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03

 まずは清水さんを観察してみることにした。

 大体は寝る、起きる、寝るの繰り返しだとわかった。

 友達といる時は楽しそう、授業中は退屈そう。

 最近変わったのは佐藤さんといるのが1番自然に見えてきたことだ。


「あのさ」

「うぇっ?」

「あんたあたしのこと見すぎ、なにか言いたいことでもあんの?」


 あ、いま危うく依弦モードが出るところだった。

 ひとつ深呼吸をして、改めて清水さんを見てから言うことに。


「最近は佐藤さんと仲良さそうだなって」

「ああ、莉子はなんか見てないと不安になるんだよ」

「佐藤さんはしっかりしてるよ?」


 失敗しているところを逆に見たことがないくらいだ。


「わかってるんだけどね……実際、莉子にだって余計なお世話だって言われてるし。でも、やっぱり気になるんだよ」

「あ、恋かな?」

「あははっ、そうかもねっ」


 あのまま継続するよりかはふたりきりにした方がいいか。


「あ、昨日見ちゃったんだけどさ、大きな男の人といるの」

「ああ、男子高校生なんだってさ」

「それは家で聞いたけどさ。佐藤さんはなんかその人のことを信用しているみたいなんだけどさ……やっぱり危ないかなって思って。だからさ、清水さんが一緒にいてあげてくれないかな? なんかあの時間は家にいたくないそうなんだよね」


 無理だ、これからなにがあるかわからないから。

 変な噂とかが出たら確実に面倒なことになるし、いいことはなにもない。

 自分からは壊さない的な思考をしておきながらなんだが、やはり駄目だった。


「んー、でも大丈夫そうだよ?」

「いや、本性を隠してるだけじゃないかなって」

「ははーん、あんたがあいつのことを好きだってことか。だから美少女に近づかれると困るわけね」

「ちがっ」


 そりゃ好きですけどね!? なんたって理想の自分なんだから。

 なんでもできる、言える無敵感がある、それを好きでいるなと言う方が無茶な話だ。


「いいってっ、安心しな。莉子はともかくとして、あたしにはないからね」


 ああ……自分で自分を特別な意味で好きになるやべーやつになってしまった。

 いやまあ私だと知らないのだから無理もない話だけどさ……なんでこうなったの?


「なんの話?」

「依弦のことを好きなんだってさー」

「へえ、会ったことがあるのね」


 そりゃ私ですからね! 鏡越しにいつも会話していますよっ。


「佐藤さんっ」

「なに?」

「危ないからもう会うのはやめた方がいいと思う! 清水さんが一緒にいてくれるみたいだから一緒に過ごしてみたらどうかな!? って……考えたんですけど」

「大丈夫――」

「駄目だよ! ふたりに危ない目に遭ってほしくないから! 話しかけてくれる大切なお友達だもん……いなくなったりしたら嫌だよ」


 会っても付いていけないんだ。

 それに、どうせこれからはふたりでいるだろうからふたりの世界を作っちゃうだろうし。

 そういうことは裏でやってほしいというか、ねえ?

