モモさんが僕らのために持ち寄ってくれたティーセットなどの生活用品。
いつの間にか、ここは僕達にとって、本当に大切な場所になっていた。
でも、そんな大好きなこの工房とも、しばしの間、お別れだ。
「じゃあ、行こうか。サクラ君、エル」
「ああ」
サクラ君はしっかりと、エルは遠くから遠慮がちに、僕の声にコクリと頷いた。
さあ、いよいよ出発だ。
僕らは、今日、このネリヤカナヤから旅立つのだ。
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