120.機巧技師と機巧技師
工房から少し離れた海までが見渡せる丘で、僕とプライヤはベンチに腰掛けた。
「えっと、その……話って?」
「……君に、謝りたかった」
「えっ?」
プライヤは、どこかつきものが落ちような顔で、僕の方を向くと、わずかばかり腰を折った。
「随分、上から目線で色々言ったよね。不快に思っていただろう?」
「え、いや……」
戦っていた時とは違う、あまりに殊勝な物言いに、なんだかこっちの調子がくるってしまう。
それに……。
「別に不快になんて思っていないよ。対戦相手に、あれくらいの事言うのは割と普通のことだし」
マクランは相手チームにもっとひどいこと言ってたもんなぁ。
予選だから、相手には聞こえなかったものの、もし聞こえていたら、嫌われるなんてレベルじゃすまなかったな、きっと。
「君が気にしてなくても、やっぱり謝りたいんだ。……その、ごめん」
「う、うん……」
どう受け止めていいのか、とりあえず返事を返すと、彼女はしばらくしてようやく頭を上げた。
無言の時間……何を話したものか、と逡巡していると、プライヤはゆっくりと口を開いた。
「私は、ずっと君が羨ましかった」
「えっ……?」
僕が、羨ましい?
「あのネイジィの実の弟で、ネイジィが自分の技術を自分から伝えたいと思う相手。そんな君に、私はずっと嫉妬してたんだ」
「……そっか」
ゼフィリア先生も言っていたが、プライヤはやっぱり姉さんの事が、とてつもなく好きだったようだ。
姉さんは、確かに一部の人達からカリスマ的な人気があった。
僕は、あまりに姉さんに近い位置にいすぎたせいで、その価値に気づくことができていなかったけれど、きっと姉さんに教えを請いたい人達からすれば、こんなに羨ましいことはないのだろう。
ましてや、プライヤは、3年間も一緒に姉さんと過ごし、姉さんを師匠として慕っていた。
姉さんが故郷に帰った時は、僕に、姉さんを取られてしまったように感じたのかもしれない。
「でもね。君達の戦いを見ていて、それがいかに情けないことか思い知ったよ。私は、ずっとネイジィの影を追いかけてきただけだった。自分の足で立とうとしてなかったんだ」
「そんなことないと思う」
静かに、でも、はっきりと僕は言う。
「プライヤは凄い。僕は、君のレイドブライガを見た時、こう胸の奥が熱くなったんだ! ワクワクしたんだ!! あの時から、僕の心は、君の機巧人形との戦いを考えることでいっぱいになった。きっと僕以外にも、そんな風に思っていた人はいるはずさ。君は自分でも知らないうちに、たくさんの機巧技師達の心に火をつけてるんだよ」
彼女が自分で何と言おうと、これだけは間違いない。
レイドブライガは、それほどに素晴らしい機巧人形だった。
本当に、僕らが勝てたのが奇跡に思えるほどの。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……。心臓部の魔核はネイジィから貰ったものだし、人造オリハルコンだって、ネイジィの研究を勝手に受け継いだものに過ぎない。君みたいに、搭乗者や魔導士の力を引き出せるような、オリジナリティのある機巧人形じゃないんだよ」
「そんなのは当たり前さ。僕らだって、たくさんの人の助けで機巧人形を完成させることができた。それに、機巧技師にとって、"継承"は何よりも大事にすべきものだ。君は、姉さんから受け継いだものを自分の力で極限まで進化させた。そして、それは、僕らにとって、超えるべき壁になってくれた。それって、凄いことだと僕は思うんだ」
「ビス……」
僕の熱量に押されたのか、ようやく彼女は、納得したように、フッと柔らかく笑った。
「私が君に伝えなければいけなかったのは、謝罪じゃなくて、感謝だったのかもしれない」
「え、僕、何かしたっけ?」
「何でもないよ……。うん、今ので決心がついた」
「えっ?」
潮風に目を細めるようにして、彼女は海の方へと視線を向けた。
「私、チェルノアーヴに行ってみようと思う」
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