 ま、自分を遠ざけようとしているところが最高に馬鹿だけど。


「あなた、本当に会ったことがあるの?」

「喋ったことはないけど、見たことはあるよ?」

「彼は危ない人なんかではないわよ」

「だからなにを根拠にそんなこと言っているのっ?」


 なんかホイホイ付いてきそうで怖い。

 他の男の人に夜遅く話しかけられたら確実に危ないのに。


「まあまあ、落ち着きなよ。木梨はあたしたちが心配ってことなんでしょ?」

「うんっ、だって危ないからっ」

「だってさ、莉子はどうすんの? 敬語をやめてまで言ってくれているけど?」

「瀬那とふたりでいても駄目なの?」

「駄目っ、心配になるからっ」


 イチャイチャは他のところでしてくださいっ。


「瀬那はどうなの? 19時から21時まで付き合ってくれるの?」

「あたしは別にいいよ?」

「なら、そうしましょうか。せっかく木梨さんがこう言ってくれているのだから」

「ありがとう!」


 というか! 長身女がこんな喋り方していたらやばいか。

 どう話せばいいんだろう、しまった……一応心は女だということか。いや……女だけど。


「清水さんがいてくれて良かった……です」

「変なこと言わないでよ、むず痒くなるから」


 所詮、私が言っても届かないから。

 清水さんに言われたら佐藤さんも急に意見を変えたわけだし、ね。


「やっぱり瀬那にだけは普通よね」

「清水さんは優しい……ですから」

「はぁ、また敬語に戻っているじゃない……」


 だってなんか、女の子みたいに話すと気持ち悪いかもしれないし。

 いいんだ、学校でも外でもひとりかもしれないけど、男装ができれば悲しさも癒える。

 友達がいないことよりも、それができなくなることの方が辛いからね。


「それよりあんた、今日はよく喋ったね」

「はい、まあ」


 そうでもしないとせっかくの楽しい時間が台無しになってしまうからだ。

 話しかけたのが馬鹿だった、そうすれば接点がないままで済んだのに。


「ん? んー?」

「どうしたのよ?」

「いや、多分気の所為かな。席に戻るよ、じゃあ今日からよろしく」

「それはこちらのセリフよ、よろしくね」

「任せておきな。木梨もまた家に来てね」

「あはは……はい、また今度行かせてもらいます」


 不自然だよなあ……いやでも、佐藤さんにだけ敬語の方が悪影響を与えてしまうはず。

 みんなに対して敬語なら怒られることはないだろう、不快な気分にさせることだって多分ないはずで。

 私は私らしく生きている、ただそれだけで十分だった。




 いかな下手くそな私でもあからさまに避けるようなことはしなかった。

 そのため、清水さんと佐藤さんは依然として私のところに来てくれている。

 このふたりはとにかく優しい、こちらの話もちゃんと聞いてくれるところが好きだ。


「親から許可貰ったよ」

「ありがとう、あなたは金髪なのに優しいわね」

「金髪って毎回言うな。ま、あんたが頼んできたんだからさ」


 でも、一緒に帰る必要ってあるかな?

 フェードアウトもできないし、要するに私にとっては詰み、地獄の時間なわけだが。


「木梨は夜遅くに出歩いたりしていなさそうだよね、真面目ちゃんって感じだし」

「そうでもないですよ、私はいい人間なんかじゃありませんから」


 もし私が真面目でいい人間なら聞きたくないという理由で帰りたくなったりしない。

 驚いた、あれだけ人といたいと思っていたのに今度はこういう気持ちに陥るなんて。

 間近にいるのにいつだって蚊帳の外なことがこんなに辛いんだって初めて知った。


「じー」

「びゃあ!?」


 し、心臓に悪いっ。

 危うく顔と顔がぶつかりそうになったぞっ。


「なんで敬語になってんの?」

「え、そうでしたか? 私は元々敬語でしたが」

「はぁ、ついに考えすぎで頭がバグっちゃったか」


 しょうがない、こちらは可愛くないんだから。

 なのに普通の喋り方をしていたら笑われてしまう。


「木梨さん」

「なんですか?」

「私にだけ敬語ではなくなったことはいいことね」

「ですよねっ」

「でも、同級生に敬語を使うのは変よ」


 あぅ……長身女が普通に喋ってたらおかしいって。


「それに、瀬那にはこれまでタメ口だったじゃない」

「心変わりしたんです、良くないって!」


 1番の理由は自惚れて勘違いしないようにだった。

 これまでのこともあって、いいことが起こると調子に乗ってしまうから。


「あのですね、私とあなたたちの間には限りなく距離があるんです。なのにそれに気づかず調子に乗ってしまっていました。だから気づいたいま私はっ――あいたっ!?」


 おでこにチョップが炸裂、冗談じゃなく結構痛い。


「馬鹿じゃん、あたしはそんなこと思ったことないけど?」

「奇遇ね、私もないわ」

「ま、間違えました、本当の理由はですね……長身女が女の子みたいな喋り方をしていたら気持ちが悪いかなと思いまして……」


 ~だろう? とかって話し方をするとバレてしまう。

 いやもうこの際だから全て話してしまうべきか?


