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02

 結果的に言えばさすがにその日すぐにとはならなかった。

 だからそのかわりに、佐藤さんに指摘された通りのことをしてみた。


「おぉ、前が見えやすい」


 あと、眼鏡をしていないだけで別人になれたかのような感覚。

 これならば佐藤さんと清水が褒めてくれる――と思っていたのだが、


「(うぅ……なんかジロジロ見られてる?)」


 家を出てからというもの、他人の視線がこちらに突き刺さる。

 いやまあ、そもそも女にしてはでかいから見られることは多かったんだけど……。

 いますぐにでも逃げたい気持ちになってしまった。


「木梨ー!」

「あ、清水さんっ、おはよう!」

「お……」


 や、やっぱり変だったか? それとも前髪切りすぎたとか?

 母に佐藤さんに言われたから切りたいなどと言ったらからかわれるから自分でやったのだ。

 コンタクトはまあつけ慣れているからいいんだけど……とにかく、無言が怖い。


「あー、人間違いだったかな?」

「木梨千弦ですよっ!?」

「わ、わかってるよ……なんか印象が変わりすぎててさ」

「悪い方に?」

「いや……とにかく行こ」


 優しいなあ、悪口を言わなくて好きなのは寧ろ私の方だ。

 金髪で派手派手しいのにどうしてここまで優しいんだろう。

 ちなみに、学校に入ってからも見られるのは継続中だった。

 見えやすくていいんだけど……見られるのは苦手だから勘弁してほしい。


「おはよう」

「あ、おはようございます」

「ふふ、思った通りね」

「そうですか? 変じゃないのであればいいんですけど……」

「大丈夫よ、可愛いわ」


 ぐはぁ……佐藤さんに言われても惨めな思いにしかならんぞ。

 でも、さすがに朝とかはともかく、時間が経てばみんなが見てくることもなくなった。

 いつも通り、ただのもさい長身女としていられていることが幸せに思う。


「木梨、猫見に来る?」

「あ、行くっ」

「昨日はごめんね、先約があったからさ」

「ううん、大丈夫だよ」


 そうと決まればエコモードだ。

 夜は佐藤さんとの約束があるから、今日の放課後は忙しいからね。

 それで私はてっきりふたりきりでと思っていたのだが、どうやら佐藤さんも連れて行くようだった。

 気になっている的なことを言っていたしね。あとはあれだ、ふたりきりは嫌なんだと思う。


「ほら、この子だよ」

「おぉ、可愛いねっ」


 ミケ猫……かな? 初対面である私たちの前でも平気で転がってお腹を見せてくれている。

 触ろうとしても逃げることはなく、寧ろ自分から擦りつけてくれるぐらいだった。

 ワシャワシャと撫でていると、ゴロゴロと喉を鳴らしてくれるミーちゃん。


「き、木梨さん、私も触りたいのだけれど」

「あ、はい、わかりました」


 おっかなびっくりといった様子でミーちゃんを触る佐藤さん。

 佐藤さんにだけ冷たいというわけではなく同じように甘えていて、彼女はとてもうれしそうだった。

 いや、もさいからって差別しないミーちゃんが優しすぎる……涙が出そうだ。


「そういえばあたし、木梨と同じぐらいの身長の男と会ったんだけどさ」

「私も知っているわよ。寧ろ、毎日一緒に散歩しているぐらいだし」

「え、そうなの? へえ、あんたにしては珍しいじゃん」

「ええ、なんだか一緒にいると落ち着くのよ」


 すみませんすみませんすみませんすみません!

 ああでもしないと自信を持って話せないからね……。


「同じ学校の生徒らしいよ、依弦って名前」

「あ、それは初めて聞いたわ」

「え、名前も知らないまま一緒に行動してたの? それって危なくない?」

「そう? 大丈夫よ」

「まあ、程々にしておきなよ? 変な噂だって出かねないし」


 寧ろ私から距離を作るべきなのかな?

 あ、いやまあ……佐藤さんといられるのは嬉しいんだけどその……実力じゃないし。

 いくら依弦モードで仲良くしても本当の私と佐藤さんが仲良くなったわけではない。

 それって虚しいような……そんな感じがするんだ。


「あたし、探してみようかな」

「彼を? そもそも同じ学生ではなかったらどうするの?」

「もしそうならあんたを守るよ、危ない目に遭ってほしくないし。ひとり娘さんはなんだか自信過剰って感じだけどさ。あのね、男がその気になればあんたなんて余裕で押し倒せるからね? 蹴ればいいとか考えているのなら改めた方がいいから」


