05
「はい、あーん」
「あむ…………ん、美味しいわね」
「あたしはお粥嫌いだけどね」
なにを見せられているんだ私は。
見る必要もないから反対を向いたけど、扉しか見えなくてシュールだった。
「木梨もやる?」
「私ではとてもとても……」
「なにそれ」
邪魔できねえ、帰れねえ、お腹減ったぁ、帰りてえ。
長身女舐めんな、すぐお腹が空くんだぞごら!
その後も聴覚には追いダメージが与えられていった。
「莉子を寝かせてくる、絶対に帰らないでよ?」
「……もういいですよ、どうでもいいですよ」
なんで執拗に今日は残るよう言ってくるんだろう。
そんなことをしてもメリットはないのにね、あはは。
「莉子もあんたも世話がかかるよ」
「はあ」
「で、残ってもらった理由だけどね、あたしはあんたともっと仲良くなりたいわけ、そのためにどうしたらいいのか話し合いたいって感じかな」
「佐藤さんとだけ仲良くしておけばいいんじゃないですか?」
「言うと思ったよ、あんたらしいけどね」
だって佐藤さんには絶対に勝てない。
名前呼びをすぐに解禁したぐらいだ、清水さんだって心を許している証拠だろう。
そこにいまからズカズカ土足で入っていって安定した居場所を獲得する? うーん、無理っ。
「依弦だったら喜んで受け入れそうなのに」
「依弦さんではないですからね、千弦です」
「あいつの積極的さを少しは見習った方がいいんじゃない?」
「依弦さんではないですからね、千弦です」
私は○○じゃないから理論は無敵だ。
これを言われたら他者も確かにと納得するしかない。
「大体、清水さんは私になんか興味ないですよね」
「あるから言ってんでしょ」
「なんでですか?」
「あんたが優しいから」
「優しくなければ興味すら抱きませんよね?」
うぜー……自分でもよくわかる、こういう屁理屈ばっかりしか言わない人間は嫌われるぞ。
「ま、まあ、今日のところはそれは置いておきましょうよ、佐藤さんが風邪ですし」
「なら明日」
「あ、明日は早急すぎるかと、1ヶ月後ぐらいによろしくお願いします」
その間に完全完璧なモブになりきる。
それができれば改めて友達になってもらおう。
「認めてくれなければ莉子に依弦のことバラす」
「バラすとは?」
「あんたが依弦なんでしょ、木梨千弦」
「私と彼が似ていますか? 清水さんこそ風邪なんでは? ちょっと失礼します」
おでこに手で触れてみたらちょっと熱かった。
体温計を無理やり引っ張り出させて無理やり図らせると微熱状態だった。
「はい、早く寝てください。私がお粥を作ってあげますよ」
「ちっ……隠してたのに……」
「佐藤さんに言わなかっただけあなたは格好いいです」
それにしても先程のお粥をよく全部あの人は食べたもんだ。
どれぐらい食べてくれるかわからないからこちらは少量にしておく。
「はい、どうぞ」
「あーんは?」
「あーん」
「あむ――な、なんだこの味は!?」
「不味かったですか?」
「い、いやっ、すごい美味しい! もっとちょうだいっ」
ふふ、別に胃袋を掴もうとしているわけではない……ないよ?
元々少なめに作ったのもあって彼女はすぐに食べ終えてしまった。
「はい、ソファでいいですから寝てください」
「うん……」
あーあ、先程と違って一気に弱々になっちゃって。
「ふふ、可愛いです」
「は? ……本当に依弦じゃないの?」
「違いますよ、もしそうならもっと聞き出そうとしているはずです」
全部聞いちゃったけど許してほしい。
「清水さんが言ってくれたこと、きちんと考えてみます」
「なんであたしが微熱だってわかってから言うんだよ……」
「ふふ、こういう一転攻勢って感じも良くないですか? 明日までに答えを出すからよろしくね、瀬那ちゃん。あ、でもあんまり佐藤さんを優先してほしくないかなあ、だから最近はああいう態度を貫いていたんだしね」
言ってやったっ、これでどうなるのかは彼女次第だ。
依弦の件をどうして頑なに隠そうとしたのかはわからないけど……。
「は? それってあんた……」
「これで帰るよ。大丈夫っ、2階まで運んであげるからっ。なんたって私はデカ女ですから」
「……それは悪かったよ」
「謝らなくていいよ、あなたを運べるんだから」
お姫様抱っこで彼女を移送。
寝ている佐藤さんの横に寝転しておいた。
