106.機巧技師とその姉
「で、二人とも、それぞれ収穫はあったのかな?」
準決勝が始まる数日前の事だ。
突然、同じトライメイツの二人が、とある人物に会いたいと言い出した。
冒険者であるブラスは、モンジュノチエの冒険者、サクラに。
魔導士であるマリーベルも、同じくモンジュノチエのエルヴィーラに会いたいと。
詳しくは知らないが、この二人も、モンジュノチエのメンバーそれぞれに因縁めいた何かがあるらしい。
「戦うに値する相手だとは認識できた」
「私もです。彼女に全力を出してもらうことこそ、私の本位ですから」
「ふぅん。そっか」
何やら思うことがあるらしい二人は、今この時も頭の中にそれぞれのお相手を意識しているようだ。
まったく、三人が三人とも、とは……どこか運命じみたものを感じてしまう。
あの機巧技師ビス=J=コールマンは、五年前から私が師事していたネイジィの実の弟だった。
ネイジィ──100年に1度の天才と称されるほどの機巧技師であり、私にとって、かけがえのない人。
学園へと入学してきた彼女に出会うまで、私は機巧学に興味の欠片もなかった。
父親が機巧技師だったために、それなりに仕事を手伝うことはあったが、それだけだ。
むしろ、釣りやパラグライダーなど、活動的な事が好きな子どもだった。
でも、たまたま見た機巧決闘の予選大会、そこで、ネイジィの作った機巧人形を見た瞬間、私は恋に落ちた。
その機巧人形は、びっくりするほど美しかった。
虹色のボディに流麗なフォルム、頭から伸びる2本のアンテナ。
背中には、妖精を思わせる羽根さえ生えていた。
芸術品のようにさえ感じるデザインだけでなく、その機巧人形は圧倒的に強かった。
全ての機巧人形を一撃の如く葬り去る、鋼の妖精。
それは、まるで空想のお話に出て来る存在かのように、現実感を感じられなかった。
いつしか、ネイジィの出る予選には必ず足を運ぶようになった私は、ある時、我慢できずに、試合後、彼女の元へと走った。
そして、願った。
あなたの弟子にして欲しいと。
彼女は拒まなかった。
でも、受け入れてくれたわけでもなかった。
「技術が欲しいなら、盗むと良いわ」
そう言って、彼女は、私を工房へと招いてくれた。
それからの日々は、私の人生において、もっとも充実していた。
朝起きたら、まずは学園の工房へと走り、ネイジィの作業を手伝った。
一応父親の仕事を手伝っている手前、それなりに知識があると思っていた私だったけど、ネイジィの前では全く通用しなかった。
その上、彼女は何も説明してくれない。
意図がわからない作業を延々と手伝わされ、心が折れそうになる時もあった。
それでも彼女は、私を拒絶することだけはしなかった。
やがて、少しずつ、少しずつだけど、ネイジィがしている作業の意図がわかるようになってきた。
そんな最中、本選大会がスタートした。
私が手伝い、ネイジィが作り上げた機巧人形は、破竹の勢いで勝ち進んだ。
予選ほど、余裕の勝利はできなかったが、それでも、圧倒的な実力だったのは確かだ。
気づけば、私達の機巧人形は、全ての機巧人形の頂点にいた。
私は、心から喜んだ。
ネイジィの実力が、世の中に認められたのだと。
でも、彼女は決して喜ばなかった。
むしろ、勝利の栄誉など、どうでも良いと言ったように、さらに機巧人形作りへと没入していった。
私は、その後も、そんな彼女の元で、その手伝いをし、自分自身の技術を研鑽していった。
2年が経ち、3年が経った。
卒業を迎えたネイジィに、私は島に留まって欲しいと泣きついた。
ずっとずっと一緒に、機巧人形を作りたい、と。
けれど、彼女の視線はすでに、この島にも、私にもありはしなかった。
彼女は言った。
自分の技術を仕込みたい人間がいる、と。
その人に自分の技術を伝えることが、自分の夢に繋がるのだと。
「ビス=J=コールマン……」
私は、彼の名を呼ぶ。
ネイジィが、その才能を評価した唯一の人間。
両親に先立たれた彼女のたったひとりの肉親。
そして、私から、ネイジィを奪い去った憎むべき相手。
「私があなたよりも上だということをきっと証明してみせる」
そうすれば、ネイジィはきっと、私の元へと帰って来てくれる。
彼女の愛を得られるならば……。
ハンガーに立つ私の機巧人形の姿を見る。
ネイジィから学んだ技術の粋を結集して作り上げた私の芸術作品、レイドブライガ。
この最強の機巧人形で、あのビスの機巧人形を打ち砕いて見せる。
「ネイジィ、もう少しだけ待っててね」
懐かしいあの日のときめきを胸に抱き、私はゆっくりと目を閉じた。
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