 確かに、私も危ないと思っている。

 その信頼はどこからきているのか、こちらは非力だし襲うつもりもないけど気になっちゃう。


「優しいのね、金髪なのに」

「うっさい、金髪は関係ないよ」

「でも、大丈夫よ」

「あんたさ……」


 ミーちゃん、私の相手をしておくれ。

 このふたりは完全にふたりの世界に浸っているからね。


「にゃ~」

「うん、よしよし」


 さてと、そろそろ帰らないと。

 ご飯を食べてからじゃないと平静でいられなくなると思うから。

 ふたりだけの世界に浸っている彼女たちの邪魔をするのも悪いから書き置きを残した。


「帰ろー、おっおおおー」


 ふぅ、ひとりならこれぐらいのテンションでいられるのにな。

 だけど最近の私は少しずつ変われていると思う。

 男装をしなくても佐藤さんと普通に話せているのがその証拠だろう。


「ただいまー」

「おかえり――ち、千弦」

「え? やだ、もしかしてなんか付いてる?」


 父は常にオーバーリアクションだから困る。

 だから頭を撫でたら「や、やめろっ」と怒られてしまった。

 だってちょうどいいところに頭があるんだもん、撫でたくもなるよねという話。


「いや、お前眼鏡かけてない方がいいな」

「そうなの? クラスメイトの子もそう言ってくれたんだよね」


 ちなみに自分は自炊をする派だ。

 母は常に家にいてくれているが、自由に出たい時間があるため自分で作ることにしているというわけ。

 作ったご飯を食べて依弦モードに変身、あの集合場所に向かう。


「あれ、君はこの前の」

「うん、あたしのことは清水って呼んで」


 先程まで一緒にいたけどね……うん、知ってるよ。


「佐藤さんのお友達かい?」

「ええ、そうよ」


 いいなあ、自然にそうやって仲良くできて。

 こちとら、このモードじゃないとできないこともあるのに。


「ねえ依弦」

「なんだい?」

「あんた何組なの?」

「それは内緒だね、言ってしまったらつまらないだろう?」


 もちろん、声は作ってあるからバレることもないはずだ。

 父曰く大男ということらしいので、見た目などでバレることもないと。


「つかあんた、そんな喋り方してたっけ?」

「可愛い子たちの前では格好つけたくなるものなんだよ」

「可愛いって、あたしも?」

「ああ、そうだけど」

「ふっ、口説かれちった」


 おまけにこんなこと普段の私が言うわけないもんね、絶対に結びつかない。


「あなたが飼っている猫、可愛かったわよ」

「でしょ? だから見せたわけよ」

「猫を飼っているのかい? 猫はいいよね、可愛くて」

「うん」


 美少女じゃなくても平等に接してくれるミーちゃんには涙が出そうになった。

 あ、いまでも思い返したりすると涙が……いかんいかん、涙もろすぎる。


「今日はどうする? 僕は歩くつもりだけど」

「あたしも歩くよ、そのために来たんだし」

「私は終わった後にあのラーメン屋さんに行くわ、気に入ったの」


 というわけでお散歩開始。

 こうして普通に歩けるならお昼から男装してもいい気がする。

 なるべく不快感を与えないようなファッションを心がけているから問題ない……かな?


莉子りこ、あたしも行っていい?」

「別にいいけれど。瀬那せなはラーメンとか好きそうよね」

「楽で美味しくていいじゃん」

「ふふ、そうね」


 ああ、このふたりが集まるとすぐ世界を構築してしまう。

 寧ろ私がお邪魔虫、見せびらかしたいわけじゃないからいいんだけどさ。


「君たちふたりだけがいいなら僕は違うところを歩いてくるけど」

「は? 別にいいじゃん、変な気を使ったりしなくて」

「いや、単純に居づらいんだよ。それに僕、ひとりで歩くのが好きなんだ」


 誰にも邪魔されることなくしたいことをできる時間。

 認められなくていい、依弦モードで歩ければそれだけで満足できる。

 あとはこの状態で仲良くしても無駄だから、実際との違いに虚しくなるだけだから。


「ははーん、やっぱりあんた不審者だったの?」

「違うよ、人といるのは本当は苦手なんだ」

「ふーん」


 つい調子に乗ってしまっていた。

 一緒にいられることで対等になれた気分になってしまったのだ。

 あ、色々言い訳するのはあれだから言っておくと、空気を読めない行動をしたくない!