「あっ」
「……なに?」
「鍵をどうしましょうか」
「あ……なら行くよ」
ああ……使えねえ……私、使えねえ……。
肝心なところでやらかす、こんなのじゃ佐藤さんと勝負することすらできないじゃんか。
「木梨、お粥ありがと」
「いえ、早く体調を治してくださいね」
「うん、それじゃあ」
喧嘩しないで済んだのは最高だ。
これからもなにかが起こりそうなら作ったご飯を食べさせて黙らせる。
喧嘩になるよりかはいいだろう、美味しいって言ってくれるのならなおさらのこと。
「味見したけど凄く美味しいわけじゃなかったけどな」
大袈裟な女の子だ、やめてほしい、勘違いしてしまうから。
まあ、あれぐらいだったらいつでもするけどね、簡単だしさ。
「おはよう」
「あ、おはようございます。良かったですね、体調が良くなって」
「ええ、瀬那のおかげよ」
どうせ休みオチかと思ったら普通に瀬那が登校してきた。
「ふっ、あたしが休むと思った?」
「いいえ、あなたはお馬鹿さんですからね、自分が熱なのに無理してしまう人ですから」
言うんだ、佐藤さんがいようと関係なく。
「清水さんっ」
「なに?」
「私もあなたと仲良くしたいですっ」
言ってやった、もう勇気というエネルギーを使ってしまったから席に座る。
「ふふ、やっと言えたのね」
「はい。ただ清水さんの側にいて話したいなって思いまして」
特別とかよりいまは仲良くなることだ。
自分から手放しそうになったそれを今度は自分から離さないようにする。
私みたいな人間はこういう失敗を繰り返さなければ駄目だからしょうがない。
「え~、どうしようかなあ」
「あ。あなたの意思は関係ないので。私が勝手にあなたの側に居座ります」
「あ、そう……え? なんであたしの意思が関係ないの?」
「やだな~……あんなに情熱的に求めてくれたじゃないですか。『千弦、行かないで……あんたが行ったら寂しくてあたし……』って!」
「言ってないわ!」
まあ、言ってないんだけど。
私が無理やり抱いたようなものだからこれ以上は言うまい。
「千弦って呼んでいいかしら?」
「はいっ、私も莉子さんって呼ばせてもらいます!」
「敬語はやめてちょうだい」
「なら、うんっ、よろしくね莉子さんっ」
「呼び捨てでいいわよ、よろしく」
やったっ、ついに佐藤さん――莉子とも仲良くなれそうだ。
「今週の土曜日どこかに行こうよ、記念として」
「いいわね」
「うーん……行くとなったらどこかなあ」
千弦としてあのラーメン屋さんに行ってもいいかもしれない。
でも食べるとしたら夕食にだ、そうでもないとちょっと高いしもったいないから。
「瀬那の家でのんびりした後にあなたの家でどうかしら?」
「いいよっ、清水さんがいいのならだけど」
さて、黙ったままの瀬那はなんて答える?
「あんたら仲良さそうじゃん、ふたりで遊んだら?」
「はぁ……今度はあなたの番なの?」
「いや~、さすがにそこまで仲良さそうだと入りづらくて~」
昨日までの私みたいになってしまった。
やってみるとわかることだが、かなり自分を苦しめることになるからやめたほうがいい。
そう思っているのにできないのがなんとも難しいところなんだけどね……。
「あたしのことは気にしなくていいから、ふたりで仲良く遊んでよ」
「あ、ちょっとっ」
ああ……これはもしかして莉子と仲良くしていたから妬いたのか。
安心してくれ、私では莉子をそういう意味で獲得することなどできぬっ。
「莉子、悪いけど清水さんと遊んであげて」
「あなたは?」
「私が空気を読んでやめておくよ」
普通に喋ることができればそれでいいんだ。
特別になれなくてもモブとして友達としていられればそれで。
だから後は莉子に任せる、今度は莉子が主人公で瀬那がメインヒロインだ。
「それって男装をして出かけたいから?」
「え?」
「依弦、あなたでしょう?」
「もう、莉子までそれを言うの? あの人と私が似てるって地味に酷いなあ」
父からは大男だと言われていることもあって地味にショックだった。
あ、でも莉子は中性寄りで整っているって言ってくれたんだっけ? 悪いことばかりでもないかも?
「ラーメン屋さんで私は何味を頼んだ?」
「え、醤油ラー――びゃあああ!?」
な、なんで素直に吐いてんだよ私も!
