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04

 なんてことはない至って平和な時間が続く。

 清水さんは佐藤さんに依然として付きっきりだった。

 それはまるでかお姫様を守るボディガードのように。

 それで私はと言うと、


「駄目だぁ……」


 机に突っ伏してずっと嘆いていた。

 こうでもしなければやっていられん、なぜ人は同じ過ちを繰り返すのだろう。


「木梨、また突っ伏してどうしたの?」

「お弁当、忘れましたぁ……」

「また? あんた頭大丈夫なの?」

「大丈夫じゃ……ないです」


 馬鹿なことはわかっている、だからこそこうして悔いているわけだ。

 でも、そんなことをしても無駄だから張り付いて省エネモードに徹しているというわけ。


「もうその歳で認知症なの?」

「いいえ、私が馬鹿なだけです。一緒にしたら苦労しているその人たちに申し訳ないですよ」 


 母にも呆れられているだろうよ、本当に申し訳ないと思っている。

 いい点は秋というのもあって帰ってからでも食べられること、大食いの自分にとっては余裕なことだ。


「でもなあ、あげられる物がないんだよ、ごめんね」

「大丈夫です、心配してくれてありがとうございます」


 動いていなければ最後までしっかり保つ。

 今日は朝から省エネモードだったから心配ない、心配はかけられない。

 というか、心配もしてないかっ、あっはっはっ。


「木梨さん、少し残っててくれる?」

「あ、はい……」


 デデデンッ、今日は放課後に居残ることになってしまった。


「これ、係の仕事だから」

「わかりました」


 なんかやたらと重い物を複数回に分けて準備室まで運ぶことになったぞ……。


「あぁ……」

「うぅ……」

「えぇ……」


 3回頑張って運んでもまだまだある。

 いじめか? ついにいじめの対象になったのか? いやでも、ひとりじゃないしな。


「ふぅ、お疲れ様」

「お、お疲れ……様」


 もう駄目だ、教室にも戻る力がない。

 私の体は燃費が悪すぎる、お弁当を忘れた自分が馬鹿なだけなんだけどさ。

 動けないのは冗談だけど、とんでもなく牛歩になってしまった。

 そのせいで外はもう真っ暗で今宵の男装タイムは諦めることになったのは言うまでもなく。


「よ」

「びゃあ……清水さんですか……」


 うへぇ……いまは出会いたくなかった。

 

「あんた遅かったね」

「というか……佐藤さんと過ごさなくていいんですか?」

「莉子は今日体調が悪くてね、本人の希望によって解散になったんだよ」


 そうなんだ……全然気づいてあげられなかったな。

 それとも、清水さんのことは信用しているから吐いたのだろうか。


「これで失礼します」

「うんってならないよ、あんたを待っていたんだから」

「そうなんですか……それじゃあ行きましょうか」


 すぐに自分が馬鹿だと気づいた。

 だって限りなく歩くのが遅いからどうしたって距離ができる。

 その度に彼女が数メートル先で待ってくれることになり、そのせいで急かされるような気持ちになってよりエネルギーを消費――もう帰ってほしいという気持ちが大きくなってきてしまう。


