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01

読むのは自己責任で。

会話のみ。

ワンパターン。

 唐突だが私は男装をするのが好きだ。

 もちろん、他人を不快にさせないためにも夜限定にしているが。

 ご飯を食べて入浴を済ませてから外に出ると、そこそこ涼しくて歩きやすい時間になる。

 高校生ということと純粋に夜道を歩くのが苦手なため、時間は大体20時から21時ぐらいだ。


「(ふふふ、いつもはただの長身女だけど……この時だけは快感なんだよね)」


 誰に声をかけられるということでもないが、趣味の男装をしていられると幸せだった。


「ったたた……」

「大丈夫?」


 なるべく男の子っぽい声を出せるように努力もした。

 その結果、結構いまの自分は自然に男の子になれている気がする。


「ひぃ!? あ……す、すみません」

「いや、僕もいきなり話しかけてしまったからね、ごめん」


 よっしゃきたっ、ちゃんとそれっぽくできてるよ!

 でも、1歩間違えたら犯罪だよ? 気をつけないといけないよ?


「あれ、君ってもしかしてそこの高校の? 僕もなんだ、会ったことがあるかもしれないね」

「はあ……」

「あ、ごめんね、ペラペラと。ハンカチ使って、血が出ちゃっているから」

「ど、どうも」

「それじゃあね」


 ああ、あのハンカチはお気に入りの物だったのに。

 しかもあの子、同じ学年で有名な子じゃないか。

 接点なんてもちろんないし、あのハンカチが返ってくることもない。

 おわた……また新しいのを買ってもらってそれを気に入ろう。


「(いいんだ、男装ができるだけで)」


 それに美少女に声をかけられただけで満足できる。

 私は一応女だけど、ああいう子とは一生関われないから。

 漫画などで見る、眼鏡を取ったら実は美人、とかないないない。

 実際の私はもさくて、それどころかノリが悪いと疎まれているぐらいだ。

 なぜリア充たちはあんなにハイテンションでいられるのか。

 同学年である私にはなぜそれが少しだけであったとしてもないのか。


「あのっ!」

「ん? ああ、先程の」


 あれでも確かこの子、ひとりでいるんじゃなかったか?

 目つきが怖いとか、澄ましているだとか自由に言われていたっけか。

 美少女でも面倒事には巻き込まれるんだなあ、私みたいなもさいのだけじゃないんだな。


「これ、返します。借りたままだと返せないので」

「そうか、怪我は大丈夫かい?」

「はい、大丈夫です。少し躓いて転んだだけですから」

「なら良かった。それじゃあ」

「ありがとうございましたっ」


 うっはぁ、やっべぇ、この事実だけで白米3杯食べられちゃう。

 私が実際に男の子だったら惚れてたね、それで告白して振られてた。


「ただいま」

「うおっ!? って、千弦ちづるか……知らない大男が入ってきたのかと思ったぞ」


 大袈裟すぎやしないだろうか。

 父が私より小さいからか? なんとなく可愛くて頭を撫でるとよく怒られるけど。


「あ、ごめん。ほらあれだよ」

「分かってるよ。でもあれだな、その状態の方が自信を感じられていいんだがな」

「さすがにこれで学校には行けないよ」

「だろうなっ、あっはっは!」


 ということはやはり、きちんと男性には見えているということか。

 うん、それだけで自信を持って学校生活を楽しむことができる。

 残念なのはあれだ、友達がいないこと! あははっ……はぁ。

 着替えて通常状態に戻ったらもさい女が出てきた、悲しかった。

 でも、あの子と話せたからいいのだ、あんなこともう2度とないのだから。


「千弦、現実逃避もいいけど頑張りなさいよ?」

「はーい……」


 しゅ、趣味だからいいんだよ!




 翌朝も早めの登校を心がけた。

 私はもう大半集まってから登校するのが嫌なため、しょうがなくこういうことを繰り返している。


「木梨さんはいつも早いわね」


 あれぇえ!? な、なんでこの子が普通に話しかけてきてくれているのぉお!?