これまで依弦モードで結構重要な話も聞いていたから倒されてしまうかもしれない。
「隠しても無駄だから、腕を掴んだ時に気づいたし」
「な、なんの話ですか~? ぴゅ~ぴゅるぴゅ~」
「意味ないことをしても疲れるだけだよ。千弦、さっさと吐きな」
「はぃ……私が依弦です」
ま、まあ、いつかは言わなければならないことだったからいいんだけどね。
でも、瀬那がニヨニヨと笑みを浮かべていてだいぶ怖い、いまならそれだけで私を圧倒できる。
「証拠を見せてよ」
「しょ、証拠?」
「今日18時にあそこで集合ね。もちろん、千弦は依弦モードで来ること」
「はあ、いつもの日課ですからいいですけど」
――17時50分、集合場所に私は着いた。
ご飯は食べてきていないためだいぶお腹がキツイけど……送れた方が面倒くさいことになりそうだからと急いでやって来たのだ。
「よ」
「あ、こんばんは」
先にやって来たのは瀬那だった。
莉子と一緒に行動していないのは意外だ。
「脱いで」
「は……い?」
「だから脱いで、千弦なんでしょ?」
「いいですけど……」
恥ずかしいからゆっくりになっていたのが焦れったかったのだろうか、ガバっと持ち上げられる。
「へえ、こういう風に隠してるんだ」
「あ……の、は、恥ずかしい……んですけど」
「下は? うん、ついてないね」
「そりゃ……女ですからね」
いや、確認しなければならないのはわかるけど触る? 同性とはいえ大事なところをさ。
胸とかにもペタペタ触れてくるし、こういうことが普通なのかなって間違った知識が増えたぐらい。
「で、あたしの家の後にあんたの家だっけ?」
「いえ、変わりました。あなたの家で終わりです、はい」
「は? あんたは来ないってこと?」
「私が莉子と仲良くして嫉妬していましたよね? 莉子を取られたくなさそうなので私は遠慮――」
ズバンッと音がするぐらいの勢いで壁に押し付けられた。
これはあれだろう、本人には言うんじゃないとかそういう流れだろう。
「なに莉子のこと名前で呼んでんの、許せないんだけど」
「本人から許可を貰ったんですけどね……わかりました、少なくともあなたの前で莉子と呼ぶことはやめます。それに安心してください、取ることはできませんから」
だけどなあ、記念日として遊びたかったなあ。
こういうことをしっかりしておかないとあっという間にこんなモブ、忘れられてしまうから。
「待たせたわね」
「大丈夫だよ。莉――佐藤さんはこれまでなにやってたの?」
「少しだけ荷物をまとめていたのよ、これからは瀬那の家で暮らすから」
「あ、そうなんだ、仲が良くて羨ましいよ」
莉子にも依弦が千弦である証拠を見せておいた。
「あのラーメン屋さんに行った日からわかっていたことだけれど」と言われてしまい困惑。
だからあれだけ信用してくれていたのだと考えたら、結構嬉しいけどね。
「良かったですね清水さん、大切な佐藤さんと一緒に過ごすことができて」
「まあね。で、今週の土曜日あんたも来なさいよ?」
「それはちょっと……行ったら空気が読めない認定されてしまうじゃないですか」
「しないから、絶対に来なさいよっ」
「千弦、変な誤解をしないでちょうだい。私は瀬那のことをそういう意味で好きではいないわ」
最初はそうでもあっという間に変わるのが人間というもの。
事実、あれまでひとりでいた彼女がほぼ付きっきりで瀬那といたではないか。
「……ほんとに?」
「ええ」
「清水さんはどうなの?」
「ないよ、そりゃお世話はしていたけどね」
「嘘つきー」
さっきあからさまに嫉妬というか拗ねてたじゃん。
私がいくら頑張ったって莉子は手に入らないのにお馬鹿としか言いようがないけど。
「違うよ、とにかくちゃんと来なよ?」
「むぅ……ミーちゃん触らせてくれます?」
「うん、それは大丈夫、いくらでも触らせてあげるよ」
「なら……あ、あなたに会いに行くんじゃないですからねっ!」
「なにその安っぽいツンデレ……」
また荷物をまとめたいということで莉子は帰っていった。
「あたしはさ、あんたが作ったご飯が食べたいんだよ」
「いいですよ、ご飯を作るぐらいなら」
「あとはあれだよ……あんたと純粋にいたいから」
「なんでですか?」
いやまあ、モブにも優しいのが主人公らしいけどさ。
私がもしそちら側の人間でも同じように行動するかもしれない。
もちろん、その場合は他の子をモブ扱いなんてしないけれども。
「あんたと話すの好きだから。でもな~、最近は面倒くさいしな~」
「そう、だから行くのはやめようとしたんです」
「……冗談だよ」
「そうなんですか? うーん、とりあえずご飯を作りに行きますね。莉子、あ……佐藤さんにも食べてほしいですから」
「うん、来てよ」
意外にも怒られることはなかった。
でもだからこそなんだか怖かったのは言わないでおこう。