118.機巧技師とその決着
全能感溢れる感覚から覚めると、聞こえてきたのは歓声だった。
島の外にさえ届くかのような大音響。
そんな歓喜の嵐の中、僕はゆっくりと目を開けた。
傍らに立つエルが、そんな僕へと満面の笑みを浮かべている。
ああ、そうだ。
僕らは……。
「勝ったんだ……」
目の前の決闘場へと目を向ける。
レイドブライガの最後の攻撃によって、見るも無残なほどにぐちゃぐちゃになったそこには、それに負けなくらいボロボロになった2体の機巧人形が佇んでいる。
頭部を失い、装甲が朽ちるように黄金の輝きを失ったレイドブライガ。
そして、全身にいくつもの傷を負い、それでも、なお拳を振り上げるカリブンクルス。
「だ、第60回機巧決闘本選大会……栄えある優勝は、トライメイツ"モンジュノチエ"!! カリブンクルスの勝利だぁ!!!」
勝利宣言が高々と発表されると同時に、さらなる歓声が会場を包み込んだ。
誰もが、僕らへと祝福の言葉をプレゼントしてくれるその中、エルが僕の手を引いた。
そして、僕はエルに促されるままに、杖に跨る。
魔導障壁を飛び越え、決闘場へと降り立った僕ら。
サクラ君もまた、カリブンクルスのコクピットハッチを解放し、外へと飛び出した。
僕とエルは、杖から飛び降りるようにして、サクラ君と抱き合った。
「勝った!! 勝ったんだよ!! 僕ら!!」
「ああ、俺達の勝利だ……!!」
「じ、自分でも、びっくりするほど嬉しい……」
僕らはお互い顔を見合わせる。
この3か月、ずっとギリギリの作業の連続だった。
ピンチなんて、いくらあったかもわからない。
でも、この3人だから、乗り越えられた。
この3人じゃなければ、きっとここには来られなかった。
「おい、ビス……」
「ビス君」
「ううぅ……」
感極まった僕は、二人を力いっぱい抱きしめた。
二人もまた、うっすらと涙を浮かべながらも、僕の背を抱き返してくれた。
「…………はぁ」
口から出たのは、ほんの小さなため息だった。
私は負けた。
絶対に勝たなくてはいけない相手に。
この機巧決闘に、私は、自分のアイデンティティを賭けていた。
ネイジィの弟子としての自分。
私にとっては、それが全て。それを守るために、私は戦った。
でも……。
ボロボロになった決闘場の真ん中で、右手を振り上げたまま立ち続ける機巧人形。
そして、その横で、喜びを分かち合う、モンジュノチエの3人。
ビス、サクラ、そして、エル。
彼らは、本当に心から喜びの涙を流していた。
そこには、何のプライドも無かった。
ただただ、純粋に機巧決闘を楽しみ、努力し、そして、勝利するために全てを尽くした。
そんな彼らの……ビスの顔を見ていると、なんだか、自分をひどくちっぽけに感じてしまう私がいた。
呆然と立ち尽くす私。
その背を、誰かが抱いた。
「……マリー」
「プライヤさん、よく頑張りました」
背中から私を抱きしめる彼女の声色は、ひどく優しかった。
「止してよ。私は、負けたんだ」
「いいえ、止めません。だって、プライヤさんは、本当によく頑張ったから。ずっと、あなたが気を張っていたのは、私もブラスさんも知っています」
「違う。私は、別に……」
「だから、プライヤさん。"悔しい"と思っていいんですよ。あなたは、一生懸命頑張ったんだから」
「うっ……」
それは雪崩のようだった。
自分の中で、それまで堰き止めていた感情が、零れ落ちたようだった。
気づけば、私は泣いていた。
マリーの腕に抱かれて、感情のままに涙を流す。
それはまるで、幼子のようで、あとから思い返してもみても、あまりにも恥ずかしい姿だったと思う。
だけど、それは、私が、私として流した、初めての涙だったかもしれない。
ネイジィの弟子ではなく、ただ一人の機巧技師として。
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