06
「――どうぞ、野菜炒めです」
いいお肉があったから勝手に使わせてもらった。
味見してみた限りではやはり普通だったけど、彼女たちは喜んでくれるだろうか。
「美味しいわ、優しい味付けなのもいいわね」
「そう? 良かった、美味しいって言ってくれて」
莉子がこの様子だと瀬那が大袈裟に喜ぶなんてことにはならないだろう。
これ以上の盛り上がりようはないからミーちゃんを抱いて戯れておくことにする。
「ミーちゃんも炒めちゃおうかな?」
「なっ!」
「えへへ、大丈夫だよ~」
「にゃ、にゃ~……」
あ、飼い主さんの方に行っちゃった。
「千弦」
「なんですか?」
「これ……」
「口に合いませんでしたか? すみません」
先程部屋を確認させてもらったら本当に莉子が住んでいるようだった。
話を聞いていたため驚きはないが、友達の家に住ませてもらえるんだなと少し驚いた。
莉子はずるい、美少女なのに瀬那の隣にいられる権利まで持っているんだから。
「ま、食材に申し訳ないから食べるけどさ」
「ごめんなさい……」
多分だけど熱だったからなんでも美味しく感じたのだろう。
あれまで一切食べていなかったのかもしれない、それならなおさらのこと美味しく感じる。
猛烈に喉が乾いている時に飲む水や麦茶が大変美味しいのと同じ心理だ。
「私は洗い物をしてくるわ」
「あ、私がやるからいいよ」
「そう? なら任せないわ、私がやるからいいの」
敢えて任せないスタイル好き、それでこそ莉子っぽいから。
ミーちゃんを取り戻して愛でていたらご主人様に廊下へと連れ出された。
「美味しかった」
「え、でもさっきは――」
「美味しかったからさ、また今度作ってよ」
いや違うな、本当のツンデレさんはこちらだ。
莉子の方が真っ直ぐ伝えてくれるからわかりやすくていい。
「ミー、莉子のところに行ってな」
「にゃ~」
ああっ、私の癒やしがっ。なんてことをしてくれるんだこの人はっ。
「千弦、あんたはちょっと来て」
「はい、わかりました」
連れて行かれたのは2階の廊下。
彼女の部屋ではなく奥の部屋に連れ込まれ、そのままベッドに押し倒された。
「今日は来てくれてありがとう」
「はい」
「で、いつになったら敬語はやめてくれんの?」
なんだか普通に戻すのは恥ずかしくなっただけだ。
それと、こうして莉子と暮らしているのだから私が敬語をやめなくてもいい気がする。
「ここは誰の部屋ですか?」
「出ていった母――女の部屋だよ。安心して、もちろん綺麗にしてあるから」
「なら莉子さんをここで寝かせてあげれば良かったのでは?」
「莉子が嫌がった、床でもなんでもいいからあたしと寝たいってね」
ほらやっぱり、仲良くしていたら莉子が嫉妬してしまうかもしれない。
それで余計に仲が深まり、気づいた時には付き合っていた――なんてことにもなりかねない。
「本当に莉子さんとはそういうの――」
「言わないんでしょ?」
「……佐藤さんとはそういう関係じゃないんですか?」
「うん、一緒に寝たがったのは熱が出てて寂しかったからだって言ってたからね」
ならいいのかな? 敬語って面倒くさいこともあるし、甘えることもできないし……。
「でも、莉子があなたと仲良くしたいんじゃないかな」
「はぁ……だからなに? あんたはあたしと仲良くしたいんでしょ?」
「そうだけど……莉子があなたのことを好きでいたら申し訳ないし……」
「気にしなくていい。大体、決めるのはあたしだしね」
なるほど、確かに言われてみたらそうだ。
おまけに、彼女の方から仲良くなりたいと言ってくれたのだから信じればいい。
「……瀬那、私と友達になって」
「無理、だってもう友達だし」
「じゃあ……親友になって」
「無理、それはもっと時間を重ねないと。あんたが変な遠慮をしている限りは無理だろうね」
「なら……変な遠慮はもうしない」
「それならまあ、いけるんじゃない?」
あんまり悠長にやっていると新年になってしまう。
それまでになんとか親友レベルには関係を昇華させたいけれど、できるだろうか?