 な、なんだっけ、なんて名前だったっけ? あ、名前は知らないけど佐藤さんだ。


「はぁ、挨拶ぐらいまともにできないの?」

「あ、ご、ごめ……んなさい」

「別にいいけれど……そんな感じで大丈夫かしら」


 ま、まあ、偶然偶然、こんなこと次はない。


「うぉっ、木梨は相変わらずでけえな!?」

「あはは……ごめんね、邪魔で」

「別に気にするな、寧ろ格好いいと思うぜ。ほら、俺はこんな感じだろ? 女子であるお前より小さいからな……だから少しだけでも分けてくれないか?」

「そ、それは困るかなあ……」


 男装状態になった時にそれっぽくなくなってしまう。

 それだけは嫌だった、普段デカ女とかって馬鹿にされるのだとしても絶対に。

 男の子は「冗談だよっ、お前は相変わらず面白えな!」と言ってくれた、優しいなあ。


「おはよ、デカ女」

「あはは……おはよう」


 あ、来たっ、いつも話しかけてくれる子。

 デカ女でなければ話しかけてきてくれていないと考えれば、悪いことばかりではないかも。


「冗談だってっ。おはよっ、あんたは見つけやすくて助かるよ!」

「ちなみに見つけてどうするの?」

「え? そりゃあんたに話しかけるに決まってるじゃん。あたし、あんたと話すの好きだし」

「びゃあ!? ほ、ほんとっ?」

「うん、ほんとだよっ。だからまた話しかけるからね、また後でっ」


 ああ、このクラスにはなんていい人たちばかりが集まっているんだ。

 これはあれだな、他が残念な分、神様が考えてくれているのかもしれない。


「木梨さん」

「あ、えっと……はい」

「どうして私には大きな声で挨拶もできないの?」

「え? だ、だってそれはあ、あなたが……」

「私がなに? ハッキリ言いなさい」


 あれ、どうしてここまで突っかかってくるんだろう。

 というか、話さないことで有名な人なのにどうして……?

 というか、なんで私たちの教室にいるの?


「あの、どうしてここに……いるんですか?」

「は? 私もこのクラスだけれど」


 またまたー……あっ、そうだった!

 つい遠い世界の存在すぎていない者扱いしていたんだった!


「きょ、今日は珍しくよく喋りますね!」

「はぁ!?」

「ひぃ!?」


 昨日はあんな可愛らしい反応だったのにこれって。

 確かに怖いわ、私からすれば特に、本当に最高に。


「んんっ……はぁ、それぐらい普段から相手に伝わる声で話しなさい」

「わ、わかりました」


 私、佐藤さんから認識されてた。

 色々な意味で有名な子の口から私の名字が出るなんて。

 これだけでお弁当を食べなくても元気に過ごせる、今日忘れちゃったんだけどね……。


「それで、木梨さん」

「な、なんですか?」

「この学校であなたぐらいの身長の男の子を知らないかしら?」

「あ、ごめんなさい……私、男の子のことはよくわからなくて」

「そう……」


 これってもしかしなくても私のことなのではぁ!?

 あの佐藤さんが気にかけてくれている、理由はなんだろう?


「ど、どうしてその人のことが気になるんですかっ?」

「もう21時近くだったの、あんな時間に女の子に話しかけるのはやめた方がいいと注意したくて」


 あー! そりゃそうだよねっ、下手すりゃ警察官さんにお世話になっていたもんね!