「馬鹿、いいんだよそんなこと気にしなくて」

「そうよ」

「普通に可愛らしくていいじゃん、それにあんたは普通に可愛いんだから」

「お、お世辞はやめてっ、どうせ誰にでも言っているのでしょう!?」


 揺れてしまう人間がいるんだからやめてよ。

 ひとりぼっちだったからこそそういう優しさに弱いんだ。


「な、なにその昼ドラみたいな言い方……」

「あははっ、ちょっと言ってみたくてっ」


 あとちょっと佐藤さんの気分を味わいたかった。


「いいから気にすんなよ、いまのままのあんたが好きなんだから」

「うぅ……」

「泣くな、いいから帰るよ」


 ああ、だからそうやって腕を掴んでくれたりするとドキッとしちゃうんだってっ。

 こうなったら早く家に帰って依弦にならないと! それでこのいけない感情を消さないと。


「ふふ、今日も変身してしまったな」


 幸い、清水さんと佐藤さんは今日から来ない的なことを言ってくれたし、いつものお散歩だ。

 好きなように歩いて、いいところで足を止めてじっとする。


「月が綺麗だ、今日が満月だったみたいだな」


 依弦モードに入っていると独り言だってペラペラ喋れちゃう。

 当然、誰かが近くを通っている時にはしないけれども。

 空から目の前に視線を移すと、そこにもキラキラ輝く月があった。


「清水……さん?」

「ん? ああ、依弦じゃん」


 あれ? 一緒にいるって約束では? とスマホを確認してみたら、もう21時を越えてしまっているようだった。こんな時間まで月を眺めていたことが馬鹿だと思うし、こんな時間にひとりでいる彼女は考えなしだなとも思ってしまう。


「駄目だよ、こんな時間に外にいたら」

「あんただってそうでしょ」

「月を見ていたんだ、綺麗で見惚れてしまってね」

「あたしも同じだよ、なんか目を逸らしたくなかったの」


 こういうのに興味がないと思っていたのに。


「佐藤さんとは今日はいないのかい?」

「さっきまでいたよ、あたしの家でね」

「へえ、仲良しなんだね」

「まあね」


 いいなあ、すぐに仲良くできて、相手に求められていて。

 他の人はともかく、男装をしなければなにもできない私とは違う。


「帰ろ、送ってよ」

「わかった」


 なぜだか腕をぎゅっと掴まれた。

 男装状態だったためノーダメージではあったが……なにかあったのだろうか?


「あんたが危ないってこの前話した木梨にいっぱい言われたよ」

「まあ、普通はそうだろうね、どこの馬の骨ともわからない人間なんだから」

「だからってあんな泣きそうな顔で言わなくてもいいのにね」

「君たちのことが心配だったんだよ」

「ま、それは伝わってきたけどさ」


 なぜ拘束されたままなんだ私は。

 佐藤さんみたいに無根拠には信じられないということなら安心できる。

 でももし、それでこのまま交番に連れて行かれたら? 私は終わるわけで。

 まあ、最悪学生証も持っているし必死に女だって伝えでも――あはは、駄目かも。


「依弦はどうしてこの時間外に出てんの?」

「僕はこの時間の静かさが好きなんだ。なにも考えずぼうっと歩いていると疲れが拭き飛ぶ、その日になにかがあってもリセットできる、だからかな」


 誰にも会うことなく自由に。

 少なくとも、馬鹿にされることはなにひとつとしてない。


「清水さんは? なにか帰りたくない理由でもあったのかい?」

「さっきも言ったでしょ、月から目が離せなかっただけ」

「そうか、綺麗だからね」

「うん」


 この話をしても延々ループだな。

 まだまだ信用されてない、依弦然り千弦然り。

 信用されたいって気持ちはあるけど、ふたりを見ていると邪魔したくなくなる。


「木梨のことなんだけどさ」

「ああ、君と同じクラスの」

「なんか変な遠慮すんだよね、あたしが一緒にいるの好きって言っても届いてないんだろうなって。なんで相手がそう言っているのに疑うのかよくわからないけど、不安なんだろうね」

「はは、なにが言いたいんだい?」

「あたしはもっと木梨と仲良くしたいんだよ、それがどうすれば伝わるかなって」


 佐藤さんを優先しているように見える限り無理だ、そして無駄だ。

 いまのままでいい、踏み込めば必ず悪いところだって見えてくるから。

 だってこうして依弦モードで聞いてしまっている時点で悪者だし。

 

「どうだろうね、そういうタイプは難しいからね」

「そう、難しいんだよっ。どうせ、同情で来てくれるとか考えてるんだろうけどさー」


 正にその通りっ、あなたは立派な千弦マスター!

 申し訳ねえ……せっかく来てくれているのについ悪い方に考えてしまって。


「あ、ここだから」

「良かったのかい? 家を教えてしまって」

「うん大丈夫、ありがと」

「はぁ……君といい、佐藤さんといい、危なくて見ていられないよ」

「見てるじゃん、それじゃあまたね」


 ま、千弦モードで知っていたからいいんだけどさ。

 もうちょっと考えてほしいなって私はそう思った。

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