「千弦、瀬那、こんなところに隠れてなにやっているのよ」
「ちょいと迫ってみた、こうでもしないとこいつ素直にならないし」
「ふふ、でも身長的に妹が甘えているみたいだわ」
あ、なら妹を甘やかしておかないと。
莉子に牽制という意味合いもある、彼女を思い切り抱きしめてアピールをした。
「ふふ、姉の方は積極的ね」
「うん、妹が可愛いからついね。莉子、私、あなたにだって瀬那をあげたくない」
「受けて立つわ」
「うぇ!?」
「冗談よ、あなたはリアクションがいちいち大袈裟よね。ふふ……ふふふっ、あ、ごめんなさいっ」
その笑顔が怖い、例え同性だろうが落とせるような魅力が詰まっている。
いま私に抱きしめられたままの瀬那が見ていなくて本当に良かったと思ったが、家ではふたりきりなんだからいくらでも見られてしまうわけで……あまり意味のないことのように感じて冷や汗が出た。
「千弦……苦しい」
「あ、ごめんね」
解放してベッドから下りる。
まだ楽しそうに笑っている莉子を不思議そうな顔で眺めている瀬那が見えた。
その笑顔に魅了されていないのであれば構わないが、うぅ……ふたりきりにしたくない。
「ふぅ……私は少し部屋の掃除をしてくるわ」
「私も手伝おうか?」
「いえ、あなたはご主人様の相手をしてあげてちょうだい」
こうやっていまは自由にさせておいて私が帰ってから「なに私以外にデレデレしてんのよ」となるパターンでは?
「瀬那は普段どのようにして過ごしてるの?」
「あたし? そう聞かれても普通だよ、起きてご飯食べて学校行ってって感じ。帰ってきてからもお風呂に入るが追加されるだけでそれ以外は特にないかな」
「莉子が暮らすようになってから変わったことは?」
気になっているのは当然そこだ。
瀬那だって同じ人間なんだから普通に生活をしていることはわかっている。
でも、莉子が暮らし始めたことによって変わったことだってあるはずなんだ。
「莉子は寝る時間が早くて困ることかな、だからいちいち1階へ行く羽目になるんだよね」
「イチャイチャとかは?」
「断じてないね」
これは信じていいのか……?
「莉子が家にいたくない理由ってなに?」
「それはあたしの口からは言えない、知りたいなら本人に聞きな」
私が聞いたところで答えてくれる感じはしないけど。
結局のところ自らの壁を壊しても瀬那と莉子の前にも壁がある気がする。
しかも私のそれよりもずっとずっと強固なものだ、破壊できる時はくるのだろうか。
「それよりさ、あたしの前で莉子って呼ばないんじゃ?」
「意味ないかなって、こんなことをしたところで私が莉子を振り向かせられるわけじゃないしね」
瀬那もそうだけど、私はふたりのことをなにも知らない。
向こうからのこちらの印象は大きくて面倒くさくて男装が趣味という、いいのか悪いのかという感じ。
そんなに莉子のことが気になるのなら一緒にいればいいのにと思う。
「瀬那、掃除終わったわよ」
「ありがと」
「莉子っ、瀬那といてあげてよっ」
戻ろうとした彼女に告げる。
まったくもう……不器用なんだから、もっと積極的になればいいのに。
「瀬那と? 別にいいけれど」
「私はミーちゃんと一緒に過ごしてくるね」
身長的には姉だからちゃんとサポートしてあげないといけない。
あと莉子がこの部屋を嫌がった理由がちょっとわかるのだ、なんとなく空気が居づらいから。
あ、これはまあ瀬那と莉子が仲良くしているところをあんまり見たくないということもあるんだけど、決してそれだけではないことをわかってほしかった。
私だってね、瀬那が莉子のことを気にしているということなら空気だって読みますよ。
「……で、ちょっと入ってみたけど」
いつも瀬那と莉子が寝ている部屋。
なんだかいい匂いがする、布団はしまっているようだが……。
「なにやってんの」
「ここで寝てるんだよね?」
「そうだよ」
「一緒の布団で?」
「そうだね、新しく買ったりするとお金もかかるし」
莉子と一緒になんて寝たら緊張して徹夜になりそう。
だけど瀬那はそういうのを気にしなさそうだから羨ましい。
「さてと、ミーちゃんに会いに行かないと」
「なんでここに入ったの?」
「ただ見てみたかっただけ、初めてじゃないけどね。ほら、瀬那は莉子と――びゃあ!?」
大袈裟でもなんでもなく尻餅をつく。
彼女は「な、なにっ!?」と慌てているようだったが、こちらの方がそうだった。
「な、なんで瀬那がいるのっ」
「はぁ……? 普通に喋ってただろ?」
「大声を出してどうしたのよ?」
やって来てくれた常識人、佐藤莉子。
やっぱり莉子と瀬那が並んでいるのが絵になるわけで。
「莉子っ、ちゃんと瀬那のこと見ててよっ」
「しょうがないじゃない、この子が勝手に出ていったんだから」
「とにかくっ、瀬那のことよろしく!」
そういえばミーちゃんって本当に優しいと移動しながら気づいた。
だって唐突にやって来た長身女にも甘えてきてくれるぐらいだし。
普通は「きしゃああ!」となりそうなものなのに、瀬那の接し方がいいからだろうか。
「ミーちゃん、ミーちゃーん?」
1階に移動して呼んでみても出てきてくれない。
そんな時、カーテンが動いた気がして見てみたら、そこに丸まって寝ているようだった。
「暖かいからかな? 気持ち良さそう」
同じように窓の前で丸まってみたらポカポカしていてなんとも心地がいい。
気づいたミーちゃんが私の上に移動してきてそこでまた丸まって寝始める。
ああ、幸せだ……目当ての人物は他の子とイチャイチャしているけど私にはこの子がいるんだ。
「なにやってんの? あーあ、ミーの寝床になっちゃってんじゃん」
「いいんだ、私にはミーちゃんがいるんだー」
「あたしは?」
「莉子のじゃん」
「はぁ……わかってねえやつだ」
余計なお世話だよ!