 で、でもさあ、この子も危ないよね、そんな時間に出歩いているなんてさ。


「それでも優しくしてくれたから注意はできなかったのよ」

「確かにそんな時間に話しかけられたら怖いですもんね」

「ええ――あ、べ、別に怖くなんかないのよ? 普通に蹴飛ばせるもの」


 ひぃっ、次に見かけても話しかけることはやめよう。

 あとは20時から21時ではなく19時から20時に変更する。

 よく考えたらお風呂にだって後から入った方がいい、汗だってかいたりするしね。


「佐藤さんと話せて良かったですっ、あまり遅くに出歩かないようにしてくださいね! 危ないですし心配ですから!」


 さて、謙虚に生きる生活に戻ろう。

 私はただのもさい少女16歳、高校2年生。

 意外と嫌われていないことを知ることができただけで楽しく生活できる――はずだった。


「うぅ……お昼なしを舐めていた……」


 最後の授業を目前にしてフラフラ状態に。

 こういう時は高身長なことが裏目に出たようだ。

 動かなくてもエネルギーを消費している、弱いのに男の子レベルで。


「木梨、あんた大丈夫なの?」

「あ、来てくれたんだ」

「そりゃ来るよ。で?」

「お弁当忘れちゃってね……なにも食べられてないんだ」

「へえ、そりゃ困ったね」


 くっ、軟弱なっ、あとたった1時間だぞっ。

 この子――清水さんがせっかく来てくれたのにこれなんて失礼すぎる。


「佐藤、ちょっと来て」


 へっ、なぜに佐藤さんを呼ぶんだぁあ!

 朝、調子に乗ったことを言って後悔していたというのに……ああ、終わった。


「なに?」

「木梨が昼飯食べられなかったんだって、あんたなにか持ってない?」

「残念だけれどなにも持っていないわ、自分の分は食べてしまったし」


 そりゃまあそうだ、持っておきながら食べていなかったら心配になる。

 