 ふたりが仲良さそうにしているのなら去るのが私の役目ではないだろうか。だって常にひとりでいる、目つきが怖いだなんて言われていた佐藤さんが名前呼びだってしているんだから。


「ま、後ろを歩いているだけでもいいから。ほら、一応あんたも男だからボディガードみたいな?」

「はは、わかったよ」

「うん、じゃあ行こう」


 行こうってただ本当に真っ直ぐ歩いて帰ってくるぐらいだけど。

 私は偽ってクラスメイトと仲良くなるためにしているわけではない。

 普段の私にはなにも繋がらないことだし、とんでもないボロが出ることもありそうだから。

 ま、いまバラしたのだとしても「そういう人間だったのね」で終わってしまうけどさ。

 や、ほら、こういう趣味ってもっとコソコソやるものでしょ?

 夜限定にしていたわけだから、調子に乗ってお昼も解禁しようとしたのは間違いだった。

 なんですぐに調子に乗ってしまうんだろう、佐藤さんや清水さんみたいな人となまじ話せてしまうからかな、だからって自分から距離を置きたいわけじゃないけど……。


「依弦くん」

「えっ……君付けするんだね」

「ええ、だってあなたは男の子でしょう?」

「うん、そうだよ」


 大層なものはついていないけどさらしを巻いて胸は隠してある。

 そのため、不意に触れられたりしても大した問題にはならないはずだった。


「あなたはひとりでいるのが好きなのね」

「でも、人が嫌いなわけではないんだよ。君たちみたいに、こうして一緒にいてくれる子たちは貴重で大切にしたい。なかなかこんな機会はないからね」

「本当は違うわよね? ひとりでいたいわけではなくそうするしかできなかった、そうでしょう?」


 さすが……実際のところはそうだ。

 この短期間でよくわかるもんだ、私じゃそうはいかない。


「まあ、そうだね、そうなってしまうかな」

「ふふ、強がってしまうのは駄目なところね」

「しょうがないよ、君たちが魅力的だから」


 私が勝手に壁を作っていただけにしても、実際には差がきちんとある。

 いつだって上位の存在、話しかけてきてくれることが不思議なくらい。

 

「よくわからないわね、どうしてそんなことを言うの?」

「え、魅力的なのは確かなことだろう?」

「そうじゃないわよ、あなたが言うには不自然だということよ」


 普段ひとりでいる人間が言うのはおかしいって確かにそうだ。

 というか、滅茶苦茶軽い人間みたいで嫌になってきた、指摘してくれて助かったぁ……。


「どゆこと? 依弦が言うのはおかしいって」

「はぁ……まあいいわ。私はもうラーメン屋さんに行くわ、瀬那も来るのでしょう?」

「あ、うん。ま、そういうことだからまたね」

「うん、気をつけて」


 こちらは帰ることなく少し遠くまで歩いてみることに。

 まだ19半を過ぎたところだし多少は問題ないだろうと信じて前へ。


「な~」

「ふふ、迷子かい?」


 手を伸ばしたら近づいてきてくれたから優しく抱き上げる。

 それでも必死に逃げたりはせずなすがままとなってくれている猫さんを抱きつつお散歩再開。


「君はどこから来たんだい?」


 そう聞くとシュタッと飛び降り、ゆっくり歩きだした。

 逃げるつもりはなかったらしく、数メートル先でこちらに振り向く。

 面白い、付いて行ってみよう。

 ――数分後、私はなんとも言えない静かな場所で猫さんと一緒にいた。

 目の前にそこそこ幅がある川が見える。

 川面に映る月が綺麗だ、しかし……なんとも言えない寂しさがそこにはあった。

 私は誰かといられることが嬉しかった。

 家族でも友達でもただの同級生や知り合いでも、ひとりじゃないんだと感じられればそれで。

 向こうからしたら勝手に満足感を得るために利用されて嫌だろうけど、そこはまあ許してほしい。


「な~」

「帰るのかい? ここを教えてくれてありがとう」


 佐藤さんにどんな理由があるのかはわからないけど、この時間は家にいたくないらしい。

 そのため、私たちは19時から20時限定で一緒に行動するようになった。

 傍から見れば怪しい関係なことこの上ないだろう。

 制服を着た女の子と私服姿の大男がふたりきりでいるんだから。

 清水さんが付いてきたのは心配だったからだ、本人が本人に言っていたしね。

 清水さんからすればわたしといるのは歓迎ではないというわけで。

 連絡先だって知らないし、クラスだって同じなわけではない。依弦はだけど。

 一方的に破棄することはできる、遭遇できないようにしてしまえばそれでいい。

 清水さんからそれっぽい話を引き出して、一緒にいるように促すことも可能だ。

 

「はは、帰ろうか」


 どうでもいいや、そんなことは。

 去りたければ勝手に去るだろう、こちらは向こうが選択するのを待てばいい。

 何度も言うが目立ちたいわけじゃない、ただただ楽しく生きられればそれでいいのだから。


「おっおおおー」


 明日からも楽しく生きることに専念しようと私は決めた

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