「あんたそれわざとやってんの?」

「いえ……お腹が空きすぎてどうしようもなくて……あの、先に帰ってくれませんか、私はまだまだ時間をかけて家まで帰る予定なので」

「ふーん、あんたに依弦のこと見せてやろうと思ったのに」

「それは無理ですよ」

「なんで?」


 私だから、元気がないのと時間がもう遅いのとで今日はできない、会えない。


「私は男の子が怖いんです」


 もちろん嘘だ、男装をしている人間が言うのはおかしいとわかっている。

 けれど今日はもう放っておいてほしい、この距離感が私と清水さんの現状なのだ。


「見かけたのに話しかけなかったのはそういうこと? あれ、でもあんたって教室で男子と話してたじゃん、あれは無理をしていたってこと?」

「嘘です、ごめんなさい。私が無理だと言った理由は――」

「瀬那……そこにいたのね」


 調子が悪いであろう佐藤さんが現れたことによって強制的に終了。


「莉子っ? な、なにやってんだよっ、体調が悪いなら寝ておかないと!」

「……やっぱり家にいたくないのよ、あなたの家に泊まらせてちょうだい」

「わかったから早く行こうっ」

「ええ……ごめんなさい……」


 ああ、面倒見いいな、佐藤さんも完全に信用しているみたいだし。


「木梨――木梨っ? あれ、どこ行ったんだ?」

「瀬那……」

「ああもうわかってるよっ」


 おぉ、よく動けたな私、褒めてあげたいぐらいだ。

 今日はご飯を食べてから少しだけ依弦モードになって外に出ようと思う。

 先程と言っていることが違うけど、複雑な気持ちは全てそれじゃないと捨てられないから。

 22時までに帰れば問題だってないはず、だってそうしないと……気持ちが悪いし。


「ただいま……」

「千弦、お弁当を忘れて行くのはやめなさい」

「ごめんなさい……お弁当食べるね」

「ご飯作ろうか?」

「大丈夫だよ、食べればすぐ回復するし」


 主人公とメインヒロインはいまより仲を深めているのかな。

 私はただただ、そのメイン級ふたりから遠くにいるモブであり続けたい。


「おぉ、美味しい~」


 空腹感が満たされると今度は猛烈に依弦になれと心が叫んでくる。


「お母さん、いまから行ってもいい?」

「もう21時過ぎているのよ? 明日では駄目なの?」

「うん……」

「……あまり遠くには行かないのよ? なにかがあったらすぐに連絡してちょうだい」

「うん、ありがとう」


 両親は優しくて好きだった、趣味だって理解してくれるから。

 急いで依弦モードに変身して外に飛び出す。

 今日はもう月が綺麗には感じなかった。

 だからひたすら前だけを見て歩いていく。 

 遭遇することは絶対にない、時間も時間だからそれ以外の人にもほとんど会わない。

 なんとなくしんみりとした気分になってきて足を止める。


「うぅ……」


 依弦モードになっていてもなぜだか悲しい気持ちが消えてくれない。

 無理矢理にでも吐いておけば良かったか、私が依弦なんだってあのふたりに。

 それで嫌われるのならそれまでのことだ、それに本当のことなんだから男装を目の前で解けばいい。


「え……木梨?」

「え……?」


 なんで? どうして? いまは依弦モードなのに。

 というか、なんで彼女がこの時間に外にいるんだ。


「って……あんたか、依弦か」

「お、驚いたよ……急に違う子の名字で呼ばれたからさ」


 良かった、身長が一緒だったから勘違いしただけだったらしい。


「今日莉子はいないよ、調子が悪くてね」

「そうか、早く治ってくれるといいけど」


 精神的に参ったのかな、どんな秘密があるんだ彼女の家には。


「見ててあげなくていいのかい?」

「うん、とりあえず寝かせてきたからね」


 安心できたんだろうな、近くに清水さんがいてくれて。

 自業自得とはいえ弱っていても馬鹿としか言われない私の時とは対応が違う。

 当たり前だとわかっていても……駄目だった。


「佐藤さんは君のことを信頼しているんだね」

「そっかな? あたしは莉子じゃないからわからないけどさ」


 じゃなければ無理して家を出てまで頼ったりしない。

 素晴らしい、そりゃモブに対するそれと反応が変わって当然だろう。


「つか、今日は遅いじゃん」

「本当は出てくるつもりはなかったんだ。でも学校で嫌なことがあってね、そういう気持ちを片付けるための時間でもあるんだよ。さすがに驚いたけどね、まさか君がいるとは思わなくてさ」


 私はモブっ、勘違いするな。

 先程まであった悲しい気持ちも、彼女と話せたことでどこかへいってくれた。

 感謝しかない、こんな面白みもない私に優しくしてくれてね。


「ありがとう、君と話せて嫌な気持ちが吹き飛んだよ」

「嫌なことってなに?」

「嫌なことは嫌なことだよ。わざわざ言うことでもない、君に聞いてもらったってなにも変わらないよ」


 君が原因なのにそんなこと言えるわけがない。

 ネタバラシをする勇気もなく、ただ逃げるようにその場をあとにした。

 私はひとりでいるのが嫌で、ひとりでいるのは好きだった。

 矛盾しているけど、ワチャワチャ囲まれて付いていけないでいるよりはマシだから。


「それに僕は依弦なんだから」


 千弦のことを出した自分が馬鹿だったのは言うまでもない。




 翌日、佐藤さんは来なかった。

 わざわざ清水さんが風邪なんだと説明してくれた。

 でも、薄情にもお見舞いに行くなんて気持ちにはなれず、この前のサンドイッチ代を清水さんに託して別れる。依弦モードでラーメンを奢ったけど、本人からすれば別扱いだから。