「委員長タイプみたいなくせして使えないなあ」

「なっ、よ、余計なお世話よ!」

「というかあんた、木梨にも言われていたけど今日はよく喋るじゃん」

「それはあなたが話しかけてきたからでしょ!」


 うぅ……こうしている間にも視界がどんどん狭く……。


「きゅぅ……」

「あ、こらっ、しっかりしなよ木梨っ」

「あ……だ、大丈夫だよ。えへへっ、心配してくれてありがとう」


 優しいなあ、もさい女にも。

 金髪なのはちょっと怖いけどもう気にしない。

 だっていい子だもん、寧ろお礼をどうしようかと悩むぐらいだ。


「はぁ、保健室に行ったらどう?」

「へっ!? そ、そんなことできないですよっ」

「なんで私には敬語なのよ!」

「あははっ、木梨に怖がられてるんだけどっ」

「笑い事じゃないわよ! もうっ、あなたのせいで笑われたじゃないっ」

「ごめんなさい……」

「ちがっ、そんなマジトーンで謝らなくていいわよ……」


 あ、いや、でもこの子たちと話せたおかげで空腹感がどこかにいってくれたっ。

 これならあと1時間ぐらい平気で乗り越えることができるぞっ。


「清水さん、佐藤さん、話しかけてきてくれてありがとう」

「いちいち礼なんかいらないよ、あたしが話しかけたくて話しかけてるだけだし」

「私は違うけれどね」

「知っていますよ?」

「だからなんで私には敬語なのよ!」


 佐藤さんはともかくとして、実際にそれで乗り越えることができた。

 だが、


「待ちなさい」

「びゃあ!?」


 校門を出たところで待ち伏せをされて無事敗北。

 比較的早く行動しないと男装ができなくなる、忙しない1時間を送るのは嫌だぞ。


「木梨さんの家ってどこら辺なの?」

「わ、私の家ですか? 南の方です」

「私もそうなのよ、一緒に帰ってもいいかしら?」

「はい、大丈夫ですけど……」


 あびゃあ……ど、どうしてこうなった。

 こういう時に限って清水さんはいてくれないし……絶望。

 お腹空いているから早く帰りたかったのにぃ。


「コンビニに寄りましょう」

「わかりました」


 私が敬語でも文句を言わなくなってくれたのはありがたい。

 これはもうあれだろう、言うだけ無駄だと悟ったのだ。

 この子は学年で2位の実力なので、優秀すぎるからこそひとりでいたのかも。


「はい、これあげる」

「え?」

「サンドイッチ、ハムとレタスだから食べられるでしょう?」

「な、なぜあなたがこれを私に?」

「お腹空いているんじゃないの?」


 まさか清水さんに言われたことを気にしていたのかな。

 それは物凄く申し訳ないことをした、清水さんは責めないであげてほしい。


「あ、ありがとうございます。その、すみませんでした……私のせいで使えないなんて……」

「ああ、あのこと? 気にしていないわよ」

「でも……」

「いいから食べなさい、そうしないと大きな声を出せないでしょう?」

「……ありがとうございます、いただきます」


 うぅ、いい人すぎて食べながら涙が出たよ。

 そのせいで慌てさせてしまうし、私ってなんでこうなんだろうってそれでまた涙が出て。

 パンや野菜を食べているのか涙を食べているのかよくわからない状況になってしまった。


「うぅ……みなさん優しすぎますよぉ……」

「な、泣かないのっ、これぐらいで良ければいつでもしてあげるから」

「佐藤さんは冷たくて怖い人だと思ってたのにぃ……」

「おいっ、誰が怖い人よっ」


 こうなってくると勝手に線を引いて距離を作ろうとするのは失礼だ。

 明日からはどんどん話しかける、清水さんだって話すの好きだって言ってくれたしねっ。


「はぁ、行くわよ」

「はいぃ……」


 家にはすぐに着いた。

 私の家をジロジロ眺めながら「へえ、いいお家ね」と彼女は呟く。

 確かになに不自由なく生活できてきたから感謝していた。


「それじゃあね、明日はきちんと持ってくるのよ?」

「はいっ、ありがとうございました!」


 家に入った瞬間にぺたりと玄関に座った。


「はぁあ……緊張したぁ……」


 それでもいますぐ清水さんのようには無理だ。

 ゆっくりやっていこう、その前に男装をしてだけどねんっ。


「(あー……1時間早いから人が多いよ……?)」


 他の人とすれ違う度に「でか!」と言われる。

 でかいと言っても179センチなんだけど……しかも普通に男装状態なのに。

 うーん、このままだとお昼に男装でお出かけしてみるというプランが……。


「あははっ、でさー!」

「うわマジ? あんたそれ面白すぎっ」


 あ、あれは清水さんではないかっ。

 大丈夫大丈夫っ、全然大丈夫――だよね?


「だから今度見にきなって。うちの猫っ、マジ変な格好で寝るんだからっ」

「いいなあ、あたしの家はペット無理だからさー」

「あ、そういう家は多いよね」

「そそ。ま、今度見に行くよ、じゃねー」

「おーう、じゃねー」


 な、清水さんはこのままこちらに来るみたいだぞ!?

 どうしよう……いやでもまさかね、バレるわけないよね?


「今度、木梨にも見せてやろっと。わかりやすく驚いてくれそうだし」

「びゃあ!?」

「ん?」


 め、目が合ってしまった。

 ここで慌てて走り去ったりすると変質者として目立つことになる。


「い、いきなり変な声を出してごめん。早く帰らなければならなかったことを思い出してね」

「はあ……え、つか兄さんさ」

「な、なにかな? あ、変質者ではないよ!?」

「いや、ぷふっ、あたしのクラスメイトに似ているような声を出したから笑えてきてっ、あははっ」


 ああ、いい子だなあ、漫画とかなら裏では馬鹿にしているとかそういう流れなのに。


「僕、男に見える?」

「ん? 大丈夫だよ、寧ろそれで女に見えてたら不味いでしょ」


 おぇ……普段の私がもさいことが証明されました。


「あ、僕も君と同じ高校の学生なんだ。依弦いづるって名前なんだけど、知らないかな?」

「あー、知らないかな。学年は?」

「2年生なんだ」

「へえ、私と一緒じゃん。うーんでも、あんたみたいなの見たことないけどなー」


 あ、この言い方だと一応普段の私は女にカテゴライズされているみたいだ。

 良かった、化け物レベルとか言われなくて、そんなこと言われたら軽く消えたくなるからね。


「そうだ、あんた木梨千弦って知ってる?」

「うん、知っているよ」

 