いやいや、現実世界に戻されては駄目だ。
私はただこの子と惰眠を貪っていくだけ。
それだけが幸せ、男装? え、なにそれ。
「千弦、男装状態で出かけてみようよ」
「お昼に?」
「そう。大丈夫、童顔の長身男に見えるから」
「それって大丈夫なのかな……」
あ、でも優しそうな男の人ってことで受け入れられるかも。
別に変に脱いだりしなければ大丈夫か、秋だし薄長袖とかを着てれば問題もないだろうし。
いやまあ元が女なんだから汚い肌ってわけでもないけどさ。
「よし行こう」
「いまから?」
「どうせこの後あんたの家に行くんだからいいでしょ?」
そういえばそんな約束をしていたなといまさら思い出した。
「莉子は?」
「自分の家に行って忘れた物とかを持ってくるって」
「え、いやそれって変な遠慮してるじゃん……嫌だよ、莉子は瀬那と仲良くしたいんだから」
自分がするのならともかくとして、他人にされるのは絶対に違う。
どれだけ下手くそなふたりなんだ、メイン級もそこそこ面倒くさいんだなって知識を得られたけど。
「瀬那、莉子を誘ってあげてよ」
「あんたなんでそうなの?」
「仲間はずれとか嫌だし、なんなら私は路傍の石ころでいいでいいんだよ。瀬那と莉子が仲良くしているところを見られるだけで十分、こうして話せるだけでいいんだから――って、それじゃあ石ころじゃないか。じゃあモブで! 見た目的にもメイン級にはなれないからね!」
あとなんかやっぱり179センチの女の喋り方とは思えないんだよなあ、勝手な偏見かな?
こちらを見ている瀬那の瞳の温度が限りなく低く感じる、余計なことを言うなってことかな?
「あんたさあ、どんだけ自分を守ろうとしてんの?」
「守る?」
「頑張っても振り向いてくれないかもしれないからって莉子の名前を出してるんでしょ?」
「え、莉子といたいんだよ――」
彼女がドンと床を思い切り踏んだことによって驚いたミーちゃんは向こうへ行ってしまった。
そりゃ寝ている時にいきなり側で大きな音が鳴ったら怖い、聴覚が優れているのならなおさらのこと。
「まったく……ふたりは下手くそよね」
「莉子……」
下手くそなのは瀬那だけどね。
私がこれだけ動いてあげてるのにさあ……。
「変な遠慮をしているのではなくて本当に忘れ物をしたのよ、いますぐにでも取りに戻りたいの。それに私が瀬那の家でお世話になっている理由は家族といたくないからよ、特に姉といたくないの」
「……殴られてるとか?」
「いいえ、彼女をよく連れてくるからよ。19時から21時までは必ず毎日……だから出てきたの」
だからって受け入れた瀬那がすごい。
食費だって増えたりするのに受け入れたんだよ? そこになにかがなければできないよそんなの。
「あれ、それってもしかして……」
「ええ、同性カップルね」
「で、いたくないってことは……お姉ちゃんのことが好き……だった?」
「……現在進行系で好きよ」
「そういう……」
そりゃ苦しいだろうな、私でも逃げたくなるかもしれない。
それでもこちらの場合は住ませてくれる人がいないんだから無理だけど。
でもそれじゃあ瀬那の気持ちは?
「瀬那は?」
「姉がいる限り特別に変わることはないわ」
「莉子のことはわかったけど、莉子に対する瀬那の気持ちはどうするの?」
「それは勘違いよ、あなたは無駄に考えすぎているだけよ」
「じゃあ……純粋に私といたかったってこと?」
「だからそう言ってるでしょうが! 馬鹿っ」
へえ、それはなんともお優しいことだ。