107.機巧技師と最後の夜
決戦の前日の夜の事だ。
一人、工房で作業を進めていた僕は、てっぺんを超えた辺りで、ようやく作業を終えた。
アルヴァリオンとの戦いでの損傷は思った以上に大きく、この5日間、ギリギリの作業ではあったが、なんとか万全の状態まで回復させることができたように思う。
失ったミノタウロスの魔核に替わり、新たに搭載した炎熱竜の魔核を元にした魔素転換炉の調整もバッチリだ。
その仕上がりに満足した僕は、そのままハンガーの隅の仮眠スペースで横になろうとしていた。
「ビス君……」
ほとんどの照明を落としたほの暗い工房の中、闇から浮き出るように現れたのは、エルだった。
「あれ、エル……」
彼女を含め、他のメンバーには最終調整を残した段階で、今日はそれぞれの家に帰ってもらっていた。
決闘で、実際に肉体を酷使するわけではない機巧技師と違い、搭乗者と魔導士にとっては、当日に向けた休養も重要になる。
だから、最終調整だけは、僕だけが残ってやっていたのだが、こんな時間にやってくるなんて、何か大事なものでも忘れたのだろうか。
「どうしたの。何か忘れ物?」
「ち、違う……の」
「えっと、じゃあ……」
エルはそのまま、ゆっくりとこちらへと進んでくる。
比較的背の低い彼女は、こうやって近づくと僕をやや見上げるような形になる。
暖色系の照明の中で、彼女の整った顔立ちは、一層印象的だった。
「今夜は、一緒に寝たいと思ったの……」
「…………えっ?」
一瞬、意味を理解できず、僕は固まった。
えーと、一緒に寝たいって、それって、もしかして……。
意味を理解するごとに、頬が熱くなっていく。
朴念仁と言われがちな僕だが、さすがに、こういう男女の間で、一緒に寝たいなんて言われた場合の意味はわかっている。
恥ずかし気に身を捩るエルの姿が、妙に艶めかしく見える……やはり間違いない。
だが、いきなりすぎる……。
まったく予習なんてできていない。機巧学と違って、そっち系の知識に僕は疎いのだ。
た、確か、ゴムが必要なんだよな。
カリブンクルスのゴムパーツで代用できるか……いや、たぶん無理。
あー、どうすればー!!
……と頭を抱えていると、エルはゆっくりとハンガーの方へと振り返った。
そして、こう言った。
「……カリブンクルスと一緒に」
「あっ……」
…………とりあえず、あとで自分の頬を殴っておこう。
心を落ち着かせるように、ふぅ、と息を吐くと、僕もカリブンクルスへと向き直る。
「そうだね。今日くらいは一緒に寝るのも良いかもしれない」
「うん」
「おっと、2人だけ抜け駆けはずるいじゃないか」
と、まるで、タイミングを見計らうが如く、やってきたのはサクラ君だった。
「俺も、今晩だけは、カリブンクルスと一緒に、いてもいいか?」
「サクラ君……。うん、今晩は、みんな一緒だ」
僕ら3人は、照明に照らされたカリブンクルスを静かに見上げる。
3か月前のあの日、夢を諦めかけた僕。
でも、最高の冒険者と最高の魔導士に出会ったことで、最高の機巧人形すらも作り上げることができた。
それは、僕の人生の中でも一番の幸運だったことだろう。
そして、いよいよ僕達は、明日の朝、決勝に臨む。
「色々あったがな。今は、お前達とこうしていることが、なんだか必然のようにさえ思える」
「不思議だね。僕もそうだ」
「わ、私も……」
僕らは顔を見合わせると、だれからともなく、笑った。
「さあ、明日に備えて、休むとしようか」
「そうだね。でも、スペースが足りるかな……」
「つめれば問題ないだろう」
そうして、僕達三人は、小さな仮眠スペースに横になり、ブラケットをかぶった。
そして、カリブンクルスを眺めながら、穏やかな眠りにつく。
ゆっくりと薄れていく意識の中で、カリブンクルスの竜を思わせる顔が、なんだか微笑んでいるように、僕には思えた。
そして、決戦の朝はやってきた。
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