 私だからね、さすがに忘れることはできないかな。


「あの子めっちゃ面白いからおすすめっ」

「それって馬鹿にしてるの?」

「違うよ、気に入ってるの。それに、誰も馬鹿にしないから好きなんだよね。ほらあたしって金髪だからさゴチャゴチャ言ってくるやつらもいるんだけど、あの子は違うから」


 自分がこんなのだからみんな格上だからです。

 それに、人の悪口なんて言いたくない、みんなと仲良くなりたかった。

 私の方こそ毎日話しかけてきてくれて好きな相手だった、金髪とかもうどうでもいいぐらい。


「ま、もっと派手な女がいるんだけどね。佐藤は銀髪だしひとりでいるしでさ、なにかと気になるんだよね。でも、木梨相手だと落ち着くのかよく喋っててさ、安心したっていうか……うん、とにかくいい子だから話しかけてみてよ。それじゃあね」

「うん、暇があったら行ってみるよ。ありがとう、色々と教えてくれて」

「……うん、じゃあまた」


 そうだよね、勝手に判断してひとりにさせておくのは違う気がする。

 多少清水さんを利用する形になってしまうけども、3人でなら話しやすいだろうし頑張る!


「ねえ」

「うん? あ、もう駄目だよ、こんな時間に出歩いたら」


 佐藤さん……夜遅くに外で用事でもあるのだろうか。

 クラスメイトとして単純に気になる、だって危ないでしょ?


「あなたこそこの時間になにか予定があるの?」


 あ、同じ学校だと告げているから敬語ではなくなったのか。


「そうなんだ、散歩をするのが好きなんだよ。暑さもやっと落ち着いて涼しくなってきたからさ」

「そうなのね」

「あと、この先に美味しいラーメンが食べられるお店があるんだ、そこに行くのも日課でね」

「へえ、詳しいのね」


 これは決して作り話ではなく、よく父と行く場所で美味しいと知っているからだ。

 佐藤さんに適当なことは言えない、優しい彼女にしていいことではないから。


「なら行きましょう」

「え?」

「お腹空いているのよ」

「なるほど、行こうか」

「ええ、案内よろしくね」


 同じ学生という設定だし(本当)、佐藤さんは制服を着ていないから大丈夫。

 それにどうせなら色々な人に知ってもらいたいところだった。


「いらっしゃいませ」

「ふたりでお願いします」


 カウンターに座らせてもらって私は塩ラーメンを頼むことにする。


「君はどうする?」

「そうね……私は醤油ラーメンかしら」

「わかった。すみません、塩ラーメンと醤油ラーメンをお願いします」


 お、お金持ってきておいて良かったあ!

 そうだ、らーめん代を出すことで今日のサンドイッチ代を帳消しにできるのでは?


「お待たせしました、塩ラーメンと醤油ラーメンです」


 美味しそう、ここは店員さんが丁寧なのも好きなところだった。


「「いただきます」」

 

 麺をすすってみた結果、食後であったとしてもその美味しさの前では無問題らしい。

 するするとどんどん減っていく。ちらりと確認してみると、可愛く少しずつ食べている佐藤さん。


「可愛いね、小さいお口で」

「は?」

「ごめん、思ったことを結構口にしてしまうんだ」


 この男装を終えたらただのもさい女だからなこちらは。

 銀髪が綺麗で、顔も綺麗で、笑った顔は可愛くて、食べ方も可愛くて。

 この子がひとりでいるのは凄くもったいない気がする。


「君の噂はよく聞くよ、どうしてひとりでいるんだい?」

「……別に、どうでもいいでしょそんなの」

「気になるよ、だってもったいないだろう?」


 わーわーきゃーきゃー騒がしいのが嫌いなのかな?

