117.機巧技師と炎の閃き
「ビス、あんた、また、そんな非効率な」
「姉さん……」
人形大の小さな機巧人形の腕に魔力導線を這わせている僕を見て、姉さんが嘆息した。
「あのねぇ。前も言ったけど、魔力導線の配線には、セオリーってものがあるの。それを外れて、上手くいくことなんかないわ。それに、美しくない」
「そ、そうかなぁ……」
僕は、改めて、自分の配線を眺める。
うん、確かに、いっぱいはみ出しちゃってるし、美しくはないかもしれないけど。
「そんなんじゃ、実物大の機巧人形なんて作れやしないわよ」
「で、でもさ。姉さん、僕は……」
「ビス兄ちゃーん!!」
「あっ」
姉さんに弁明しようとしたその時、近所の子ども達が工房の前へとやってきた。
「ビス兄ちゃん!! あれできた?」
「うん、今ちょうど、できたところ」
「うわぁ、見せて見せて!!」
「うん、いいよ」
僕は、小さな機巧人形に魔素コンプレッサーを繋ぐ。
国内に竜血樹がなく、魔素の薄いチェルノアーヴだけど、圧縮して、さらにポンプで送り込めば、このくらいの小さな魔機なら動かすこともできる。
魔核の欠片に書き込んだ命令語の通りに、機巧人形がいろんな動きをすると、子ども達は目を輝かせた。
「すっげぇ!! 本当に人間みたいに動くんだぁ!!」
「みんなが考えてくれた、必殺技もできるようにしたんだ」
「えっ、あの必殺技……!!」
「そう、行くよ!! フィンガーサンダー!!」
僕が手に持っていたトリガーを引くと、機巧人形の両の手の間に、青い電流が走った。
「す、す、す、すっげぇ!! 僕がお願いした通りだ!!」
「へっへん。どうやったらカッコよく見えるか、凄く考えたんだから!」
「ふーん、なるほどね。あの配線は、これをするためか」
僕が胸を張っていると、隣で姉さんが、改めて僕の機巧人形を見ていた。
「不細工な構造だね。それに、こんな機能をつける意味もない。でも……」
姉さんは、僕の人形の周りで、楽しそうに笑っている子どもたちへと目を向けた。
「あんたは、それでいいんだろうね。そんなあんただから、きっと──」
「放て!! レイドブライガ!!」
『ああ!! 猛虎・覇災!!』
レイドブライガが両手の光球を胸の前でクロスした。
胸の虎が咆哮を上げると共に、レイドブライガを中心に、決闘場の地面さえも深く抉るようにして、破壊のエネルギーが迫る。
もはや、その様子は、天災に他ならない。
あるいは、神々が人に与えし試練か。
吹き上がる光の障壁が、こちらを押しつぶすように迫って来る。
「こ、この威力は……!?」
「き、危険です!! 魔導障壁が保たない!!」
「観客の皆さん!! す、すぐに、非難を!!」
司会の慌てた声が、会場内に響く。
観客席を守る魔導障壁、それさえも砕きかねないほどの、圧倒的な暴力の嵐。
カリブンクルスは、その輝きに向かって、真正面から飛び込む。
携えるのは、炎熱竜ノ角。
全てを込めたこの角を放つは、極限まで極まったサクラ君の技術。
『閃火裂孔・炎熱竜ノ角!!』
赤竜拳の奥義である技に乗せ、カリブンクルスは、その紅に燃える角を突き出した。
火焔光背の炎がさらに激しくうねり、その姿は、火の神のようですらあった。
そして、渾身の一撃が、レイドブライガの放った厄災の光へと触れた。
触れた瞬間、凄まじいスパークが決闘場を駆け抜けた。
魔導障壁が明滅し、嵐の如き烈風が観客席までも包み込む。
黄金の光に蝕まれ、カリブンクルスの装甲が次々と剥がれ落ちていく。
それでも、僕らの最高の機巧人形は、決して退きはしない。
「エル!! サクラ君!! 僕達の全てを!!」
『うぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!!』
その時、炎熱竜ノ角が激しい光を放つ。
僕らも想いすらも力に変えるように、紅蓮の角は、光の中に道を穿つ。
「行けっ!!」
「行くんだっ!!」
『行けぇえええ!! カリブンクルス!!!』
そして──
音さえも聞こえなくなった、光だけの世界。
エルの高まった魔力と僕の想いは、今、確かにサクラ君と意識を共有していた。
滂沱の如くあふれ出る暴力的な光の中を貫き進む。
真っ白な世界。
何も見えない。
何も聞こえない。
ただ一つ感じるのは、鼓動。
僕の鼓動。エルの鼓動。サクラ君の鼓動。
そして、カリブンクルスの鼓動。
重なり合ったそれが、僕に無限の力を与えてくれる。
さあ、終わらせよう。
僕らの、機巧決闘を。
光のトンネルを抜けた先に、その姿はあった。
黄金色に輝く、究極の機巧人形。
僕らは今、それを超える。
レイドブライガが最後に放った光の拳。
それすらも跳ね除けるようにして、猛き竜の紅き角は、レイドブライガの頭部を深々と貫いていた。
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