「木梨っ」

「なんですか?」


 家で寝かせているっぽいから早く帰ってあげてほしい。

 側にいてくれるだけで多分体調だってなんだって治る、清水さんにはその力がある。


「これ、自分で返しなよ。莉子はあたしの家にいるからさ」

「……そうですね、きちんと返さなければならないですよね」


 一緒に付いていくことになった。

 道中会話がなく気まずかったけれど、それでも逃げたい気持ちを潰して彼女の家へ。


「入って」

「お邪魔します」


 私が入ったことがあるのはリビングまで。

 そこにいないということは部屋で寝ているということ。

 ま、病人を床やソファで寝かせるわけにはいかないから当然だが。


「莉子、入るよ」


 返事は期待していなかったのか躊躇なく自分の部屋に突入。


「ぅ……か、帰ってきたのね」

「うん、大丈夫?」

「ええ……ごめんなさい、寝汗とかで汚してしまって」

「気にしなくていーよ、木梨も連れてきたよ」

「そう……ありがとう」


 お礼を言われることではない、ただお金を返したかっただけ。

 なのでお金を一方的に渡してすぐに部屋を出た、ここにいても嫌になるだけだから。

 こういうところがモブらしくていいのではないだろうか、余計なことはしない、というかできない。


「木梨、ちょっと待っててくれる?」

「え、もう帰ろうと思ったんですが」

「ミーを愛でながらでも待っててよ」

「……わかりました」


 こうでもしないと触れないから助かった。


「にゃ~」


 可愛いミーちゃんに顔を埋めて複雑な心をなんとかする。

 あ、でも怒られちゃうから埋めるのはすぐにやめたけど。


「お待たせ、莉子用のお粥作るから手伝って」

「……私は作れないので」

「嘘でしょそれ、あんたなに遠慮してんの?」


 だって主人公が作ってくれた方が嬉しいでしょう?


「ねえ、一緒にいられなくなったら嫌だって言っていたのは嘘だったわけ?」

「嘘ではありません」

「で、あんたのその態度はなに?」

「謙虚さを出しているんです」


 ミーちゃんを愛でていたら取り上げられてしまった。

 座っているこちらを見下ろして、それでもなにも言わない彼女を前にどうしようもなくなる。

 嵌められてしまったということだ、欲に負けて実に馬鹿なことをしてしまった。


「すぐに嘘をつくよね、そんなにあたしといるのが嫌なわけ?」

「違います」

「ならなんで?」

「あの、帰ってもいいですか?」

「駄目」


 どう答えても嫉妬みたいにしかならない。

 私は自分がいる場所を理解していて、それに沿って生活しているだけだというのに。

 ダサいもんなあ、結果はどうしたって変わらないもんなあ。


「ミーちゃん返してください」

「いや、あたしの家族だから」


 そういえばそうだった、でもそういう癒やしを抱いてないと駄目なんだけど……。


「お粥作る、手伝いな」

「うーん……ワガママですね」

「いやそれあんただから」


 しょうがないからお手伝い開始――って、お粥でどう手伝えって言うんだ。


「木梨」

「なんですか?」

「狭いからリビングにいて」

「もう……なんですかそれ……」


 こちらにやって来てくれていたミーちゃんを抱いて戻る。

 要は、なにも役立てないのだということを改めて教えられた気がした。


「木梨……さん」

「あっ、寝てなくちゃ駄目ですよ」


 そんなに不安にならなくたって清水さんはここにいる。

 ここが彼女の家だからだ、そして佐藤さんは受け入れられているのだから心配しなくていい。


「ごめんなさい、なにも持ってこないで」

「このお金は……?」

「サンドイッチ代です、まだ返していなかったことを思い出しまして」


 ソファに無理矢理座らせて自分は床でミーちゃんと戯れる。

 なんでまだここにいるんだろうか、前みたいに強制的に抜け出すことは容易だけど……。


「ちょっと来て」

「はい――え?」


 こちらの両頬を熱い両手で挟んで至近距離で見つめてくる佐藤さん。


「駄目よ……変な遠慮をしたら……うっ」

「い、いや、あなたは寝てくださいっ」


 そもそも遠慮ってなんだ?

 私が私らしく生きることが他者にとってはそう見えるのかな?


「ああもう……また抜け出して」

「あそこは寂しいのよ……」

「人の部屋を悪く言わないでくれる?」

「ふふ、ごめんなさい……」

「ソファでもなんでもいいから寝てなっ、お粥もうちょっとで出来るから」

「ええ……」


 逃げてえ……凄く、いたくないここに。ミーちゃんも佐藤さんを心配するように寄り添ったままだし、ふたりの意識はいま自分から外れている、いまならできるかも。


「待ちな」

「はぃ……」


 逃げることは叶わなかった。

 今日も今日とて、遅い男装タイムになりそうだ。

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