 もしそうならかなり逆効果なことをしているわけだけど……。


「私はね、誰かに合わせたりするのが苦手なのよ。だからひとりでいる、文句を言いたいやつには勝手に言わせておくわ」

「そっか」


 そこからは特に会話がなかった。

 あまりぺちゃくちゃ喋りながら食べるのも失礼のため、必死に我慢していたのだ。


「ごちそうさまでした。あなたの言うようにとても美味しかったわ」

「それは良かった。あ、お金は僕が払うからいいよ」

「そんなことさせられるわけないじゃない」

「いいからいいから、これからもこうして一緒に出かけてくれないかな? あ、僕の名前は依弦、よろしくね」


 男装状態に依存しているということと私の名前で依弦。

 安直すぎるけど名前を言わなければ怪しいからしょうがなくだ。


「あなたはいつもこの時間にいるのよね? それならちょうど良かったわ、この時間は家にいたくないから――なんでもない、なら明日も同じ場所で待っているわね」

「うん、ありがとう」


 ああっ、新しい男装用の服代がぁ!?

 ここのお店美味しいんだけど高いんだよね……サービスが充実しているからいいけどさ。


「送っていくよ、もちろん家の近くまででいいから」

「嫌よ、それでも家を探り当てることはできるじゃない」

「そうか、なら先程の場所まで帰ろうか」

「ええ」


 普通男性(女)に話しかけられて行動を共にするなんて有りえないと思うけど。

 やっぱりあの噂って本当なのかな? 外で男の人と会ってるとかそういうの。

 いやでも優しい佐藤さんだよ? そんなことするわけないっ。


「そういえば僕は男だけど一緒に行動してもいいのかい?」

「なんで? あなたはなにもしてこないでしょう? それどころか奢るお人好しじゃない」

「いやでもさ、気に入られるためにしているかもしれないよ?」


 いまの私はどうして彼女といるのかわかっていなかった。

 男装状態で出かけることで楽しめるのは、普段の私とは違う気分でいられるからだ。

 学校の生徒に出くわすのではないかという不安を捨てることができる。

 だから別にそれを認めてもらいたいとかそういうのはない。

 そのために不快にさせないように夜に出ているわけだしね。


「なんでと聞かれたら困るけれど、それはないと断言できるわ」

「同じ高校の生徒だって証拠も見せていないのに?」

「ええ」


 佐藤さんがどんどんわからなくなっていく。

 でも、頭がゴチャゴチャになる前にあの場所へ戻ってこられて安心した。


「お金を出してくれてありがとう、それじゃあね」

「うん、またね」


 私も帰ろう、明日から頑張って接するぞっ。 

 

 


 まずは自分の方から挨拶をしてみることにした。


「お、おふぁよう!」

「ぷふっ、おはよう、でしょ?」

「あ……おはよう」

「うん、おはよ。木梨の方から話しかけてくれるなんて嬉しいよ」


 いや、私は清水さんが普通に話してくれるのが好きなんですが。


「そうだ、今度家に来ない? 見せたいものがあるんだよね」

「ま、まさか私を倒すための道具……とか?」

「あははっ、なわけないじゃんっ。ネタバラシをすると猫だよ猫っ、懐っこいし多分初めての木梨相手でも大丈夫だろうからさっ」

「おぉ、猫ちゃんはいいね! 私は犬派じゃなくて猫派だからなおさらそう思うかな」


 ……聞いてしまってごめんなさい。

 なんだかあの状態で会ったのが非常に申し訳ない。

 同じ高校の生徒という情報だけでペラペラ吐いてしまう清水さんたちもあれだけど……。


「暇な時言ってよ、じゃあまた後で」

「うんっ、ありがとう!」


 でも、清水さんが聞いてきてくれなくて安心した。

 似ても似つかないからバレることはないだろうが、まだまだ男装は楽しんでいたい。

 今日から18時から19時に変更しよう、そうすれば佐藤さんたちと会うこともないだろうから。


「おはよう」

「あ、おはようございます」

「はぁ……」


 ん? なんだか大きなため息。

 昨日はサンドイッチを買ってもらったんだし、聞いておくべきだよね?


「あの、昨日はありがとうございました。それでどうしたんですか? 大きなため息をついて」

「あのねえ、あなたのせいよ?」

「うぇ?」

「清水さんにはいい笑顔と普通の同級生らしい喋り方しておいて……どうして私には敬語なのよ」


 タメ口になると昨日みたいなことになるからだよ。

 馬鹿だから可愛いとか言っちゃって、下手をすれば通報されかねないのに。

  

「そういえば昨日話したことを覚えてる?」

「ああ、男の人の話ですよね」

「そう。今日から一緒に散歩することになったわ」


 そうだった! 約束しちゃったから時間をずらすのは無理だっ。


「あの、危なくないですか?」

「大丈夫よ」

「な、なにを根拠に?」


 もちろん、なにかをしたりはしないけどさ。

 クラスメイトとか佐藤さんを知る人が見たら怪しまれるんじゃ……私のせいだけど。


「細かいことはいいじゃない。それより木梨さん、今日はちゃんと持ってきたの?」

「はい! こんなに持ってきました!」


 大容量のお弁当箱と菓子パンと牛乳とジュースとお茶と。

 これぐらい食べていないとすぐに細くなりすぎてしまうのだ。


「いくら涼しい時期とはいっても牛乳って大丈夫なの?」

「はいっ、多少悪くなってもお腹が強いので大丈夫です!」

「そう」


 依弦モードになったら怒られないのかな?

 積極的にいくと決めたんだ、多少ぐらいは頑張らないと。


「佐藤さん」

「なにかしら?」

「今日も髪が綺麗だね、サラサラしていて触り心地が良さそう」

「ありがとう」


 大人しく席に戻って突っ伏した。

 頑張ったせいでエネルギーを消費してしまったのだ。

 故に、いまからは省エネモードで行動しなければならない。


「待ちなさい、寝不足なの?」

「少し朝から頑張りすぎました、もちろん授業中などは寝ないので大丈夫です」

「そこは疑ってないわよ、木梨さんは真面目にやるものね」

「そうしておかないと評価が悪くなりますからね、少しでも無害な人間でいたいんです」


 敬語をやめたこと気づかなかったのかな?

 それとも、私の性格を理解していて気づかなかったフリをしてくれている?


「あなたはそのまま頑張りなさい、いまのままのあなたが気に入っているのだから」

「あれ? 敬語はやめなくていいんですか?」

「ええ、そういうのは急かすことではないでしょう? あなたが敬語をやめてくれた時が心をひらいてくれたということじゃない」


 心は開いているんだよ、もういい人だってわかっているし。

 でも、私からタメ口で話しかけられても気になるだろうからと気にしているんだ。

 彼女の美少女力が多少でも私にあったら……それならもう少しぐらい自信を持てるのに。


「そういえば、その男の人ってどんな見た目なんですか? 佐藤さんが怖がらないで一緒にいるということは清潔感があるとかそういう感じですか?」

「そうね、少し中性的な顔かしら。結構整っている方ではないかしら」


 な、なんだとっ? 男装状態の私は結構いい方だったのかっ。

 このまま続けていたら逆にナンパされたりもするかもしれないっ。

 いやまあ、それが目的ではないんだけど。

 父が言うようにあの状態だと自信満々でいられるからだ。


「顔を上げなさい」

「はい――え?」

「あなた、眼鏡を外した方がいいんじゃない?」

「眼鏡を外すとなにも見えなくて……」


 男装状態の時はカラーコンタクトをつけている。

 眼鏡をかけているともさくなるから仕方がなくだ。

 そのため、夜だから、眼鏡をかけてないからとかで見えないということもなくなるため、清水さんや佐藤さんの顔もちゃんと認識できたわけ。


「あと、前髪をもう少し切った方がいいわね」

「あっ……あんまり上げられると……緊張してしまいます」


 なるほど、だから男装状態の時は自信が持てるんだ。

 そういうことか、今日は母に切ってもらおうと決めた。

 日頃からあの状態を引き出せるようになりたかった。


「いいじゃない、可愛いわよ」

「嫌味ですかっ? 自分が優れているからって同情ですかっ?」

「いいから、明日からコンタクトにして前髪も少し切ってきなさい」

「わかりました、佐藤さんを信じるね」

「ええ」


 とりあえず今日は! 放課後まで省エネモードで行動して清水さんが飼ってる猫ちゃんが見たい!

 いまの内に休んでおこう。 

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